第二部第五話 良くない知らせと残念な美人
「・・・良くない"知らせ"が二つあるんだけど、さて、どっちから話そうか。」
松田先生が院生部屋に入ってくるなり、そう切り出す。正直どっちも聞きたくない。後ろ斜めにデスクを置くことになった黎花ちゃんも、
「どっちからって、選択肢を提示してもらってないんですが・・・」
僕がそういうと、「それもそうだね」と苦い顔をして、話を続ける。
「じゃぁ一つ目。今年の魔研費なんだけど・・・予想通りというか、私の基盤Bと斉藤君の基盤Cは不採択。幸い萌芽研究は採択されたけど、また今年も厳しい研究費事情ということになるね・・・」
それを聞いて、僕も黎花ちゃんも唖然としている。
魔研費(魔術研究費補助金)とは、
松田先生が採択された萌芽研究は、まだ十分な実績はないものの、アイデアが優れていると判断される研究に対して、短期間・少額の研究費を支給して、アイデアレベルの研究を本格的な研究を実施するまでに育成する(あるいはそこで中止するかどうかを判断する)ための助成プログラムで、今回は僕のジェネラル・アンチスペルのデータを基に、『真のジェネラル・アンチスペル』を開発するというプランで申請していて、いくつかの候補となる解呪式を博士論文研究の時と同様に、
長期間・中規模予算の助成プログラムである基盤研究Bへの申請プランは、公聴会でも指摘されたジェネラル・アンチスペルのまだわかっていない部分の研究をメインにしていたため、どちらかというと、僕がポスドクとして雇われているのは後者の研究を行うためである。俄然、来年度以降の僕の雇用が危うくなってしまった・・・とも言える。
「・・・伯父様。いくらマイナー分野とはいえ、連続三回基盤B落とすとか、ちょっと・・・・」
黎花ちゃんがそうつぶやくと、松田先生も「ぐっ」と言葉を詰まらせる。生真面目な斉藤先生がこの場に居なくて、本当に良かったと思う。
「でも、今回は僕の論文も間に合わなかったし、来年度はきっと大丈夫だよ。」
そう僕が松田先生をフォローをしても、黎花ちゃんはどこか腑に落ちない様子でブツブツと言っている。姪だからなのか、それとも彼女のもともとの性格なのか・・・おそらく後者なのだろうけど、教授にもずけずけと言う態度は、その可憐な容姿や声との落差が本当に酷くて、『残念な美人』という言葉がぴったりだということがここ一ヶ月でわかってきた。
「方針としては、君は萌芽の研究計画を中心に、黎花君は呪具の研究を、いくつかある奨学寄付金を原資として続けるということになるね。今年の結果を基に、来年度こそは少し落ち着いて研究できる資金を獲得できるように、私もこれまで以上に準備をするし、今年度中もいくつか魔研費以外の助成金にも応募するよ。」
松田先生が「もちろん、君の雇用はなんとか維持できるようにする」と付け加える。
(・・・ちょっと待てよ。これで一つ目? だとしたら、"もう一つ"って)
そう僕が気づいたのを察したのか、松田先生と不意に目があう。
「・・・
松田先生は僕の右肩をポンポンと二回軽く叩くと、そのまま教授室へと戻る。僕は初のMagic誌への
『特定の呪術コードを標的とした新しいタイプのアンチスペルによる呪術の無効化』というタイトルの西大陸連邦国の若い呪術研究者が書いた論文が、Magic誌の表紙を飾ることになるのは、この数週間後のことであった。
■ 田中佳苗の「最後」まで、あと
―1年と11ヶ月
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