第十九話 アダプター配列



 博士課程二年目の季節は、驚くほど早く過ぎていく。春を体感する間もなく、夏が終わろうとしていた。


 僕は論文誌のサイトから、投稿した原著論文の修正稿リバイスを投稿する。博士号を取るために必要な講義と演習、研究計画審査プロポーザルの単位をすべて取得した僕に残されている課題は三つで、

(1)査読付きの原著論文を投稿し、採録アクセプトされること、

(2)博士論文の提出、

(3)公聴会の開催と最終審査に合格すること、

このうち、最初の課題が佳境を迎えていることになる。


 松田先生との話し合いで、これまでの成果のうち、『ジェネラル・アンチスペルがドミナント・ネガティヴタイプのアンチスペルであること』に絞って最初の論文を投稿することになっていた。



 この結論については、本来は今進めている改変呪術式の結果を足すことで説得力が増す――というより不可欠なデータのはずなのだが、それだと今年度内の修了に間に合わないということで、配列解析のデータと超解像魔力イメージングの結果でまとめることに


 いくつかの不満をぶつけてはみたものの、研究者としての経験値の差からみても、教授の判断が正しいのは事実なんだろう。事実、査読者レフェリーのコメントもそれほど難しいことではなく、微修正マイナーリビジョンで、おそらくそのままアクセプトされる見通しが立っている。それでも僕は、これまでの経緯のせいか、説明できない感情を溜め込んでいた。



 もう一つ、僕の精神状態が良くない理由があった。


 改変呪術式の結果が、予測とはまったく違う結果になったのである。マリスコードと条件分岐式ブランチを抜いただけで、アダプター部分は原典と同じ改変呪術式は、予想通り、きちんとヒト化魔獣の体内で、アンチスペルとして働き、魔獣の瞳は黒い。

 逆に、アダプター部分を1文字や2文字に改変した呪術式では、ドミナント・ネガティヴ型からフレームシフト型へと変わり、過去のインターカレータータイプに関する論文がそういっているように、アンチスペルとしては弱い作用しかないことも確認できた。



 ――しかし、アダプター部分を任意の3文字だけにしたもの、あるいは36文字にした改変呪術式は、効果が弱いとか、まばらになることはある程度予想していたのだが、結果は、すべての魔獣の瞳が赤くなっていて、アンチスペルとしてまったく機能しないことがわかった。


 この結果から、インターカレーターを含めたジェネラル・アンチスペルの骨格自体は、その強大なアンチスペル効果を生み出しているわけではなく、アダプター部分にその秘密があることが明らかとなる。



 続いて僕は、原典のアダプター33文字の魔法文字ルーンを構成されている種類、文字数は変えずに、配列だけをランダムに組み替える実験を実施することにした。


 結果は、すべての実験群において、ランダム化された33文字アダプターを持つ改変呪術式は、アンチスペルとしては働かず、魔獣の瞳は赤くなった。

 これらの結果は、『原典のジェネラル・アンチスペルで、対象呪術式に組み込まれるように指示されているマリスコード中のアダプター部分33文字は、魔法文字数だけではなく、その配列が重要』ということを示している。


 ――ここまでは、いい。


 なのに、僕は何度解析しても、この33文字に規則性や、機能を発揮するような小さな呪術式構造ドメインを見いだせないでいた。その焦りと無能感が、僕の精神状態を悪くしているもう一つの原因であった。



「こうなると……」

 修正稿を投稿し終えて、そうつぶやきながら、居室の椅子の背もたれに寄りかかり、両目を手で覆い、深く息を吐く。僕はこの八方塞がりの状況で、一つの可能性を考えていた。


(おそらく、マリス自身はこのジェネラル・アンチスペルを、




■僕の博士課程論文提出期限まで、あと――6ヶ月と二週間

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