今宵月夜の下にて

夢幻一夜

プロローグ「狂騒戯画」

0-1

 ――先刻、なにがしかの予兆が右の端に走った。

 生体式情報索コンタクトの誤作動か、或いは第六感的視索ノウフィスか。

 まぁなんであれ現状からすると情報塵ノイズ以外の何物でもない訳なんだが―――

「しかしあれだ。占いなんか信じない方なんだが、こんな時に視るとあまりいい気分はしないもんだな」

 どれだけ情報化・電子化・霊子りょうし化が進もうと、人間って生き物はその基礎である野生動物だった時の記憶を捨てられはしないのだろう。だから未知に恐怖し、暗がりに警戒し、強者を嗅ぎ分ける。

 現代では危機察知能力そういうのも錆びついて壊れ果て、機能しなくなっていると云われるが―――ところがどっこいぎっちょんちょん。んなわきゃあねぇよな。

 んなわきゃあってたまるかいってんだ。

「…勝手に人の思考ナカに侵ってくるなと、何度言わせれば気が済むんだ?」

 私が口にすると、地の文思考領域から這い出て、しかし悪びれもしなければ反省するそぶりも見せず、笑う。

「かっかっかっか!そう怒るなって。いつものこったろうが。んん?」

 思考領域の共通化ローカライズ、という技術が公開・使用され始めてからまだたったの1年。されど、365日という長丁場を乗り切って、意味もなく疾走してフェードアウトしていく流行はやりの様に消失せず、今もなおこうして技術として根を下ろしているところを見るにこれは長く使われていく予感を感じさせる。

 ともあれ―――


「仕事の時間と洒落込もうぜぃ!」


 ま、そういう事だ。

 飯の種は自分から動かなければ蒔けもしなければ手に入れることも出来はしないのだから。


1-1

 星歴2508年。旧暦(かつては西暦と云った)で言えば5608年、14月。

 自転周期や太陽との距離、諸々に酷い被害を乗り越えて地球は復興した。

 復興したのは良いが復興した前と後とで貧困層やら富裕層やら、いわゆる格差と云う奴は如実に表れ出でた。


 ――誰もお呼びじゃねーよと言ってもやって来やがった。まったく迷惑な話だぜ。しかもソレから何千年経ったと思っていやがるのか、僕らの世代になってもまぁだシコリになって残っていやがる。迷惑至極だぜホント。


 そういう理由からだろう、俺たちみたいな裏稼業――と云えば聞こえは悪いが、要は便利屋だ。便利屋にも得手不得手があるから一口ひとくちに便利屋と云っても中身は千差万別。

 客引きに特化してるのからゴミ拾いはパーフェクトだみたいなやつまで。

 殺しもさらいもなんでもござれな悪党から、悪即斬な正義の味方まで。

 いやはや、飽きもせずによくもまぁ続けるもんだと云わんばかりの品揃えレパートリーだ。


 そんな俺達が今根城にしてるのがクーザンという街だ。

 寒くもなければ暑くもなく、都会と言えるほど便利ではないかが田舎と言うほど不便でもない。

 ま、どこにでもある平凡な町さ。

 そんな所で俺達は生きている。

 

 ――いやいや相棒、そいつぁちぃっとばかっり恰好付け過ぎって奴だぜ。実際ホントのコトってヤツを言ったゲロった方がいい。


 ま、たしかにその通りか。

「俺達は、そんな場所で今日も死んでない」

 ――そ、正直は美徳って奴だ。あんまし旨味がねーのが珠に大傷ってもんだがな。


『ともあれ、クーザンでなんぞあれば俺たち2人、便利屋・夢庵をよろしくってもんだ。お安くしとくぜ?』

 客のいない事務所に据え置かれたソファーの上で、明るい金髪を獅子ライオンの如く逆立てた悪戯小僧の如き面容の――外見だけ見れば少年が、妙に機械音染みた声音でそういった。


「――――――だから、宜しくされに来てやったんじゃない」

 それはライオン髪の少年の向こう、机に突っ伏して寝ている黒髪が情報塵を感じる数時間前の事。事務所の中に客はいないが、事務所の扉を開けたそこには仁王立ちした少女がいたのである。


1-2

 便利屋・夢庵。

 裏稼業の界隈では至極有名なお人好しの2人組。

 裏稼業でお人好しが知れ渡ってたらそりゃあもうお先真っ暗ってのが常識というものだけれど、この二人の凶運ときたら「死んだ方がマシ。」「心臓が幾つあってもたりゃしない。」「死ぬ程スリリングな恐怖をその都度ごとに味わうお馬鹿さん」と言われるほど、呆れるほどに運がいい。

 まぁ実際的にはそれだけの実力があるという事なのだが――実際に2人と会えば否が応うにもその印象は「何で生きてるの?」だったりするものだから、経験が表情にも風格にも表れない奴らという事だろう。

 そんな彼らに此度舞い込んだ今回の依頼というのは、猫探しだった。

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今宵月夜の下にて 夢幻一夜 @Mugen

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