第二部第十六話 かくも残酷に運命は扉を叩く


黎花れいかの持っていた逸花いつかの記憶に長期間に渡って膨大な魔力をチャージし続け、それを青魔法で顕現することによって死者を"創りだす"・・・・こんな莫迦げた魔法が成功するなんて・・・・」松田は受肉し自分の言葉で話し始めた女の姿をした幻獣にたじろぐ。

『あら、伯父さま。まるで私がここにいるのが嫌、みたいな言い方ですわね』

 松田の怯える様子を見て、小馬鹿にしたように逸花が笑う。

「君は黎花が十五年前に起こした幻獣の暴走事故で死亡したんだはずなんだ・・・・」

 松田は絞り出すように、目の前の女性に告げる。本来あるはずがないものを見ている恐怖からか、額や首筋から汗が吹き出し、顎を伝ってぽたぽたと零れ落ちている。


『・・・・根源たるものが魔力という命とは違うものだったとしても、記憶や思考のための回路が存在していて、それに従属するさまざまな器官があれば、それはもう貴方達と同じ"生物"だとは思いませんか?』


 ふぅと息を吐きながら、そうゆっくりとまるで子供を諭すように発すると、その瞬間に床で倒れていた黎花がうっと短いうめき声を上げる。


『可哀想な子・・・・でも、大丈夫。私の"糧"として、あなたは十分役にたったわ。おやすみなさい』それを聞いた逸花は黎花の脇に屈み込むと、右手に魔力を込め黎花の首に当てる。

「やめろ!! ・・・・逸花・・・・やめるんだ。黎花は君の姉なんだぞ!?」

 松田はあまりの展開についていけずに、やっとの思いで声を絞り出す。逸花は声に反応して振り返ると、『・・・・・・・。まぁ伯父さまがそう言うなら』と右手を引く。


『しかし、この子と伯父さまはさておき、そこのお二人と床で転がっている殿方には、消えていただかないと。私の秘密を知られてしまったことですし』

 逸花はそういうと黎花のすぐそばで蹲る男と、この防爆実験棟の入り口側に近い位置で倒れている女とその傍らで応急処置をしているもう一人の女に順に視線をやる。目を閉じ『では、先にそちらの女性たちから――』ともう一度、右手に魔力を込める。松田のやめてくれという声を今度は聞かず、そのまま二人に向け魔力で作った火炎を放とうとする。



『!!?』


 その瞬間、逸花の腕に力が入らなくなり、だらりと垂れる。逸花は何が起きたのかわからずにあたりを見回す。すると、黎花の横で倒れていた男が、上半身だけを持ち上げ魔法触媒の万年筆で床に何かを書いている。


「・・・・君が生命と同じ構造を持っているのであれば」


 男が呻くようにボソボソとしゃべるのが癇に障った逸花が、感覚の戻った右手にもう一度魔力を込め、今度は男に向ける。

『往生際悪いのはあまり好きではないんですが・・・・』

 そう言ってさっきと同じように炎を飛ばそうとする。


『なっ!!?』


 しかし、またすんでのところでそれが掻き消され、行き場を失った中途半端な炎が魔法障壁でコートされている防爆実験棟の床で弾ける。


「君が生命と同じ構造を持っているのであれば、君には呪術が効く。いつだったかのあの踊っている妖精のように・・・・それに・・・・・・・・君はジェネラル・アンチスペルを持っていない。だから、僕の構築する呪術式はすべて最後まで効果が発揮する!!」


 そう叫ぶと男は次々に逸花に向けて呪術式を打ち込む。四肢の自由を奪い、一時的に声を封じ、逸花はその場に声も上げずに崩れ落ちる。男はよろよろと立ち上がり、自分にはめられていた白の指輪を外し、床に転がっていた黒の指輪を拾い上げる。「あとは、この黒の指輪を・・・・・・・・」と逸花に近寄ろうとする。


「先生?」

 それを松田が止めるように間に入ると、唸るように声を出す。

「・・・・・・・・すまん。少し待ってくれないか?」

「先生!!その子は、逸花という子ではありません!ただの青魔法で具現化されているだけの幻獣です!!」


「しかし!!」



 大声を出し、何年も前に別れたもう一人の姪をかばう松田先生に、僕は"もう一つの真実"を告げる。

「・・・・・・・・先生。先生はまだ『本当のこと』に気づいていません。その子は・・・・」

 その言葉に反応したように倒れていたはずの黎花が立ち上がり叫ぶ。

「やめろ!! このゴミ屑がぁ!!"アタシ達"の邪魔をするなぁぁぁ!!」

 黎花が僕の喉元に手をかけようとしたその時、僕の目の前に仄かに朱い髪が揺れ、黎花の攻撃を血だらけの右腕で受け止める。その姿を見て、「そんな!あの状態で、一瞬で!!」と恐れで顔が歪む。


「お前こそ、私の大事な人に触るな」

 佳苗かなえはじっと黎花の目を睨む


「直に殴れるならお前なんかに負けナい。もう一度言う。私の愛する人にこれ以上何もさせない!!」


 渾身の力を込め左の拳で黎花の頬に一撃を加えると、鈍い音を立てて黎花の身体が後ろに吹き飛ぶ。佳苗もまた、そのままその場に倒れるところを追いかけてきた町田が受け止める。

「か・・・・佳苗さん・・・・」

 僕は荒い息をしている佳苗さんに近寄る。その近くで、仰向けに倒れた黎花と床に蹲っている逸花を見て、松田は混乱したように頭に両手を当て呻く。


「ちょっと待ってくれ。どういうことだ? 私にはどうみても逸花に見える・・・・これが逸花でないとしたら、一体!?」


 僕は松田先生に向け、最初にあの幻獣が僕に"話しかけてきた"ことをゆっくりと話し始めた。




「黎花はいいなぁ。幻獣呼べて。わたしもやってみたいなぁ・・・・」

 逸花は姉の儀式用の礼装の袖を軽く引っ張りながら、軽く拗ねて見せる。

「そんなことないよ。この『眼』のせいで、儀式とか大変だし。私は逸花が羨ましいよ」黎花は幻獣を呼ぶための儀式から帰ってきたばかりで疲れていたものの、青魔法を使うことが出来ない双子の妹を気遣う。

「じゃぁさ、こんどの御下しの儀みおろしのぎ、こっそり入れ替わっちゃおうよ。わたしが祭殿に行くから、黎花はわたしの格好をして。ね、いいでしょ?」

「ダメだよ、そんなことしたら。それに逸花は幻獣の姿が見えないでしょ?」

 黎花が諫める。

「大丈夫だって。今度の儀式は祭殿にいることわかってる幻獣に顕現式与えるだけなんだし、見えなくても方向さえあってれば上手くできるよ。ね、お願い!お姉ちゃん!」そういう逸花に「都合いい時だけ、お姉ちゃんって呼ぶんだから」とため息を漏らす。この時、ほんの少しだけ(御下しの儀式自体は何度もやっているし、大丈夫かな)と黎花の心に油断が生じたのだった。





「きゃぁあああああああ!!!!」


 御下ろしの儀と呼ばれる儀式の日、この日に本来顕現するはずだった佐士布都神さじふつのかみではなく、逸花の青魔法で顕現したのは閻魔とともに死を司るもう一人の女神の姿をした幻獣で、ほどなくそれはコントロールを失い、祭殿のすべての生き物に襲い掛かった。祭殿で儀式の進行を行っていた母とそれをかばった父、それに儀式を手伝っていた巫女の三名がすでに絶命している。


「・・・・い、いや・・・・こんな・・・・」


 逸花は恐怖のあまりパニックになっていて、叫び声を上げる。その声に反応したように、涙を流している白い能面のようなものをつけた黒い神がゆっくりと逸花の方を振り返る。


「逸花!!」


 逸花の記憶は自分をかばった最愛の姉の断末魔で途切れている。




■■


 僕は女性の形をした幻獣の指に、対象者の魔力を永続的に発散させる呪具である黒の指輪を装着させる。幻獣は僕の呪術によって感覚と声を失っているため、反応はない。


「・・・・・・これで、時間とともに集積していた魔力が発散して、そのうちこの姿も保てなくなるはずです」


 僕は傍らで呆然としている松田先生にそう声をかける。すると「さっきの言葉だが・・・・」と弱弱しく僕に問いかけてくる。僕は一度目をつぶり、ゆっくりと彼女たちの記憶に僕の推測を付け加えて話し始める。


「この幻獣の方が『黎花』、です。つまり、僕達と一緒に研究室にいたのが『逸花』。先生が言っていた十五年前の事故で亡くなったのはお姉さんの方だったんですよ」


 驚いた様子のまま声を出せない松田先生に構わず、僕は話を続ける。


「最初にこの幻獣から流れ込んできた『本物の逸花が持っていた黎花の記憶』で、逸花には青魔法の適正がなくて、それに幻獣を見るための特殊な瞳も持っていなかったことがわかりました。でも、僕達と一緒にいた『黎花ちゃん』は実際に青魔法を使っていました。考えられるのは・・・・・」


「瞳の移植、か。朝比奈の家を継ぐのは代々青魔道士と決まっているし、その跡取り候補であった黎花と黎花の母を同時に・・・というよりは彼女たちの持っていた眼を失うわけにはいかなかった。だから、生き残った逸花に移植手術ということか。元々、双子なわけだからな」

 その時に自分の弟の命も奪われているはずなのに、松田先生はさっきとはかわって冷静に話す。

「おそらく。僕には"家のため"なんて感覚、死んでもわからないですけど」

「私もだよ。しかし、今回の青魔法は危険すぎる。この事例は禁止魔法として、学園都市機構に報告しないと――」



「それには及びません」



 松田先生の言葉に反応するように実験棟の入り口から若い男性の声がする。きちんとした身なりをしていて、髪は短く整えられている。「君は?」と松田先生がゆっくりとこちらに向かってくる若い男に尋ねる。

「お初にお目にかかります、松田様。朝比奈家で使用人をしております、町田と申します」

「亮平!?あんた・・・・」

 その姿を見て町田さんが驚いたように声を上げる。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 しかし、男は町田さんを一瞥しただけで返答はしない。すぐに、松田先生の方に視線を戻す。

は私が連れて帰ります。・・・・・・・・・今回のことはどうか内密に。もちろん、こちらの建物の損害、そしてお怪我をされた方々にはその補償もいたします。ですので、此処であったことは他言は無用でお願いいたします」


「そんな勝手なこと!!」

 僕は我慢できずに叫ぶ。男はギロッと僕の方を睨むと、すぐに目を伏せる。その様子を見て、松田先生が何かを察したように僕を制する。

「・・・・・いや、ここは素直に従った方がいいだろう。今、彼ともめて時間をロスしてしまうと田中君と逸花、それに君の治療が遅くなってしまう。特に田中君は止血はしているが一刻も早く処置をしなくてはならないからね」


「ご高配いただき、感謝いたします」


 若い男は深々と頭を下げ、黎花と名乗っていた逸花を抱える。そして、そのままゆっくりと防爆実験棟の入り口に向かって歩いていく。僕たちはそれを声もかけずただ呆然と見送る。




「先生ッ!!佳苗が!!!」

 男の姿が完全に消えるとほぼ同時に町田さんが悲鳴のような声を上げる。彼女の腕のなかで倒れていた佳苗さんが痙攣を起こしている。それと顔の血管がわかるほど異常なまでに青白くなっている。

「いかん!!急激な魔力喪失によるショック症状が出てる!!町田君、補給剤を!」

「さっきからずっとやってます!!」

 町田さんが頭を振る。その言葉を聞いて、松田先生は焦ったようにつぶやく。

「何だ・・・・・何で魔力が戻らない??? それに体温はあるのに、何でこんなに顔色が青白く・・・・」


「こ、これは・・・・・まさか・・・・・」


(これは、"あの時"と同じ・・・・・いや、田中君にも髪の色の兆候はあった・・・・まさか、今回のこれがきっかけとなってしまったのか・・・・)


「先生・・・・佳苗さんは?」

 僕が心配そうに声をかけると、松田先生は過剰に反応して、少しの間をおいて目をつぶる。



「・・・・これから君に、君の恋人について重要なことを話す。・・・・覚悟はいいかい?」


 穏やかな口調であったのに、僕は気圧されるような威圧感を感じる。生唾を飲み込み、声を出さずにうなずく。



「彼女は今、生命維持機能の低下そのものには依存しない魔力の急激な減少反応を起こしている。君がさっきまで体験していた通常の急性の魔力喪失とは違い、体温は高いまま、老衰などとも違う身体の機能は維持されたまま魔力だけが急速に失われている。

 通常、魔力の減少は魔法の行使や、外傷などの急激な生命維持機能の低下を補うための一過性のもの、あるいは老衰による緩やかな減少などがある。しかし、今、彼女の体内で起こっているのはそのどれにも当たらない、魔力を生み出す魔力中枢そのものの突発的な機能不全による全身性の魔力の著しい減少。これは、解離性魔力中枢症に特有の症状だといわれている。私もこれまで一例しか診たことはない。

 どういうメカニズムかはわからないが、この現象が起きるときは体中の色素が欠損していくという副次的な反応が見られる。黒髪だった彼女の髪が仄かに朱く、肌が異常なまでに白く見えるのはそのせいだ。


 魔力だけが低下しても生命機能が維持されていれば、理論的には生きていけるはずだが、この疾患をもつ患者の場合、魔力が枯渇した時点で死亡する。


 つまり、田中君はこのまま・・・・」




「いずれ死ぬ。そして、現在の白魔法ではこれを救う手立てはない」




■       まで、あと


―1年と2ヶ月

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