第十四話 改変呪術式
一、
夜遅くに研究室につくと、教授室に灯りが点いていた。ノックをして、中に入る。
「お、どうだった?いいところだったでしょ?」
僕は「ええ」と答えて、車のキーを渡す。松田先生が左手を伸ばし、それを受け取る。
「……何か掴めたかな?」
「いえ、全然。でも、もう少し手探り状態なのを楽しもうと思いました」
拍子抜けしたような顔で松田先生は頬杖をついていう。
「……それは、どっちのことかな?」
少しだけニヤリと笑って、続ける。
「もう少ししたら、プロポーザル(研究計画審査)の準備もあるし、どのあたりで投稿論文にするかを考えよう。とりあえず、年が明けたら一緒に」
プロポーザルとは、博士論文を『どのようにまとめるか』の提案書で、通常は提出時点までの投稿論文の一覧、博士論文の目次とともに提出し、この内容を主査、副査で審査して、合格しないと審査会まで進むことができない。そういうことを意識ながら実験する時期になったんだ、と少しだけ緊張する。僕は、「わかりました」と伝えて教授室をあとにする。
「――さて、と。これからどうなるかねぇ。」
自分一人になった薄暗い教授室で、パソコンの画面を見ながら、松田はため息と一緒にひとりごとをつぶやく。外は大雪になっていた。
二、
紅白歌合戦が終わって、正月特番ばかりのテレビ番組をなんのあてもなく、ぼんやりと次々切り替えてぼーと眺めている。この年末年始の休み期間中、改変呪術式のアイデアがまったく湧いてこないでいた。
「……
タバコを吸いキーボードを叩きながら、僕には視線もやらずに、
御神苗自身は、専門職課程を卒業して国家試験に合格した白魔道士ではないものの、感染症領域の白魔法研究者としてはかなり優秀な方で、すでに修士課程で一報、博士課程に入って今、二報目の投稿論文を書いている。
「なぁ、今、どのセクション書いてんの?」と、何気なしに聞く。
「ん? ああ、俺は西大陸言語が得意な方ではないからな」
「まず、一気にResult(結果)、Discussion(考察)、Introduction(緒言)、Abstract(要約)の順で、文法とか細かいところは無視して書き上げるんだわ。読んだ論文の使えそうな言い回しとか使って、とにかく詰め込めるだけ詰め込んでまず書き上げる……そっから、要らない文とか単語削っていって、何度か教授や助教、あと留学生に見てもらって、最後に西大陸言語校正の会社に細かい文法手直ししてもらって、submit(投稿)って感じだな」
僕が「謝辞とか方法は?」と聞くと、「そんなのは実験してるときから書くんだよ。実験してるときに書き始めないと終わらねーだろ」と呆れた口調で返事がかえってくる。
「『削る』、か……」
ぼーっと見上げた天井は、いかにも築年数の多そうな安っぽい板張りで、早くあの部屋に戻りたいとか、最初の頃からは考えつかないようなことをぼんやりと思っていた。
三、
「――で、思い切ってマリスコード全体を削除するってことか。説明してもらっていいかな?」
新年最初のミーティングで、僕は上手くいかない改変呪術式のことを松田教授に報告し、その打開案を提案していた。
「はい、今回のわれわれはインターカレーターとして働くジェネラル・アンチスペルが、ドミナント・ネガティヴだということは新たに解析しました。
ただ、このマリスコードのなかの元の呪術式に追加される部分、便宜的に"アダプター配列"と呼ぼうと思いますが、このアダプター配列だけを削除したものだと、呪術式自体が不安定になり、式全体が働かなくなります。
一方で、今回のわれわれの目的は『ドミナント・ネガティヴとして、ジェネラル・アンチスペルがどのように他の呪術式を打ち消しているか』ですので、ドミナント・ネガティヴとして最小の単位だけを残して実験をする、というのが一番リーズナブルだと思います」
ふーむ、という顔で松田先生が考え込んでいる。
「その上で、前に提案した計画を一部変更して、ジェネラル・アンチスペル非投与群を
松田先生は、しばらく考えこむ仕草をしたあとで、「その方法で行ってみよう。それで、これだと改変呪術式はどのくらいで完成するのかな?」と、Goサインを出す。
「早くて、来週には予備試験できると思います。」
と、僕は新しい実験への期待と不安を込めて言うのだった。
■僕の博士課程論文提出期限まで、あと――1年1ヶ月と二週間
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