第十五話 プロポーザル



一、


 最初のプランを変更して、マリスコードを含まない改変呪術式の構築を始めてから2週間――予定よりはだいぶ遅れてしまったけど、ようやく実験に使えそうなものを作りだすことに成功していた。



「……あとは、これを注射剤に変換しないとな」

 と、呪術式を注射剤に変換するキットの説明書を広げる。西大陸言語で書かれた分厚い説明書を読み進めていくと、最近、耳にした単語に気づいて、読むのを止める。


「そういえば、このキットも"モーリュ"で出来てるんだよな」


 モーリュとは、南大陸全域と、東大陸の南大陸側の端のごく一部に自生する魔法植物である。すべての植物は微量の魔力を有しているが、その含有量がずば抜けて多い植物のことを『魔法植物』と呼ぶ。ただ、魔法植物自体はごくありふれたもので、それほど珍しくはない。

 モーリュがその他の魔法植物と異なるのは、『この植物から抽出した魔力に呪術式をはじめ、様々な魔法式を溶かすことで、その効果を注射、あるいは経口で得ることができるようになる』という、"魔法薬"の製造技術が世界暦1990年代に開発されたことによる。現在に至るまで、このような性質をもった魔法植物はモーリュだけで、それゆえ高値で取引されているし、さらに過去にはその利権を巡って戦争も起きている。


「お、いよいよ投与実験かな?」

 後ろから声をかけてきた松田先生に、「ええ」と返す。

「……何か聞きたそうな顔をしているねぇ」

 松田先生が、何かを察していう。

「……この注射剤化のキットにも入ってるモーリュって、昔は戦争が起きるくらいに取り合ってたのに、何でこんな実験用のキットになるまで普及できたんでしょうか?」

 僕は感じている疑問のうち、一番あたりさわりのないものを選んで尋ねる。

「ああ、それは……少し長くなるけど」

「元々、モーリュの魔法式溶媒としての効果は、1928年に一度、見つかっていたんだよ。といっても、ある白魔道士の旅行記の中にわずかに記述があるだけなんだけどね」

「それで、当時モーリュの魔法式溶媒としての特許を理由に、南大陸での製造を牛耳ろうとしていた西大陸連邦国に対して、東大陸の国々と周辺諸国――この中には櫻国わがくにも含まれるけど――は団結して、この旅行記の記述を元に特許の無効裁判を起こしたんだよ。戦争の後に、今度は特許闘争があったわけだね」


「まぁ紆余曲折の上、色々と政治的な駆け引きもあって、南大陸で自生しているモーリュについては、南大陸の国々に委ねるということになった。それに困った西側、東側の双方が、東大陸の南端にある砂漠"乾いた河"の周辺で、栽培の研究を始めて、安定供給が可能になった――というところだね。それで、今は我々でも、こうやって使えるというわけだ」

「それにしたって今もまだ高価なのは確かだし、東大陸南端の国々さばくのくにがお金持ちなのは、モーリュ製造業のおかげだしね」


 僕は説明を聞きながら、もやもやとした違和感を感じていた。


「……おっと、そうだった。そろそろ君のプロポーザル(研究計画審査)の申請書類を提出しないといけないから、学務課に行って、単位の取得状況を確認してきてくれるかな?」


 この魔法大学院は、必修および選択科目のすべての単位を習得した後で、研究計画審査を行うことになっている。「わかりました」と返事をして、注射剤化のキットを片付け、僕はキャンパスの端にある学務課へと向かった。



二、


「あれ?使えないのか。」

 学務課の入口にある自動証明書発行機に『ただいま、システムトラブルのため使用できません』という札がかかっている。僕は「しかたないな」と証明書発行の手続きをしようと1番窓口の前に立つ。

「すい――」

「おやぁ?おやぁおやぁ? 学内の有名人君じゃないか」

 1番窓口にいた町田涼子まちだりょうこがわざとらしい感じで声をかけてくる。田中さんとは、学内で悪目立ちする人である。


「有名人君が何のようかな? 大学のこと? それとも……愛しの"田中さん"のことかしらぁ」

 一斉に他の事務員も好奇の目を、僕に向ける。

(ヤバイ、めんどくさい人だ)

 そう思って、早く用事をすませようと証明書のことを切り出そうとする。

「すいません、取得単位の証明書を――」

「うんうん、そうよね。色々とお姉さんに聞きたいことがあるのよね。わかったわ。あっ課長、私、昼休憩行ってきます。いいですよね?」

 (いや、ダメだろ)と思ったのだが、課長と呼ばれた中年の男性も、関わるとめんどくさそうという感じで、「少し早いけど、いいよ」と言う。


「じゃ、有名人君。一緒にお昼ごはんに行きましょ!」と、半ば強引に引きづられて、町田さんの軽自動車に詰め込まれたのだった。



三、


 連れてこられたのは、行政区庁舎の脇の細い道沿いにある古い民家のような建物だった。看板も名字のような店名だけがかかれているだけで、何の店かわからない。

「入るわよ」

 町田さんが先に奥に入っていく。店のなかはテーブルが4つあるだけで、メニューも貼りだされていない。

 「アタシ、天ざるね!」と、町田さんは席につく前に、さらに奥にいる老婆に声をかける。「君はどうするの?」と聞かれたので、僕も慌てて同じものを頼む。他の客を見ても、ほとんどが同じメニューを頼んでいるところを見ると、天ざるうどんが有名な店なのだろう。

「時々来るのよね。大学の近くだと飲食店少ないから、職場の人間に会いたくないときとか」

 入口から一番遠いテーブルの椅子に腰を下ろしながら、町田さんがいう。


「……で、カナエとはどんな感じなの?」


 いきなりの直球で、思わず口を潤そうと飲んでいた水を吹き出しそうになる。

「ど、どんな感じも何も……何もありませんよ」と答えると、まるで駄目な人間を見るかのように眉間に皺を寄せる。

「ええ?こんだけ一緒にいて、まだないの!? アンタ、ひょっとして童貞とか?」

 また水を吹き出しそうになるのを堪えて、「か、関係ないでしょ」と噛みながら答える。


「……マジなのかよ。二人そろってとか、お前ら中学生かよ」

 残念なものでも見るかのような目でこっちをみている。僕は、とにかく何か話して誤魔化そうと、切り出す。

「そ、そういえば、町田さんって田中さんと同じ職場だったんですよね?」

「ああ、そうよ。もっと言えば、高校から一緒ね……ん? 何か聞きたいことでもあるの?」

 ニヤっとして町田さんが聞き返してくる。



「……2000年頃って、どこに居たんですか?」

 僕は心のどこかで引っかかっていることを口に出す。


「…………アンタ、それ、カナエに聞いたの?」

 さっきまでのにやにやとした顔から急に真面目な顔になったので、僕も真剣に「ええ」と返す。


「で、何が聞きたいの?」

 少しの沈黙の後で、町田さんが声を出す。

「田中さん、最初に少しだけ話してくれただけで、それからモーリュ戦争当時のことを聞こうとすると、凄く悲しそうな顔をするんです。それで、どうしても聞けなくて――その頃、何があったんですか?」


「…………」


 さっきより長い沈黙が流れた後で、店の奥に居た老婆が二人分の天ざるうどんを運んでくる。町田さんは無言で割り箸を割ると、そのまま食べ始めてしまう。


 そして、しばらく箸がすすんだところで、沈黙を破る。


「戦場だからね、それは色々あったし、私でも当時を思い出せば顔を曇らせるわよ。でも、もし、アンタがこれから先もカナエと一緒に居たいのなら、カナエに"伝えないといけないこと"は、当時の出来事を聞くことよりも、『何で悲しそうな顔をするんですか?』なんじゃないのかな……そして、カナエ自身の"伝えないといけないこと"でもあるんでしょうね」


「私からは何も言えないし、深いところでは何も知らない。のよ、私は。だから、自分で直接聞いてみなさい」


 そう言い終わると、残りのうどんをすする。意味深な言葉が気になりつつも、僕も天ざるうどんを食べ始める。さっきの店員が、店の中のテレビのチャンネルを切り替えて、店内には午後の天気予防が流れてくる。


『第76区画内は、地域によってところどころ雪がぱらつきますが、昼間はおおむね晴れるしょう。つづいて、ニュースです。南西諸島連合から初来櫻しているフェイ大統領が、東都で歓迎パレードのなかに姿を表し、詰めかけた沿道の人々に手を――』


 東都のアナウンサーがニュースを読み始めた途端、町田さんが顔を上げ、テレビの方を睨みつけ、ひとりごとのように吐き捨てる。


「……タイミングが良すぎるわね。これも計算なのかしら」


 僕の頭のなかは、そんな意味深な言葉など入ってこずに、ずっともやもやしたものがグルグルと回り続けていた。




■僕の博士課程論文提出期限まで、あと――1年と三週間

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