第30話 ローカル線満員電車の旅
1
DL鉄道はその名の通りD県とL県を繋ぐ私鉄――ではない。
D県南部、泗泉駅から山の中を突き進み、D県最南端の一番深い山岳地帯、
当初の予定ではそこからさらに線路を延ばし、L県まで繋げようとしいたらしいが、結局D県内で完結することになった。
南部の山岳地帯を有する
とは言え規模の小さなローカル線。本数も少ないので不便な点も多い。さらには運賃も割高で、黄沼市内から泗泉駅に行くだけで泗泉駅から大太良市へ向かうよりも高くつく。
しかしそうした点に惹かれてしまう人間というのはいつの時代もいるものだった。
D県内だけを走る超ローカル線。車両も現在はこの路線でしか走っていないオールドな譲渡車。それに加えて大太良市の近くとは思えない、全線単線というおまけつきだ。
土曜日、道木は朝一番の新幹線で大太良駅に着くと、そこから急行で泗泉駅に向かった。
同じホームに、レトロな趣の車両が停まっている。道木は持参のカメラで写真を様々なアングルで撮り続け、発車時刻になると電車に乗り込んだ。
次の駅でホームに向かって線路が二つに分かれ、そこで反対車線の車両と入れ替わるように発車する。島式一面ホームの列車交換。単線の醍醐味だ。勿論わずかな時間で電車を降り、駅の風景を含めてシャッターを切るのを忘れない。
そのまま数駅進み、鉄道資料館が併設されている
思った程充実していなかったことに落胆しながら一時間置きに来る電車を待ち、それに乗って終点の釜鳴駅まで向かう。道中の駅は全て撮影し、なかなかに満足の行く旅の半分になった。
釜鳴駅からは
駅の写真を隈なく撮り、一度駅を出て外観も写すと、切符を買ってホームに戻った。先程乗ってきた車両がそのまま折り返すのだ。
違うアングルから写真を撮りながら、泗泉駅へとのんびり向かう。
だが、その静寂は突如破られた。
座席は全て埋まり、通路も足の踏み場がなくなる。迂闊に動こうものなら将棋倒しが起こりそうな有様だ。
DL鉄道は黄沼市内の学生の通学用というのが、実は一番多い利用目的だった。
黄沼市の学区には青川市や緑山市も含まれているが、自転車では時間がかかりすぎるので、主にDL鉄道が使われる。さらに天象駅が最寄り駅の天象高校の生徒はその殆どが青川市内から通学するので、通学の時間帯はローカル線とは思えない混雑の様相を呈す。
今はどうやら部活帰りの生徒が一斉に乗り込んできたようだった。汗の臭いと鼻を衝く制汗剤の香りで頭がくらくらしてきた。
これでは写真を撮るどころの騒ぎではない。座席の隅で縮こまっていた道木は、学生達の止め処ない話し声に頭が痛くなってきた。
ふと、人で埋まった車内からちらりと見えた窓の外に、駅のホームが見えた。
降りなくては――そう思った時にはもう列車は発車していた。この騒音と、元から静かな発着が徒となって気付けなかったようだ。次の駅のアナウンスは音量が小さく、この中では掻き消えてしまう。
次こそは――今はたまたま部活終わりの時間帯と時刻表が噛み合ったことによる混雑だ。なんなら次の駅で降り、そこで一時間後の電車を待ってもいい。
見逃さないよう、意識を集中して窓の外を凝視する。ホームが見えると、道木は立ち上がって人込みをかき分けながらドアに向かう。
外に出ると身を切るような寒さだったが、同時にほっとした。あれでは旅の情緒もあったものではない。
さて、ここはどこだ。アナウンスは聞こえなかったし、先程の状況を鑑みるに何駅か乗り過ごした可能性もある。
ホームは泗泉駅を除く全てがそうであるように、殺風景なものだった。頭上を覆う屋根すらなく、ベンチが一つ置かれ、あとは本当に何もない。多くの駅と同じく無人駅らしく、駅舎は切符を入れる箱と自販機、ベンチが二つという様子だ。
ふと気付いたが、駅名標がどこにも見当たらない。
どうにも妙だとは思ったが、ひとまず駅舎内のベンチに座り、次の電車を待つことにした。
時刻表がどこにもない。駅舎の外に駅名表示がない。駅の外は人気が全くなく、山ばかりが広がっている。
おかしな点が多すぎる。そうは言っても駅は駅だ。終電はまだまだ先だから、待っていれば電車は来る。
そう考えて待ち続けたが、一時間経っても二時間経っても電車が来ない。
陽も暮れ始めた頃には、道木は完全にパニックになっていた。
まず、ここはどこだ。駅名表示がどこにもない。あの満員電車のせいで何駅の次に降りたのかもわからない。携帯電話のGPS地図を使ってみたが、どういう訳か位置情報が取得出来ないと表示される。
完全にお手上げだった。全く見知らぬ土地を歩いて人家を探すのは自殺行為に思われた。見渡す限りの山で、人家が歩いていける範囲にあるかどうかさえ怪しい。
電車が来るまで待つのは、殆ど無駄に思われた。既に何時間も待っているというのに線路が揺れる気配すらない。
その時、エンジン音が聞こえてきた。駅の前の道に軽自動車が入ってきた。
なりふり構っていられる余裕はとっくに失せていた。道木はその車の前に飛び出し、大きく手を振った。
「こんばんは。お迎えにきました」
そう笑顔で車から降りたのは、驚く程整った顔立ちをした少女だった。
2
少女は川島麻子と名乗った。まだ免許を取ったばかりなので危なっかしい運転になるかもしれないと断りを入れてから、道木を助手席に乗せて車を出した。
道木は全く状況が飲み込めていなかったが、ひとまず助かったと安堵した。
道木が何か言おうとすると、麻子はその度にこちらの言葉を遮って大丈夫ですと笑った。
「まだぺーぺーですけど、きちんと心得ていますから。きちんと送り届けさせていただきます」
既に陽は完全に暮れ、外灯も殆どない山道を麻子はゆっくり慎重に進んでいく。
「タマ」
突然たしなめるように麻子が一言発したので、道木はびくりと身体を震わせた。
「ごめんなさい。あんまり他人と話す機会がないので、嬉しいんですよ」
麻子は一体どんな寂しい生活を送っているのか。それにしても妙な話し方をする。
その内、本当にこの少女は信用出来るのかという疑念が湧き上がってきた。というより、今までそう感じなかった方がおかしかったのだ。完全に処置なしとなった時に現れ、こちらの事情を全てわかっていると宣ったことで大きく安心し、事態の異常さが全く変わっていないことに気付かなかった。
麻子は道木を迎えにきたと言った。この時点で意味不明だ。道木は確かに窮していたが、助けを呼んだ覚えはない。なのに麻子は大丈夫だからと道木を車に乗せ、送り届けると言った。当然道木と麻子は初対面で、互いに何も知らない。
どう考えても尋常ではない。
何をどうしたら全て心得ているとなるのだ。
だが、道木が途方に暮れていたことも事実である。麻子が何か勘違いをして道木を送っているのだとしても、人気のある場所で勘違いだったとわからせれば、あの駅からの脱出には成功したことになる。
「あれ? おかしいなあ。こんなに寄ってくるはずないんだけど……」
麻子が怪訝な声を発する。
そこで道木はぎょっとした。
フロントガラスに、無数の人間の手の跡が付着している。
しかもそれは生きているかのようにガラスの表面を這い回り、何度も何度も新しい跡が車を押し返すように作られていく。
「うーん、ちゃんと清めてきたのに」
どん、と車が揺れた。見ればフロントガラスには巨大な顔のような模様が出来上がっている。
「妙に張り切ってるなあ。あ、もうすぐ抜けますから」
助手席のドアが何度も叩かれる。ガラスにはやはり無数の手の跡。
「お、降ろしてくれ」
「はい?」
「今すぐ車を止めろ! 降ろせ!」
麻子はきょとんとした顔で道木の絶叫を聞いていた。
「いや、ご家族が会いたがってますよ?」
「家族? そんなものがどうした! 降ろせ!」
「あの、私もお仕事として受けさせてもらってますので、きちんと送り届けさせていただかないことには……」
「知るか! 金なら払う! 今払ってやるから!」
道木は財布を麻子に押し付け、その隙を狙ってブレーキを踏んだ。
ドアを開け、外に飛び出す。
「は?」
真っ暗な山道の中、一箇所だけ灯りがある。
そこは先程の駅だった。駅の前に、道木は立っていた。
車に乗って三十分は走ったはずだ。それがどうして元の場所に戻ってきている。
ぐるりと周囲を一周したのか。
乗っていた車を捜したが、どこにも見当たらない。
夢でも見ていのだろうか。
ひとまず駅の舎内に入ると、一人の男がベンチに座っていた。
「電車が来たんですか?」
道木が慌てて訊くと、男は少し驚いた顔をして頷いた。
「さっき着いたところです。人を待っているんですが、どうにも遅れているらしい」
電車が来たということは、帰れる見込みはあるということだ。あんな怪しい女についていかずに、ここで待っていれば帰れたというのに、馬鹿なことをした。
「次はいつ来るかわかりますか?」
「さあ、ここは乗ってくる人が一度降りて最後の瞬間を噛み締めるところですから。夜が明けるまでには来るでしょうな。それまでに迎えが来なければ、私も行かなければならない」
「泗泉駅には何時頃着くでしょうか?」
「泗泉駅? あんた、馬鹿なことを考えるもんじゃない」
急に険しい顔つきになり、男は道木を睨む。
「ここに来ておきながらまだそんな未練を抱えているのですか。永遠に彷徨い続けるようなものに成り果てますよ」
何故怒られるのか意味がわからず道木は男と距離を取った。
そういえば喉が渇いたと思い、自販機でジュースを買おうとしたが、財布を麻子に突き出したことを思い出し憂鬱になる。
「おや、時間のようだ」
アナウンスもなしに、ホームに電車が入ってきた。
道木は目を丸くした。見たことのない、恐ろしく古い車両だったのである。DL線にこんな車両が走ってという情報は知らなかったが、とりあえず写真を撮っておく。
中は暖房が効いておらず、外よりも寒いのではないかと思われる程だった。
ドアが閉まり、発車する。
それからどのくらい経っただろうか。DL線は一駅一駅の間隔は長いが、いくらなんでも一時間以上次の駅に着かないということはありえない。それに窓の外に一つも光が差さない。山の中を走っているにしてもこれは妙だ。
ひょっとして回送電車に乗り込んでしまったのだろうか。しかしそれなら泗泉駅の車庫には着くだろう。車両の見回りの時に外に出してもらえばいい。
と、そこでアナウンスもなしに駅に停まった。
一気に何十人もの乗客が乗り込んできた。何故こんな時間にこんな数の乗客があるのか甚だ疑問だが、とにかく車内はすし詰め状態となった。
「ああっ! とんでもないことだ!」
いつの間にか隣に座っていた、駅で会った男が驚愕の声を上げた。
「あんた、切符は持ってますか?」
どういう訳か男は道木に顔を見せないように手で隠している。
「どうだったかな。あ、あった」
ポケットから切符を取り出す。釜鳴駅から泗泉駅まで。先程の駅で箱に入れるのを忘れていたらしい。
「さっきの駅の自販機で何か買ったりしてないでしょうな?」
「ええ。財布をなくしてしまって」
「よかった、よかった……。いいですか、車掌さんが車内の見回りに一回来ます。その時にその切符を見せるんです。絶対に見せなきゃなりません」
「はあ……」
鬼気迫る調子で言われ、道木は怪訝に思いながらも頷いた。
それから一時間近く、電車は走り続けた。釜鳴駅から泗泉駅までは二時間もかからなかったはずだがと思いながら、道木は満員電車の中で車掌が来るのを待っていた。
そこで気付いたが、満員の割に、圧迫されるような気分がない。まるで乗客が全員骨のように痩せているような――。
目の前に立つ乗客の顔を見上げて、道木は絶句した。
顔がない。剥き出しだ。白い骨だけが残っている。
しゃれこうべ、だった。
見れば乗客全てが、白骨が服を着ただけの姿に変わっている。
道木は絶叫し、勢いよく立ち上がる。
「あっ! いけない! 車掌さんを待つんです!」
同じく白骨に変わっている男の言葉を無視し、二両目から運転席がある一両目に逃げ込んだ。
一両目は、二両目の混雑が嘘のように誰もいなかった。
「おい! 止めろ! 降ろせ!」
運転席に駆け寄りそう叫ぶが、運転者は無言で操作し続ける。
「おっ、どうも、こんばんは」
振り向くと、座席に一人の男が座っていた。白骨姿ではなく、普通の若者の姿をしている。
「いいね、その顔。混乱してるねー。まあ座りなよ」
男に誘われ、道木は隣の座席に腰を下ろす。
「まあ俺も、最初は混乱したさ。でもまあ、人って腹減るじゃん? でも骨ばっかじゃん? 今目の前に肉の付いたのがいるじゃん?」
腕を掴まれた。
「なら食うしかないじゃん?」
腐った血の臭いがする口が開く。
その口が道木の肉を抉る寸前、何かが男の身体に思い切りぶつかった。
「早く! こいつは二両目には入れない!」
駅で会った男だった。道木の手を取り、二両目に引き戻そうとする。
もはや白骨に怯えていられるような状況ではない。半分腰を抜かしながら二両目へと向かおうとするが、そこで連結部のドアが開いた。
制服を着込んだ白骨の男。
「車掌さん――こんなところで」
白骨の男は道木と男の間に立ち、強い口調で言う。
「早く車掌さんに切符を見せるんです! 早く!」
訳がわからないまま、道木はポケットを必死に掻き回して切符を取り出し、それを車掌に見せた。
「泗泉までですね」
車掌がそう言うと、電車が減速を始めた。それまで全くの闇だった窓の外に眩しいくらいの外灯の光が差し始める。
電車が停まり、ドアが開く。
道木は一も二もなく外に飛び出した。
泗泉駅の、DL線のホームだった。時計を見ると既に日付が変わっており、ホームに人気はない。
そこで道木はぎょっとした。ホームにあの少女――麻子が立っていたのだ。
「よかった――本当にすみませんでした! 私の勘違いでとんでもないことに!」
思い切り頭を下げる麻子に道木は呆気に取られる。
「それと――
二人の男がもつれ合いながら転がり出る。先程まで骨だった男は駅で会った時の風貌に戻っていた。
車掌席から制服を着た男が出てくると、麻子に一礼して話し始める。
「これは以前に生きたまま乗り込んでしまった者で、乗客を食らうことに味をしめて居座り続けてしまっているのです。私達では一両目に封じ込めるのが精一杯でして……」
「わかりました。こうなったものを野に放つ訳にもいきませんよね」
麻子は音もなく二人の前まで歩み出ると、襲いかかってきた方の男――喰屍鬼の頭を思い切り蹴り上げた。
当然これは効いたらしく、喰屍鬼は男から離れて麻子に狙いを定めた。
だが、そこで喰屍鬼の動きがぴたりと止まる。身体を必死に動かそうとしているのだが、全く動かないような様子だった。
次の瞬間、喉笛に深々と二つの穴が空いた。まるで牙で貫かれたようなその傷を受け、喰屍鬼は苦悶の声を上げながら闇に溶けるように霧散した。
「えっと、道木さん、ですよね?」
麻子が照れ笑いのような表情を浮かべて道木に向き合う。
「なんにせよ、無事でよかったです。それと、今夜のことは悪い夢だったとでも思っておいてください」
鞄から取り出したものを道木に手渡す。
「お返しします」
道木の財布だった。
「じゃあ行きましょうか、坂田さん。本当にすみませんでした」
「何、写真を見せなかった方が悪いですよ」
「あ、あの」
麻子と並んでホームを出ていこうとする男を道木は呼び止めようとする。
「こちらのお嬢さんが言ったでしょう。今夜のことは悪い夢だとでも思っておきなさい」
そう言って二人は改札を出ていった。
電車はいつの間にか発車していた。
3
「ああー、これ絶対三条さんに怒られる……」
軽自動車を運転しながら、麻子はがっくりと肩を落とす。気が抜けてしまい、今もまだ仕事中だということを半分忘れていた。
「何、彼が無事だったんだからいいでしょう。こうしてきちんと私を送り届けていただいている訳ですし」
「すみません坂田さん――道木さんを助けてくれてありがとうございます」
「これは参った。彼はあなたにとっても見ず知らずのはずでは?」
「あの電車に乗ったのは半分私のせいですから……でも、迷い込むことって本当にあるんですね」
「ははは、あなたがそれを言いますか」
あの駅は異界である。生きた人間が訪れることはない、あの世との境目だ。三条は都市伝説を引用して仮に「きさらぎ駅」と呼んでいる。
きさらぎ駅には異界に繋がる路線が乗り入れ、死者を運んでいく。文字通りの幽霊電車が日々巡っているのだ。
麻子の今回の仕事は、以前に亡くなった坂田をきさらぎ駅で拾い上げ、家族の許まで送り届けることだった。
三条が坂田の家族から依頼を受け、麻子にきさらぎ駅の仕組みを説明して出迎えに向かわせた。三条は「使う」だけで、異界に自分から入り込む力はない。
麻子がきさらぎ駅に着いた時に現れたのが道木だった。が、麻子はこれを坂田だと勘違いして坂田の家族の許に送り届けようとしてしまった。
きさらぎ駅には時折、現世の路線が紛れ込むことがある。そこで降りてしまうと、きさらぎ駅に取り残され、次の電車――つまり幽霊電車を待つことになってしまう。
勘違いしたまま坂田の家まで着いていれば、道木はそのまま異界から抜け出すことが出来ただろう。だが異界への道を通ることは、大きな危険も伴う。
生きた人間が異界の道を通れば、そこに巣食う彷徨う者達を呼び寄せてしまう。麻子はその対策に車のお祓いと自身を清めてきた。
坂田を乗せる分にはそれでよかったが、道木が乗ったことで無数の悪意が車を襲った。とは言え清められた車で押し切れば普通に異界を抜けられたのだが、道木が恐怖のあまり車を飛び出してしまった。
財布の中の免許証を見て、麻子は乗せていたのが坂田ではなく、生きた人間だということに気付いた。
あまりにあの世のものを見すぎているせいで、一見しただけでは生きた人間か死んだ人間か見分けられなかった。大抵の場合は状況や風貌でわかるのだが、今回は向かった場所が死者の本場である異界なのが拙かった。
道木はそのまま異界に捕らわれて永遠に彷徨い続ける可能性もあった。きさらぎ駅に戻れたのは幸運という他ない。
幽霊電車に乗った生者は、自分がそれまで乗っていた路線の切符を車掌に見せればその駅まで送り届けてもらうことが出来る。麻子はその可能性を信じ、終点の泗泉駅で待ち構えていた。果たしてそれは的中した。
まさか道木の乗った幽霊電車に、喰屍鬼と化した亡者が乗っているとは思わなかったが、そこは麻子の頭の上に乗る蜘蛛の妖鬼、タマが簡単に仕留めてくれた。車掌が感謝と共に名刺をくれた程だ。また変な方向に伝手が出来てしまった。
そこで坂田を拾い上げることに成功し、こうして坂田の家に向かって車を走らせている。
このことを三条が知ったら絶対にいい顔はしない。道木と坂田を間違えたばかりか、道木を異界に取り残し、幽霊電車にまで乗せてしまった。一歩間違えればそのまま本当にあの世に行っていた。もしもきさらぎ駅でジュースなどを買って飲んでいたらと思うとぞっとする。
いっそ黙っていようかとも思うが、仕事上で起こったことは包み隠さず報告するという契約だ。三条のことだから平気な顔でそこに呪的な契約を仕込んでいるかもしれない。
「坂田さん、もうすぐお家ですけど――」
「ええ。わかっておりますとも。家族に私の姿が見えるとは限らない。これは家族のわがままだ。それに付き合わせてしまってすみませんな」
「いえ……私の方こそ。きちんと仕事はやり遂げます」
坂田を家に送った後、その言葉を麻子が代弁することになる。三条もあくどい仕事を考えるものだと頭が痛くなる。その気になれば坂田の情報を調べ上げた者が一人で勝手に言葉を騙ることも出来る。それでも麻子に坂田をきちんと迎えに行かせたところを見るに、三条にも誠意はあるらしい。
これが終われば、坂田をきさらぎ駅に帰しにまた異界を通らなければならない。まだまだ先は長そうだと思いつつ、麻子は坂田の家の駐車場に車を停め、坂田の手を取って玄関へと向かった。
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