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Supplementary information: 世界歴2104年
―――ただじっとその姿から目を離せずにいた。
「美しい」という言葉以外の何物でもない。南大陸南部特有の植物の緑に、その女性の金色の髪が映えて、彼女の動きに合わせてゆらゆらとそれが揺れると木漏れ日の光がきらきらと跳ね返る。見たこともないゆったりとした白い服を着ていて、その裾がひらりと木々の合間を抜けてきた風に合わせてはためくと、上質な魔法紙よりも白い細い足が露わになる。
世界歴2104年6月12日 南大陸南部、古代の遺跡であるツクバ・ベースよりさらに南に数十キロの”魔獣殺し”という名のついた湿地帯を抜け、さらにその先にある現地の言葉でさえ名前もないような森。
半世紀前に「奇蹟」と言われた業績を残しながらわずか数年の活動の後に姿を消したある呪術士の研究でその場所を訪れていた俺は、野生の魔獣しかいないようなその場所で”彼女”に出会った。
「あ!」
女性が植物に足元を取られてよろけるのを咄嗟に助ける。両手で支えた身体は背中に背負った調査用の機具よりも軽い。金色の長い髪が真っ白な顔にかかり、その隙間から、吸い込まれそうなほど黒い瞳がのぞく。
言葉を見つけられずに黙ってしまう。
「……君は…誰?」
消え入りそうな小さな声でそう尋ねてくる。
(西大陸言語か……しかし、だいぶ訛ってるな)
「ああ、ごめん。俺の名前は、
「……櫻国? ごめんなさい……ワたし…わからナい……」
女性はそういうと突然ガクンッと力を失い、崩れ落ちる。
「!? 君!!大丈夫か!!」
返事はない。完全に意識を失っているようだが、確認すると胸は上下していていて、脈もある。是野はふぅと息を吐く。
「まいったな、
ぼりぼりと頭を掻くと、ここ数日洗っていなかったせいか、フケが舞う。タイミングを合わせたように、ギャーギャーと遠くで野生の魔獣が鳴く声が響く。
「かと言って、こんなところに置き去りにするわけにもいかないか……」
そういうと是野は背負っていた大型リュックのジッパーを開け、中のものを取り出していく。
「とりあえず、この場所をマークしておけば……せっかく”シン”に関係してそうな遺構を見つけたってのに………これくらい捨てれば、このヒト背負っても歩けるだろ。幸い、そんなに重くなさそうだし」
癖となっている独り言をぶつぶつというと、ありあわせの材料で手際よく紐細工をくみ上げる。次に、それを使って意識を失っている女性をおんぶするように自分の背中に縛りつける。
(しかし、この人何でこんなところにいたんだ? 西大陸の言葉喋ってるってことは現地人ではないだろうし ……まさか、同業者か何か?)
是野は自分の肩越しに眠っている女性の方を見る。
(まさか、な。呪術士・シンの研究者なんて知り合い以外に聞いたことがないし)
是野の研究テーマは、マイナーな『魔法史』という研究領域のなかでも極めてマイナーな研究対象で、ほぼすべての同業者の顔を知っている。
(魔獣生態学とか? ……しかし、こんな軽装で何してんだよ)
二人分の体重で足元の地面がいつもより深く沈む。しかし、魔力に乏しく色彩魔法の才能がない代わりに、第96行政区魔法大学時代から鍛えてきた是野にとってはそれほど苦にはならない。それよりも南大陸の南部にいまだ多く棲息している大型の肉食魔獣に出会わないかを心配しながら、少し足早に歩く。
(日が落ちる前に昨日の野営ポイントまで戻って、少し休んでから北に抜けてツクバの遺構管理会社に向けて救難信号送るか)
そう思った瞬間、ぽつぽつと是野の頬を雨粒が打つ。
「雨か……クソっ!ついてない。急がないと!!」
冬が間近に迫っているこの時期の南大陸の雨はとにかく冷たく、体温を一気に奪う。自分はともかく背中の彼女には良くないのは明らかだ。是野はぐっと肩紐に力を入れると、さらに足に力を込めて急いで行く。
この出会いが俺の運命を―――いや、この世界の多くのものの運命を変えていくことになるのだが、そのためにはいくつかの出来事を先に知らなくてはならない。始まりは863年前のツクバで、305年前の”始まりの魔女”、146年前の大戦に仕組まれた罠と続き、そして”呪術士・シン”。
それは『世界』と呼ばれるもの、そのものとの対峙の記録。
この
世界歴2105年12月5日
櫻国立魔法史図書館 魔法史研究局
専門調査員・是野十郎
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