謝辞

謝辞1 南西諸島にて 二

■ 世界歴 2021年 10月6日 南西諸島・黄島 雨燕アマツバメ



 切り立った崖になっているこの雨燕岬は、観光地が多い黄島には珍しく地元の人間も近づかないような寂しい場所で、一番近いタインから続く道も舗装されておらず、もちろん人影はない。崖の下の潮の流れは激しく、白波が絶えることなく、岩肌に打ちつけている。



「よう、”院生”君か。久しぶりだな」

 フェイが人の気配に気づいて振り向くと、少し精悍な顔つきになったあの大学院生が立っている。

「お久しぶりです。補佐官の方に、ここだろう聞いて」

「・・・ここは?」


「ここはな、俺の”弱さ”で失ってしまった二人の墓だ」


 フェイがそういうとお互いかける声を選べずに、沈黙がつづく。

 一年を通して暖かい南西諸島でも、この時期は海から吹く風が少し肌寒い。西大陸の北部で夏を過ごしたこの崖の名前にもなっている渡り鳥が、崖の途中にいくつもの巣を作り、特徴的なジリリリという声で鳴いている。墓と言われても、石や木で作られた構造物はあたりには見当たらない。


「一人は弟、そしてもう一人は最愛の人ってやつでな。いつも俺のことを支えてくれた・・・・それに、いい女だったよ」

 フェイはそういうと目を閉じる。


「ここに立つと、またふっと後ろから呼ばれるんじゃないかと思って、な」


(頭目!アナタって人はッ!!)


 あの黄島奪還戦、最後の戦闘の前のハインの声がフェイの頭のなかで聞こえる。多くの仲間があの西大陸連邦国との戦争で散り、その彼女もまた、自分をかばって命を落とした。



「・・・院生君は救えたんだろ?」

 フェイは目を開け、そういうと男に向けニッと笑う。

「おっと、そうかもう”院生”ではないんだよな。じゃぁ、改めて・・・」

「いや、いいですよ。そのままで。それに・・・もう行きます」

「そうか。次はどこへ?」

「南大陸へ。まずはアルゴダに行って、その後は学園都市機構の遺跡に」

「学園都市機構の遺跡・・・随分と南の方に行くんだな。あんなところ、野生の魔獣くらいしかいないだろ?」

 彼が言っている場所は、二度の魔法大戦により廃墟となっており、すでに放棄されている場所であった。また、獰猛な大型の魔獣も少なくない。


「見ておきたいんですよ。アルゴダは勿論ですけど、『始まりの魔女』伝説の舞台であるツクバやヒロシマも。僕たちはまだまだ見てない、知らないものが多すぎますからね」


「・・・・望めば西大陸連邦で研究所のトップにもなれただろうに」

「どこでも研究は出来ますよ」

 少し前はひどく頼りなく見えた目の前の青年は、すっかりと自分の道を持った一人前の研究者の顔をしている。「そういうもんかね」と、フェイはそれを嬉しそうに笑う。


「そろそろ行かないと。”彼女”も待ってますし」



「ああ、じゃぁな。また気が向いたら寄るといい」

「ええ」


 力強く握手をした後で、青年は翻って歩き出す。その瞬間、フェイの脳裏にあの粗末な手漕ぎ舟と小さなカンの風景が浮かぶ。


 ああ、自分はこの青年に弟の姿を重ねていたのか、と初めて櫻国の地方大学で会った時から感じていた奇妙な懐かしさの正体を、ようやく理解する。



「じゃぁな、チェット


 フェイは小さくなっていく青年の背中に、誰に聞かせるわけでもないように、そうつぶやいた。



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