第四十話 公聴会は踊る 後編


 聴講席のざわつきは、もう簡単には止められないくらいに続いていた。各々おのおの、一緒に来ている同僚だったり、研究者同士で、僕の結果について小声で話している。僕は演台においてあるミネラルウォーターを紙コップに注ぎ、それを少しだけ口に含んで、ふーッと息を吐く。



「・・・・私は、市販のジェネラル・アンチスペル剤およびその一部を改変した改変呪術式を投与したヒト化魔獣ヒューマナイズド・ビーストに"ある異変"が起きているのを見つけました。このスライドをご覧下さい。


 投与からの時間の差はあるものの、市販のジェネラル・アンチスペル剤、改変呪術式いずれも時間経過とともに、、瞳の色が黒から赤くなりました。これは、『瞳を赤くする』という呪術式に対し、一度、ジェネラル・アンチスペルが効果を発揮し、呪術式を阻害したため、瞳は黒いままとなっていたものが、時間経過とともに、ジェネラル・アンチスペルの効果が薄れ、最初に反応させた『瞳を赤くする』という呪術が発動した結果と考えられます。



 ――つまり、ジェネラル・アンチスペルは【決して安定的なものではない】ということになります。」


 聴講席から悲鳴に似た声が上がる。幾人かは口に手を当て、多くの聴講者は信じられないという表情でプロジェクターやモニターを見つめている。"あの"スーツ姿の集団はおろおろと狼狽うろたえているものと、必死でメモを取っているものにわかれている。意外にも、マリス博士はそれほど表情を崩さず、プロジェクターではなく、僕の顔を見ている。



「・・・われわれヒトと実験用魔獣の寿命は大きく違います。また、今回用いたヒト化魔獣・・・というよりその元となっている魔力不全魔獣ヌード・ビーストにはKlothoクロトー遺伝子に変異があり、早期老化モデル魔獣としても使われるものです。

 そのため、この"現象"が加速して発現している可能性がありますが、おそらく【われわれヒトでも同様のことが起こる】ということを示しています。

 私が冒頭で話したジェネラル・アンチスペルの解呪ディスペルが"意味のないこと"であるというのは、そもそも時間が経てば自然と解呪されるため、ということになります。



 また、この現象は同時にあと二つ、""をわれわれに示唆しています。



 一つは、市販ジェネラル・アンチスペル剤投与実験群に比べ、マリス・コード部分がアダプター配列だけである改変呪術式投与群では、アンチスペルが無効化されるまでの時間が6ヶ月と非常に短いことから、この時間の差を生み出しているのは、マリス・コードのアダプター配列以外の部分、つまり、未だ機能未知の魔法文字ルーンが羅列されているなかにあることが示されています。」


 ここで桑門くわかど先生がマイクを取り、僕の発表を遮る。


「ちょっと、待ってください。確かに、これまでの説明を聞くと、マリス・コードの中にアンチスペルの効果時間・・・というのかな、その表現形に関する部分がコードされていると考えるのが妥当だとは思いますが、市販剤と改変呪術式では条件分岐ブランチの部分も異なるのではないですか?」


 的確な質問だと思う。呪術学が専門ではないはずなのに、さすがは櫻国このくにで最も古く、最も大きな大学である東都大学の教授だと、率直に思う。僕もその点については、"あの論文"をみつけた後で、明らかにしておかないといけないと思っていた点だった。



「はい、先生のご指摘とおり、条件分岐ブランチの部分にもその可能性があります。この現象を明らかにしてから、今日こんにちこの時まで限られた時間しかなかったため、これまでの実験と同様に、ヒト化魔獣を用いた実験を行うことは出来ませんでしたが、in vitroインビトロの実験系でこれを確かめています。


 具体的には、ヒトの魔力中枢株化細胞、これは魔力不全魔獣ヌード・ビーストに移植するものと同じですが、この細胞に市販のジェネラル・アンチスペル剤と、先ほどの実験と同様にマリス・コードを改変したもの、さらに先ほどの実験とは違いブランチの部分を改変した改変ジェネラル・アンチスペルを反応させた3群を用意した後で、これに今度は細胞死ネクローシスを誘導するような呪術式を反応させました。」


 僕はそういうと、用意していたスライドに切り替えて続ける。


「このスライドが結果です。呪術の場合、一般的にin vitroでの反応は見にくいのですが、この3群の中で細胞死が誘導されたのは、先ほどの実験と同様にマリス・コードの部分を改変させたものだけでした。市販剤反応群が細胞死誘導されなかったのは意外でしたが、おそらく、さらに長期の培養を行うことで誘導できるのではないかと推測しています。


 この実験をさらに進め、[アダプター配列] [単純なブランチ] [インターカレーター] のみをもつ"骨格だけのジェネラル・アンチスペル"と、そのアダプター配列に、マリス・コード内の機能未知の魔法文字ルーンを3文字ずつ足していく・・・この足した配列を便宜上、【アクセサリー・ルーン】と呼ぶことにしますが、このアクセサリー・ルーンの配列違いやその組み合わせを含めて、57実験群用意し、実験を行いました。」


 57実験群に反応して、桑門先生や副査たちが唸る。我ながらこの一月足らずでよく実験したものだと思う。大学院博士前期課程(修士課程)を含めても、一番実験した期間だと思う。



「結果を示します。アクセサリー・ルーンの配列違いに関しては、少なくともマリス・コード内に含まれている分に関しては、ご覧のとおり、効果に差はありませんでした。


 ところが、これを組み合わせていくと、投与からることを見出しました。縦軸に細胞死を起こすまでの時間、横軸にアクセサリー・ルーンの数をとり、これらの結果をプロットすると、アクセサリー・ルーンの数依存的いぞんてきに細胞死までの時間が伸びていることがおわかりいただけると思います。



 ・・・ここで前に私が言った『ジェネラル・アンチスペルが、呪術とは異なるメカニズムを持った別の魔法』というところに繋がります。マリス博士のジェネラル・アンチスペル論文よりもかなり古い、"結合魔法式キャプチャースペル"が書かれていた論文には、『33文字のアダプター配列が他の記述式魔法を非特異的に結合する』ということの他に、もう一つ重要なことが書かれていました。


 それは、『この配列は別の配列と結合すると、周囲の短い魔法文字ルーンと"弱い結合"で結びつき、元の配列と別の配列の結合を強固にする性質がある』というものです。これは短いアクセサリー・ルーンの数によって、最終的な表現形の発動が、言い換えれば、"アダプター配列と結合していた元の呪術式の解放が左右される"ということと符号します。



 つまり、ジェネラル・アンチスペルは他のアンチスペルと異なり、攻性呪術の侵入防止や体外への排出、無効化などの解呪ディスペルを行っているのではなく、後半部分の呪術による緻密な指示により、【他の攻性呪術などを結合魔法式キャプチャースペルに結合させ、それをそのまま保持するというだけのもの】であることが推測されます。」


 僕は一度マイクを外し深呼吸をして、さっきよりも一層ざわついている聴講席に向けて最後の説明を始める。



「そして、このことはもう一つの"重要なこと"と強く関連しています――」




■僕の博士課程論文提出期限まで、あと


 ―1ヶ月と二週間



 

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