第三十四話 学位審査規定
「・・・・・・タイムアップ、だね。」
松田先生が僕に静かに伝える。
僕の博士論文提出までの時間はほとんど残っていなかったし、これから公聴会の準備もしなくてはならない。松田先生の言う『タイムアップ』は、これ以上の追加の検討を行わず、現在までの結果を元に博士論文を書けということを意味していた。
もちろん、僕だってそれが最も合理的だということはわかっている。
ただ、"何か"・・・本当に喉に引っ掛けた魚の骨のように、何かを見逃している気がしていた。
「・・・・・先生。」
「なんだい?」
「学内での博士論文提出の最終締め切りはいつでしょうか? もちろん、博士論文作成を最優先して行います。でも・・・・・」
ふぅ、と短い息をついて、教授が応える。
「並行して実験をさせて欲しい・・・かい?」
僕が返事のかわりに頷くと、教授はプッと吹き出し、大声で笑い出す。しばらくして、何故笑われているのかわからずに、オロオロしている僕にこう告げる。
「ハハハハッ・・・ いや、ごめん。 君、もう一年前の5月の事なんか完全に忘れてるでしょ?
「あっ」と間の抜けた返事をすると、それを見て、今度は口に手を当てて必死に笑いを堪えている。
「い、いや、別にいいんだよ。学生や部下にそういう研究そのものとはあまり関係のない
・・・そういう意味では、魔研費落ちて、多くの学生を別の講座に引き取ってもらった私は、PIとしては三流なんだろうけどね。」
「そ、そんなことは。」
慌てて僕が否定しようとすると、松田先生がそれを遮るように続ける。
「別にどっちだっていいさ。今回の件で大学が適任でないと判断すれば、何らかのアクションもあるだろうからね。
さて、と。締め切りだったね。 ・・・えっと、確か・・・・」
そう言うと、プリントアウトした論文の束や、大学からの連絡文書でごちゃごちゃになった教授室のデスクから、手帳を取り出して、パラパラとめくっていく。
「博論の一次締め切りは、世界歴2016年12月19日。つまり、あと1ヶ月ってところだね。
この第76行政区魔法大学校大学院の学位規則第十四条第二項で、博士論文の審査には予備審査を設けることができるとなっているが、本学科では別途定めている学科の学位審査基準によって、それを行わないことになっている。
第一稿提出後、同じく学位規則第十条で定められている本学の指導教官資格を持つ教員三名からなる主査と副査、それに二名の他大学の教員等からなる副査を加えた五名の審査委員で審査し、必要な場合はその都度追加の資料などを提出させて、世界歴2017年1月17日に、本審査となる『公聴会』を実施する。
審査結果は翌1月18日の教授会で審議されて、結果がこの大学の総長に報告されて、君の手元に結果が来るのが、2月の上旬といったところかな。実際は、1月18日でほとんど決まりだけどね。ちなみに、本審査後から製本した博士論文最終稿の提出期限である世界歴2017年3月3日までは、公聴会で指摘された部分の改訂や追記などにあてることになっている。
つまり、審査自体はほとんど"一発勝負"に近いと考えてくれてもいい。多くの大学院が予備審査を行うなかで、本学はかなり変わったシステムであることは間違いないけど、これはシステムの問題だからね。文句をいうところではない。
さて、君の外部副査のことだけど・・・・・」
教授がニヤリと意地悪そうな顔をして、「誰だと思う?」と問いかける。まったく検討もつかないので、素直に「わかりません」と告げると、嬉しそうに続ける。
「一人は、
その名前を聞いて、驚いて切り返す。
「なっ、なんで!? 桑門教授って、超有名人じゃないですか!!」
僕の質問にフフンと鼻を少しならして、教授が答える。
「せっかくだし、攻性呪術に対する治療法にも詳しい桑門先生にお願いしたら、『いいですよ』ということだったんでね。いやぁ、言ってみるもんだよな。
二人目だけど、ついこの間、ようやく返事いただいてね。やっと"みつけた"よ。
・・・・・・さて、誰だと思う?」
悪い予感がしている僕の顔を見ながら、さらに口角を上げて、教授が告げる――
「チャールズ・マリス。 ジェネラル・アンチスペルの開発者、その人だよ。」
■僕の博士課程論文提出期限まで、あと
―3ヶ月と二週間
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