第九話 ドミナント・ネガティヴ




 今週末には今年最初の雪が降るという予報がテレビに流れ始める頃、松田先生に言われた実験もようやく終わろうとしていた。


 僕が構築したヒト化魔獣ヒューマナイズド・ビーストの目を赤くする呪術式は、虹彩部分での色素をいくつかの段階にわけて大量に欠失させるものだが、すでに魔獣の瞳にある色素を消したあとで、虹彩領域の色素合成系活性をなくすための呪術コードが働いて、瞳の色素が完全に失われ、その結果、魔獣自身の血液の色で瞳が赤色になるようになっている。

 予想通り、市販品のジェネラル・アンチスペル剤は、最後の色素合成系を阻害する呪術コードに対して解呪ディスペルすることで、色素合成活性が維持され、目の色は――最初の段階で内因性の色素が一旦なくなるため、赤くなった後で――黒いままとなることがわかった。


 ただ、この実験をすることで新たにわかったことなのだが、顕微鏡下で細かく見ていくと、実験後の魔獣の細胞では、通常のヒト化魔獣のものに比べて、色素の集積がごくわずかに少ないものがあることがわかった。ノイズ、というにはある程度の再現性を持っている。

 インターカレータータイプのアンチスペルだと、その効果がバラつくという過去の論文からすると、想定されることかもしれないし、「瞳の色」という表現形としては、同じく「黒」なのだが、なんとなく少しだけ引っかかっていた。



「――で、超解像度魔力イメージングか。攻め方としては、賢いな」


 数日後、僕は御神苗の研究室に研究機器を借りにきていた。

「お、結果来たな。やっぱりお前の言うとおり細かくみていくと、細胞ごとに反応している魔力が、コントロールのものに比べると乱雑だな」

「……うーん、何でなんだろ?これってヒトのジェネラル・アンチスペルでも起こりうるのかな?」

 僕は一台で数千万もする顕微鏡のモニター画面を食い入るに見ながら、御神苗に尋ねる。

「さぁな。俺は呪術は専門外だし。どっちかというと、目に見える表現形というか、変わらなくても、中では微妙に違うってことじゃないのか?」

 いくつか写真を撮った後で、御神苗とその教室の講師の先生にお礼をいい、プリントアウトした写真をみながら、ブツブツと一人でつぶやきつつ自分の研究室まで歩く。

「呪術式側の対象動物と場所の『コール』は完璧、反応を止める最終段階の"式"も、ジェネラル・アンチスペル剤を入れてないものは魔力反応はここまでまばらじゃないし、問題はジェネラル・アンチスペル側なのは間違いなさそうだけど……」

 市販されているアンチスペル剤が細かいところではこんなにも効果がバラつくのかと考えると、正直、自信がなくなる。

「うわっ、気持ち悪ッ」

 廊下をブツブツいいながら歩きまわる僕を見て、田中さんが顔をひきつらせながら言う。

「ほ、ほっといてください!」

 見た目が気持ち悪いのはわりと自覚してる。

「教授が呼んでるわよ。ディスカッションだって」



 教授室のプロジェクターに取ったばかりのデータを映しながら、結果について松田先生に説明する。

「確かに、超解像度魔力イメージングの結果も、ジェネラル・アンチスペルの効果範囲がやや乱雑なことを示しているね。でも、それは目に見える結果としての表現形、『瞳の色が黒い』ということには変化はないと……」

 教授は腕を組みながら、一つ一つデータをもう一度確認していく。

「――やはり君に任せてよかったよ。『瞳の色』を変える呪術式を短期間で構築して、ここまでデータを重ねることができるんだからね」

 僕ににっこりと笑顔を見せて、松田先生が続ける。

「それに、運もいい。君はおそらく、実験魔獣学の教科書かなんかで『瞳の色』や『毛の色』が古典的な魔獣への魔法操作の目印マーカーとして利用されているのを知ったんだろう。そのとき、『毛の色』をターゲットにしていたら、ここまでよくわかったかどうかはわからないよな。たぶん、毛の色だったら顕微鏡なんか使う気にもならなかっただろう」

 珍しく褒められて、ちょっとだけいい気分がする。

「さて、この現象について、君なりの考えを聞かせてくれないかな?」

 教授は真剣な顔で切り出す。僕は少しだけ緊張しながら、話し始める。


「はい、コントロールとの差を考えると、ジェネラル・アンチスペル側に問題があるのは明らかでしたので、原典を――特にインターカレーター部分の呪術式を解析してみました。

 数は少ないんですけどPubMagic にあったインターカレーターの論文をいくつか読んでみると、一般的なインターカレーターは対象の呪術式の一部に魔法文字ルーンを1文字か2文字挟み込んで、その式自体の効力をなくすという"フレームシフト"という方法論で作られています。

 で、ジェネラル・アンチスペルの原典を見ると、ちょっと複雑だったんですけど、冒頭のマリスコードの一部分を挟み込むように指示されてる式になってます」


 ポインターを使い、投影された原典の式を指しながら説明する。

「さすが、というべきか、もうそこまで解析してたのか」 教授は、椅子から乗り出すように見入る。


「でも、ちょっと変なんですよね。通常の呪術式って、ルーン3文字を一単位にして使うじゃないですか。『フレームシフト』はそこに1文字、2文字のルーンを挟み込んで、"呪術式全体の効力をなくす"というものですよね。

 でも、このマリスコードの挟み込まれる部分って、3なんですよ。

 なんとなくですけど、フレームシフトというよりは、『元の呪術式と別の呪術式をつないだ別の呪術式を作り出して、そちらの効力が結果としてアンチスペルになってる』というような――――」


 僕の推測を口にした途端、教授と――――そして、何故か田中さんまでの顔が厳しくなる。一瞬の沈黙の後、田中さんが吐き捨てるようにつぶやいた言葉を、僕はしっかりと聞き取っていた。



『ドミナント・ネガティヴ』




■僕の博士課程論文提出期限まで、あと――1年4ヶ月

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