高原スクール即興曲(トッカータ)
第18話 新たなる始まり:日常
「フッ! 98! フッ! 99! フッ! 100! っはぁ、はぁ……」
ビュウと振り下ろした五つ刃の槍を地面に下ろすとガランと子気味のいい音を立てた。
すると地面に現れた青白い魔法陣にその槍、【ブリューナク】が吸い込まれるように消える。
僕はそのまま河原に生えた背の短い草原にドサッと背中から倒れ込んだ。
「お疲れ様、
そう言って差し出されたのは、真っ白なタオルとプラスチック製の水筒。
「はあっ、はあっ……ありがとう」
受け取ったタオルを首筋にかけ、水筒の中身を一気に
粉末タイプのものだろうか、少し濃いめの味が疲れた身体に染み渡り、今ならどれだけでも飲めてしまいそうだ。
そのまま上を向いてゴクゴクと喉を鳴らしていると、不意に水筒が引っ張られる。
「……っぷあっ! 何すんのさ、
「バカね、そうやって運動した後一気に水分を摂ると消化器官や腎臓に負担がかかっちゃうのよ! 落ち着いて、少しずつ口に含むように飲むのよ。あんまり飲みすぎてもお腹がタプタプしちゃうんだからね! 」
僕から取り上げた水筒に蓋をしながら、こちらにビシッと立てた人差し指を向けてくるのは僕の幼馴染みが1人、
流石は元陸上部と言ったところだろうか、ピンク色のランニングウェア姿が様になっている。
「なるほど、やっぱり運動に関しては奈緒が一番頼りになるや。ついてきてもらって正解だったよ」
「でも、輝たちがアタシのために頑張ってくれてるのに、アタシにできるのはこれくらいしかないから……」
「そんなことないよ! それこそ僕1人で訓練なんかしようものなら、どうなってたか分かったもんじゃないし。コーチ役も立派な仕事だよ」
「えへへ、そうかな……ありがとっ! 」
そう言って微笑んだ彼女の顔はとても眩しかった。
思わずその笑顔に見とれていると、土手の上からタッタッタッと軽やかなテンポで土を踏む音が聞こえてくる。
だんだんと近づいてくるその足音は少しよろけながらも土手の斜面を駆け下りてくると、僕と奈緒の横で止まった。
「はあっ……はあっ……っふぅっ……奈緒、俺にもタオルくれ……」
「
足音の正体は僕のもう1人の幼馴染み、
体力作りのため、先程まで僕とは別メニューでトレーニングをしていた。
土手の上のランニングコースは1周800m程、それを5周ということは英司は約4kmもの距離を走ってきたことになる。
「……っぷはっ……ふう、ありがとな奈緒。やっぱり大分体力が落ちてるな……2年のブランクはかなりデカイか」
僕の隣にドサリと腰を下ろして英司は言う。
「いやいや、謙遜しすぎだよ。2年のブランクがあってそれだけ走れればかなりすごいと思うんだけどなぁ」
「それでも生身で《
手をヒラヒラと振りながらおどけるように言う英司。
何でもなさそうな顔してるけど、実は綺羅星にやられた事を根に持ってるんだよなぁ……。
「今日は2人ともお疲れ様、体が冷えないうちに整理体操しちゃいましょ。それが終わったらそろそろ帰らないと学校に遅刻しちゃうわ」
「分かったよ」
「了解、っと」
屈伸、伸脚、アキレス腱伸ばし等々、柔軟をメインに身体をしっかりと伸ばしていく。
「こうしてみると漫画とかアニメの訓練パートっていうのは完全にフィクションだよね。卓球で動体視力を鍛える、とかさ」
「そりゃ漫画でランニングのシーンなんて挿れても地味すぎて人気でねえだろ。それにあんな手っ取り早く強くなれるなら世の中超人だらけだぜ? 」
「僕たち、やってる事はフィクションよりもフィクションっぽいのにね」
「まったく、難儀なこった」
そこまで言って2人で顔を見合わせる。
互いになんだか無性におかしくなって吹き出してしまった。
そもそも何故僕たちが平日の早朝の河原で特訓に勤しんでいるかといえば、話は更に2時間ほど前、今朝の午前4時に遡る。
奈緒の家に泊まったあの日、彼女をもう1度走れるようにすると決意した僕は、そのためにも自らを鍛えることが必要だと感じた。
綺羅星には勝利こそしたものの内容はかなりリスキーなものだったし、もう1度戦えと言われたら正直なところ勝てる自信がない。
さらに今後どんな敵に当たるかもわからない以上、今は自分の実力を上げるしかないだろう。
そんな訳で今日からトレーニングに励もうと目覚ましをまだ仄暗い早朝に仕掛けたのだが、こっそりと家から出た僕を待ち構えていたのはそれぞれランニングウェアに着替えた2人の幼馴染みだった。
『輝の考えることくらいお見通しよ! というかタオルも持たずに何しに行くつもり? まったく、アタシがいないと本当にダメなんだから』
『輝だけに全部背負わせるわけにはいかねえよ。ま、俺にも多少はカッコつけさせてくれや』
そうして僕はドヤ顔の奈緒と照れくさそうな英司を加えて例の河原へと向かったのである。
閑話休題。
整理体操を終えた僕と英司はグルグルと肩を回しながら奈緒の方に歩いていく。
「じゃあ帰りましょうか。その後各自でシャワーを浴びて、いつものトコに集合って感じね」
「了解、時間もいつも通りでいいよな? 」
「あ、ちょっと待ってよ2人共〜 」
僕は駆け足で先ゆく英司と奈緒の背中を追いかけた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
一旦家に帰り身支度を整えた僕は、いつもの集合場所である奈緒の家前まで来ていた。
なぜ奈緒の家の前かといえば幼稚園の送迎バスの集合場所がここだったというだけの話なのだが、今までずっと変わらず使い続けている。
そこで待つこと暫し、やってきたのは制服姿の英司だった。
「よっ、さっきぶり」
「やっぱり英司が先に来たね。ふあぁ……奈緒待ってる間に寝ちゃいそうだよ……」
「4時前には起きてたもんなぁ、俺達。こりゃ1,2限は睡眠学習だな」
僕から移ったのだろうか、英司も大きく口を開けてアクビをした。
それにしても、もう普段の集合時刻だというのに奈緒の姿が一向に見えない。
「奈緒のやつ何してんだ? 」
「シャワー浴びて、着替えて、ご飯食べてくるだけだけど……奈緒のことだから『美少女は色々とあるのよ! 』とか言いそうだよね」
「やべぇ、容易に想像できるぞそれ……」
うーむ、と英司が渋い顔をしているとガチャリと服部家の玄関が開き奈緒が飛び出てきた。
「お待たせ! ちょっと遅れたわ、ゴメンね? 」
「全然いいよ。けど、一体何してたのさ」
「ヒミツ! 美少女には色々あるのよ! デリカシー無いわねぇ……」
「「…………」」
「なによ2人とも、苦虫100匹くらい噛み潰したみたいな顔しちゃって」
まさか本当に言うとは思わなかった。
だが当の本人はそんなことつゆ知らず、僕らのことを見つめて首をかしげる。
「……へんなの。まあいいわ、早く行きましょ! 遅刻しちゃうわ」
そうして、僕たちは学校へ向けて歩きはじめた。
いつも通り雑談をしながら歩いていると学校に近づいた時、金曜日と同じようにデバイスが震え始める。
「これ寺本くんだよね? 毎日震えるのかぁ……」
「ま、《
「大して害のあるものでもないしね。そうすることにするよ」
そう言ってデバイスをポケットにしまうと、しばらくして振動が止んだ。
そのまま歩いて校門をくぐり抜け、昇降口でスリッパに履き替えると教室――1年生は1階で僕たちは6組――へと向かう。
それにしても全9クラスある中で僕たち3人が同じクラスになれるというのはなかなかの奇跡だと思う。
これも日頃の行いがいいお陰だろうか?
いや、奈緒と英司がいるから違うな、うん。
そんな事をぼんやりと考えていると教室に着く。
ガラガラと立付けの悪い扉を開けると、教室には既にクラスの半数よりすこし少ない程度の人数がおり、その中には寺本くんの姿もあった。
「やあやあ御三方、おはようですぞ! 」
「うん、おはよう寺本くん。朝から随分と元気だね? 」
席に荷物を置いた僕たちに話しかけてきた寺本くんは、始業前の時間にしては些かテンションが高かった。
「あ、分かっちゃいます? 分かっちゃいますかな? いや〜面目ない! そんなに態度に出ちゃってるとは……」
そう言いながらペチっと自分の頭を叩いて反省のような何かをする寺本くんだが、顔がこれ以上ないくらいニヤついている。
どうしよう、かなり面倒くさい。
でもこれ聞かなきゃいけないんだろうなぁ……。
「……一応聞くけど、何かあった? 」
「あ、聞きたい? 聞きたいですかな? んっふぅ……まあ? 小生も? どうしてもって言うなら話すのもやぶさかではないのですがな? いやはや、如何せん――」
「長い、3行」
「アッハイ」
流し目(?)でチラチラこちらを見てくる寺本くんをバッサリ一刀両断したのは英司。
ちょっとあたりがキツイのは朝の訓練で眠いせいだろう。
こう見えて英司は8時間寝ないと体調が悪くなるタイプの人だ。
英司にバッサリいかれた寺本くんはサックリと概要を説明し出す。
「小生、新しい必殺技を開発、超カッコイイ、ですな」
「……え? それだけ? 」
「それだけとは失敬な! 小生の開発したウルトラスーパーマキシマムパーフェクトアルティメットウルトラハイパーな必殺技ですぞ!? 」
「いや、なんかもう出オチ感が凄い。特にウルトラって2回言っちゃってる所とか」
「……新月の夜には背中に気をつけるんですな」
「うわぁ、捨て台詞までダサい」
「ぐっはぁ! 」
最後は奈緒にキッチリとトドメを刺された。
見てる分には面白いんだけどな、寺本くん。
しばらくして、うずくまっていた寺本くんがスクっと起き上がる。
「ふぅ、小生でなければ即死でしたな……。それはそうと、穂崎殿はこの休日何かありましたかな? 」
「特に変わったことは無かったけど……強いていうなら奈緒の家に泊まったくらいかな? 」
「ぐっはぁ!! なん……だと……こんなところに
「いやいや、英司も一緒だったし期待するようなことは何も無いよ。あとは……参加者と戦ったくらいかな」
「京楽殿も一緒でしたか……まさか3ぴ、ゲフンゲフン! まあ仲がいいのは大変結構な事ですな。それに参加者と戦ったのですか、それはそれは…………はぁ!? 」
突然寺本くんが大声を上げる。
少し教室がざわついてしまった。
「ちょっ、声が大きいって」
「いやいやいやいや、結構な一大事じゃないですか穂崎殿! むしろなんでいの一番にそれを言わないのかっていうレベルですぞ!? でも五体満足でここにいるという事は……勝てたのですかな? 」
「うん、一応ね。ほら」
そう言ってポケットから取り出したデバイスの画面を寺本くんに見せる。
開いたランキングアプリに表示されるのは『現在の順位:3位 7800ポイント』の文字。
「ふぉうふ、これガチなヤツじゃないですか穂崎殿……」
「ここは人目もあるし、詳しい話はそれこそ放課後ってことで」
「了解しましたぞ……」
寺本くんは疲れたような表情で自分の席に戻っていった。
するとちょうど朝のHRの開始を告げるチャイムが鳴る。
それと同時に教室の扉から大量の紙束を抱えた冴えない白衣の中年男性が入室してきた。
「はい、席つけ〜。今日は配るものが沢山あるからな、挨拶は省略でいいぞ」
この男こそ僕たち1-6の担任、
愛称は“
そしてその鶴ちゃんは生徒が席に座ったのを確認するやいなや、抱えていた大量の紙束を順に配り始めた。
「はい、今配ってるのは学校行事の案内です。普通の学校はこの時期にイベントなんかやらないんだが、なにぶんウチは『生徒の自主性に任せた自由と伝統ある校風』がウリなもんでな」
この遠柳高校は県内でも有数の学力を誇る進学校ではあるのだが、社会に出た時に役立つ人材を育成するためという名目でイベントごとはある程度生徒の自由に組み上げられることが多い。
そのため実行委員と名のつく役職がそこらじゅうに散らばっており、ほとんどの人が在学中に1度は企画側に回ると以前鶴ちゃんは言っていた。
「という訳で、キミたちは再来週の水曜日から2泊3日で長野まで旅行に行きます! 」
鶴ちゃんはプリントを配り終えると教卓に立って机をバンッと叩く。
「新入生最初の登竜門、これで3年間の高校生活が決まると言っても過言ではない。このイベントの名は――」
ゴクリ、誰も彼もが息を呑む。
「――高原スクールだ」
我らが白衣の担任様はニヤリと口角を吊り上げた。
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