第二部第五話 良くない知らせと残念な美人


「・・・良くない"知らせ"が二つあるんだけど、さて、どっちから話そうか。」

 松田先生が院生部屋に入ってくるなり、そう切り出す。正直どっちも聞きたくない。後ろ斜めにデスクを置くことになった黎花ちゃんも、怪訝けげんな表情で松田先生の方を見ている。

「どっちからって、選択肢を提示してもらってないんですが・・・」

 僕がそういうと、「それもそうだね」と苦い顔をして、話を続ける。


「じゃぁ一つ目。今年の魔研費なんだけど・・・予想通りというか、私の基盤Bと斉藤君の基盤Cは不採択。幸い萌芽研究は採択されたけど、また今年も厳しい研究費事情ということになるね・・・」

 それを聞いて、僕も黎花ちゃんも唖然としている。


 魔研費(魔術研究費補助金)とは、櫻国おうこく政府が基礎から臨床・産業応用目的の幅広い魔法研究に対して交付する研究費で、櫻国の大学や国立研究所など研究機関に属するほとんどの研究者は、この補助金を研究費として利用する。例年11月に申請書を文部魔法省に提出して、その申請書をピア・レビューという方法で、実績のある同じ研究領域の研究者たちが審査をし、採択あるいは不採択が決定する。比較的少額で2~3年と短い期間の研究を支援する若手研究B・基盤研究Cというものから、年間数千万で助成期間も3~5年とじっくりと手厚く研究支援を行う基盤研究Sというプログラムまで様々である。


 松田先生が採択された萌芽研究は、まだ十分な実績はないものの、アイデアが優れていると判断される研究に対して、短期間・少額の研究費を支給して、アイデアレベルの研究を本格的な研究を実施するまでに育成する(あるいはそこで中止するかどうかを判断する)ための助成プログラムで、今回は僕のジェネラル・アンチスペルのデータを基に、『真のジェネラル・アンチスペル』を開発するというプランで申請していて、いくつかの候補となる解呪式を博士論文研究の時と同様に、ヒト化魔獣ヒューマナイズド・ビーストを使って研究することになっている。

 長期間・中規模予算の助成プログラムである基盤研究Bへの申請プランは、公聴会でも指摘されたジェネラル・アンチスペルのまだわかっていない部分の研究をメインにしていたため、どちらかというと、僕がポスドクとして雇われているのは後者の研究を行うためである。俄然、来年度以降の僕の雇用が危うくなってしまった・・・とも言える。


「・・・伯父様。いくらマイナー分野とはいえ、連続三回基盤B落とすとか、ちょっと・・・・」

 黎花ちゃんがそうつぶやくと、松田先生も「ぐっ」と言葉を詰まらせる。生真面目な斉藤先生がこの場に居なくて、本当に良かったと思う。

「でも、今回は僕の論文も間に合わなかったし、来年度はきっと大丈夫だよ。」

 そう僕が松田先生をフォローをしても、黎花ちゃんはどこか腑に落ちない様子でブツブツと言っている。姪だからなのか、それとも彼女のもともとの性格なのか・・・おそらく後者なのだろうけど、教授にもずけずけと言う態度は、その可憐な容姿や声との落差が本当に酷くて、『残念な美人』という言葉がぴったりだということがここ一ヶ月でわかってきた。


「方針としては、君は萌芽の研究計画を中心に、黎花君は呪具の研究を、いくつかある奨学寄付金を原資として続けるということになるね。今年の結果を基に、来年度こそは少し落ち着いて研究できる資金を獲得できるように、私もこれまで以上に準備をするし、今年度中もいくつか魔研費以外の助成金にも応募するよ。」

 松田先生が「もちろん、君の雇用はなんとか維持できるようにする」と付け加える。


 (・・・ちょっと待てよ。これで一つ目? だとしたら、"もう一つ"って)

 そう僕が気づいたのを察したのか、松田先生と不意に目があう。


「・・・修正稿リバイス返した後に、不載録リジェクトってケースもそれほど珍しくないし、"次に"送る雑誌を考えよう。落ち着いたら、教授室で打ち合わせを。」

 松田先生は僕の右肩をポンポンと二回軽く叩くと、そのまま教授室へと戻る。僕は初のMagic誌への載録アクセプトを逃し、これまでに味わったことのない気持ちで、自分のデスクに座り項垂うなだれる。



 『特定の呪術コードを標的とした新しいタイプのアンチスペルによる呪術の無効化』というタイトルの西大陸連邦国の若い呪術研究者が書いた論文が、Magic誌の表紙を飾ることになるのは、この数週間後のことであった。




■ 田中佳苗の「最後」まで、あと


 ―1年と11ヶ月

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