第二十一話 白魔道士 中編
世界歴2001年――
南大陸と東大陸が交わる地帯には広大な砂漠が続いていて、この砂漠とそのなかに点在するオアシスを中心とした都市は、いくつもの
赤みを帯びた砂地の上に、橙魔法で作られた仮設のテントがいくつも並び、
ここは、後のちに"モーリュ戦争"と呼ばれることになる南大陸内の部族間紛争で、元々の住処を追われた人々が、亡命先である東大陸を目指す際の中継点に作られた人道支援施設の一つで、どの国にも属せず、中立な立場から避難民に白魔法治療を行う非営利団体『万人の導き手』が運営している。
松田もその一員であった。
魔法薬に革新的な進歩をもたらす可能性を秘めた魔法植物・モーリュの唯一の自生地である南大陸では、その利用方法が開発された世界歴1998年以降、西大陸、東大陸それぞれの勢力が利権獲得に乗り出し、それぞれの軍事技術を異なる部族に提供することで、大規模な代理戦争が勃発し、戦場は熾烈を極めていた。
紛争が起こった1998年当初は、西大陸の国々が支援する南方部族が、対立する他の部族を、南大陸の北西部の端まで追い詰め、国際社会も早期に決着がつくだろうとみていた。
ところが、翌1999年に東大陸の大国である
南北に長い南大陸において、長期間に渡り、本拠地から離れた北西部に戦線を展開していたことと、「大勢が決した」という慢心を突かれ、南方部族軍は瞬く間に壊滅した。
――が、問題はそこでは終わらなかった。
敗走する南方部族軍は、南大陸中央部に住む中立の立場をとっていた多くの少数部族を襲い、物資の略奪や、女や子供、老人などの非戦闘員を誘拐し、自分たちが逃げるための囮に使うなど、卑劣な作戦を行ったことで国際社会の反発を買い、支援する国は徐々に減っていく。
しかし、西大陸連邦国はこの時点で、同じように自分たちが支援しながら、10年以上も長引いている南西諸島内戦で消費した軍事費に匹敵するくらいの予算を投じていたため、すでに後戻りすることが出来なくなっていた。
そのため、連邦国は海路を使い、南大陸の西海岸から最新鋭の黒魔法兵器を運搬し、南方部族へ提供。これを得た南方部族が夷国と北方部族の軍を相手に、南緯8度線で応戦した。
この際に、西大陸製の最新鋭の黒魔法兵器が初めて実戦投入され、多くの夷国兵を、現地に元々住んでいた非戦闘員ごと、跡形もなく焼失させたことから、この8度線を「ブラック・エイト」と呼び、世界歴2015年の現在でも、連邦国と南方部族の戦争犯罪を問う声は消えていない。
それ以降、戦闘は8度線を挟んで、膠着状態に陥っていた。
■
世界歴1971年から活動を開始していた『万人の導き手』にとっても、この南大陸紛争の現場はこれまでにないほど過酷なもので、多くの白魔道士たちが憔悴し、帰国していく者も少なくなかった。毎日増え続ける難民と、減っていく支援者たちではバランスが取れず、残っている白魔道士たちの疲労はピークをとっくに超えている。
『ジュンジ! 導師リーダーが呼んでる。一番テントだ!』
同僚の西大陸出身の白魔道士が声をかけてくる。松田は「なんだろう」というよりも、白魔法治療以外のことをすることに億劫になっていて、苦々しい顔をする。
何日も仮眠もままならず治療にあたってきた松田の白魔道衣は、すでに白い部分の方が少なく、頬には無精髭がびっしりと生え、目の下にはちょっとやそっとでは消えなさそうな
しぶしぶと一番大きな仮設テントに入ると、兄であり、この南大陸難民支援のリーダーである松田純一郎と数名の同僚たち、そして、見慣れない櫻国軍服の男女三人が会議用のテーブルを囲んでいた。
テントに入ってきた松田に気づくと、突然、軍服姿の男が立ち上がり、近寄ってくる。
「おお!やっぱり"
馴れ馴れしく笑顔でブンブンと握手する男の顔をよくみながら、記憶をたどる。
「・・・・・お前、
ようやく中学校と高校の頃の同級生だとわかり、松田は久々の笑顔で他愛もない昔話をする。三十代になった同級生は精悍な顔つきに、がっちりとした体格をしていて、話す内容も昔とはだいぶ変わった印象を受ける。卒業以来、何度か顔を合わせた程度で、じっくりと話すのは15年ぶりであった。
しばらくした後で、純一郎が「そろそろいいかな?」と声をかける。それに促されて、田中と松田が席につくと、話を切り出す。
「純二、お前にはこの櫻国軍の方々と、ここから南に1500kmほど行ったルタ湖を経由して、その近くにある街、アルゴダに向かって欲しい。」
「・・・アルゴダ?
状況が飲み込めず、聞き返す。
「アルゴダの街で、原因不明の病気が発生している"らしい"。症状は様々な"よう"だが、すでに多くの死亡者も出ている"ようだ"。それで・・・」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、兄さん。もちろん白魔法治療が必要な人がいれば、支援するのは『万人の導き手』の使命だとは思うが、さっきからあまりにも
堪らず切り返す。すると、旧友の直哉が「それは俺から」と立ち上がる。
「アルゴダでは数年前から、わが国の財閥系民間企業『サクラ鉱業』が、ミスリル鉱石の探鉱・開発を行っている。鳥国自体は独立したばかりで、治安がそれほどよくないとは言え、これまでは特に大きな問題もなく活動していたそうだ。
ところが・・・先月になって、現地駐在の社員からの連絡がすべて途絶えたんだ。この時点では、サクラ鉱業単独で現地との連絡を試みていたんだが、ことごとく失敗して、櫻国政府への救援要請が来たのが二週間前・・・」
難しそうな顔をして、直哉が続ける。
「・・・そして、先週、サクラ鉱業宛に奇妙なSOS通信が入った。
通信内容は、『原因不明の病で作業員が何十人も死んだが、社員を含めてまだ数名生きていて、早急な救助を頼む』。発信者は、【
この人物はサクラ鉱業の駐在社員リストになかったことから、現地採用の人間だと思われるんだが・・・」
「何か南西諸島っぽい名前だな。」
松田がそう言うと、直哉は「ああ」と答え、さらに続ける。
「確かにこのフェイとかバーという名前自体は南西諸島で一般的な名前だし、情勢が不安定な南西諸島から海外の櫻国企業に出稼ぎにくる例も少なくない。
・・・・ただ、この場合、問題なのは"姓"の方でな。」
「と、いうと?」
「南西諸島の人間は元々、姓自体を名乗る習慣がほとんどないから、たいていの場合、一般的な
・・・・・この姓を名乗れるのは、南西諸島内戦が始まる直前に滅んだ王家だけのはずなんだ。そして、確かに記録上はフェイという王子が存在していることになっている。」
「そんなのブラフだろ?」と松田が呆れたように返す。
「もちろん、この発信者が
それに、送られてきたSOS通信の内容からすると、まだ現地駐在社員の"数名"は生存しているようだしな。政府としても、救援にわれわれを派遣し、そして近隣地域で医療活動を行っている『万人の導き手』の助けが欲しい・・・ということだ。」
松田はどこか勝手な言い分のように聞こえる直哉の、というより櫻国政府の話を聞いて、怒りを溜め込んでいた。それを察知したかのように、純一郎が応える。
「櫻国の国際的な立ち位置など私たちにはまったく興味はないが、現に苦しんでいる人が居るということであれば、見捨てるわけにはいかない。援助要請には応じよう。
・・・が、こちらも連日押し寄せる南大陸の難民への支援で人員不足なのも事実。そちらの援助には、エキスパートクラスの純二を一人派遣するのが精一杯であることを理解してほしい。」
純一郎が手のひらを直哉に向けて、同意を促す。
「・・・・・もちろんです。元々、少数での救助作戦を想定していましたし、ご協力いただけるだけで感謝します。」
直哉が深々と頭を下げる。
「・・・・・少数精鋭ねぇ。にしたって、お前と、あとそこの"お嬢さんたち"二人だろ?いくらなんでも少なすぎないか?」
皮肉を言う松田に対して、直哉の隣に座っていた軍服姿の若い女性がキッという目で睨む。
「そう毒吐くなよ、純二。こっちが『
――それに、橘の方はなんと、あの『赤魔道士』だ」
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