補遺

補遺1 アルゴダの"もう一人"


 主査である松田先生の指示で聴講者が立ち去った大講義室で、審査員たちが僕の方を見ている。



 しばらくして、「少し、いいですか?」と桑門くわかど先生がマイクを取る。


「確かに、これまでのデータや説明でジェネラル・アンチスペルが、アンチスペルでないということはわかったんですが、まだ明らかにしてないことがありますよね?


 例えば、『何で』発動の一歩手前で呪術式が止まるんですか?これについては、どうお考えでしょうか?」


 他の二人の副査も「ああ、確かに」と相槌あいづちを打っている。



「その点については、実はまだ明らかに出来ていません。それを明らかにするには、今回の『瞳の色』のようなマクロの表現形を誘導する呪術式ではなく、魔力に反応するミクロな魔力マーカーをいくつか組み合わせた呪術式を用いることと、超解像度魔力イメージング装置とハイスピードカメラを組み合わせたライブセルイメージング観察が必要だと思いますが、あいにくこの大学にはそのような装置がないため、まだ出来ていません。


 ただ、『発動の手前』という点に関しては、私の実験結果でも示していますし、この点については、ジェネラル・アンチスペルの"呪術部分"が、アダプター配列に向けて対象となる呪術式を飛してから、その結合が成立までの時間の問題なのではないかと考えています。」


 何度か相槌をうち、桑門先生がさらに質問を続ける。


「そう考えるのが妥当かもしれませんね。それに今提案されたような装置は、私の所属する東都とうと大学にもありませんし、おそらく国立魔法学研究所の、それも魔力イメージング専門の基幹センターに数台あるかどうかというところでしょう。

 これは博士課程での研究についての審査なのだし、現時点で出来ないことがあっても、問題はないと思います。


 では、『攻性呪術をかけた直後に、一旦、最後の手前までの呪術コードは発現していたのに、時間経過とともに最終表現形が発現する段になって、また一から呪術式が発現していくのは何故か』ということも、まだわからないかな?


 ・・・・ただ、これらの"ポイント"については、が隠れていそうですねぇ。」


 そういうと、顎髭あごひげを右手でさすりながらニヤリと笑う。僕が背中にかなりの量の冷や汗をかきながら、「私もそう思います」と返すと、桑門先生は満足そうにマイクをテーブルの上に置く。




■■


 公聴会後の主査・副査だけによる本審査も終わり(と言っても、僕にその結果が知らされるのは後日なのだが)、僕が帰る身支度をしていると、桑門先生が声をかけてくる。


「やぁ、非常に面白い研究内容だったよ。こんな面白い研究、僕の職場でもめったにないね。」


 穏やかな口調ではあるものの、松田先生とは少し違う雰囲気を持っている。僕はお礼をいうのと同時に、気になっていたことをたずねてみる。


「・・・・あの、先生は何故、僕の博士論文の副査を引き受けてくださったんでしょうか?」

「ん? それは、"意外だ"ってこと?」


 僕が「ええ」というと、桑門先生が、もう一度顎をさすりながら答える。


「きっかけは、松田さんの"要請"であることは間違いないんだけどね。彼は、僕の東都大学白魔法学部での先輩でもあるし。

 こういう関係は、ちょっとやそっとではなくならないからね。いやはや、『研究というのは人と人の繋がりが重要』ってのは、僕や松田さんの先生の言葉だけど、いつまで経っても消えない、一種の"呪い"みたいなもんだねぇ。


 ・・・・それと、君のお察しの通り、『こっちの思惑』もあってのことだよ。」


 松田先生と同門で、しかも松田先生よりも若かったのかという驚きよりも、『どこまでのか』と恐ろしく感じる。この先生が僕よりも早くジェネラル・アンチスペルの研究に取り掛かっていたら・・・と考えると、胃まで痛くなってくる。



「君も発表のなかで言っていた世界歴2000年の鳥国エルトリア領内のアルゴダで起こった事件で、民間人ではない人物が関わっていたのを知っているかい?」


「ええ。・・・どこかの大学の教授、でしたっけ?」


 僕は松田先生の話を思い出しながら、返す。


「そう。その人物は、加藤信辰かとうのぶたつという名前でね。当時は第88行政区魔法大学の教員だったんだけど、エルトリアからの帰国直後、東都大学の教授に着任し、現在、東都大学附属病院の病院長となっている。」


「そうなんですか。でも、確かに『そんな人物が』って驚きはしますけど、別に問題があるようには・・・・」


「それが、毎年サクラ鉱業からの億を超える寄付金を受け取っていたとしてもかい?」


「えっ!?」


「表向きは通常の奨学寄付金。でも、鉱山開発をする民間企業が白魔法、それも魔法薬の体内動態(魔法薬成分の体内での拡散や排出を調べる研究領域)を専門とする彼に長年にわたって高額な研究費を寄付するなんて、普通に考えるとおかしいでしょ?」


 僕が聞いていいものなのか悪いものなのかと、固まっているいると、桑門先生がさっきよりは幾分か明るい口調で続ける。


「いや、すまない。君に話すことでもなかったね。


 ただ、松田さんの依頼を引き受けたという事項に関してみれば、そういう『こっちの事情』もあったってことさ。

 もちろん、君の研究の審査をするにあたって、そんなのは""だし、僕も他の審査員もそんな他の事情なんて一切加味はしていないけどね。」


 特徴的な低い声でそういうと、ニカッと笑う。


「ああ、それと大事なことを伝えるのを忘れてた。本審査の結果を待ってる今のタイミングで言うことではないかもしれないけど、もし、君が就職先ないんだったら、うちの研究室ラボでどうかな?」


「ええっ!? でも僕は白魔道士でもないですし、呪術研究者なので・・・・」


 僕は恐縮しながら返す。


「それは心配ないんじゃない? 君の""で、白魔法研究領域における『~と呪術との融合』ってタイトルの魔研費まけんひ申請が、来年あたりからどっと増えるだろうし。」


 そういうと桑門先生は豪快に笑い、「なにか困ったことがあれば」と名刺を一枚、僕に渡す。僕はそれを緊張しながら胸ポケットにしまい込む。


 著名な研究者に話をしてもらえたという興奮と、世の中には自分よりも凄い研究者がたくさん居るという当たり前のことを思いながら、僕は寄宿舎に戻るのだった。

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