謝辞2 二人の白魔道士


「・・・・まだ、引きずっているんですか?」

「何のことですかね、桑門くわかど

 南病棟の屋上で隠れて煙草を吸っていた松田に、桑門が声をかける。そもそも第76行政区魔法大学のうち、ヒトの怪我や疾病の治療を行う白魔法についての教育・研究を行う白魔法学部と、魔法薬の製造や開発を専門にする教育・研究する魔法薬学部のある古陵こりょうキャンパスは、全域が禁煙となっていて、この病棟も屋上を含めて例外ではない。


「白々しい。のそういうところ、まったく変わってませんねぇ」


 松田は何も答えようとしない。


「何度も言ってますけど、”あの子”は当時の魔法技術では救えなかったんですし、いまだに引きずる方がどうかしてますよ。それで東都大学の教員ポスト蹴って、『万人の救い手』ボランティアとか」



「しかし、今度は救えたじゃないか・・・」

 松田のつぶやきに、ハーと大きく息を吐いて桑門が答える。

「彼は『特別』、ですよ。これは持論ですけどね。白魔法研究ってのは、今は何人もの研究者による共同研究が当たり前で、それでも牛歩のようにじっくりゆっくりしか進まないものなんですよ。しかし、時々ああいう何十人の何年分の研究を一足飛びに進める”天才”ってやつが現れるんですよ」

「天才、か・・・・都合のいい言葉だな」

「ま、いじけるのは勝手ですけどね」

 もう一度ため息をついて、肩を竦める。



「・・・・まこと、お前の目的はなんだ?」

 手に持っていた煙草の火を消しながら、桑門の方を見ずに問いただす。

「そういう変に鋭いところも変わってませんねぇ」

 ニヤリと笑いながら、桑門が続ける。

「もちろん、ですよ」



「あの彼女の体内に残っていた6つの致死性呪術の中に、見つけたんですよ。僕らが探していたものを」

 そう言うと、何かのデータシートを松田に手渡す。

「”サクラ・コード”。当時の櫻国軍が使っていた対人用攻性呪術に特徴的にみられる呪術コードです」


「・・・真・・・お前、一体何の話をしているんだ!?」

 松田は持っているデータシートを睨みつけながら、桑門に問いかける。



、ということですよ。


 おそらくあの時、櫻国軍は、要救助者を無事救助した後で、何らかの理由をつけて彼女たち救助隊をその場に留まらせ、マリスの作った方法を使ってアルゴダ全域でアクセサリールーンを外部から削り、ジェネラル・アンチスペルを無力化することで、あらかじめ彼女たちにかけていた致死性呪術を発動させ、関係者ごと証拠を消す・・・というつもりだったんでしょうね」


「そんなことを・・・」

 松田は口を左手で覆う。


「田中直哉なおやさんに関しても同様でしょうね。あの街で行われていた『ジェネラル・アンチスペルの無効化実験』を主導していた連中は、最初から被験者となる街の人間をすべて殺すつもりで準備をしていた。しかし、実験の最終段階が予定よりも早く始まったせいで、内部でデータを取っていた協力者が巻き込まれてしまう。

 そこで急遽、軍の中で捨て駒となりそうな人間、おそらく家柄の良い幹部候補生を避け、叩き上げのような人間や身寄りのないような人間をピックアップしたんでしょう。別にそこに意図があるわけではなかったんだと思います。

 そして、選んだ人間たちに致死性呪術をかける。三人ともジェネラル・アンチスペルがあるおかげで、それはすぐには発動しない。まるで時限爆弾のように」


「・・・・その上でアルゴダで要救助者を救助させ、口封じのために呪術を使ったトリックで殺す・・・・誰が一体こんなことを・・・・」

 険しい表情をしたままの松田が絞り出すようにそう言うと、今度は桑門が胸ポケットから青い背景に白い文字や線のかかれた煙草の箱を取り出して、そのなかの一本を取り出し、火をつける。


「これの”原案”を計画した人間たちの誤算は、黄伯飛ホアン・バー・フェイの存在と、田中直哉さんの”おそらく勝手な判断で”、現地に居合わせた白魔道士を帯同したこと、そして、黒い人形ブラック・ドールを使った攻撃で死んだのが白魔道士ではなく、田中直哉さんだったってことでしょうね。


 万が一、SOSを送ってきた黄氏が本物で、かつ今回の実験で殺しきれずにアルゴダで起こったことを対外的に公表してしまった場合、南西諸島に好意的な夷国に刺激を与えてしまうことになる。

 いくら現在は西大陸連邦国にすり寄っているとはいえ、大国である夷国に喧嘩売るほど、櫻国わがくにの体力はありませんからね。そこで少なくとも現地でその確認をしてから、行動しないといけなくなってしまった。

 ところが、田中直哉さんの報告を聞いた本隊は、そのと、そして現場にもう一人余計な人物――先輩がいることを知る。


 焦った本隊は、事態を解決するために、『黄氏が白魔法による治療を受けている』という情報を元にだいぶ荒っぽい方法に出ることになる。それが・・・」



「白魔道士をターゲットにした黒い人形ブラック・ドールによる自爆攻撃」


 黙って聞いていた松田が声をわずかに震わせながら答える。



「・・・その攻撃でもあなたと黄氏を秘密裏に殺すことが出来なかった櫻国軍本隊は、今度は一刻も早く南大陸周辺から撤退し、その痕跡を消すことを最優先したんでしょう。

 彼女ともう一人の生き残りを湖国デルイヤで殺害せずに、放免してるのもそんなところでしょうね。アルゴダのある鳥国エルトリアもデルイヤも表向きは櫻国と友好的とはいえ、色々と抱えてる国ですし。


 結果、あの場を生き延びたあなたと黄氏によって、不完全とはいえアルゴダで何があったのかが曝露されてしまった・・・」


 ふーと大きく息を吐いて煙草の煙を追い出し、屈んで地面に煙草を押し付けて火を消す。松田はまだ険しい表情をして、その様子をじっと見ている。



「・・・あの時、救助されたのは誰か、ってことですよ。先輩」


 松田が何を言いたいのかその表情から察した桑門が続ける。


加藤信辰かとうのぶたつ、現・東都大学附属病院病院長。そして、事件の発端で、彼に長年莫大な寄付金を入れているサクラ鉱業もおそらくは」

「そんな莫迦な! サクラ鉱業は半官半民の会社だぞ?」


 桑門が目を伏せる。しばらくそのまま黙った後で、ゆっくりと口を開く。



「つまり、『この一連の事件には櫻国政府が主体的に関わっている』と考えるのが妥当でしょうねぇ」


「まさか・・・そんな・・・・」

 松田はある程度は予測していたこととはいえ、さすがにショックを隠しきれていない。

「彼があの公聴会で言っていた”政治的なカードとして”なのかどうかまではわかりませんけどね。・・・まぁ、と言っても僕は当面の目的を果たすだけですよ。東都大学にあんな人間がいるのは、正直面白くないですし」


「それで、先輩はどうするんですか? まだ引退するには早いと思いますけど?」


 桑門がニッと口角を上げ、かつての先輩に向けて軽い挑発をする。



「そうだな、俺は―――」




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