第十七話 違和感と猜疑心



 相手が相手だけに、ガチガチに緊張してきた僕に、松田先生が声をかける。

「まぁ見ての通り、彼はこういう性格だし、そんなに固くならなくてもいいよ。あと、彼は充分に櫻国語が出来るから、いつも通り、櫻国語で大丈夫だから」

 続けて、「プレゼン始めて」と告げる。薄暗い会議室の中を、プロジェクターの光がスクリーンに向かって一直線に伸び、あいだのホコリを捉えて、キラキラと光る。僕はややうわずった声で、ゆっくりとしゃべりはじめる。


「……そ、それでは始めます」



一、


「われわれの目的は、現在、世界のほぼすべての地域で使われている、対人呪術式の無効化呪術アンチスペルであるジェネラル・アンチスペルについて、その構造を解析した上で、その解呪ディスペルが可能であるかどうか、という点です。


 この目標を達成しようとするために、私はまずジェネラル・アンチスペルの呪術式解析を実施しました。僕も驚きましたが、これだけ汎用されている対人呪術式へのアンチスペルであるにも関わらず、その構造はC.マリスが明らかになっていなかったためです」


「解析の結果ですが、ジェネラル・アンチスペルは大きく分けて、三つの部分に分かれていることがわかりました。


 一つが"マリスコード"と呼ばれる機能未知の魔法文字ルーンが乱雑に並んでいる部分です。これが一般的な魔法紙で一枚程度も続きます。


 二つ目が、コールの後に続く、細かい条件分岐ブランチ。ここは、2000年のレビューにも書かれていた"最も長い呪術式"と言われるとおり、ジェネラル・アンチスペルのほとんどの部分を占めていますが、現時点でも想定されるほぼすべての呪術式が作用するように構築されています」


 僕は投影されるスライドの模式図を、ポインターで指しながら進める。フェイ氏は腕組みをしたまま、じぃっとスライドを見つめている。



「そして、最後の部分を構成している機能欠損型解呪式インターカレーターです。インターカレーターは非常に珍しいアンチスペルですが、驚くことに世界で最も汎用されているアンチスペルである、ジェネラル・アンチスペルは、インターカレータータイプであることがわかりました」


 そう言うと、フェイ氏は、「おお」と少しだけ驚いた素振りを見せる。


「さらに詳細な解析を行うため、ヒトの魔力構造を組み込んだヒト化魔獣ヒューマナイズド・ビーストにジェネラル・アンチスペルを投与し、その上で『瞳を赤くする』という呪術をかける実験を試みました。


 これが結果です。『瞳を赤くする』という呪術式がすべての実験群で解呪ディスペルされ、この写真のように、ヒト化魔獣はすべて黒い目をしています。


 ところが、検鏡下では虹彩領域の色素集積がやや乱雑であったことから、超解像度魔力イメージングを実施したところ、ジェネラル・アンチスペルの効果範囲が極めて細かい部分で、乱雑であることを明らかにしました。しかし、この現象は目に見える結果としての表現形、『瞳の色が黒い』ということには変化はありません」



 次のスライドに切り替えて、少しだけ息を吸い込んで、説明を再開する。


「最初は『インターカレータータイプの場合、効果がバラつきやすい』という既知の現象だと思っていましたが、呪術式をさらに解析していくと、通常のインターカレーターとは異なり、解呪の対象となる呪術式に挟み込む魔法文字ルーンが、別の場所、冒頭のマリス・コードの中に指定されていることを明らかにしました。


 ……そして、この挟み込まれる部分の魔法文字ルーンは33文字と『3の倍数』になっており、ルーンを1文字、2文字を挟み込むことで読み枠ごとをずらす"フレームシフト"を利用したアンチスペルではないことがわかりました」


 次第にフェイ氏の顔が険しくなってくる。


「これまでの結果から、ジェネラル・アンチスペルは、解呪対象の呪術式が体内に取り込まれた後で、その呪術式にマリス・コードに規定されている33文字のルーンを挟み込むことで、"まったく別の"呪術式に置き換え、結果として解呪を行うというものであることが示されました」


 僕がそう言うと、フェイ氏は「やはり、ドミナント・ネガティヴ……」と、このプログレスではまだ出していない言葉を発する。



 ここで、僕は最近感じていたの正体をつかむ。


(何故、このヒトたちは超解像度魔力イメージングというごく最近の機器でしかわからなかったような点をある程度予測していて、しかも、それが一度も実装されていない『ドミナント・ネガティブ』だと知っているのか)



 ――そして、それはやがて猜疑心にかわる。


(僕は、このヒトたちの前で、ジェネラル・アンチスペルを解いていいのだろうか?)




■僕の博士課程論文提出期限まで、あと――1年と三週間

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