補遺2 南西諸島にて


■ 世界歴1989年 5月22日 南西諸島・黄島 白蛇港


「兄さん!」


 背後からの聞き覚えのある声に、ゆっくりとふり返る。


「・・・・チェットか。どうした? こっちのカンへの立ち入りは止められてるはずだろ?」


 そこには、フェイよりも三つ歳下の弟が息を切らして立っていた。


「何で兄さんが追放されないといけないんだよ!こんなのおかしいよ!!」


 走ってきたばっかりで、ぜぃぜぃと息を切らしながら、必死で叫ぶ。目にはうっすらと涙がにじんでいる。


「・・・・『次代の王となることが決まった者よりも、上位の王位継承権を持つ王子がいた場合、のちのちの権力闘争を防ぐために南西諸島から追放する』ってのは、南西諸島十二領主連盟の"取り決め"だろ? むしろ、親父が四年間も猶予をくれたことに感謝してるよ。」


 南大陸の西側に浮かぶ南西諸島は、大小12の島々から成っていて、産業といえるものは農業や漁業くらいしかなため、大陸の国々からすると全般的に貧しく、軍事面でも設備、人員ともに乏しい。これらを補うため、それぞれの島の領主や王が同盟を結び、大陸の国々など対外的な交渉や軍事作戦などを行う際は、12の島々全体で協力する体制を整えている。その際に、各島で異なる文化や法律などは尊重しながらも、対外的な問題に発展しそうな事項については、共通の取り決めをもうけている。


「だからって・・・・・」


 チェットの頭に手を置き、軽くでる。弟のチェットは昔から病気がちで、浅黒く筋肉質な男が多いファン家のなかでは珍しく、色が白く線も細い。また母親に似て美丈夫びじょうぶで、詩や踊りにも長けているが、その反面、武術などには向かず、次代の王にすることについて高官の一部から反発があるのも事実である。


「この南西諸島十二領主連盟の盟主たる黄家が連盟の取り決めを守れないとなると、対外的にもまずいのはお前もわかるだろ? 今は西大陸連邦国からの圧力もある。連盟同士の結びつきを強固にするためにも、俺は居ないほうがいい。


 ・・・・それに、『こう』はお前を選んだんだ。胸を張って、王を継げ、チェット。」


 少し頼りなく見える弟は、無言でうつむいている。今度はチェットのさらさらの髪を、わざとぐしゃぐしゃにするくらいの強さで頭を撫で、最後に軽く叩く。


 南西諸島最大の島・黄島は、島といっても櫻国の6分の1に匹敵する面積を持つため、この島を治める黄家が、実質、南西諸島連盟のリーダーとして対外的な交渉を行うことになっている。また、黄家自体の成立は世界歴1800年の魔法発見時にまでさかのぼることができ、歴史的にも最も古い一族である。


 その黄家には、王子が次代の王として家をぐ際に行う儀式があった。王位継承権第一位の王子が14歳になる年の2月14日に、黄家の守り神とされる幻獣『河に住まう龍』をまつほこらで、『咬』という魔法具に自身の魔力を込め、その龍に自分たちの統治する島々に残ってもらうように祈るという儀式である。

 昨年、チェットはこの儀式を行い、無事に『咬』を鳴らすことに成功している。四年前にフェイもこの儀式に挑み、そして、それに失敗したことで、王位継承権を剥奪はくだつされることになったのだった。



「お前が立派に黄家を継いで・・・・そうだな、俺が無事に四十を迎えることができたら、こっそり会いに来よう。それまでこの島を頼んだぞ。」


 弟との別れを済ませると、フェイは本来死者を乗せて河に流すための簡素な手漕ぎの舟に乗り込み、河口に向かって漕ぎだす。ギィギィと木と木がこすれる音が宵闇よいやみのなかにひびくく。


 やがて、白蛇港が小さくなっていくと、フェイは一度だけ手を離し、自分を思ってくれる弟が居る方向に目をやる。あふれてくる涙を袖でぬぐうともう一度かいを手に握る。





■ 世界歴2008年 9月2日 南西諸島・黄島 雨燕アマツバメ


頭目とうもく!」


 いつだったかもそうしたように、背後からの声にフェイはゆっくりとふり返る。


「・・・・ハインか。戦況は?」


「黄島各地の基地に残存する西大陸連邦国の黒魔道士部隊は、ほぼ壊滅。阮男グエン・ナム隊全員が戦死するなど黒鳥隊こちらの被害も甚大ですが、一両日中には旧王宮に踏み込むことが出来ると思われます。 


・・・・・しかし、こんなところで何を?」


「いや、なに。ちょっと、弟との約束を果たしにな。 ・・・・少し早くなってしまったが。」


 ハインと呼ばれた全身を黒衣の戦闘服に身をつつんだ女性の問いかけに答える。


「・・・・先王のことですか?」


「ああ」とだけ答える。ハインはそれを聞いて、気まずそうに下を向く。


 切り立った崖になっているこの雨燕岬は、西大陸連邦軍に王宮を追われたチェットが、最後に『咬』ごと身を投げたとされている場所であった。崖の下の潮の流れは激しく、白波が絶えることなく、岩肌に打ちつけている。


「気にするな。お前はいつものように、俺を"ゴミ虫"をみるかのような目でみてればいいんだよっと。」


と、ハインの引き締まった尻を触りながら言う。


「ッ!!!!? ほっんんんっとにどうしようもないゴミ野郎ですね!アナタはッ!!!」


「ハハハハッ、そうそう、それでいいんだよ。」


 さっきまでの雰囲気が嘘のように豪快に笑う。つられて、ハインも笑顔を見せる。


「・・・・さぁ、行こう。あと少し、力を貸してくれ。」

「はいッ!」


 19年前とは違い、今度はフェイはふり返ることも、涙を拭うこともなく、その場を立ち去るのだった。

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