第二十三話 白魔道士 中編 三



 赤褐色の大地に舗装されていない道路が伸びていて、それが視界の奥に見える地肌と同じ色をした山々にまで続いている。道路の両脇に平屋か、高くても二階建ての建物が連なっていて、レンガに青や緑といった原色のペンキで色が塗ってある。その色塗りされた壁に、鉄サビのような土埃がこびりついていて、独特の雰囲気を作り出している。


 草木がないわけではなく、道の両脇にも南大陸に多い、背が高く、葉が幹の上部にしかないような特徴的な木が何本も生えている。さらに街の南東側には、これまで松田たちが通ってきた森林地帯も広がっている。




鳥国エルトリア西部の鉱山の街、アルゴダ――



 世界歴1990年代の南大陸開発ブームの際に、様々な魔法具の原料となるミスリル鉱脈が発見されたのだが、ミスリル鉱石自体は東大陸でもふんだんに産出される一般的なものであったため、そのまま鉱山開発されることもなく放置されていたのを、数年前から櫻国の鉱山開発企業が開発に乗り出した小さな街である。


 櫻国政府からの要請で、邦人救助作戦に参加している田中直哉、松田純二、橘佳苗の三人は周囲を警戒しつつ、街の入口に移動する。人はもちろんのこと、魔獣などの類も含めて、動くものの気配を感じない。


「よし、このままサクラ鉱業まで・・・」


と直哉が言いかけたところで、松田が険しい表情でそれを止める。



「・・・直哉、待て。 ・・・肉が焦げる臭いがする。」


 松田は、難民キャンプで嫌というほど嗅いだ黒魔法で負わされた火傷と同じ臭いが、風で運ばれてくるのを察知していた。


「・・・橘。」


 小声で直哉が合図をすると、若い赤魔道士がいつでも動けるように構える。張り詰めたまま、建物の陰をつたい、臭いの元までじりじりと進んでいく。



 やがて、少し開けた場所で、杖をついた男が何かを燃やしているところに出くわす。衣類はだいぶ傷んでいて、杖に寄りかかっている。


 直哉は松田を自分たちよりも離れた場所に下がらせ、橘に無言で合図をすると、小さな声で魔法文字ルーンを詠唱し始める。直哉も、銃を構える。



『・・・・そこで、何をしている!』


 直哉が男に銃を向けながら、南大陸でも広く公用語として使われている西大陸言語で声をかけると、男は振り返らずに応える。



「・・・遅かったな。また、一人、亡くなったところだ。」


「!? なんだと?」


 突然の櫻国語ぼこくごに驚いた直哉が銃を向けたまま応えると、男が振り返る。背を曲げ、杖に寄りかかっているものの、かなりの大男である。髪がボサボサに伸び、髭だらけの男の顔は、血色が悪く、ぜぇぜぇと肩で息をしている。



「・・・・アンタたち、サクラ鉱業の社員の救出にきたんだろ? 俺が、SOSを送った黄伯飛ホアン・バー・フェイだ。 白魔道士はいるのか? すまんが、急いでくれ。俺はまだしも、社員の方はもう持たん。」


そういうと、フェイとなのった大男はその場に崩れ落ちる。


「おい!大丈夫か!? 純二!!」





 大男フェイの言うとおり、サクラ鉱業の詰め所に入ると、三名の櫻国人社員が床に伏せていた。


 直哉は、患者をより白魔法治療設備の整った近隣の櫻国同盟国に移送するための、移動用魔法陣ポータルを設置するための準備を始め、松田と、赤魔道士である橘が交代しながら、四人の患者に白魔法治療を続けている。


 フェイを含めた四人とも高熱でうなされ、嘔吐を繰り返し、喉から胸までに発疹が出ていて、一名はその発疹に痒みを訴え、掻き毟りながら、やがて絶命した。さらに、二名は歯茎から出血があるものの、フェイと亡くなった一名にはそれは見当たらない。


 難民キャンプで南大陸人の治療を続けてきた松田にとっても、(少なくとも南大陸では)見たことがない症状で、有効な白魔法ちりょうほうが見いだせずに、体力を魔力で一時的に補う"ヒール"をかけ続けるしかない状況であった。




 さらに一日が経過して、松田と橘にも疲労の色が隠せなくなってきた頃、直哉が詰め所に戻ってくる。


「・・・待たせたな、ポータルの設置が完了した。櫻国社員を一人ずつ、ルタのポータルに送り、そこから隣国の湖国デルイヤの本隊に送る。あとは、本隊の白魔道士たちが高度な治療を施してくれるだろう。


 純二、ありがとう。お前のおかげで、救助は成功だ。」


 直哉の言葉が終わるのを待たずに、松田が険しい表情をしたまま詰め寄る。


「ちょっと待て! 直哉、お前、【邦人】と言ったな? フェイはどうする気だ!?」


 軍服の襟を掴んで睨んでいる旧友に、少し困った表情を浮かべながら、直哉が静かに口を開く。



「・・・・フェイのIDを本国に送り、南西諸島のデータベースと照合したところ、彼は行方不明になっている黄王家の王子とは別人であることがわかった。


 別人である以上、わが国が軍用のポータルを使って救助する理由が・・・・」


言い終わる前に、松田が


「だからって、見捨てろって言うのか!!」


と大声で叫ぶ。



「・・・・すまない。だが、純二、わかってくれ。今の櫻国軍は、自国外での活動が極端に制限されている。そんななかで、要人でもない南西諸島国籍の人間を、軍専用のポータルで国家間移送ポータル・ジャンプしたことが明るみに出れば、隣国への大きな刺激を与えてしまうだろう。


 ・・・それに、ポータルを使った生体移送は、膨大な魔力を消費する。国家間の移送ともなれば、なおさらだ。経由地で実際にポータル・ジャンプを行う町田の負担を減らし、成功率を上げるためにも、しか実施できないんだ・・・」


 それを聞くと、松田は直哉の襟を掴んでいた手をだらりと下し、俯いたまま呟く。



「・・・・直哉。 お前、この救出作戦が始まる前に、"誰が"生き延びているか、わかっていたな?


 そして、それを俺には隠していた、違うか?」


 まるで、その質問を予期していたかのように、直哉は静かに目を閉じ、「ああ」とだけ返事をする。


「この救出作戦の本来の目的は、この生き残った患者のなかで、"櫻国にとって重要な人物"の救助が最優先で、少人数の作戦にしたのも、素早く現地に移動して、その人物を最速でデルイヤに送るため、ってところか。


 大人数でエルトリア国内で行動すれば、否が応でも、エルトリア政府が不審に思って調査に入る。そこで、"誰がここにいたのか"を知られるのが、まずい・・・・・そんなところだろ?」


 直哉は、頷くことはなく、無言のまま目を閉じている。


「もちろん、この作戦自体を知る人間は最小限でなくてはならない。だから、現地にも、経由地のポータルにも、最小限の人員で向かい、ポータル・ジャンプを行うまでの間の治療には、どの機関にも属していない俺のようなフリーの白魔道士を連れて行く必要があったってわけか・・・・」



「屑だな」と付け加えて、松田が吐き捨てる。


 それを聞いていた橘が、堪らずに


「アンタ、何も知らないナいクセに、好き勝手言って!! 隊長は――」


と口を挟み、それを直哉が右手で静止する。




しばらくの間、重苦しい沈黙が流れる。



「・・・・俺はここに残るぞ。フェイの治療を続ける。少なくとも、一緒に"赤い河"の難民キャンプに移動できるくらい回復するまではな。」


 それを腕組みをしながら聞いていた直哉は、「そうか」と一言呟き、間をおいてから続ける。



「――町田に連絡して、ルタのポータルから、食料と水、それに魔力回復薬、包帯などの物資を送るように伝えよう。俺達の出発は、明日の正午だ。それまでには届けさせる。


 すまないが、俺にできるのはそこまでだ。 ・・・・純二、わかってくれるよな?」


意外な提案に、俯いていた顔をパッと上げ、松田が答える。


「――!! もちろんだ。お前の立場では、それすらも難しいことくらい、俺にもわかる。  ・・・・ありがとう。」


 そう言って、直哉の左の二の腕のあたりを軽く叩くと、もう一度、直哉が「すまない」と返す。


 その様子を見て、松田は十数年前の生真面目な、生徒会の副委員長だった頃の直哉を思い出して、少しだけ吹き出してしまうのであった。




■僕の博士課程論文提出期限まで、あと


 ―6ヶ月

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