第三十八話 公聴会は踊る 前編



 第76行政区魔法大学校大学院の大講義室は階段式になっていて、中央の一番低いところに教壇があり、その後ろに上下にスライドできる大きな黒板と、その手前に今日は天井からスクリーンが垂れ下がっている。

 プロジェクターを投影するためのスクリーンは、正面の一番大きいものと、その右横にサイド用の少し小さめのものがあり、聴講者が座る席の途中には正面スクリーンに映っているものと同じものが映しだされる32型のモニターが階段の左右に2つずつ、合計4台設置されている。いつもは窓から見える並木も、今日は暗幕で遮られている。


 聴講者は僕が予想した以上に多く、教壇のすぐ前に設置されている主査・副査たちの席のすぐ後ろまで、席が埋まっている。


 僕は事前に指示されていたように、大講義室の後ろの入り口から入室し、階段を一段一段、教壇に向かって歩いて行く。聴講者席には、御神苗おみなえやその指導教官、同期生に混じって、町田さんの姿が見え、そしてフェイ氏も主査である松田先生のすぐ後ろに座っている。それに、外部の人なのだろうか、スーツ姿の男女がまばらに何人も座っている。



 僕が教壇に到着して、ポインターやプロジェクターに接続されているパソコンの調子を確かめると、それを合図に松田先生がマイクを取り、かしこまった調子で僕に話しかける。


「博士候補生は、まず始めに、名前、学籍番号、本籍地を述べて下さい。」


 僕は息を長めに吸って吐くと、(いよいよだ)と心のなかで呟く。


「はい。 本籍地は第74行政区、学籍番号は―――」




 事務的な確認が終わると、松田先生がもう一度尋ねる。


「それでは、講演のタイトルを。」


「"ジェネラル・アンチスペルの構造解析とその解呪ディスペル研究"です。」


 僕が発表のタイトルを口にすると、聴講者席が少しだけざわつく。それは、あらかじめこの発表の概要を知っているはずの副査であるこの大学の教員二人、外部からの副査である桑門くわかど真・東都大学第一内科領域白魔法研究室教授も同様で、やはり驚いている。


 ただ一人、このジェネラル・アンチスペルを開発したチャールズ・マリスだけを除いて―――



「それでは発表をお願いします。なお、この公聴会は、第76行政区魔法大学校大学院学位規則第十条によって定められている本審査として開催されるもので、同条第二項および白魔法専攻科の規則により、本日内に限ることを前提として、特定の時間を定めずに行われます。


 よって、一時間を経過したごとに適宜てきぎ休憩を取ることが可能ですが、必要な場合は、博士候補生はその都度審査員に申し出て下さい。また聴講者の皆様は、審査の過程において、審査員の判断で退室をいただくこともありますので、予めご理解下さい。


 ・・・・それでは、発表を始めて下さい。」



 バタンという音と同時に、大講義室の明かりが僕の居る教壇の周りを残して、消える。暗くなった聴講席から視線をスクリーンに移し、そこにある研究のタイトルをじっと見る。


 僕がここ二年間でやってきたことが集約されている、簡素なタイトル。そして、僕はマイクロフォンを口に近づけ、それを音読し、さらに続ける。



「――それでは、発表を始めます。」




■僕の博士課程論文提出期限まで、あと


 ―1ヶ月と二週間

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る