第二部第三話 共同幻想


 一通り、全員の紹介と挨拶が済むと、「ささやかだけど」と松田先生がセミナー室のテーブルに軽食やお菓子類、人数分のグラスを並べる。


「僕は車だから呑めないけど、君たちは徒歩通勤だし、一杯くらいなら大丈夫でしょ?」

と、グラスに酒を注ぐ。"何かいいことが研究室ラボであったときのために"と、先生が第55行政区で買ってきたロゼワインだ。僕はワインの良し悪しなんてわからないのだけど、松田先生が時々買って来るのをみると、それなりに有名なものなんだろうと思う。


「それじゃぁ、黎花れいか君の入学をお祝いして、乾杯!」



 しばらく思い思いに話をした後で、斉藤先生が黎花ちゃんに「何で呪術の研究を始めるのか」という主旨の質問をしている。僕も(おそらく他の二人も)興味があったので、返事を待つようにあたりが静かになる。



「――『共同幻想きょうどうげんそう』って概念、ご存じですか?」


 斉藤先生が「青魔法の基本的な概念ですよね。少しだけ」と返すと、黎花ちゃんが口角を上げ、両サイドで結わえた金色の髪が嬉しそうに揺れる。


「よかったぁー! 青魔法って、呪術とは"違う意味"でマイナーな魔法じゃないですか。いろんな場所でこの話しても、ポカーンとされるだけだったので、ちょっと嬉しいです。


 それじゃぁ、その辺も含めて説明しますね。


 世界歴1800年代に魔法が『発見』される前、まだこの世界の人々が神話とかお伽話のなかの神様とか化け物を信じていた頃の話です。その頃は、それぞれの地域で、『こんな神様がいて、こういう奇跡を起こして、人々を救う』とか、『あの化け物は、これこれこういう力を使って脅威になる』・・・みたいな話を、伝承の方法は様々ですけど、人から人に伝えていくってことが普通に行われてたわけです。」


 黎花ちゃんが右手の人差指をくるくるさせながら、続ける。


「一方で、この世界の生き物は、"少しの例外"を除いて、みな魔力を持っていますよね。例えば、白魔法とか黒魔法は術者自身の魔力を使う魔法だし、呪術は呪いをかける相手の魔力を使って発動する魔法ですよね。


 その点を踏まえて、伝説とか神話あるいはお伽話が、『人から人へと伝わっている過程で何が起こっているか』ということを考えてみると、力の大小はあるにしろ、魔力を持った人間の口から発せられた言葉が、次の人間を『信じこませる』というプロセスが、無数に繰り返されてるって言い換えることも出来ますよね。


 それをただ事実として切り出してくると、その神話や伝説・伝承自体が、相手を信じこませるための一種の魔法式のような性質を持ってる・・・って考えることも出来るんです。これを、"不特定多数の人間が共同で作り上げた幻想"という意味で『共同幻想』といいます。青魔法はこの共同幻想を利用して発動する魔法なんです。」


 僕も松田先生もグラスをセミナー室のテーブルの上に置き、黎花ちゃんの話に聞き入っている。黎花ちゃん自身も説明が嫌いじゃないタイプのようで、だんだん調子が上がってきているようにみえる。


「それで、この共同幻想がある程度以上の人間の集団の中で、長い年月をかけて伝わっていくと、『あ、こんな神様(あるいは化け物)がいるんだ』と思い込んだ人がそれなりの数出てくるわけですよね?


 その人たちが、その神様や化物に、祈ったり、畏怖いふいだいたり、もっというと想像したり、妄想したりするだけでも、本人には無意識のうちに、ごくごくわずかな魔力が、その想像上の神様や化け物を定義している共同幻想にチャージされていくと考えられます。・・・"考えられます"ってのは確認しようがないからって意味なんですけど。まぁそれはおいといて。



 この不特定多数の、術者には自覚のない魔力のチャージが、長い年月をかけて繰り返されることで、本来は想像上の存在でしかなかったはずの神様や化け物に『存在』を与える、言い換えると、不特定大多数の人間たちが、世代を超え、魔法式としての共同幻想を使って神様や化け物を『作り上げる』ってことになるわけですね。この作り上げられた神様や化け物のような"魔力のかたまり"のことを、『幻獣げんじゅう』と一般的には呼んでいるわけです。」


 そう言い終えた後で、黎花ちゃんはグラスのワインをひとくち口に含んで、唇を潤す。


「そして、色々と制限とか手順とかはあるんですけど、簡単に言うと、普段は具現化されずに目に見えない共同幻想という魔法式の中にいる幻獣まりょくのかたまりに、術者自身の魔力を使って『形』と『性質』を与えて具現化させるのが『青魔法』です。櫻国このくにでは伝統的に召喚術しょうかんじゅつと呼んでいる魔法体系ですね。」



 「それで私の目的なんですけど――」と言いかけたところで、少しだけ考え込む素振りを見せる。


「見てもらった方が早いですね。」


 そういうと聞き慣れない魔法文字ルーンの詠唱を始める。しばらくすると、黎花ちゃんの右手に黒い何かの結晶のような構造体が現れ、それがゆっくりと回転を始める。次第に回転のスピードが速くなり、その姿が変化していく。黎花ちゃんの魔法文字の詠唱が終わるころには、それは腕の代わりに羽が生えた手のひらくらいの大きさのいわゆる『妖精』のような姿になっていた。


「おお! ・・・何度見ても、"一瞬"で幻獣が現れるのは圧巻だねぇ。」

 松田先生が感嘆の声をあげる。


「で、ここからは少し・・・というか、だいぶ疲れるんですけど・・・」というと、今度は胸のポケットから取り出した魔法触媒の万年筆で、左手で魔法文字を書いていく。


「えっ!?呪術式??」


 それに僕と斉藤先生が気づいた時には、黎花ちゃんの作った呪術式が右手の手のひらで浮いている妖精に向けてかかり、そしてその呪いが発動する。無表情な妖精が、櫻国の伝統的な舞を踊っている。


「凄い・・・青魔法と呪術の融合で、幻獣を使役するってのが、朝比奈さんの研究目的なんですね。」


 斉藤先生が右手で口を覆いながら、本当に驚いたようにそう言うと、松田先生や佳苗さんもそれに同調したようにうなずく。



 ――いや、この現象の"凄さ"は呪術と青魔法の融合とか、そんなところじゃない。



「これ、おかしいですよ!」


 僕が堪らずそう叫ぶと、黎花ちゃんは満足気にニヤァと笑う。


「・・・やっぱりセンパイは"特別な人"、ですね。


 そうです。本来、呪術は三大不可侵項目の一つ、『対象動物の原則』があるせいで、対象とできるのは生き物、それも動物に限定されているはずのに、何故か"動物でもない、もっといえば生き物であるのかもわからない"ような幻獣に効いてしまうんです。


 私の目的は、さっき斉藤先生が言った幻獣の高度な使役というのもありますけど、この矛盾点の解明・・・『幻獣が生き物としての性質を持っているのかどうか』あるいは『呪術側のルールに"ゆらぎ"があるのかどうか』ってところです。」


 そういった後で、手のひらの上で踊る妖精に、フッーと息を吹きかけると、まるで煙のようにかき消える。よほど疲れるのか、黎花ちゃんの額には汗がにじんでいる。


「・・・それで、解離性魔力中枢症でもない君が、青魔法と呪術を同時に使うようにするために、『呪具』が必要ってことか。なるほど、さっきの斉藤君のいうような応用も含めて、面白いね。」


 松田先生が顎に手をやりながらそういうと、黎花ちゃんは得意気な顔で、僕に向け片目をつぶってみせる。



 いまから思えば、たぶんこれが始まりだったのだと思う。




■ 田中佳苗の「最後」まで、あと


 ―2年と3週間

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