第二部第十話 夏祭り 後編


 僕たちは昼ご飯を食べたあとで、蒼鷺館あおさぎかん1階のテーブルや椅子、テレビの置いてある休憩スペースに集まっていた。特にこれといった話題があるわけでもなく、自然と話が研究のことに向かう。


「そういえば、シン君。ジェネラル・アンチスペルに代わるような新しいアンチスペルの開発の方は順調なんですか?」

 斉藤先生が尋ねてくる。

「ジェネラル・アンチスペルに代わるアンチスペルの開発・・・ですか。」

 僕は手に持っていた缶ジュースの飲み口の部分をじっと見て、唸る。

「あれ?シン君、ちょっと何か腑に落ちないことでもあるんですか?」


「・・・実はちょっと。

 マリスの開発したジェネラル・アンチスペルって、確かに時間とともにアクセサリールーンが徐々に目減りして、最終的には効果がなくなる・・・という問題点はあるんですけど、この間のLiliのアンチスペルとは違って、対象をいちいち定めないくてもいいとか、どんなタイプの呪術にも効果を発揮するとか利点大きいと思うんですよ。だから――」


「だから?」

 斉藤先生が聞き返す。


「新しくアンチスペルを開発するよりも、もっと別の観点で、『ジェネラル・アンチスペルの欠点を補う』方がいいような気がしてるんです。まだ全然具体的なアイデアないですけど、例えば『アクセサリールーンだけを対象者の中で増やす』ことができないか、とか。」

「それって、マリスが南大陸で・・・あのアルゴダでやってた『実験』で難しいという結果が出てなかった?」

 僕の答えを聞いた佳苗さんが自動販売機で買ったアイスコーヒーを口にしながらコメントする。

「うーん、そうなんですけど・・・あのような外部からアクセサリールーンを足したり、引いたりする方法じゃなくて、『対象者の内部で増殖する』ような方法とれないかなぁと。」僕がそう漠然としたアイデアを口にすると、斉藤先生が即答する。



「それは、ダメですね。」



「シン君もわかってると思いますけど、その方法は国際法で定められている"禁止魔法"になってしまいます。技術的に可能かどうかという問題の前に、実用化ができません。」きっぱりとその理由を告げる。


「・・・魔法研究・応用に関する三カ条の国際条約トリプレット・アーティクルの一つ、第二条の『人間の体内における自己増殖性を有した魔法式の開発および使用の禁止』ですね。確かに・・・」

 僕が頭を掻きながら返答すると、腰に両手をあて少しだけ首を傾げて斉藤先生が「そうです」と続ける。彼女が、講義の時にみせる独特のポーズだ。この姿が一部の男子学生から絶大な人気を得ているのだが、本人はまったく気づいていないらしい。


「あとはの二つは、

 第一条『第三者への危害を目的とした吸収魔法ドレインの開発および使用の禁止』、

 第三条『常時発動型魔法のうち、同一対象個体(人間を含む)への永続的な魔力の蓄積に結びつく魔法の使用の禁止』。

 どれも、過去に起きた悲惨な事故や事件を基にして定められたルールです。これらに抵触するような魔法式の構築は、研究目的でも政府への特別な申請と審査、それに限られた実験施設での実施が不可欠ですし、現実的ではないですね。


 技術的にも、それらの魔法式はすでに"失われた技術ロスト・テクノロジー"となってますからね。・・・そう言えば、黎花さんと一緒に行った種村研でもらってきた資料に、『第一次魔法大戦時に作られた呪具のなかには、トリプレット・アーティクルに従っていないものもある』って書いてましたけど、当時の呪具自体がほぼ見つかることはないですし、そこから解析しようにも物がないとですね・・・」


「うーーん・・・やっぱり難しいですか・・・・」

 僕はまた頭を掻いて手に持っていた缶ジュースの残りを呷る。空になった缶を一旦テーブルの上に置こうとした瞬間、何かに気づいたような気がする。


(呪具? ・・・あれ? 何か今、思いついたような気が・・・)


 それはまだ頭のなかでぼんやりとしていて、「おーい!」とフロントの方から呼ぶ蒼鷺館の女将の声でかき消されてしまったのだった。



■■


「夏祭り?」

「そう、夏祭り。・・・と言っても、実は最近始めたばかりなんだけどね。ここから少し車で行った、ほら、あっちの山の麓にある『逆鉾神社さかほこじんじゃ』のお祭りが今日の夜なんだよ。」

 蒼鷺館の女将、葛木麻衣かつらぎまいさんが開けっ放しにしている玄関から遠くにみえる山を指して話す。

(それが黎花れいかちゃんの言ってた『準備』か・・・)別れ際に黎花ちゃんが言っていたことを思い出す。

「うちのいわおちゃんも屋台出す予定で午後からいないし、浴衣も貸してあげるから、皆で行ってみたら?

 ・・・と思ったけど、お姉ェさんの場合は胸大丈夫かなぁ?」とジロジロと佳苗さんの胸を見る。

「むむむむ、胸は関係ないっ!」

 佳苗さんが慌てて胸を両手で隠す。

「いや、関係はないんだけど、なんというか見栄えがねぇ。まぁ何とかなるか。どうせこの村はおじいちゃんおばあちゃんだけで、見せる相手はそこのお兄ィさんだけだろうし。」

「・・・・!!?」

 さっきよりさらに真っ赤になった佳苗さんがフリーズする。その姿を見て麻衣さんが「お兄ィさんも大変だねぇ」とカラカラ笑う。



■■■


 『逆鉾神社』という鳥居の文字だけが古いだけで建物も、社務所も真新しい神社の境内や鳥居の外の参道沿いに何軒かの出店が出ていて、たこ焼きやお好み焼きの匂いが漂ってくる。珍しいのは『ポッポ焼き』というのぼりの出ている屋台で、売っているのは甘い物らしく、おじいちゃんおばあちゃんが孫であろう小さな子どもに買い与えているのが見える。


 薄暗がりの参道の両脇に吊るしてある提灯がぼうっと仄かに周りを照らしていて、普段は何もない山の麓の木々と一緒になって、幻想的な風景を作り上げている。その淡い光に浴衣姿の佳苗さんが映える。濃い藍色に、白と梅紫で牡丹が描かれている浴衣から、真っ白なうなじが伸びていて後ろでまとめている髪には朱いトンボ玉の簪が刺してある。

 浴衣が初めてだという佳苗さんの着付けを手伝った麻衣さんが思わず溜息を漏らしたというのも納得がいく。元から白い肌に頬の部分だけわずかに上気した様子は、『綺麗』という言葉以外が見つからない。僕が見とれていたのに気づいた佳苗さんが「な、何?」と少し照れながら言う。僕は上手い返しをみつけられず、つられて赤くなってしまう。


「あ、センパイ! こっち、こっちーー!!」


 境内から僕達を呼ぶ黎花ちゃんの声で、二人の間の沈黙が破られる。僕は何故かそれに少しだけほっとして、「行きましょうか」と白く細い佳苗さんの手をとる。「うん」という控えめな返事の後で、「また、来年も来たいナ」と下駄の鳴る音にかき消されそうなくらい小さくつぶやいたのを僕は聞き逃さず、佳苗さんの手をひきながら口角を上げる。(来年だけじゃない、その次も、その次も一緒に来よう)、そう思っていた。




 ただ、その彼女のささやかな願いは叶えられることはなかった――




■ 田中佳苗の「最後」まで、あと


 ―1年と8ヶ月

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