第三十九話 公聴会は踊る 中編
暗くなった大講義室の教壇に上がり、聴講者席を見渡すと、驚くほど一人一人の顔がよく見える。そのせいで、まだタイトルしか読み上げていないのに、気圧されそうになるのを、マイクを離して、長めに息を吐いてねじ伏せる。
「私は、攻性呪術に対する
おそらく、聴講されている皆様、審査員の先生方にしても、この研究目的には大いに疑問があると思います。たぶん、それはこういう問いでしょう。
『何でわざわざ、すべての攻性呪術式から身を守ってくれているジェネラル・アンチスペルを解呪する必要があるのか?』
・・・・正直、私もそう思います。」
そう言って、ニッと笑って少しだけ間を取ると、会場からクスクスと小さな笑いが漏れる。その笑い声で自分の緊張が解けていくのがわかる。
「しかし、考え方を少し変えてみると、現在のこの状況はかなり"
でも、それは本当にそうなんでしょうか? もしもそれが、【ただ、安定的に見えているだけ】なのだとしたら――」
そう思わせぶりに僕が話しても、
C.マリス博士は――ただ、腕を組みながら、目を伏せていた。彼は僕の話す
「このあとで順に説明していきますが、先に結論から話します。
私はこの一連の博士課程研究のなかで、すでにヒト体内に組み込まれてしまっているジェネラル・アンチスペルの
それはヒトを対象とした臨床試験を実施するには、想像できないほどのリスクが伴うと予測され、
――そして、それが"意味のないこと"だということも。」
そう僕がいうと、桑門先生や他の副査、聴講者のほとんどが首をかしげたのに対し、C.マリス博士だけがゆっくりと伏せていた目を開け、こちらを見る。
(・・・やっぱり、そうなんだな)
今度は僕が目を伏せ、息を短く吸う。ここからが僕の発表の本番であった。
「ジェネラル・アンチスペルは、世界中で汎用されている対人攻性呪術式へのアンチスペルであるにも関わらず、その構造についての報告は魔法論文のデータベース・
一方で呪術には、三大不可侵項目の一つである『シークエンスの原則』、つまりある呪術式の最終的な効果、呪術学の用語で言えば"呪い(curse)"ですが、これが発動するためには、必要な動作一つ一つを引き起こす任意の長さの呪術コードが正しい順番で並んでいなくてはならない、という原則があります。
世界歴2000年のジェネラル・アンチスペルに関する
そこで、まずこの仮説を確かめるため、現在注射剤として流通しているジェネラル・アンチスペルの『原典』の写しを紅蓮国より譲渡いただき、この解析を行いました。」
ここで聴講席のスーツ姿の何人かが反応する。(彼らは何者なんだろう?)という疑問が一瞬浮き上がるが、発表を進める。
「解析の結果がこの図ですが、ジェネラル・アンチスペルは大きく分けて、三つの部分に分かれています。
一つが"マリス・コード"と呼ばれる機能未知の
これが一般的な魔法紙で一枚程度も続きます。その後に対象となる動物を指定する『コール』があります。このコールは、原典ではジェネラル・アンチスペルをかけられた動物を対象にするように記述されており、原典を一部改変し、モーリュ精製物にそれを溶かしこんだ市販のジェネラル・アンチスペル剤では、ここは投与された動物、ということになっていると思われます。
二つ目が、非常に細かい
ここには、2000年のレビューにも書かれていた"最も長い呪術式"と言われるとおり、現時点でも想定されるほぼすべての呪術式が作用するように構築されています。
簡単に説明すると、対象となる攻性呪術が体内に侵入した場合、『どの部分でまずこの呪術式を捕捉するか』ということが、おおよそ想定される侵入経路のすべてで記載されています。また、
なお、この"捕捉"は後で説明しますが捕縛型解呪式インターセプタータイプのことではありません。
そして、最後の部分を構成しているのが解呪式の骨格、『主文』としての
インターカレーターは非常に珍しいアンチスペルで、2017年現在ではほとんど見かけることはありません。一般的な解呪式であるインターセプターよりも効果がバラつくことが多いという報告が多いためです。」
そういうと、以前、フェイ氏にプログレスした際と同様に、聴講席がざわつく。
「私はさらに詳細な解析を行うため、魔力中枢を持たない突然変異である
このスライドが結果となります。ご覧のとおり、
しかし、検鏡下では
このスライドに示しますように、超解像度魔力イメージングで解析した結果、ヒト化魔獣の虹彩領域において、ジェネラル・アンチスペルの効果が極めて細かい部分で差があります。また、この効果の"バラつき"はランダムで、検査した個体ごとにそのパターンは異なり、そこに規則性は見いだせませんでした。
しかし、この現象は目に見える結果としての表現形、『瞳の色が黒い』ということには変化はありません。」
副査である桑門先生、マリス博士もスライドの超解像度魔力イメージングの写真を食い入るように見つめる。超解像度魔力イメージング機器自体が高額でそこら中にあるわけではないし、開発されたのもそれほど古くはない。自分が想定していなかった最新のデータには、さすがにマリス博士も興味があるのだろう。
「この結果について、私ははじめ『インターカレータータイプの場合、効果がバラつきやすい』という
しかし、呪術式をさらに解析していくと、通常のインターカレーターとは異なり、解呪の対象となる呪術式に挟み込む
すると、対象となる攻性呪術式に挟み込まれる部分の
この結果から、ジェネラル・アンチスペルは、解呪対象の呪術式が体内に取り込まれた後で、その呪術式にマリス・コードに規定されている33文字の
この『ドミナント・ネガティヴ』タイプのアンチスペルは、一度も実装されたことがないとされているものです。」
会場がどよめく。特に反応しているのは見慣れないスーツ姿の人物たちと、御神苗や桑門先生を始めとした研究者たちで、開発者であるマリス博士はそれほど反応を見せていない。僕はそれを確認して、最近の実験データを発表するために、スライドを切り替える。
「・・・・ただ、これは"形としては"ドミナント・ネガティヴとして成立しているというだけです。もっと端的にいうと、【ジェネラル・アンチスペルは
会場が今日一番ざわつく。これまで自分たちを目に見えない恐怖である呪術から守ってきたはずのものが、『まったく違うものである』と言っているのだから、当然の反応だと思う。そして、僕はこの言葉にC.マリスが反応したのを見逃さなかった。
「・・・皆さん、まだ気づかないんですか?」
僕は本来ならもっと丁寧に話さないといけないはずなのだが、つい挑戦的な言い方をしてしまう。
「もう一度、ジェネラル・アンチスペルの構成を見て下さい。最初にアダプター配列を含んだマリス・コード、その後でコール、条件分岐が続いて、最後にインターカレーターです。そして、このインターカレーターは、冒頭のアダプター配列を参照しています。」
それがどうした?という顔で、松田先生、その他の副査、フェイ氏、あのスーツ姿の人物たちが僕の方を見ている。ただ一人だけ、C.マリス本人だけが僕の目をじっと見つめて、険しい顔をしている。
「つまり、このジェネラル・アンチスペル自体が、呪術の三大不可侵項目である『シークエンスの原則』を無視しているんです。
それぞれの呪術コードが順序良く並んでいないと発動しないはずなのに、冒頭にアダプター配列を配置し、それをわざわざ解呪式の主文の一部として使う・・・ということは本来は出来ないはずなんです。
考えられるのは、冒頭のマリス・コードは【呪術ではない何か】として体内で反応していて、"それ"に向けて対象となる攻性呪術をぶつける"ためだけ"の
古い論文にこの推測と似たような"
これは、私が行ったアダプター配列の33文字の文字数、構成されている
・・・・繰り返します。これらのことから、ジェネラル・アンチスペルの骨格は、"呪術とは異なるメカニズムを持った別の魔法"であることが推測されます。
ではこれから、それが『何なのか』をお示しします。」
■僕の博士課程論文提出期限まで、あと
―1ヶ月と二週間
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