第二部第四話 いくつかの思惑


「それじゃぁ、お開きとしようか。黎花れいか君はこのあと私の兄のところに連れて行くことになっているから、少し残ってくれるかな?皆はお酒入ってるんだし、気をつけて帰りなさい。」

 松田先生の言葉に促され、僕と斉藤先生、佳苗さんはセミナー室を出て、そのまま支度をすませ帰路につく。さっきの黎花ちゃんの"融合魔法"とでも呼べばいいのか、研究棟を出るまでその話題がつきることはなかった。



 バタンッという立て付けの悪い扉がしまる音がする。


「・・・で、君の"本当の目的"は何なのかな?」

 松田は二人っきりになったのを見計らって、黎花に尋ねる。


「あら?伯父おじ様。私が嘘でもついてると思っていたんです? ひょっとして純一郎伯父様の件もブラフなのかしら?」

 黎花は少しも動揺することなく、松田の方に視線をやる。


「いや、それは本当だよ。兄さんは僕と違って結婚はしているけど、子供はいないからね。君は兄さんにとっては、可愛くて仕方のない姪っ子というわけだ。

 ただ、君が呪具製造なんかのためだけに、"こんなところまで"来るとは思えなくてね。」


「・・・やけにとげのある言い方されますね、伯父様。」

「じゃぁ、単刀直入に聞こうか。何故、"彼"にそれほどまで執着するのかな?」

 松田は少しだけ言葉に力を入れ、黎花の出方を待つ。


(・・・なるほど、まだ気づいていないのね。これは"ラッキー"だわ)


「別に何も。私だって年頃の女ですし、異性を気にしてもいいでしょ?

 先輩は確かに頼りない感じで、顔だってそれほどイケメンって感じもしないですけど、芯が強そうで、優しそうで・・・何よりあのジェネラル・アンチスペルの謎を解いた人ですもの。いざとなったら、誰よりも頼りになりそうな感じがしますし。」

 黎花が胸に手をやりながら軽く舌を出すと、話を逸らされた感じになってしまった松田がバツの悪そうな顔をする。


「まぁ、今日はこれ以上は聞かないでおくよ。時間に遅れると兄さんに何言われるかわからないしね。さぁ、グラスだけ片付けたら、僕達も出よう。」

 自らもグラスを幾つか手にして、黎花にも片付けを手伝うように指示すると、松田と黎花もセミナー室を後にするのだった。




呪具じゅつぐって、実は僕もあまり詳しくないんだよね。呪術学の実習で効果を試したくらいしかないし、作るってのもたいしてやったことないし。」

「ボクも同じですね。製品そのものを目にする機会はけっこうありましたが・・・」

 僕のあとに続けて、斉藤先生が困ったように付け加える。


 というか、現在、呪具製造を専門にしている研究室はこの櫻国おうこく内に一つもない。この国の国立私立を含めた775校の大学のうちで、大学院の博士課程で呪術学の研究室を持っているところは、たったの11校しかない。そのため、国内で呪術学を研究している研究室はほとんどが知り合いなわけだけど、今までのところ呪具の研究室の話は聞いたことがない。

 それ以外に、首都・東都とうとの近隣の自治体に、国立呪術研究所という専門の国立研究機関もあるが、他の国立魔法学研究所や白魔法治療院機構などのいわゆる国研からすると、規模も予算もだいぶ小さく、その研究内容は先の大戦時の呪術障害の研究が主なもので、呪具の研究は行われていない。


 そもそも呪具とは、第二次魔法大戦が始まる前、まだ呪術が戦争の兵器として恐れられていた頃に、呪術の弱点である『魔法文字ルーンによる呪術式構築の準備時間の長さ』を補うために開発されたもので、多くの一般的な呪術式で使い回しが可能な呪術コードぶぶんを、指輪やイヤリングなどの貴金属に封じておき、必要に応じてそれを解凍して利用するための魔法具の一種である。それ自身は、術者の魔法式詠唱時に必要な魔力コストを下げたりする効果はないため、魔法触媒とは少し違うタイプの魔法具ということになる。

 ジェネラル・アンチスペルが普及し、呪術自体の価値が暴落してしまった世界歴1990年代以降は、ほとんど作られることもなく、高度なものであればあるほど、その製造方法すらも継承されなかったものが多いため、今では失われた技術ロスト・テクノロジーとなっていると呪術学の講義で習った覚えがある。



「文献が残っているとすると、第22行政区魔法大学の種村先生の研究室くらいかなぁ。僕が修士の学生だった頃に参加した学会で、種村研の産業動物研究チームの学生さんが、ウシ向けのイヤーカフ型の呪具の発表してたような気がする。ちょっと、調べてみるよ。」

 僕がそういうと、少しの間をおいて、黎花ちゃんが何か気づいたようにニヤリと笑う。


「・・・それって、上手く行けばセンパイと二人で第22行政区までデートってことになりますか?」


 僕が慌てて「いや、僕は論文の手直しで忙しいし」と答えた時にはすでに、背後から殺気のようなものをまとった佳苗さんの気配を痛いほどに感じていた。




■ 田中佳苗の「最後」まで、あと


 ―2年と2週間

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