第22話 掴み取ったもの
静かな部屋。柔らかな布団。真っ白な包帯で巻かれた右腕。所々の手当の跡。視界は全て霞がかったようで、頭がぼうっとする。
どうやら俺は生きているらしい。
目覚めたばかりでもなんとなく分かるのは、ここが安全だということ。少なくとも殺気を向けられたりはしない。
関東エリア本部の医療室か何かだろう。
奈々と一緒に戦場を見に行った時、『
おかげで魂を一気に使い果たしてしまったようだ。この能力の燃費はあまり良くないと見るべきかもしれない。
その時もこうしてベッドに寝かされて、奈々がお見舞いに……。
「奈々!」
「残念ながら、大堀中将ではありません。私です」
いつの間に居たのか、ベッドの傍には上田さんが立っていた。
「上田さん! 奈々は、奈々はどうなりました⁈」
気を失ってしまった後、利島が奈々の元に向かったとしたら……。
「大丈夫です。敵を無事全滅させたようで、周りは動けなくなった北陸エリアの奴らでいっぱいになっていました。
大堀中将も限界だったのでしょう。気を失って倒れていたところを保護しました。今は近くの支部であなたと同じような状況になっていると思いますよ」
「そうですか……。良かった……本当に……」
俺のやった事は無駄にならずに済んだんだ。やばい、なんか泣きそう。
「今回は北陸エリアに上手くやられてしまいました。繰り返し起きた戦闘で、今まで一人も死者が出ていなかったのです。
死者が出るとお互いが引き返せなくなり、本格的な戦が起こるのを忌避したので、『できる限り相手に死者を出さないように凌ぐように』という指示を出していました。まさかそれを勘付かれ、利用されるとは……本当にすみませんでした」
上田さんは頭を下げる。俺に向かって。
「えっ?ちょっと! 頭上げてください! 俺も奈々も無事だったんですから、それで充分ですよ。本当に気にしないでください!」
倉橋さんも今頃大変だろうな。俺のこと、やけに過保護にしてたし。
「それもそうですね。あなたは参謀長から逃げるように言われていたんですから、謝るなら大堀中将ですね。全く、恥をかきました」
あれ? さっきまで申し訳ないオーラが出てたはずだよね?
「まあ、正直に言えばちゃんと指示通り逃げてくれるとは思っていませんでした」
どうしてだろう?俺は上田さんから見るとそんなに勇敢なんだろうか。理由が知りたくて、上田さんに向かって首を傾げた。
「ここにいる人はみんな、逃げる余裕があると他の人を逃がそうとして戦い始めるんです。それで、結局全員残ってしまいます」
前に倉橋さんを含めた三人で話した時に言いかけたのはそのことか。
「馬鹿ばっかりなんですね」
「……そうですね」
なんですか、その目は。
「しばらくはこのまま休養してもらいます。参謀長があなたに話がある、ということでしたから、動けるようになったら司令室まで来てください」
「分かりました。お見舞い、ありがとうございました」
「いえ、たまたま立ち寄っただけですから。それでは、失礼しますよ」
上田さんは素っ気ない態度で部屋を出て行った。でも、その足取りは少し軽そうに見えた。
そして、数日後。立ち上がれるようになり訓練場に顔を出すと、沢山の奴らが集まってきて俺を質問攻めにした。
主な内容は『どうやって生き残ったのか』ということだった。あまりのしつこさにもうこの際教えてしまおうかと思ったが、やはり初めに伝える相手は決まっていたので、適当に誤魔化した。
右腕は少しずつ良くなっていたが、この身体でも完治にはしばらくかかるようだ。
男の勲章と思えば、少し誇らしくもあった。
部屋を出ると喧しくなることが分かったので、大人しく部屋で寝ようと横になった途端、ドアの開く音が聞こえた。
誰かと思えば、最近不登校気味の拓也くんではないか。
「やあ。随分良くなったみたいだね。今回は奈々もケンヤもお疲れ様って感じかな」
「全くだ。お前が学校サボったりしなければこんなに苦労しなかったんだからな!」
「ごめんごめん。本当に悪かったよ。でも僕も遊んでたわけじゃないからさ。許してくれないかな?」
「……俺も奈々も無事だったから、別にいいさ。結果オーライってことにしとく」
「助かるよ」
今回のことは仕方がない。倉橋さんが読みきれなかったことを、俺たちが予測できるわけがない。
もちろんそんなことを言って励ますつもりは毛頭ないが。
「奈々はまだ帰ってきてないのか?」
「ケンヤよりも回復が遅かったから、昨日ようやく目覚めたところだよ。歩けるようになったら『地下鉄リニア』で帰ってくるって」
「そうか……。近いうちに様子を見に行かなくちゃな」
「自分が会いたいだけじゃない?」
「うるさい」
図星をつくんじゃない。
「参謀長に呼ばれてるんだっけ? あの人も今は大変だよ。久々の作戦ミスでだいぶ死者が出てしまったから、その後のことを整理するので猫の手も借りたいくらいだろうし、精神的にかなり参ってるだろうし」
「そうだな……犠牲になった人には申し訳ないけど、俺自身は無事だったし、責める気は全くないさ」
今回のことに非がある人間なんていないはずだ。
「詳しい話はまた今度、ゆっくり聞かせてよ。せっかく面白そうなことになったみたいだしさ」
「ああ、俺の勇姿をとくと語ってやるよ」
うんざりするまで話してやるから安心しろ。
_______
「はい。そろそろ普通の生活をしても大丈夫です。右腕の包帯は取れませんが、それ以外のことは普通にして頂いて構いません。
午後三時から司令室に来て欲しいとのことでしたので、お伝え致します。それでは、お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
医務室の先生から病人解雇通知を受けたのは、あれから三日後だった。魂欠乏による症状が見られなくなり、頭もすっかり働くようになった。現在午後二時。身支度も含めればそんなに時間があるわけでもない。
よく考えてみればまともな私服が本部に置いてあるわけでもなく、着るものがない。
「あっ」
あった。まともな服。ロッカーに取りに行こう。
午後三時、作戦司令室前。
今回は案内なしで来ている。上司の部屋に入るんだから、まずはノックからだな。
ドアを軽く叩くと、中から声が聞こえてきた。
「細川さんですね?どうぞ入ってください」
「失礼します!」
前回とは違い、部屋には沢山の人が入っていた。彼らがこの関東エリアのブレイン。『作戦司令室』という名前の重みがずっしりとのしかかってくるようだった。
「お座りください」
「あっ、はい!ありがとうごさいます」
みなさんしっかりとスーツで決めていらっしゃいますね。色ならほとんど俺と一緒。真っ黒だ。俺のはラインが入っている分、みんなの着ているものよりオシャレかな?
……本当にこの格好で良かったんだろうか?今更心配になってきた。
「今回の件、本当に申し訳ありませんでした。私達の油断と思慮の浅さが招いた事態です。弁解の余地はありません」
倉橋さんの言葉と共に、ここにいる人たちから後悔の意が滲み出ている。これは上田さんみたいに頭を下げられそうだ。早めに手を打とう。
「いや、俺は本当に大丈夫です。それよりも群馬の方で沢山の人が亡くなられたと聞いています。その方達はもとより、奈々は……大堀中将は目の前でそれを見ていたわけですから、すごく辛かったと思います。俺が一番負担が少ないはずです」
言うだけならかっこいいことはいくらでも言える。実を言えば、俺だってそれなりに辛い状況だった。心の奥底では、もっと労って欲しいと思っているんだと思う。嫌な奴だな。
でも、大変だったのは俺と奈々だけじゃない。
群馬の現場で亡くなった人の家族や親友、恋人もいただろう。
戦っている人のために救援に向かいたくても、事情があって行けない人もいたに違いない。
倉橋さん達はもっと辛かっただろう。自分の指示のせいで死んでしまった人達がいる。自分を責める気持ちは人一倍強いはずだ。
それが人の上に立つものの運命だとしても、この部屋にいる人達はその立場に望んでなった人ばかりじゃない。
倉橋さんは最たる例だ。本人がどういう気持ちで参謀長を務めているかは分からない。彼女はその地位を欲していただろうか? 望んでいただろうか?
俺には、訊く勇気がない。
「そうですか……そう言って頂けると、少し心が軽くなります」
そうそう。今まで聞いてきた話から判断すると、倉橋さんはいろいろと一人で背負いこもうとするみたいだからな。少しでも荷物は分け合わないとね。
「現状、私達が得ている情報はあまり多くありません。宜しければ、現場であったことを教えて下さい。出来るだけ詳細にお願いします」
「もちろんです」
そちらがメインの話だろうな。目撃者だってほとんどいないはずだし。
俺は学校で起こったことを、覚えている限り全て話した。北陸エリアの中将、利島隆人と戦闘になったこと。逃げ出そうとしたこと。屋上に出て、刀を交えたこと。奴の水操術のこと。俺の火操術のこと。
あのことは後で伝えるつもりだった。と、いうわけにもいかず。
「失礼ですが、今の話を聞いた限り、あなたが利島に勝つことができたとは到底思えません。水操術を火操術で無効化したのは分かります。素晴らしい機転です。
しかし、武術のことに関してはどうも納得出来ません。細川さんを悪く言うつもりはありませんが、実力が違い過ぎるのです」
ですよね。
「そうですよね。流石に気付きますよね。でも、出来ればまだ言いたくないといいますか……勝手なことだとは思うんですけど……」
「いいんじゃねぇか?喋りたくないなら、それはそれでさ」
おお、後ろのドアから救いの声が聞こえる。でも、どこかで聞いたことのあるような……。
「大将、遅いですよ」
「ごめんな参謀長。ちょっと寝坊したんだよ」
振り返ればそこには見慣れた顔が。約十七年間、お世話になっているその顔が。
「お、親父! なんでここに⁈ ていうか大将⁈」
うちの親父が? 嘘だろ?
「よお、ケンヤ。久しぶりだな。今回は大変だったみたいじゃねぇか」
「まあな。でも、大したことなかったよ。それにしても、トップが親父とは……このエリアもよく続いてきたよ」
「ほーう?言うじゃねぇか。後でしっかり指導してやるから、訓練場で待ってろよ」
「遠慮しとく。ほら、倉橋さんが何か聞きたそうな顔してる」
どうも納得いかない、という顔だ。
「お気遣い、ありがとうございます。大将、細川さん……大将も細川さんですね。ではケンヤさんとお呼びします。
大将は、ケンヤさんが隠しているであろう力を私達が知る必要はないと、そう言うのですか? 彼の能力によっては今後の戦略も大きく変わります。それを知らずにいるのは、エリアにとって不利益でしかありません」
「確かにそうだな」
「ではなぜ隠しても良いと?」
そうだ。大将ならエリア全体のことを考えて行動するはず。きっと何か理由が……。
「そりゃかっこいいからだな」
「は?」
「秘密兵器とか、秘密の力とか。かっこいいだろ? だから許す」
気不味いというか、理解出来ずに呆然としているというか、沈黙という時間が部屋の中で充満した。
前言撤回、こいつの脳内は小学生だ。
「親父、もう帰っていいから。むしろ帰ってくれ。俺が恥ずかしいから……」
「なんだそりゃ?」
「いいから!」
親父の背中を押し、強引にドアの外まで押し出す。その間も何か喚いていたが、無視していたので分からなかった。どうせくだらないことだろう。
「お騒がせしました……。親父はいつもあんな感じなんですか?」
「は、はい。大将はいつもあんな感じで飄々としています」
「使えるのは腕っ節だけですか」
「正直に言わせてもらえば……そうですね」
部屋の全員が苦笑い。一層恥ずかしい。
「今はそれは置いておいて。ケンヤさん。どうなんですか? 本当に何もないのですか?」
倉橋さんの勢いに押され気味だ。でも、俺は譲るつもりはない。くだらない拘りかもしれないが、決めたものは決めたのだから。
「仰る通り、隠していることはあります。でも、やましい事を、考えているわけじゃないんです。少し待ってもらえませんか? 一日だけでいいんです」
「……それは、ケンヤさんにとって大事なことなんですね。分かりました。一日待ちます。
明後日、同じ時間にここに来てください。その時に詳しい話をお聞きします」
「ありがとうございます!」
机の下で小さくガッツポーズ。
倉橋さん、苦労をかけてごめんなさい。
「それと、もう一つ大切なことを伝えます」
「なんでしょうか?」
まさか、あの時逃げなかったことに対してのお叱りか。……仕方ない。甘んじて受けようじゃないか。
「本日をもって、あなたはクビです」
…………え?
「ちょ、ちょっと待ってください!クビってどういうことです? ていうか、クビって俺どうすれば!」
「落ち着いて下さい!細川警備員!いえ、それすらクビになったので……ニート細川ケンヤ!」
公衆の面前でも容赦なさすぎだろ、上田さん!
「あなたには新しい仕事がちゃんとあります。名誉なことですよ。参謀長、お願いします」
……ごめん、もうついて行けてないんだけど。
「では、……こほん。細川ケンヤ殿。今回の功績を考慮し、あなたに『准将』の勲章を授けます。これに満足することなく、関東エリアの為により努力することを期待します」
……………………え?
「マジですか?」
「マジです」
「本当に?」
「本当です」
いよっしゃあァァァア!
警備員ネタ、永久にさようなら!
「それでは、また後日、お願いしますね?今日は解散とします。皆さん、お疲れ様でした」
________
学校で奈々と別れてから約一週間になる。久々の再会だ。結局お見舞いには行きそびれてしまった。
たった一週間会っていなかっただけなのに、やけに緊張する。どんな顔をして会えばいいのだろうか? 最初はなんて声を掛けよう?
お疲れ様……とか? 無難だな。とりあえず第一候補。
ごめんなさい……は良くないな。わざわざ暗くする必要はないだろう。
あとは……えーと……分からん。話しかけるだけでなんでこんなに悩む必要があるのか。
奈々は昨日、ようやく普通に歩けるようになったそうだ。
回復に時間がかかったということは、その分ダメージが大きく、魂の消費が激しかったに違いない。
奈々が到着するはずのホームで、一人待つ。みんなが要らない気を回してくれたようだ。騒がしく迎えられた方が、奈々も嬉しいはずなのに。
耳を澄ますと、小さな風切り音が聞こえてきた。いよいよか。
卵型の地下鉄リニアがホームに滑り込む。一人用の小さいタイプだ。
ゆっくりと開いた蓋の中には、愛らしい丸っぽい目をぱちくりとさせた、赤いポニーテールの美少女が座っていた。
ゆっくりと近づいていくと、向こうもこちらに気付いたようだ。
「……おかえり、奈々」
「……ただいま、ケンヤ」
彼女の瞳に映る自分の姿が、少しずつ崩れていく。溢れた雫が、彼女の頬を濡らす。
「よかった……もう……ケン、ヤが死んじゃうじゃ、ないかって……私……心配で……」
嗚咽で所々聞こえ辛い言葉を聞いて、俺は一度に二つの感情を抱いた。
一つは奈々に深く心配させてしまったことへの謝罪の気持ち。もう一つは、こうしてまた奈々と話せる、二人で生きていることへの感謝の気持ち。
奈々の涙を袖で拭う。
「ありがとう、奈々。これからも迷惑かけるかもしれないけど、俺も強くなる。少なくとも、奈々に心配されないくらいにさ」
だから、笑ってくれ。それが一番奈々らしい。
「うん、一緒にがんばろ!」
高く手を挙げ、ハイッタチ。乾いた心地いい音が、トンネルに遠く、遠く鳴り続けた。
__________
「関東エリアでの作戦の成果は、雑兵四十人の命を奪ったことと、細川ケンヤが二重能力保持者だと判明し、その能力の大まかな力を把握したこと。その対価がうちの精鋭四十二人の戦死……。利島さん、かなり高い買い物してきたね」
「……面目ない。完全に切腹ものだ」
「やめてよ。冗談に聞こえないから」
利島さん、責任感強いからね。
「今回は参謀長である僕の作戦ミスってのもあるからそこまで責めないけどさ。さすがに細川君が『未来を視る』なんてふざけた力をもってるなんて予測できないよ。それが分かった時点で、退却命令を出さなきゃいけなかったんだ」
「……その通りだ。返す言葉もない」
……やり辛いなぁ。
「参謀長。実はまだ伝えていないことがある。言い訳と思われると癪だと思い、黙っていたのだが……」
「なに?隠し事はなしだよ」
「俺と細川ケンヤは同時に気を失ったのだが、先に目覚めたのは俺の方だったのだ。不服だが、任務の遂行を第一と考えて止めを刺そうとしたのだが……」
「辞めちゃったの?」
「いや、止められたのだ。仮面を被った男に。不気味な笑いを浮かべた仮面だった」
「そいつは関東エリアの奴じゃないのかい?彼を守ったんだろう?」
「いや、それはないだろう。あのタイミングからして、私達の戦いをずっと見ていたはずだ。救援に来ないのはおかしい」
「そいつは何か言っていたの?」
「つまらないことは止めろ。本来なら邪魔しないが、こいつの先を見てみたい、と」
「……その人、『Mr.《ミスター》』って名乗らなかったかい?」
「ほぅ……驚いたな。その通りだ。なぜ分かった?」
「これを見てよ」
モニターを操作し、あるデータを画面に表示させる。
「これは……」
「ノブナガ復活の予言、それを知らせてきたのがこの男だよ」
仮面の男……。他のエリアの人間か、もしくは新たな勢力か。
考えても分からないということは、かなりのストレスだ。早急に事実を知る必要がある。
「秘密裏にこいつを調べさせよう。今の所、僕、原、大将、それに利島中将にしか知らせていないからね。他言無用だよ」
「了解した」
「とりあえず、処罰についてはまた考えておくよ。今は休んだほうがいいね」
「気を遣わせてすまない。失礼する」
利島さんが部屋を出てからも考え続ける。
これから為すべきこと。北陸エリアの未来の為に。
二重性継魂者《デュアリティ・エターナー》 涼成犬子 @075195
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