第19話 昼下がりの教室:微熱
「はい、という訳で高原スクール――略して高スクの実行委員を決めたいと思います。やりたい奴は挙手! 」
先程までの思わせぶりな態度は一体何だったのか、鶴ちゃんは朗らかな口調で話しはじめた。
「一応目的としては、まだクラスの人間関係が固まりきってない状態で旅行に行くことで色んな人との交流を深めるっていうことだ。まあオリエンテーションの意味も兼ねてだな。1年生最初の行事ってことで緊張もあると思うが、ここでビシッと決めてくれるやつが――おっ! 清水、やってくれるか? 他には……小川もやってくれるか! いやぁ早く決まってよかった」
実行委員に立候補したのはクラスではまだ話したことのない2人。
清水さんと小川くんは僕とは人種の違う、いわゆるイケてるグループに属する人間だ。
残念ながら僕にはあまり接点がない。
「じゃあみんな、清水と小川に拍手! はい、パチパチパチ〜」
鶴ちゃんが促すと、まばらながらも教室から拍手が起こった。
「それじゃあこれで朝のHRを終わります。あ、2人はちょっと連絡があるから後で前に来てくれな。という訳で解散! 」
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1,2,3限とあっという間に過ぎてお昼休みの時間になった。
ちなみに、この遠柳高校は授業1限の時間を65分にすることで授業内に予復習の時間を取り入れ学習内容の定着を図る“65分授業”という一風変わった方針を取っている。
そのため、毎日の時間割は5限までで終了し、3限と4限の間に昼食をとるのだ。
閑話休題。
そうそうハプニングが起こるわけでもなく、授業自体は特に何事もなく進んだ。
強いていうならば、朝の宣言通り英司が睡眠学習に励んだ結果、居眠りに厳しい物理の松田先生に大目玉を食らったことくらいだろうか。
おかげで英司はまだ頭をさすっている。
「痛ってぇ……何もあそこまで本気で殴らなくてもいいだろうに……」
僕と英司は購買からの帰り道。
「あはは、10割英司の自業自得じゃないか」
「女子にはゲンコツ落とさないしな。間違ったフェミニストだぜ……」
ちなみに女子は肩を優しく揺らされ、息がかかるほどの耳元でそっと名前を呼ばれるというお仕置き(?)が用意されており、ある種男子よりもよっぽど恐れられている。
そんな話をしながら歩いているといつの間にか教室に戻ってきていて、教室のドアを開けて中に入ると、クラスメイトが各々で昼食を摂っていた。
「ちょっと、アンタたち遅いわよ。はやくはやく! お昼休み終わっちゃうわよ! 」
そう僕たちを急かすのはもちろん奈緒だ。
教室の奥、窓側に机を3つくっつけてテーブル代わりにして待っている。
「ごめんごめん、思ったよりも購買が混んでてさ……」
「とんでもねえ人口密度だったぜ? それこそ圧死しそうな勢いだ」
「大変そうだけど、アタシみたいな弁当組には無縁の話ね。さ、食べちゃいましょ」
奈緒に促され、3人とも手を合わせる。
「「「いただきます」」」
食前の挨拶を終えるとそれぞれ自分の昼食を食べ始めた。
「今日の奈緒のお弁当は3色ご飯かぁ、美味しそうだね」
茶色の鶏そぼろ、黄色の卵、桃色の桜でんぶで構成された3色の彩りが鮮やかな食欲をそそる1品だ。
「そういう輝は焼きそばパンだけなの? アンタってそんなに小食だったかしら」
「さっきも言ったけど購買が混んでてパンが残ってなかったんだよ……」
「その割に英司はたくさん食べてるわね」
「……んぐっ。そりゃ上級生の波をかき分けて最前列まで行ったからな。逆に戦果が無かったら困るぜ」
そう言う英司の前にはカツサンド、ピザパン、クロワッサンなどなど多くの惣菜パンが並んでいる。
対する僕はといえば、1つだけ確保した焼きそばパンなどとうに食べ終えており手持ち無沙汰になっていた。
「まあ今日1日くらい大丈夫……」
ギュルルルル。
「……じゃないみたいね」
盛大にお腹を鳴らしてしまった。
羞恥で顔から火が出そうだ。
すると不意に横からスッと差し出されるメロンパン。
「ま、今度からはパンを取れるように精進しろよ」
「英司……ありがとう! 」
やはり英司は兄貴分というか、こういう優しさがカッコイイのだ。
「英司にだけいい格好させる訳にはいかないわよね。ほら、輝」
そう言って奈緒は僕に向かってスプーンを差し出した。
その上に乗っているのは見るからに美味しそうな鶏そぼろと卵が混じった1口分のご飯。
「えっ? 」
「えっ? じゃないわよ。ほら、あーん」
「いやいやいや、待って待って、ここ学校だよ!? 」
「なによ、アタシの好意が受け取れないわけ? 」
「そうじゃないけど……」
ズイッと差し出されたスプーンの奥にはムッとしたふくれっ面の奈緒。
ジトッとこちらを見つめる奈緒の目を直視できずに英司の方へ助けを求めた。
だが、その英司はといえばニヤニヤとこちらを眺めているだけで助けてくれる気配など微塵もない。
「ちょっ、見てないで助けてよ! 」
「そのまま食べればいいじゃねえか、役得だぜ? 」
「ここが家なら喜んで食べてたよ! 」
すると、痺れを切らしたのだろうか、奈緒は机の上に身を乗り出してこちらにスプーンを突き出してきた。
「ええい、まどろっこしい! さっさと食べなさい! 」
「モガッ!? …………んぐっ」
「で、感想は? 」
「いや、美味しいけどさ……」
「ふふん、ならばよろしい」
奈緒は相変わらず無い胸を堂々と張ってドヤ顔を披露する。
僕は何とかして照れて赤くなった顔を誤魔化そうと英司に貰ったメロンパンの袋をやや乱暴に破った。
しかし対称的に奈緒はいつも通り、何も気にした様子もなくスプーン――さっき僕の口に突っ込まれた――でお弁当を口に運んでいる。
それを見てさらに赤面する僕と、僕を見てニヤつく英司、そしてそんな僕たちを見て不思議そうにする奈緒の三つ巴がそこにはあった。
すると、その三つ巴にヌッと影が差した。
「あなた達、相変わらず仲がいいのね……」
「あ、桃佳じゃない。元気ないけど、どうしたのよ」
「実はさっきまで生徒会として議会に出席しててね……まだお昼ご飯食べてないのよ……」
奈緒の疑問に柔らかい声で答えた彼女の名は
奈緒の高校でできた友人の中の1人である。
「そういえば山口さんって生徒会やってたっけ。お疲れ様」
「ありがとう穂崎君。だけど明るいうちから、しかも教室でそんなにイチャつくと変な
「ちょっ! だから僕は――」
「分かってるわよ。そういうことにしておくわ。私も奈緒みたいに素敵な彼氏が欲しいわ……」
「彼氏じゃないよ……ああ……何も分かってもらえてない……」
優しい目で僕と奈緒を交互に見て微笑むのは地味に心にくる。
というか、なんで奈緒は否定しないんだろう?
「でも桃佳は美人だし、彼氏の1人や2人簡単にできそうな気がするんだけど」
「いや、2人以上いたらそれはそれでマズイだろ……」
「ふふっ、ありがとう。でも私はほら……」
そう言って山口さんは自分の頭の上で手をヒラヒラとさせた。
そう、山口さんは身長が高い。
180cmほどある英司よりも少し小さい程度だから目算で大体175cm前後。
これは高校1年生の女子平均身長157cmと比べても、ずば抜けて高い数値だ。
そんな彼女は1年生ながら生徒会に属しており、バリバリと仕事をこなすその姿は肩までかかるロングの黒髪と赤いフレームの眼鏡も相まって、まさに女傑と言ったところか。
察するに本人は自分の背が高いのをあまり好ましく思っていないようだが、僕が見る限り彼女は高校生では珍しい綺麗系の美人だ。
奈緒とは別ベクトルの魅力で、間違ってもモテないなどという事はないと思う。
「まあ私の話はいいのよ。今は生徒会が忙しくてそれどころじゃないしね」
「忙しいってまだ1年の序盤なのに何やってるんだ? 」
「京楽君は分かってないわね……行事の運営は当日になって突然やるって訳にはいかないのよ。それこそ先輩達は今の時期から学園祭に向けて動いてるし、私は目先の高原スクールのことでいっぱいいっぱいだわ」
「生徒会って大変なのねぇ……」
しみじみと、それでいてまるで他人事のように奈緒は呟いた。
山口さんは自分の席――たまたま僕らが座っていたところの近く――から可愛らしいケースに入った小ぶりのおにぎりとペットボトルのお茶を持ってきて僕らの輪に加わった。
「あ、高原スクールと言えば先輩から聞いた面白い話があるわよ」
そう言って山口さんがニヤリと妖しく微笑む。
「なになに? この流れってことは恋愛系? 」
「奈緒、正解〜。なんでも遠柳高校の行事では恋の魔法がかかるらしいのよ」
「「「魔法? 」」」
魔法と言われてパッと思いつくのは、最近見たばかりの寺本くんが所持する《
だけどまさかそんな物理的な意味での魔法ではないだろうし、前置詞に“恋の”などと付けるくらいだからよくある噂話の一部なのだろう。
「そ、イベントの雰囲気に当てられてノリで告白したり、受けちゃったりするのが沢山あるらしいわ。1年生の高原スクールは特にね」
「高校デビュー組が張り切ってるのかもな」
「そうかもしれないわね。実際、そこでくっついたカップルはかなり破局率が高いらしいわよ? 」
「そこまで含めて『魔法』ってことなのね……」
ガラスの靴を履いた見た目麗しいシンデレラが夜中の12時を過ぎればただのみすぼらしい町娘に戻ってしまうように、醜いカエルに変えられた美形の王子様がお姫様のキスで元に戻るように、魔法というのは良くも悪くも必ず解けるものと相場が決まっている。
そう考えると、高原スクール
考えた人に思わず拍手を送りたくなってしまう。
「じゃあ桃佳も告白とかされちゃうかもよね。なんだか高原スクールが一気に楽しみになってきたわ! 」
「そんな期待のされ方をしても困るのは私なんだけど……。それに、告白されそう度合いで言ったら奈緒の方が高いと思うわよ? 」
「ふぇ? アタシ? 」
キョトンとした顔の奈緒は口にスプーンを咥えたままこちらを向いた。
奈緒は元々見た目は整っているし、いつものハイテンションも元気と捉えれば長所になる。
僕と英司から見れば普段の行動はアホ丸出しだけれども、天然と言い換えれば好きな人も多いのではないか?
「もしかして……奈緒ってモテるの……? 」
「失礼ね! 輝のアタシに対する認識について1回話し合わなきゃいけない気がするんだけど!? 」
「いや……でも奈緒、奈緒に限ってそんな……」
「まあ、モテるモテないよどちらかと言えばモテる側だろうな」
「女子目線から見てもかなり条件は揃ってるわよね……」
衝撃の事実、奈緒はモテる。
「英司に続いて奈緒まで……。……もしかして告白されたことも無いのって僕だけ? 」
「「「…………」」」
衝撃の事実その2、僕だけモテない。
英司と奈緒の『うわ、マジか……』みたいな目線がグサグサと刺さる。
「……いっそ殺して」
「いや、それって穂先君がいつも奈緒と一緒に――」
「はい、ストップ。桃佳、それ以上余計なこと言わないでね? 」
山口さんの言葉が途切れたので顔を上げて見れば、奈緒が必死な顔で山口さんにチョークスリーパーをかけながら口を押さえていた。
コクコクとすごい勢いで首を縦に振る山口さん。
身長差のせいで結構キマると危ない。
それにしても奈緒はなにをそんなに慌てているのだろうか?
「ゲホゲホッ……ゴホンッ、まあ何が言いたいかっていうと」
「……いうと? 」
「奈緒はモテるんだから、あなた達がしっかりしないとすぐに取られちゃうわよ? 特に穂崎君なんかは頑張らないといけないかもね」
「え、だからなんで僕――」
キーンコーンカーンコーン。
教室のスピーカーから昼休みが残り5分であることを告げる予鈴が鳴り響いた。
「あら、もうこんな時間。それじゃあ頑張ってね穂先君? 」
「いや、だから……」
僕が反論する間もなく山口さんは席を立ってしまった。
仕方なしに奈緒たちの方を振り向けば、ちょっと気はずかしそうに顔を背ける奈緒と相も変わらずニヤニヤし続ける英司。
「いやもうほんと何なのさ……」
むず痒い衝動に駆られて思わず頭を掻いてみた。
春も中頃だからだろうか、やたら体が火照って仕方ない。
「あっつ……」
英司なんかに見られたら絶対に茶化されるので、耳たぶまで真っ赤になった顔を見られまいと、僕は窓の外に視線を落とすのだった。
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