Supplementary information: もう一つの決着


「……聡明な先生のことです。”これ”が何を意味しているのか、もうお分かりでしょ?」

 桑門くわかどはわざともったいつけるように間延びして話す。言葉の向かう先には古いもののしっかりとした造りの黒鳶くろとび色の事務机があって、そこに眉間に皺を寄せて腕組みをした白髪の男が座っている。その目線は桑門を捉えている。

「これは脅し、かね?」

 低い声で男が一言だけ返す。短い単語でも櫻国の南部地域独特のイントネーションをしていて、それが余計に言葉に重みを加えている。

「脅し? まさか」

 桑門はさっきにも増して芝居がかった動きで視線の先の男を皮肉る。

「脅し――というのは、使う側にも何かしらの弱点があるときに、一種の賭けのように使う手段ですよ。今回は”僕ら”には何も弱みなんてないのでね」


「これは……そうですね、アドバイスですよ。加藤先生。親切な僕からの」

 加藤と呼ばれた男は整髪剤で整えた白髪頭を掻きながら、鬼のような形相で桑門を睨む。

「そんな顔している暇はあるんですか? 直にここにも捜査が入るでしょうし」

「ははは! この櫻国くにでわれわれを裁けるものなどいると思ったのかね、桑門君」

「……その物言い、やはりこの件には”この国そのもの”が関わっていたんですね。世界歴2001年のアルゴダでジェネラル・アンチスペルに関する非合法の人体実験を行い、その関係者を殺害までして――」

 今度は逆に桑門が加藤をキッと睨みつける。

「その証拠がその”サクラ・コード”だとでも? 馬鹿な! 聞けばその女は軍属だったそうじゃないか。軍での訓練中に誤って攻性呪術を受けたのではないかね? 他に同じように使われた呪術コードと同じものがあるとでもいうなら話は別だがね」

 加藤は馬鹿にしたように鼻で笑う。



「ないとでも思いましたか? その証拠が」



「なんだと!?」

「あなた方が民間人に向けて使った攻性呪術のなかの”サクラ・コード”が現存していて、そのデータシートに書かれている田中佳苗氏の体内に残っていた呪術の魔法文字ルーンと一致した場合、少なくともあなた方がアルゴダであなたを救出しようとしていた特務隊を手にかけようとしていたことは確定する」

「そんなものはあるわけがない!! あの時の人間は生き残っていないのだからな!!」

「……やはり、生き残っていたもう一人のサクラ鉱業の技師もあなた方が”殺した”のですね」

 桑門は重苦しい声で吐き出す。加藤は、自分たちのしたことの重さなど忘れ、必死に誤魔化そうとしている。

「だから、そんなものは証拠など――」



「だから、ありますよ証拠なら」



「なっ!!?」

「あなたとサクラ鉱業はもう一人、殺しているでしょ? 忘れたとは言わせませんよ」

 桑門は「研究というのは人と人の繋がりが重要なんだよ」といつも穏やかに話していた一人の老教授のことを思い出し、息を溜める。


「鮫島達次。東都大学第一内科領域白魔法研究室の教授にして、当時の医学部長――そして、私の師だった人です」


「ははは、何を言い出すのかね、君は! 私が鮫島先生を? 第一、すでに荼毘だびにふされた先生の亡骸のどこに証拠があるというのかね」

 加藤はまだあくまで白を切るつもりのようで、桑門の言葉を笑い飛ばしている。しかし、桑門はその表情が一瞬引きつったのを見逃さず、畳みかける。


「もし、鮫島先生の身体の一部が今も残っているとしたら?」


「何を……君は何を言ってるのかね」

 さっきまでの余裕が加藤の顔から消え、かわりに汗が一筋流れる。


「当時、あなたとその支援者だったサクラ鉱業の榊はアルゴダでの任務を終え、それと引き換えにこの東都大学での教授の席を用意するといった約束をする。ところが、鮫島先生は外圧によって教授の席を作ることを良しとはせずに抵抗した……それで強硬手段にというところでしょう。

 当時、人望も厚く、外部からの研究費や寄付金も潤沢にあり、一番大きな研究室であった第一内科領域白魔法研究室さえ沈黙させることができれば、あなた方のたくらみは上手く運びやすくなる……」

 

「鮫島先生はね、自分の死を覚悟した後で最後の力を振り絞って、先天性の病で視力の無かった娘さんに自分の眼を移植するように書き置きを残していたんですよ。それも、あなたたちに消されないように、ご自身の腕に直接……研究室内で使われていたを使ってね」

 加藤は口を開けたまま何かを言おうとするが、あうあうと間抜けに口が動くだけで言葉にならない。

「だから、彼女はまだ時々本当の血の涙を流すんですよ。あなた方が残した呪術の影響でね」

「……ふっふははは、だからどうした! 仮にそれが証拠になったとして、そんなものは我々の手で――」

 悪あがきを続ける加藤を憐れむように一瞥すると、桑門はふーと大きく息を吐いてから続ける。


「もちろん、あなたや朝比奈の連中がそのように動くことは予想していますよ。だから、この件はすでに僕からこの櫻国くにを本当に憂う各省庁の同志たちに伝えてあります……今頃、それぞれの省庁、軍、マスメディア、それに朝比奈の傘下にある民間企業でもクーデターが起きているところでしょう」


 加藤は腰を抜かし座っていた椅子からずり落ちながら、「なんだと……」と呻く。



「加藤先生。あなたは、92行政区大学出身だからわからないでしょうが……この大学、この東都大学はね、毎年多くの卒業生たちを各省庁や軍に幹部候補生として送り込んでいます。それは他の国立大学からみれば羨ましかったり、妬ましくも映るくらいにね。

 しかしね、だからこそこの大学の卒業生たちは、『自分たちがこの国の礎となっている』という思いが人一倍強い。そんな彼らからすれば、あなたや朝比奈家のような私利私欲でこの国を食い物にするような連中は――全員が排除すべき敵、なんですよ」



 「では、僕はこれで」と呆ける加藤を残し桑門が教授室を後にする。扉のすぐ傍に、桑門よりも二回りほど小さい若い女性が立っている。

「やぁ、待たせたね。16年も経ってしまった」

 女性は肩を震わせ、ボロボロと涙を流す。その滴は赤い。桑門はその左肩にそっと手を置く。

「……さて、そろそろ行こうか。これから忙しくなるからね。しっかりと頼むよ」

 女性は小さく「はい」と答え、桑門の後をついて暗い廊下をヒールを鳴らして歩き出した。



■■


「どうしたの?」

 南大陸の南部の街で泊まった宿で、佳苗さんが話しかけてくる。

「この間、ツクバで遺構管理会社の人から貸してもらった古い文献を読んでいたんですけど……」

 佳苗さんに一冊の古い本を見せる。表紙が色褪せているものの、まだ本自体はしっかりとしていて、片手で持つには少しページ数が多いように見える。

「この本の中に、僕の公聴会で桑門先生が最後にしていた質問につながるようなものがあるんじゃないかと思ったんですが……」

「公聴会で言われたこと?」

 ソファーの上で横になっていた僕の上に覆いかぶさるように身体を預けながら、佳苗さんが尋ねる。

「何故、発動の一歩手前で呪術式が止まるのか、そしてジェネラル・アンチスペルが効果を失い捉えられていた呪術が再度発動するときに、何故、もう一度最初から呪術が発動してしまうのか、って質問ですね」

 佳苗さんはうーんと唸っている。

「……で、あったの?」

「いえ、そのものはなかったんです。ただそれに繋がるような記述があるような気がするんですよね。この魔導書グリモワールに」

「魔導書? ……あ、ワタシたち魔力がほとんどないから……」

 魔導書は魔法紙そのものに魔力を与え、その魔力を帯びた本そのものが何かしらの魔法として効果を発揮するというものである。魔法植物であるモーリュが一般化した現代ではそれほど珍しくもなくなってはいるが、無機物に魔力を与え、かつ維持することはかなり高度な魔法で、その作成法の多くが呪具と同様に”失われた技術ロスト・テクノロジー”となっている。

「そうなんですよね、僕たちは、今、魔力がほとんどないので、この本にがわかりません。でも、ちょっと読めたその一部から察するに、これは初期の呪術の構築に関しての本のようです。著者はナナミ・ス……そこもぼやけて見えませんね」

「じゃぁ、”表向き”には何が書かれているノ?」

 佳苗さんが僕の胸板に横顔をぴったりとつけながら言う。僕はその朱い髪を撫でながら答える。

「歴史書……ですね。世界歴1801年の”始まりの魔女”現象のすぐあとの、主に南西諸島について書かれています」



「解読できた部分だけですけど、なんかこの本を読むと、ひょっとしたら、この世界の魔法って、のような気がして……ちょっとわくわくしてきました」



 僕がそう言うと、佳苗さんは吹き出して笑う。「アナタらしい」そう言って僕の唇に自分の唇を重ねる。


「それで、次はどこへ?」




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