第二部第九話 夏祭り 前編



「し・・・死ぬかと思った・・・・」

 僕は白いステーションワゴンタイプのレンタカーをほうぼうの体で転げ降りる。


「お、大げさですよ、シン君。そこまで酷くは・・・」


 反対側のドアから降りた黎花れいかちゃんが、耐え切れずにコンビニの駐車場の隅に朝ご飯を戻している。教授から逆鉾村さかほこむらでの休暇を提案された僕たちは、前回と違って大人数になるためレンタカーを借り、『それなりに距離もあるし、運転免許を持っている僕と斉藤先生で交互に運転していこう』と、ここまではよかったのだが、斉藤先生は実は運転が大の苦手で、カーブの途中で止まったり、アクセルとブレーキを踏み間違えてガードレールに突っ込みそうになったり、カーナビの指示と反対側に進んで、知らない民家に迷い込んでみたり・・・と、散々な目に合ったのだった。

 ようやく逆鉾村についた頃には、全員がヘロヘロになってしまっていた。唯一涼しい顔をしている佳苗さんを除いて。

「私は悪路に慣れてるから。」

 僕の思ってることを察したかのように、佳苗さんから声をかけてくる。袖のない夏服のせいか余計に胸が強調されたようになっていて、目のやり場に困る。


「うおっ!? ちょっ、お前、何でこんなところに吐いてんだよ!!」

 村の入口のまだ新しいコンビニから出てきた従業員服の男性が、黎花ちゃんに声をかける。しまった、と慌てて謝ろうとすると、それよりも早く顔色の悪い黎花ちゃんが機嫌が悪そうに返す。

「うっさい、貴智たかさと! "私の店"なんだから別にいいでしょ!!早く片付けてよ。」

 えっ、と聞き返そうとする間もなく、貴智と呼ばれた青年が切り返す。

「お前の吐瀉物ゲロの片付けなんて、契約にはないぞ。"お前の店"なんだから、自分で片付けろよ。」

 その後は、莫迦ばかだの、アホだの、子供の喧嘩のような言葉が飛び交い始める。僕はただでさえ面倒なメンバーなのに、こういうのも込みか・・・と深くため息をつく。


「・・・えっと、お二人とも、もうそれくらいで。店員さん、道具貸していただけませんか?僕が片付けますんで。」

 ああ、それならと若い男性店員がコンビニの建物の横に設置してあるプレハブの用具入れに向かう。


「黎花ちゃん。さっき、あの店員さんが"お前の店"って言っていたけど・・・どういう意味なの?」

 まだ、ぶつくさと「何でセンパイが」と文句を言っている黎花ちゃんに尋ねる。質問がわからなかったのか、きょとんとしている。


「・・・?? 意味も何も、そのままですよ。このコンビニは・・・というか、今から行く蒼鷺館あおさぎかんと、村役場を除いたこの辺のほとんどの施設は、全部『私の作った会社のもの』です。」


 「えっ!?」と今度は僕と斉藤先生が声を揃えて聞き返すと、首を傾げながら黎花ちゃんが続ける。


「いえ、だから『私の会社の所有物』です。私、大学院休学している間に、逆鉾村で起業してたんですよ。"ちょっと理由があって"、しばらくこの村に長期滞在しないといけなかったし。

 最初はせっかく居るんだったら、もう少し使い勝手よくさせてもらおうって感じで過ごしてましたけど、やってるうちにこの村の開発にハマってしまって。気づいたら休学の年限過ぎそうになってたところに、この場所でセンパイに逢って・・・それで運命を感じて、第76行政区魔法大学校に行こうと決めたんですよ。」


 わざと胸元に手を置いて媚びるようなしぐさをする、と同時に佳苗さんの表情が険しくなっていく。

(またこれか。いたたまれない・・・)

 助けを求めるように斉藤先生の方を見ると、あたふたとしながら「じ、時間もおしてるし、そろそろ旅館の方に向かいましょうか。今度は、ちゃんとボクも運転気をつけるから」と二人に声をかけると、


「先生はもう運転はやめてください。」


と、珍しく佳苗さんと黎花ちゃんの声がぴったり重なってかえってくるのだった。




■■


「お、いらっしゃい!遅かったねー・・・って、どうしたの?」


 ぐったりとした様子の僕達を見て、やっぱり目の細いあの女将さんが心配そうにいう。「いえ、何も」と返すのがやっとの僕を見て、何だか察したように大変だったんだねぇと労う。旅館の入り口の『蒼鷺館』の文字も前にきたときと同じで、一度しか来たことないのにどこか懐かしさを感じ、ほっとする。


「電話の通り、黎花ちゃんも一緒なんやね。今日は”こっち”に泊まるん?」女将さんが黎花ちゃんに話しかける。

「ううん、今日は準備あるから・・・昼ごはんまで一緒に食べたら、一旦、"向こうの"家に戻るわ。明日の夕方には終わると思うけど・・・私の部屋は空いてるんでしょ、麻衣さん?」

「何言ってんの。黎花ちゃんの部屋は『ずっと』空けてあるわよ。」

 それを聞いて、目を軽く伏せて「ありがとう」と優しくつぶやく。うちの大学院に来る前に、この二人の間には色々あったんだろうな、ということぐらいはすぐにわかる。


「それじゃぁ、センパイ。少しの間おいとまさせていただきますけど・・・また、明日・・ね・・・」

 息がかかりそうなくらいの距離まで近づいて、最後の一言を僕の耳元で小さく囁く。慌てて「ちょっと、近ッ」と後ずさろうとする瞬間には、黎花ちゃんはアハハと笑いながら金色のツインテールを揺らして「麻衣さん、原付き借りるねー」と僕とは反対方向にかけて行く。恐る恐る佳苗さんの方を振り返ると、真夏なのに視線だけで何もかも凍らせるような鋭い目つきになっている。


「ああ、なるほど・・・お兄ィさんも、大変な子に目をつけられちゃったねェ。」

 その様子を見て、女将さんがカラカラと笑う。斉藤先生はいつも通りあたふたとしていて、そんな僕達を夏の日差しがジリジリと照らしている。庭に植えてある25行政区特産の少し遅目に咲く品種のテッポウユリの白い花が、夏風でゆっくりと揺れる。



 こうして、僕のほんの一瞬だけの夏休みが始まった。



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