第二部第十二話 "私のために" 後編
第76行政区魔法大学防爆実験棟――附属白魔法治療院の前の道路を超えて、少し林の中を歩くと、爆発や大きな衝撃を伴うような危険な魔法の実験用に、全体に特殊な
僕はモーリュを素材に使うことで使用回数の問題を解決した呪具の試用実験を行うという黎花ちゃんに付き添って、数年ぶりにこの場所を訪れていた。学務課から預かった防爆実験棟の鍵で入り口を開け、中に入る。構造自体は体育館と同じで、二階建てくらいの高さに天井があり、中は伽藍堂になっている。対魔法障壁でコーティングされた内壁は黒く、内部での爆発や衝撃を外部に漏らさないような構造になっているために窓が一切なく、天井の明かりをつけてもかなり薄暗く感じる。
「久しぶりだなぁ。学部の黒魔法の実習以来だから・・・もう何年だろ?」
記憶を遡っても前に来た時のことをよく思い出せないくらい、普段は縁のない建物である。
「・・・でも、何で防爆実験棟なの? 別に前みたいに第三呪術研究室の実験室でもよかったんじゃないかな。」
僕がそう言うと、「一応、何が起こるかわかりませんし」と少しだけ首を傾げ、ニコッと黎花ちゃんが笑う。「そうなんだ」と僕もそれ以上は特に気に留めない。松田先生と斉藤先生は学科の会議で、佳苗さんは事務周りで少し遅れてから来ることになっている。僕はしばらく所在無くあたりをうろうろとする。
いつの間にか、黎花ちゃんは青魔法の独特の
黎花ちゃんの詠唱が止まる。
「・・・・先輩。"これ"、見えてますよね?」
黎花ちゃんは自分の足元の一点を見つめたようにうつむいたまま、僕にそう尋ねる。質問の意味がわからなかったのと、声の雰囲気がいつもと違うことに少し驚いた僕が、やや上ずった感じで「ああ」と答えると、頭は上げずに少しだけ口角を上げる。
そのまま顔を上げずに僕の方に近づいてくる。半歩くらいの近すぎる距離で止まると、僕の左手を両手で握り、顔を上げ上目遣いで話し始める。
「先輩。先輩のおかげで、呪具を完成させることが出来ました。私一人ではたぶん何年かかっても上手くいかなかったと思います。本当に・・・本当にありがとうございます。」
そういうと僕の左手を自分の胸に押し付ける。かなり豊満な柔らかい感触が左手に伝わってくる。「ちょっ!?」と僕がとっさに後ろに距離を取ろうとすると、黎花ちゃんは両手に力を入れ、さらに僕の手を胸に押し付ける。黎花ちゃんの数メートル後ろで二つの構造体がゆっくりと回っている。
「・・・・ダメですよ、先輩。折角、二人きりになれるタイミングと場所選んだんですから・・・」
いつもの可愛らしいアニメ声と違う艶っぽい声でそういうと、僕の手の甲に唇をつけ、舌の先と唇を少しずつ動かしながら人差し指の先までくると、爪の先を甘噛する。
「・・・・後ろの"あれ"、見えてますよね?」
僕は声を出せずにうなずく。
「ずっと待ってたんです。
あれは術者の魔力で具現化する前の幻獣・・・"共同幻想そのもの"。普通のヒトには、あれ、見えないんですよ?」
僕が「えっ」と驚いた顔をすると、ニヤリと意地悪そうに笑い、続ける。
「青魔法が『一部の人間にしか出来ない理由』って、考えたことありますか? 答えは凄く簡単で、いたってシンプルなんですよ。普通のヒトには幻獣の"
どこに居るのかわからないのであれば、具現化させるための魔法のかけようがない、ということですね。だから、『見えるヒトにしか、青魔法は使えない』。そして共同幻想が見える人間は、独特の夜の闇を溶かしこんだような真っ黒な瞳をしている
――私と先輩のような。」
そういうと今度は僕の人差し指の第一関節のところを咥え、ニィと笑う。そのまま口をすぼめ、張りのある桃色の唇がまた爪の先まで這う。明らかにおかしな状況なのに頭がしびれていて、身体を動かせないでいる。
「・・・私、ずっと待っていたんです。私と同じように・・・見えるヒト。後ろのあの共同幻想を見えるヒト・・・・ずっと探していたときに、あの雪の降る山奥で先輩を見つけて、本当に運命を感じたんです。そして、そのヒトが手伝ってくれて、私の目的のモノを完成できて・・・私、いま本当に幸せです。
・・・・だけど、まだ足りないんです。だから、私のお願い、もう一つだけ聞いてもらえますか?」
もう一度僕の左手を自分の方に強く引き付ける。自分の右の乳房に僕の左手を押し付けたまま、スカートのポケットから真っ白の装飾のない指輪を取り出すと、それを僕の薬指にはめる。ふと黎花ちゃんの左手に目をやると、薬指にまったく同じ形の真っ黒な指輪がはめられている。
「先輩、もう一つだけ。私のために――――」
『死んで下さい』
その瞬間、左手の薬指から大量の魔力が失われていくのを感じ、体温と意識を奪われ、僕はその場に崩れ落ちる。まぶたが勝手に閉じようとするぎりぎりのところで見上げると、僕を見下し、ニタァと笑っている。誰もいない防爆実験棟に「アハハハハハハハハハ!!!」という甲高い笑い声が響く。
やがて、その笑い声は僕の意識とともに遠のいていった。
■ 田中佳苗の「最後」まで、あと
―1年と2ヶ月
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