第20話 羨望と必殺と:密談

キーンコーンカーンコーン。


「はい、じゃあ授業終わりネ。日直サン号令ヨロシク」


きりーつ、れーい、と気の抜けた挨拶に合わせてペコリと頭を下げる。


5限の英語表現の授業が終わり、本日の学校はあと帰りのHRを残すのみ。


関西弁と英語の入り交じった独特のイントネーションを持つ英語教師の兵藤先生が退室するのと入れ替わりで、鶴ちゃんが入室してきた。


「ほらほら、席ついて。それじゃあ帰りのHRを始めるぞ〜」


黒い出席簿をバシバシと教卓に打ちつけながら気だるげに鶴ちゃんは言う。


「係からの連絡はあるか? ……っと、小川と清水か。高原スクール関係の話だろうからみんなしっかり聞くように」


そして鶴ちゃんの代わりに教卓に立ったのは清水くんと小川さん――高原スクールの実行委員――だ。


小川さんはA4サイズのプリントを片手に持ち、もう片方の手で緩くウェーブのかかった毛先をクルクルと弄りつつ話し始める。


「なんかぁ、高原スクールに向けてぇ、班を作らないといけないらしくってぇ、2通り? 泊まるヤツとぉ、体験とか散策とかするヤツをぉ」


ここですかさず清水くんが補足に入った。


「宿泊班は男女別で5人1組、行動班は男女混合で6~8人で1組らしいっす。明日以降に決めるんで考えといて欲しいっす」


そう伝えると、一礼して2人はそのまま自分の席へと戻っていった。


そして再び教卓に戻ってきた鶴ちゃん。


「というわけで、班のこと考えとけよ〜。他に連絡あるやつは……いなさそうだな。よし、HR終わり! 」


ガタガタガタと机を揺らして、さよーならーとこれまた気の抜けた挨拶をするとほとんどの生徒がさっさと部活なり帰宅なりで教室を出て行ってしまった。


僕はといえば窓側の席で荷物をまとめている奈緒の方へと歩いていく。


見れば英司も同様に奈緒の方へと寄って来ていた。


「くあぁ……飯が終わった後の英語ってのはなんでこうも眠たくなるのかねぇ? 」


コキコキと首を鳴らしながら英司は大きなあくびを1つ。


「流石に僕もまるっと5限寝続けるとは思わなかったけどね……」


「まぁまぁ、朝練もそのうち慣れるだろうし、今日くらいは大目に見ましょうよ」


「そうだといいんだけど……。一応僕たち高校生だし、そのうち定期テストだってあるんだから。あんまりサボってると痛い目見るのは英司本人なんだから……」


当の英司はといえば両手を耳にあてて聞こえないふりをしている。


こんなことばかりしているから中学生の時も一夜漬けに頼るハメになっていたというのに。


すると、突然思い出したかのように英司は口を開いた。


「そういや、寺本はどこいったんだ? 放課後に話をしようって言ってたはずだよな? 」


「そういわれてみれば……」


気になってきょろきょろと辺りを見回してみると、廊下の方からバタバタと大きな足音が響いてきた。


「いやはや、遅れて申し訳ない! 小生今週は掃除当番でしてな……」


随分と人が少なくなった教室に、汗を浮かべながら飛び込んできたのは寺本君だ。


相当に急いでくれたようで、ぜぃはぁと息せき切っている。


「まあいいわ、《神々の黄昏ラグナロク》の話をするならいつものところに行きましょ」


「ほほう? 服部殿たちのですか。なんだかそこはかとなくエロチックですな」


「またお前は……バカなこと言ってないでさっさといくぞ! 」


「たはは、京楽殿は手厳しい」


こうして、僕たちはくだんの河原に向けて歩き出した。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「ほうほう、いつも穂崎殿たちはここで密談をされている訳ですな」


「密談って……人聞き悪いわね」


「秘密基地って言ったら行き過ぎだけど、何かあるたびにここに集まってるのは確かだよね」


学校から15分程歩き、寺本君を引き連れていつもの河原へと今朝ぶりに訪れていた。


いくら人通りが少ないとはいえ、こんな真っ昼間では完全に無人とは行かないので、高架下へと移動する。


春とはいえ今日のように綺麗に晴れると若干暑く、橋の日陰が心地よく感じた。


「じゃあ、始めようか」


4人で輪になるように腰を下ろして話し合いに適した体勢へと移行する。


「じゃあまずは僕たちの方から話すね? 」


「……おねがいしますぞ。穂崎殿の戦いを小生に教えてくだされ」


「金曜日、学校が終わった後のことなんだけど――」


……


…………


………………


身振り手振りを交えながら話すこと30分余り、一通りのあらすじを説明し終えると、寺本君は腕を組んでふぅむと唸った。


「……穂崎殿」


「な、なにかな? 」


するとちょっと拗ねた様子で寺本君は喋り出す。


「いやー【ブリューナク】の能力を発現させただけでなく、まさか『必殺技』まで習得するとは! いやはや、やはり穂崎殿からは並々ならぬ才能を感じますなぁ。さらにさらに、それだけでは飽き足らず現れた敵に友情パワーで覚醒してサクッと勝利し、その後に友としての縁を結ぶって……それなんて主人公? 」


「待って待って、『必殺技』って何? というか別にサクッとではないし、間違ってはないけど、なんか要約のしかたに悪意がこもってない? 」


僕がそういうと、寺本君はちょっとバツが悪そうに口を尖らせた。


「……穂崎殿が悪いわけではないのは重々承知なのですがな、なんとなく小生の中で折り合いがつかないといいますか……」


「折り合い? 」


奈緒が不思議そうに首をかしげる。


「何といいますかな……嫉妬、に近いのでしょうな。穂崎殿が成したことは小生たちのような人種が常々妄想しているようなシチュエーションそのままですからな」


「やってる側からしたらたまったもんじゃねぇけどな」


「いやまぁそうかもしれませんが……。小生もそういうのに憧れるってことですぞ。ただ、穂崎殿はですな。気の置けない友人に美人の幼馴染み、切磋琢磨しあうライバルって昨今少年漫画でもなかなか見ない展開ですぞ」


「いやん、美人だなんてお・上・手! 」


「ええい、話がややこしくなるからちょっと黙ってろ」


「あひん!? 」


英司はパシンと奈緒の頭をはたいて窘めた。


「まあ僕も寺本君の気持ち分からなくはないよ。非日常っていうのはいつだってわくわくするものだからさ」


小説だって漫画だって映画だって今では目新しいテーマを見ることのほうが少なくなっているけれど、それでも廃れないのは人々の非日常を求める心が存在し続けるからだと思う。


「……そう言ってもらえると小生としてもありがたいですな。たはは、小生の変な僻みのせいで妙な雰囲気になってしまって申し訳ない。話を進めましょうぞ」


先ほどよりスッキリした顔になった寺本君は、ずれた眼鏡を中指でクイッと持ち上げてそう言った。


「じゃあ早速聞きたいんだけど、さっき言ってた『必殺技』って何? 」


『必殺技』と言われてパッと思いつくのは漫画やゲームによく出てくる切り札的存在の技のことだ。


キャラクターによってはその技が代名詞になることもあり、派手で強力なものであることが多い。


「認識的にはアニメなんかのキャラクターが使う必殺技と同義ですな。小生が勝手に呼称しているだけですが……。穂崎殿、ちょっと【ブリューナク】を出してもらうことは可能ですかな? 」


「え? 別にいいけど……」


寺本君に言われるがまま【ブリューナク】を呼び出す。


足元にこの数日で見慣れてしまった複雑な幾何学模様の青白く輝く魔法陣が出現し、そこから黄金に光る太陽の槍が手元までせりあがってきた。


「……よっと。とりあえず出したけど、どうすればいいの? 」


「何度見てもこれは不思議ですな……。それはさておき、これが穂崎殿の《神の遺物アーティファクト》ですか、壮観ですな」


チロチロと炎を吹き出すその槍は黄金の配色も相まって堂々たる存在感を醸し出している。


「そっか、寺本君は輝の【ブリューナク】を見たのは初めてだっけ」


「そうですな。これは小生の【アルカナ】とは違ったベクトルのカッコよさがありますぞ……っと話が逸れましたな、穂崎殿、その槍の特殊能力は炎系統で間違いないですかな? 」


「えっと、うん、多分。寺本君に借りてた本とか自分で調べた限り、【ブリューナク】の能力の主軸にあるのは『太陽』だと思うんだ。だからこの槍から吹き出している炎も、太陽になぞらえて『紅炎プロミネンス』って名付けたんだよ」


「ほほう! なかなかいいネーミングセンスをしておりますな穂崎殿。して、その特殊能力はMP――生命力を大幅に消費して使用するものですかな? 」


「いや、違うよ? 」


今のところ気にしなくていいレベルの、無視できる程度の量しか消費されていない気がする。


少なくとも戦闘には支障がなかった。


「ならば、穂崎殿が綺羅星殿との戦いで放ったという『敵穿つ銀閃ブリューナク・シャイニングレイ』はどうでしょうか? 」


「……気を失うくらい消耗したよ」


綺羅星戦のことを思い出して思わずしかめっ面になってしまった。


「それこそが『必殺技』。通常の特殊能力とは別に大量の生命力を消費して放つ大技のことを小生はそう呼んでおりますゆえ。ですから、以前穂崎殿たちにお見せした『断罪の大渦ダイタルウェイブ』も『必殺技』ということになりますな」


「じゃあ綺羅星のはどうなるんだ? 転移するのは基本的な特殊能力にあたる気がするんだが、消費はデカそうだったぞ」


英司は疑問の声を上げる。


「それはある種例外的な、通常技の延長に『必殺技』があるタイプのものだと思われますぞ。話を聞くかぎり『瞬間移動』が特殊能力ではありますが、同時に『必殺技』でもあるということですかな? 」


「戦況をひっくり返すって意味ではそうでもおかしくはないよね。常に必殺技ってめちゃくちゃ怖いけど」


つまり綺羅星には低消費発動型の特殊能力がない代わりに『敵穿つ銀閃ブリューナク・シャイニングレイ』のような生命力をすべて吸われる大型消費の必殺技でもなく、ちょうどその中間の消費で放てる強攻撃のような『必殺技』になっているのか。


小技が無い分立ち回りの器用さには欠けるが、その分強力な能力――他の《神の遺物アーティファクト》なら『必殺技』になっていてもおかしくないようなもの――が何度か使えるというバランス調整だと思われる。


神話の大地アースガルズ》も心憎い調整をしてくるものだ。


ふむふむと僕が頷いていると、はたと奈緒がなにかに気づいたようだ。


「あれ? そういえば寺本君は今日、新しい『必殺技』を開発したって行ってなかった? 」


ニヤリ、と寺本君の口角が吊り上がる。


「そこに気づくとは、やはり服部殿はお目が高い! 」


「あら? これ触れたらめんどくさいタイプの話題だったかしら……」


「だから黙ってろっつったのによ……」


はああ、と大きな溜息が3つ。


「……流石にその反応は小生傷ついちゃいますぞ。でも小生へこたれない! 」


「……まあ、興味が無いって言ったら嘘になるけどね。寺本君の新必殺技」


「ムフフ、でしょ? でしょ? 気になっちゃう? いやーどうしてもって言うなら教えてあげなくはないんですがな? ん? 」


「ウザい、3秒」


「アッハイ」


また奈緒にバッサリ切られた寺本君は即座に【アルカナ】を呼び出した。


重厚な革の本が河原と学生服にミスマッチで謎の神秘性を醸し出している。


「それではお披露目とまいりますか」


すぅ、と大きく息を吸い込んでいつぞやのものに似た呪文を唱え始めた。


「金剛の皇帝よ、堅牢なる土塊よ、運命の書の導きによりて今現れよ! タロットナンバーⅣ【皇帝エンペラー ノーム】! 」


詠唱に合わせてバラバラバラッと【アルカナ】のページが捲れていく。


そして前回と同じようにピタッと止まるとページが青く輝き出した。


すると寺本君の現在位置から目算で2mほど前方の土がメコメコと音を立てつつ盛り上がっていく。


そのまま僕の身長ほどの円錐を形作って大地の隆起は止まった。


「この前は水で今度は土か」


「この【アルカナ】には0から21までの数字が振られた能力があるのですがな、その中でも2から5までの4つはそれぞれ水、風、土、火を司る四大精霊の力が使えるのですぞ」


「さっきの説明だと、これはまだ特殊能力の域を出ないのよね? 」


「そうですぞ。というか、これはただの的ですな。考えた必殺技はまた別ですぞ」


ここで1つ気になったことを寺本君に聞いてみる。


「そもそもさ、必殺技って考えてできるものなの? 」


「《神の遺物アーティファクト》の根底にあるのは認識ですからな。小生の場合、できることの幅がある程度広いですから、妄想を膨らませるだけでなんとかなってしまう感はありますが……」


「なんかそれずるくない? めちゃくちゃ強いじゃん」


「土壇場で『敵穿つ銀閃ブリューナク・シャイニングレイ』なんて技を思いついた穂崎殿も大概だと思いますがな。……さて、そろそろ『必殺技』をお披露目とまいりますか」


そう言って寺本君は先程のものとは別の呪文を唱え始めた。


「裏切りの悪魔よ、封じられし酷寒の地獄よ、運命の書の導きによりて今現れよ! タロットナンバーXV【悪魔デビュル コキュートス】! 」


捲れたページが青く光り、寺本君が突き出した右腕の延長に粒子が集まってくる。


集まった粒子が薄い楕円形に引き伸ばされ、穴のようなものへと変じた。


悪魔デビュルって……それ大丈夫なの? 名前からしてかなりヤバそうなんだけど」


「……小生も使うの初めてなのでなんとも言えませんが大丈夫でしょう、多分、メイビー」


不安げに訊ねた奈緒から寺本君はサッと目をそらした。


「大丈夫そうな要素が見当たらないんだけど……」


「こればっかりは家で練習できませんから、なっ! 」


そう力んで言い放つと、コオォォォォォという洞窟のような音と共にその穴は周囲の空気を吸い込み始める。


そのせいで結構な強風が吹いて僕達の衣服がバサバサと揺れた。


「これ、『コキュートス』とか言ってたよな? てことは……」


「おや? 京楽殿は知っておられましたか。その通り、地獄の最下層コキュートスになぞらえてあるんです、ぞっ! 」


「きゃっ!? 」


「うわっ!? 」


「ぐわっ!? 」


再び寺本君が力をこめると、その穴から今度は物凄い勢いで風が吹き出した。


それもただの風ではない、冷気と氷雪を伴った大吹雪だ。


キュオォォォォォォ。


春も半ばだというのに真冬よりもいくらか寒いという半端じゃない寒気が僕らを襲った。


「さ、寒い……」


「じ、地獄の最下層に位置する、こ、コキュートスは、裏切り者をと、とと、閉じ込めるための氷結地獄。そそそ、その冷気を借り受けて相手を凍てつかせるのが、ここ、この悪魔デビュルのページの、能力、ですな……」


寺本君がガチガチと歯を打ち鳴らして身体を震わせながら説明してくれる。


見れば標的となった円錐状の土は地獄の寒風をモロに受けて氷漬けになってしまっていた。


それどころかその周囲まで霜が降りて、まるでここだけ北国になってしまったかのような錯覚を覚える。


「こ、こんなに強力な技なのに、『必殺技』じゃないの? 」


「ば、番号が大きいのでそれに比例して威力と消費も増えますが、まだ特殊能力の域ですぞ。それより、ここからが本番ですからなっ! 」


そう言って寺本君はまたも呪文のようなものを唱え始めた。


……寒さのせいで震えてはいたが。


「封印されし大罪の悪魔よ、破壊の限りを尽くせし魔王よ、運命の書の楔から今解き放たれよ! 『魔王の一撃サタン・インパクト』!!! 」


そこからは一瞬だった。


寺本君が高らかに魔王を冠した技名を叫んだ瞬間、冷風を吹き出していた穴が紫色に怪しく光り、弾けた。


そこから飛び出たのは腕。


ゆうに電信柱の数倍は太い、バオバブの木を彷彿とさせる太さの筋肉質な豪腕。


紫色の巨大なそれは的となる土柱を思いっきり殴りつける。


と同時に物凄い土埃と爆風が発生し、僕達は危うく吹き飛ばされるところだった。


すると魔王のかいなは役目を終えたとばかりに粒子となって消え果て、土煙が晴れた後に見えてきたのは粉微塵に砕けた土柱とボロボロになって倒れた寺本君であった。


「……ぺっ、ぺっ! 口の中がジャリジャリするよ……って、寺本君!? 大丈夫!? 」


「……ほ、穂崎殿……小生のことは心配御無用ですぞ……。ぐふっ、しかし流石にこの威力ですと、小生が限界を出し尽くしても3秒が限界ですかな……ごほっ……」


「3秒あれば十分だろ……なんだこの化け物みたいな力は。人に当てようもんなら必死だぞ」


「だから『必殺技』ってことでしょ。それにしてもこれどうすんのよ……」


奈緒にそう言われて視線を向ければ、爆風の影響で草がクレーター状に剥げて、その上に土柱の残骸がボロボロと崩れ落ちていた。


「うわぁ……」


攻撃の痕を見ただけでその苛烈さが伝わってくる。


たはは、と頭を書きながら笑う寺本君だが、もし敵に回ったらと思うとゾクリとしてしまう。


敵は全員このレベルの強さだと考えると《神々の黄昏ラグナロク》、そう甘くはないか……。


それでも僕は戦わなくちゃいけない、彼女に約束したから。


いつか寺本君とも戦う日が来るのだろうか……?


そんなことを思いながら、いつの間にか僕らを照らしていた夕日を少し感傷的に見つめるのだった。

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聖譚のラグナロク ミネ @ryuzin_1998

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