第三十七話 大講義室に向かう長い廊下で 後編
丸められた紙くずだらけの院生部屋に、心配した教授が駆け込んでくる。それと同時に、その異常な光景を見て驚きの声を上げる。
「なっ!? これは・・・?」
僕は食い入るように見ていた論文の
「すいません。・・・あとで片付けます。それより、買いたい試薬と魔法触媒、それに、用意してもらいたいものがあるんですが・・・・」
「何か・・・何か"掴んだ"んだね?」
僕は無言で頷く。掻き毟った髪の毛や散らかった院生部屋とは対照的な僕の目を見て、教授が嬉しそうな顔をする。
「先生。このジェネラル・アンチスペルは―――」
■■
「――はい、わかりました。伝えます。」
内線電話を受けて、そう応えながら、斉藤先生が僕に目配せをしてくる。準備が整った合図だ。
世界暦2017年1月17日。僕の
僕の博士論文の主査である松田先生は、すでに会場となる大講義室で副査の先生たちと待機している。そこで、すでに提出している博士論文について、主査と副査が議論を行い、準備が整ったところで、博士の審査を受ける候補者である僕が入場し、自分の博士論文についてプレゼンを行う【公聴会】が始まる。
公聴会は基本的にはどんな人でも聴講することが可能なため、審査員たちだけの打ち合わせ後、まず聴講者を会場に入れ、しばらくしてから博士候補者を入場させるという段取りを踏む。
さっきの合図は、この準備が終わった合図だった。
「頑張って下さいね、"シン"君!」
斉藤先生がそういって肩を軽く叩く。「だから、それ名前じゃないですって」と、おどけながら返して、僕は公聴会の会場である大講義室に向かう。
第三呪術研究室がある白魔法研究棟を出て、主に学部学生が講義を受ける講義実習棟を抜ける。そこから附属治療院へと向かう連絡通路を、途中で左に曲がると、少し離れた場所にある階段式の大講義室に向かう長い廊下がある。
エネルギー節約のため、センサー式の灯りは半分以上がスイッチが切られていて、かなり薄暗い。
元々は、講義室として頻繁に使われていたものの、三年前に現在の講義実習棟が建ってからは、主にセミナーやシンポジウムなどのイベントに使われるだけになっていて、平日の今日も人通りは少ない。
僕はそこで、見慣れた人影を見つける。
「・・・・いよいよ、ね。」
「ええ。 ・・・・会場、行かないんですか?」
「・・・うん。 ワタシは・・・・・・」
「・・・・・いつもの、アンタの寄宿舎で待ってるよ。成功しても、失敗しても、どっちだったとしても。」
少しだけ時間が流れた後に、抱き寄せて、唇を重ねる。僕の方が身長が高いせいで、佳苗さんが少し背伸びをするような格好になる。
「・・・・行ってきます。」
「うん。」
そう言って少し照れる彼女の短くなった髪に、右手でそっと触れる。そのまま無言で体の向きをかえ、大講義室へ足を進める。
彼女の視線を背中に感じながら。一歩、一歩。
着慣れないスーツの足元で、先が少し尖ったような形をした革靴がカツッカツッと音を立てる。それはまるで、自分が過ごしてきた二年間の博士後期課程の日々を一つ一つ刻む時計の針のような音であった。
■僕の博士課程論文提出期限まで、あと
―1ヶ月と二週間
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