第十六話 来訪者
「お、戻ってきた。随分と長い学務課だったねぇ」
松田教授に軽い嫌味を言われても、振り回されて疲れていたせいで、「そうですね」くらいしか返せない。帰りの車の中でも根堀り葉掘り聞かれて、本当に台風みたいな人だった。思い出すだけで少し寒気がする。
「もうあと一時間くらいすると、お客さんが来るんだけど、そこで君の進捗発表をしてもらおうと思ってね……いいかな?」
「えっ? ええ、僕は大丈夫ですけど」
元々、今日は
「じゃぁ、準備よろしく。田中君にはお客さんを迎えに行ってもらっているから、プロジェクターとかのセッティングも自分でやってね」
「あ! そうだ、あといつものセミナー室は第一呪術が使ってるから、今日は6階の小会議室ね。鍵はこれ」
ああ、それで田中さん、今日は朝から居なかったのかと納得する。僕に6階小会議室の鍵を渡すと、松田先生は教授室に戻る。
白魔法研究棟には、学部の講義室はなく、1階に講演会などで使う階段式の大ホールが二つあって、2階からは大学院の各研究室ごとに、教授室、教員室、臨床白魔道士や大学院生の居室、実験室、セミナー室などがそれぞれの階にある構造になっている。
大学院と同時に附属治療院にも属している白魔道士の先生たちは、教室に戻ってくるのも不規則になりがちなので、附属病院に戻りやすい下の階を好むらしく、2階から順に、病院でも力を持っている内科領域、外科領域の白魔道研究室が教室を置いている。
呪術領域は第一から第三までご多分に漏れず、隅っこの方、つまり最上階の7階にある。通常は第三呪術研究室のセミナー室も同じく7階にあるのだが、居室の改修工事中の第一呪術研究室がセミナー室に間借りしているので、一つ下の階の小会議室を使う。
こちらはマイクやスクリーンなどの設備は備え付けてあるが、1階の大ホールと違い、教員たちの会議などに用いる用途で使う部屋になっていて、会議用なので、外に音が漏れないように、橙魔法で特殊加工されているのも特徴である。
会議室の鍵を開け、扉の札を『使用中』に替える。続いて、ブラインドを下げ、マイクの確認、プロジェクターとスクリーンの確認と行っていく。もう何年も繰り返してきた作業である。
ノートパソコンをプロジェクターに繋いで、部屋の明かりを消し、最初のスライドを表示させる。すべての準備が整ったところで、教授とそのお客さんを待つために、一旦、電灯を点ける。そこからしばらくは、一人で待つことになった。
一人で何もしないでいると、余計なことを考えるようになるもので、ここ最近の違和感や疑問がグルグルとひっきりなしに思い浮かんでくる。これから実施する投与実験がうまく行くかどうかの不安も、それに加わって、さらに頭が痛くなってくる。
しばらくして、会議室のドアが開くと、松田教授と田中さん、そして190cmはありそうな身長の高い、がっちりとした浅黒い大男が、南西諸島特有の熱帯植物の繊維で出来た民族衣装を羽織り、後に続く。顔には白髪の混じった黒い髭がびっしりと生えていて、かなり傷んでいるように見える髪の毛は、大きくウェーブしていて、それを後ろで束ねている。
大男は、僕に気づくとニカッと破顔して、「おっ、彼が噂の学生君だな?」と松田教授に相槌を求める。握手を求めてきた右手を握り返し、僕は大男の顔を何気なく見たところで、はっと気がつく。
「――!? えっ! ええっ!? フェイ、
「えっ、でも、ちょっとおかしいですよ! さっき歓迎パレードに出てるニュースが……」
あまりの事に僕は混乱する。目の前にいる大男は、昼間、ニュースでみた南西諸島連合の一角、世界で最も新しい国である紅蓮国の現大統領で、紅蓮国独立の立役者として、人々から『英雄王』という名前で呼ばれている人物である。第76行政区という櫻国でも僻地の大学、さらにそのなかでもマイナーな研究室にふらっと現れていいようなヒトではない。
大男は、僕の反応を楽しんでいるように見ながら、しれっと田中さんの尻を触ろうとして、腕を払われて、ついでに足の甲を踏まれている。(……ホントに本人なんだろうか)と疑問を抱くには十分なチャラい行動である。
その気持ちを察してか、やや呆れ顔で松田先生が口を開く。
「そう、彼は間違いなく、紅蓮国のフェイ大統領そのヒトだよ――そして、君にジェネラル・アンチスペルの『原典』を貸した我々のスポンサー……というわけだ」
■僕の博士課程論文提出期限まで、あと――1年と三週間
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