第二十二話 白魔道士 中編 二



 南大陸自体は、古代には最も文明の栄えた大陸であったが、中央部の険しい山脈や北部の広範囲に広がる砂漠地帯、それに中南部には獰猛な大型魔獣が多く棲息していることから、流通システムの整備や大規模な工場などの建設が遅れ、近代における工場制魔法技術の発展に取り残される形となっている。


 世界歴1990年代初頭に各国の支援で整備された南北縦断道路も、維持メンテナンスをする技術が南大陸にはほぼ皆無であったため、すでに形容しがたいほどの悪路と化していた。



「・・・・・まだ、これが続くのかよ」


 松田はもう三日も、この悪路に悩まされていた。先の魔導大戦で敗戦して以来、自国外での軍事行動を厳しく制限されている櫻国軍が、世界歴2001年現在最も激しい戦闘が行われている南大陸で、軍用のトラックなどを走らせることなど出来ないため、ごく一般的に南大陸で走っているような車を手配したのも、松田の車酔いを助長していた。



「ドクターが何度も吐いたり、気持ち悪くなって止まらなければ、もう少し早く移動できたと思いますけど?」


 橘と名乗った若い櫻国軍の女性が、気持ち悪くてうずくまっている松田を見下しながら皮肉を隠そうともせずに言う。


 まぁまぁと旧友の直哉がなだめると、そのやりとりを見てもう一人の救助作戦メンバーである町田がケラケラと笑い出す。昨日から、この状態の繰り返しである。





『・・・Mr.タナカ! そろそろルタ湖だ!』


 それから半日ほど車を走らせたところで、出発前に雇った現地人のドライバーが、後部座席に向けて声をかけてくる。


 このルタ湖畔の比較的安全だと思われる集落で、町田を櫻国ほんごくとの連絡要員として待機させるとともに、緊急脱出用の移動魔法陣ポータルの設置する手筈になっていて、ここから数十キロメートル先のアルゴダの街には田中、松田、橘の三人で向かうことになっている。



「――では、町田は予定通り、ルタの穏健派部族の集落で待機。本隊および本国との通信用念話装置、緊急脱出用移動魔法陣の設置を実行せよ。橘は松田白魔道士ドクターを護衛しながら、移動。先頭は俺が行く。」


 直哉がこれまでとは違う口調で告げると、即座に「了解!」と二つの返事が返ってくる。



 町田をあらかじめ話をつけていた鳥国エルトリア内の穏健派部族の集落に降ろしたあとで、ドライバーを車ごと帰し、田中、松田、橘だけでアルゴダに向けて出発する。




 8度線よりもかなり北側に位置するとはいえ、エルトリアも南大陸紛争前に独立したばかりの国であるため、まだまだ治安が悪く、このルタ―アルゴダ間でも、車ごと襲撃される事件が頻発している。


 そのため、目立つ車での移動を諦め、徒歩での移動に切り替え、車道よりも北側の森林を進む。この森林は肉食の大型魔獣が出るため、野盗や過激派などの襲撃は少ないだろうとの判断であった。


 ・・・まぁ、その分、魔獣に襲われる可能性が高くなるのだが。





「――純二、大丈夫か?」


 先頭の直哉が、視界を遮る蔦を払いながら声をかけてくる。


「ああ、さっきまでの車酔いに比べれば、はるかにマシだよ」


 実際は連日の難民への白魔法治療と慣れない車での長距離移動で、身体はボロボロであったが、強がってみせる。それを聞いて、直哉が「はは、そうだな」と、返す。


 時折そういったやり取りを繰り返して、一日ほど進んだところで、急に森が開ける。


 その先には舗装されてない道の左右に簡素な平屋がならぶ、小さな街が広がっていた。不気味なほど静まり返っていて、人影は見当たらない。




「着いたぞ。 ―――アルゴダだ」





■■


「・・・・そこで、ドミナント・ネガティヴの試験が行われていた、ということですか?」


 僕は運ばれてきた居酒屋料理に手をつけずに、単刀直入に聞きたいことをぶつける。


「せっかちだな、君は。 どうだい、もう一杯?」


 松田教授が酒の入った徳利を持って、僕に酒を勧める。ええ、と空けた杯に八海山が注がれていく。


「・・・・今でも時々悔やむことがあるよ。あの時、何故もっと注意深く行動できなかったのか、とね。」



 教授もグッと酒を呷り、もう一度八海山を注ぐ。空になった徳利をテーブルの上に寝かせて置き、代わりを注文して、続ける。



「――さぁ、もう少し昔話を聞いてもらうことにしよう。」




■僕の博士課程論文提出期限まで、あと


 ―6ヶ月

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