第19話 流れゆく魂


 卒業式で全校生徒が三年生と一二年生に分かれて体育館に揃うと、事情を知らない人間――などは絶対にいないだろうが――の目にはその光景が奇異に映るはずだ。

 いや、この場にいる全員は原因を知っているが、それでもやはり奇異に映る。

 卒業生の人数が、まるまる一クラス分少ない。

 川島麻子は卒業式が終わると、二年生の教室がある棟へと赴いた。二年三組の教室のドアの前で立ち尽くし、人の気配を感じてはっと我に返る。

「戻ろうぜ。辛気臭いのはごめん被る」

 麻子の横に立った桐谷匠はそう言いながらも麻子と同じようにドアの前で立ち止まった。

 言葉にするのが恐ろしかった。言葉は時に無力で、時にあまりに残酷だ。二人はきっと、言葉に出来る以上の感覚を共有している。何も言わないことが、その傷跡を開かない最上の策であり、最も穏やかな慰撫なのだった。

「うん――戻ろうか」

 無言のまま固まること暫く、麻子はそう言って教室に背を向ける。

 どん、と何かが教室の中からドアを叩いた。

 長居を鬱陶しく思った二年生が痺れを切らしたのかと苦笑する。情緒も何もあったものじゃないと桐谷に目配せすると、その桐谷はまるで何も聞こえなかったように平然としている。

「匠、さっきの……」

 麻子が教室のドアを目で指し示すと、桐谷は何を言っているのか読み取れないように首を傾げる。

「さっきのって?」

「内側からドア叩かれたでしょ?」

「いや、何も聞こえなかった。それにこの時間なら二年生ももう帰ってんだろ」

 麻子は背筋が冷えていくのを感じた。こんな体験なら腐る程してきたが、今回は何かが違う。まるでのような、麻子の精神に直接訴えかける強烈な悪意。

 麻子は踵を返し、教室のドアの前に立つ。

「おい麻子――」

 桐谷の言葉も耳に入らず、麻子はゆっくりとドアを開いた。

 真っ赤だった。

 状況を理解する前に、麻子は肩を掴まれその顔を桐谷と向き合わされた。

「いいか、この教室の中は普通だ。ごくごく普通。何もおかしなところはない。気をしっかり持て!」

 麻子が教室の中を目にした瞬間の、あまりの表情の変化に桐谷も何かを察したのだろう。桐谷に何度も言い聞かされてから、恐る恐るもう一度教室の中を見ると、そこには何の異変もなかった。

「あ――ありがとう、匠」

「まだ上の空だな。詳しいことは聞かねえけど、とりあえず落ち着け」

 桐谷は麻子の手を掴んで廊下を歩いていく。三年生の教室がある棟へと渡り廊下を使って戻ると、人のいない教室の中に入って麻子を椅子に座らせる。

「落ち着いたか?」

 麻子の前の席に座って麻子の顔を覗き込んでいる桐谷は、小さく訊ねる。

「あの時――あの時の――いや、違う。だって、立ってた」

「まだ駄目か。そのままじっとしてろ。ジュースでも買ってくる」

「待って」

 麻子は桐谷の袖を強く握った。

「あの中に、いたの」

「いた? 誰が?」

 麻子は一瞬だが、確かに捉えた光景を想起する。あれは、間違いなく――

「阿瀬君――」

 桐谷の顔に一瞬で血が昇る。

「お前――言っていいことと悪いことがあるぞ……!」

 今にも胸倉を掴まれそうな剣幕に、麻子はたじろぐ。

 だがそれを見て我に返ったのか、桐谷は悪いと謝った。

「お前なら、見えてもおかしくはない――か」

「でも、み――阿瀬君は残ることはないって言ってた。それに今まで見えなかったのに、なんで今になって――」

 どん、と教室のドアが叩かれた。例によって桐谷は気付かない。

 麻子は立ち上がり、叩かれたドアを開ける。

 廊下の奥に、痩せぎすで酷い猫背の男の後ろ姿があった。

 阿瀬直人に相違ない――麻子は眩暈を覚えてその場にくずおれた。




 阿瀬の姿は、それからずっと麻子の視界にちらついた。

 外を歩いていると、ちょうど角を曲がっていくのを視界の端が捉える。前方には見えていなかったはずなのに、すれ違いざまに現れる。

 それを追っても、もうどこにも姿はない。

 そんなことが数日続き、麻子はどうしようもなくなって風雲寺の住職の許を訪れた。

「やあ麻子ちゃん。ちょうどよかった。面白いものが見つかってね」

 どんな表情をしても怖い顔に不釣り合いな笑顔を浮かべ、住職は麻子を本堂に招き入れる。

「いや、今日はちょっと相談が……」

 麻子の切羽詰まった様子を見て、住職は怪訝な顔をした。

「何かあったのかい?」

 麻子は手短に今起きていることを話した。住職は難しい顔でそれを聞き終えると、低く唸った。

「すまないが、僕は阿瀬直人君に関する話はまるで門外だ。麻子ちゃんからあらましを聞いてなお、まるで理解出来る気がしない。だから、その相談には乗れない」

 予想はしていたが、ここまで突っ撥ねられると流石に堪える。

「だが、いつもの土俵の上でならある程度の推測は出来る。勿論、それが当てはまらない可能性も大いにあるがね」

「そのつもりでここに来ました」

 麻子が言うと住職は頷いて、恐ろしい顔を引き締める。

「魂が全てこの世に留まったりしたら、足の踏み場もなくなってしまう。未練を残した者の魂がこの世に留まると考えた場合でも、右に同じだ。だから幽霊は、死後の直後からこの世に残るというより、求めに応じて現れ出ると言った方がいいだろうね」

「私達が見ているのは、誰かの思いということですか?」

「そう言い切ってしまえる程単純ではないがね。現に僕達は、行き場のない亡魂を見ている」

 住職はそこで手元の湯呑みを煽った。

「彼の場合は――見たい、会いたい、そう願う者はいる訳だ」

 目を真っ直ぐに見られ、麻子は思わず俯いた。

「そしてそう願う者は、見ることが出来る」

「私の思いが、私に阿瀬君を見せている……?」

 住職は頷くが、麻子はそれを肯定することが出来ない。

 彼は――どうやっても手の届かない、はるかな向こう側へと行ってしまった。そうなるのだと、彼は麻子に言った。




 とても深い眠りの中にいたように思う。夢も見ていない。ただ目を閉じ、思考を停止し、布団の中に包まっていた。

 それがチャンネルが切り替わるように、突如暗転する。目を閉じていたのだから暗いのは最初からだった気がするが、麻子には眠りよりもはるかに暗い闇の中に放り出されたように感じたのだ。

 暗転の次に感じたのは、寒気だった。これは非常に即物的なもので、麻子の包まっていた掛け布団と毛布が剥ぎ取られていたからだった。つまり布団を剥ぎ取られたことによる急激な冷気の侵入を、麻子の休眠していた脳は激しいショックと認識したことになる――

 などと馬鹿丁寧に思考したのは、異変が収まってかなりの時を経てからだった。正常な思考が出来る程、その時の麻子の頭は覚醒していないし、冷静でもない。

 突如起こった出来事に麻子は目を覚ましたが、それは完全な覚醒ではない。果てしない闇の真ん中に放り込まれたように、まるで訳がわからずに目をしばたたく。

 布団がないことに気付き、何者かがそれを剥ぎ取ったのだと身体を起こそうとする。

 だが、何かが上から覆い被さり、麻子は組み伏せられてしまう。

 頬に生温かい息がかかった。

 それは、麻子の顔のすぐ横に張り付くように顔を伏せていた。その口から漏れる、荒く生温かい吐息は、寸分の間も離れていない麻子の頬に触れる。

 麻子は完全に混乱した中、目だけをその顔の方へ動かす。

 やけに大きな瞳と、目が合った。

「川島さん――」

 その声を、麻子は知っている。

「なんで、俺を見捨てたの」

 麻子の顔に押し当てるように伏せていた顔を上げ、それは麻子の顔と真っ直ぐに向き合う。

 これといって特徴のない面立ちに、別人から切って貼ったように大きな目。虚無を体現したような無表情で、じっと麻子を見ている。

「あ――あ――阿瀬――君……」

 阿瀬直人は麻子の腕を取って組み伏せたまま、その虚無の表情を歪める。

「川島さんは、俺を見捨てた」

 違う。

 麻子は何も知らなかった。

「知らなかったんじゃない。見ようとしなかっただけだ」

 熱い息が再び顔にかかる。麻子の首筋から身体へと舌が伝う。

「や――」

 やめてと叫ぼうとしたが、口を塞がれる。歯を押し退けて舌が入ってくると、麻子は思わず嘔吐しそうになった。

 阿瀬の顔が離れると、麻子は激しく咳き込む。口の端から唾液が垂れるが、腕を掴まれ拭うことすら出来ない。

「こんな――」

 こんなこと、阿瀬はしない。

 その時、阿瀬の顔に黒い塊が飛び付いた。

「麻子に何するんだ!」

「タマ――」

 巨大な蜘蛛の姿をしたタマは、阿瀬の顔に牙を突き立てようと身体を翻す。

 麻子の全身を、臓腑を抉られたような苦痛が襲った。

「ぐ――あ――」

 タマの胴体を、三本の鋭い爪が貫いていた。

「お前が望んだからだ、川島」

 声の調子が別人のように変わる。

 阿瀬は左手の先から伸びた爪で突き刺したタマを掲げると、右手から伸ばした爪で八本の足を削ぎ落した。

 全身を燃えるような痛みが襲う。手にも足にも全く力が入らない。だというのに苦痛の炎は絶えることなく全身を焙っていく。

 タマを部屋の隅へ放り捨てると、阿瀬は麻子の身体に覆い被さる。

「違うのか? 俺はお前の望みだろう」

「うぐ――う――」

「そうでしょ? 川島さん。だから俺はここにいる」

 身体中が燃えている中、今まで味わったことのない熱さが麻子を襲った。

 痛みで全身が熱を持つ中、麻子のものではないのに麻子の中にあるそれは、死体のように冷たかった。




 シーツには飛び散った麻子の血が、点々と着いていた。

 朝が来ても、麻子はまだ呆然とベッドの上で固まっていた。阿瀬がどこかへ消えてから今まで、ずっと同じ格好のまま、延々と何が起こったのかを整理していた。

「麻子ぉ……」

 タマが麻子の腹の上に這い上がってくる。貫かれた傷は完全に塞がり、切断された足も元通りに治っている。

 麻子の身体を襲っていた苦痛がなくなっていたことから、タマの傷が快復していることには気付いていた。普段ならタマに声の一つでもかけるのだが、今の麻子はただ呆けたようにベッドの上に横たわったままだった。

 はだけられた寝間着を直すことすら出来ない。三月の初めのまだ寒い夜から朝にかけて、麻子は半裸のまま布団も被らずに転がっていたことになる。

 それでもタマが声を発したことによって、少しずつだが正気づいてきた。もしも母がこの状態の部屋に入ってきたなら、大変な騒ぎになる。

 麻子は寝間着の前のボタンをきちんと閉じて、下着とズボンを元に戻した。

 布団を取ろうと起き上がった時、下腹部に鈍痛を感じたが、痛みを無視して立ち上がる。部屋の真ん中に放り出された掛け布団と毛布を掴んでベッドの上に敷くと、麻子は再びベッドに横になる。布団に包まって、暫くすると眠ることが出来た。

 目が覚めるともう昼を回っていた。鈍痛はまだ疼いたが、いい加減に起きなければ心配されると思い、布団から起き上がって普段着に着替える。

「タマ、ごめんね。痛かったでしょ」

「ううん……ごめんはボクの方だよ。麻子を守れなかった……」

 頭の上に乗ったタマと言葉を交わして、麻子はリビングへと降りる。

 朝食兼昼食を食べると、麻子はどこに行くとも決めずに外に出た。自転車には乗らず、徒歩で見知った町を歩く。

 ――お前が望んだからだ、川島。

 住職の言葉を借りるなら、麻子の求めに応じて現れたというのか。確かに麻子には充分すぎる未練はあった。だが、それがあんな形で現れるのか。

 麻子の中に、自分でも気付いていない淫らな想いがあったのだろうか。それに後悔と自責の念が重なり、あんな拷問のような仕打ちを現した。

 気付くと風雲寺の前まで歩いてきていた。

 今はあまり他人と話をする気分ではない。声をかけるのはやめて通り過ぎようと思ったのだが、運悪く境内を掃除していた住職の方が麻子に気付いてしまった。

「やあ麻子ちゃん。そうだそうだ、昨日言い忘れたんだが、ほら、面白いものが見つかったと言っただろう」

「はあ――」

 無視をして通り過ぎることが出来る程、麻子は社交性に欠けていない。結局住職と一緒に本堂に入っていった。

 住職は一度奥に下がり、湯呑みを乗せた盆と、一冊の本を持って戻ってきた。

「覚えてるかな? 僕もたまたまこの本を開いたら中に挿まっていたので思い出したんだが」

 茶を並べ、本を開く。ひと昔かふた昔かあるいはそれ以上前の時代に出された子供向けの妖怪図鑑で、おどろおどろしい絵と投げやり気味の解説が書かれている。その本の間に、一枚の藁半紙が挿まっていた。

 表は小学校の連絡事項が書かれていたが、裏には鉛筆で絵が描かれている。

 決して上手くはないが、落書きと呼ぶのは憚れる。下手だが、丁寧に描かれているからだ。

 身体は馬のようだが、縞模様が走っている。ならばシマウマなのかと言われるとそれは違って、その模様の正体は頭部を見れば判断がつく。

 顔は虎のものなのだ。身体の縞は虎模様で、その全貌は虎と馬の合成獣である。

 その絵の右上には「ルタマ」と書かれている。

「これ――」

「麻子ちゃんが小学校を卒業する前だったかな。図工の卒業制作でオリジナルのキャラクターを作ることになって」

「はい。これ、思い付いたけど没にした絵です。結構考えて作ったはずで……」

「僕に見せてくれて、僕が気に入ったからもらったんだったね」

 そう、これはまるで――

「まるで妖怪のようだったから、こうして妖怪図鑑に挿んでおいたんだよ」

「虎と馬――でトラウマ。駄洒落好きだったのかな私」

「ルタマという名もなかなか考えられている。TRAUMAのアナグラムでRUTAMAになる。六年生でこれを考えたのは偉いね」

「確か、妖怪としての性質を二人で決めましたよね?」

「そうそう。それは表にメモしてあるよ」

 麻子は藁半紙をひっくり返し、連絡事項の書かれていない余白に走り書きされたメモを読む。


 ルタマ

 人の思い出したくない過去をほじくり返す妖怪。それが辛いものであればある程喜ぶ。見る人によってその人の過去から自在に姿を変えるが、本当の姿は虎の顔をした馬である――と、歓談の中に思いぬ。


「これ!」

 麻子は思わず座布団から立ち上がった。

 自在に姿を変える――それは麻子の過去の、阿瀬の姿に。

「でも、こんな妖怪は――いませんよね?」

 いや、と住職はじっと麻子を見る。

「忘れていたとしても、麻子ちゃんの中にその妖怪の像はずっとあった。名前は既に付けられている。あとは、それがどう外に出るかだ」

 そこで住職は目線を麻子の頭の上のタマへと移動させた。

 そうだ――麻子は己の中の邪念を循環させ続けるのと同時に、外に漏れださせることが出来るようになっていた。ふと気を抜くと、麻子の中の邪念はあれよあれよと周囲に流れ出していく。

 卒業式の日に、過去を思い出したことを契機として、麻子の中に眠っていたルタマが外へと飛び出したのか。

 それならば本来現れるはずのない阿瀬が現れたのも納得出来る。あれは阿瀬ではなく、麻子の記憶の中の阿瀬の皮を被った妖怪――ルタマなのだ。

 ならば――麻子は住職に礼を言って急いで家に帰った。

 夜が来るのを待って、静かに布団の中で眠りに落ちた。




 正面から戦って、勝てる相手ではない。

 それは昨夜のタマの惨状から、充分に考慮したことだ。

 布団が剥ぎ取られた時、今回の麻子は極めて狼狽することなく、来るものが来たかと腹を括った。

 阿瀬は昨夜と同じように麻子を組み伏せようとしたが、身体に触れる前にその動きが止まる。

 眠る前にタマが麻子の周囲に蜘蛛の糸を張り巡らせていた。強靭かつ凄まじい粘着力を持つ糸に絡め取られ、阿瀬の動きは封じられた。

 麻子のすぐ上で固まった阿瀬は、倦み疲れたような表情を浮かべた。

「川島さん、やっぱり俺を見捨てるの」

「それは私の言葉。阿瀬君の格好をして、阿瀬君の声で言おうと、あなたは私の中の阿瀬君にすぎない」

「お前の望みが今の俺だというのにか」

 鋭い眼光と圧しつけるような口調――そう、彼の――に変わるが、麻子はそれに惑わされない。

「正体を見せろ! ルタマ!」

 獣の唸り声が響くと、阿瀬の姿は消えて虎模様の馬の身体に虎の顔をした異形――ルタマへと姿が変わる。

「貴様ァ、川島麻子、俺は貴様の生み出した亡魂。何度でも貴様の中から湧き上がる。滅することは出来んぞ」

 嗄れた声は阿瀬には似ても似つかない。

「滅しようなんて思わないよ」

「ほう、ならば俺を野に放つか。それともまたあの男の姿で抱いてほしいか」

「あなたが外に出たのが、そもそもの間違い。なら、元に戻すだけだよ」

 ただし――麻子はきっとルタマを見据える。

「思い出は綺麗な方がいいから、ちょっと細工をさせてもらうよ。あなたの――名前を付け直す」

 麻子は枕の下に隠しておいた、小学生の時にルタマの姿を描いたあの藁半紙を取り出す。

 それをルタマの目の前に突き出し、一気に二つに裂く。

「『阿瀬直人』」

 途端にルタマは苦しみ出し、動かすことに出来ない身体を捩ろうともがいた。

「ルタマなんて妖怪はもういない。あなたは阿瀬君として――私の思い出に眠りなさい!」

 ルタマの身体が阿瀬のものへと変わっていく。

「貴様! 貴様ァ! 名前を付け替えるだと! そんなことが出来てたまるか!」

 嗄れた声は次第に阿瀬のものへ。その身体も獣から人間へ。

「普通は出来ない。でも、あなたになら出来る。あなたは私が作って、名前を付けた、私の中の妖怪。なら、私の中の想いに変えてしまうことは出来る」

 ルタマの獣の姿は完全に阿瀬のものへと変わり、その顔は怒りに歪む。

「仮令俺が阿瀬直人に成り果てようとも、貴様を責め苛むことに変わりはない」

「そう、だって私がそう思っていたから。だから多分、何も変わらない」

 タマが阿瀬を捕えていた糸を切っていく。解放された阿瀬は力なく麻子の身体の上に倒れた。

「来て」

 阿瀬が果てると、その幻影は麻子の中へと封じられた。麻子の命が尽きるまでは、もう二度と阿瀬は現れることは出来ない。

 淡い思い出も、酸鼻を極めた光景も、全て麻子の中へと――落ちていけ。

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