第16話 単眼の厄神


 そういえばこの時期になると、やけに一つ目小僧を見るような気がする。

 そんなことをおいそれと他人に相談出来る訳でもなく、結局川島麻子は己が頭の上に乗った友達、タマに話しかける。

 友達とは言っても、タマは人間でもなければこの世のものでもない。姿形は常軌を逸した巨大な蜘蛛で、それが人語を解するのだからもはや化け物である。

 いや、事実化け物で合っているし、麻子には普通の人間には見えないこういったモノ共を見る力がある。なので先の一つ目小僧云々に関しても、麻子のみがその動向に気付いている。

 それで当のタマはというと、ふうんと興味なさげに幼子のような柔らかい声を漏らすだけだった。

「もうタマったら、ちょっとは興味持ってよ」

 ゆっくりと自転車を漕ぎながら、周囲に人がいないことを確認して麻子は言う。

「厭な感じはしないよー」

 のんびりとした口調で言って、タマは空中に漂っていた雑鬼をその牙で捉える。あっという間にそれを腹に収め、

「一つ目小僧っておいしいかな?」

「うーん、やめといた方がいいと思うよ」

 麻子は苦笑しながら自転車のハンドルを切る。学校が終わって家路に着いているのだが、麻子が向かっている方向は自宅とは違う。暫く行くと緑の金網で囲われた墓地が見えてくる。その先が目指す風雲寺になる。

 古びた山門の裏に自転車を停め、こんばんはと声を張り上げる。冬も本番に入り、日が暮れるのも恐ろしく速い。もう陽は完全に沈み、挨拶にはこんばんはが適当になる。

「やあ麻子ちゃん。相変わらず変な髪型だなあ」

 寺の中から、凄まじく凶悪な面構えをした、この寺の住職が姿を現す。

「ボクは麻子の髪じゃないよ!」

 そう言ってタマは一気に大きく膨らむ。頭には収まらない程の大きさになったことで、麻子は押し潰されそうになって屈み込む。

「住職、その挨拶やめてくださいって言ったじゃないですか」

 住職がタマを麻子の髪型になぞらえてからかうというやり取りはかなり昔から続いているが、タマが自身の身体の大きさをある程度自由に変えられるようになってからは、住職がからかう度にタマが身体を膨らませるという形に変化していった。タマ自身は楽しんでいるのだろうが、巨大な身体に押し潰される麻子は堪ったものではない。

「いやいやすまない。長年染み付いた習慣というものはなかなか変えがたくてね」

「タマも、あんまりそこで大きくならないでって言ってるでしょ」

「はーい、ごめんなさーい」

 反省の色の見えない返事をして、タマは身体を縮める。掌サイズまで小さくなることも出来るのだが、タマは麻子の頭の上に足を折り畳んでぎりぎり収まるサイズでいることを好んでいる。

 麻子は住職と並んで暖房の利いた本堂へと入る。出された座布団に腰を下ろし、住職が茶を淹れて戻ってくるのを待つ。

「それで、今日はどうしたのかな」

 熱いほうじ茶を出して、麻子の前に敷かれた座布団のどかりと座り、住職は訊ねた。

「いや、別段どうもしないんですけど……」

 ほうじ茶を息を送って冷ましながら、住職は磊落に笑った。

「用もないのに寺の本堂に上がり込む女子高生か。随分抹香臭いじゃないか。いや、僕は全然構わないんだがね」

 小学生の頃に知り合ってから、麻子はそれこそ数え切れないくらいに風雲寺を訪れている。この住職は、麻子と同じく「見える」。身近にそうした事柄を相談出来る人間が住職だけということもあり、麻子は何かあると――何もなくても――ここを訪れる。今では同じクラスに麻子の体質のことを知っている人間もいるし、住職以外の「見える」知り合いも出来たが、それでも気兼ねなく話せる相手の一番は住職になる。

「相談って程じゃないんですけど、一つ目小僧をよく見かけませんか?」

「ああ、事八日ことようかだからね」

「事八日?」

「二月八日と十二月八日の行事だよ。事始めと事納めと言って――これは逆に言われる場合もあるんだけれど――一年の大事な祭礼なんだよ。まあ、この辺りにはそうした風習はないんだけどね。それで十二月八日の事八日には、一つ目小僧なんかがやってくるんだ。これを避けるために目籠なんかを家の外に出しておくんだけど、さっき言った通りこの辺りにはそんな習慣はないからね。一つ目小僧にしてみたら自由に歩き放題という訳だ」

「害はないんですか?」

「まあ事八日は家に籠るべきだと言われているし、やってくるのが厄神という場合もある。でも一つ目小僧の場合は十二月に帳面に運勢を書いておいて、二月にそれを神様に渡すというパターンもあるんだね。この場合はその帳面をどんど焼きで焼き払うという習慣があるから安心なんだが、この土地にはそんな風習はないからなあ」

「危なくは――ないんですか?」

 住職は茶を煽ってから笑った。

「大丈夫大丈夫。随分前から何度も繰り返されてるんだし、それで害を被ったって話は聞かないよ」

 それで――と住職は湯呑を置いてくるくると弄くる。

「今日がその十二月八日な訳だ。本来なら旧暦で考えるんだが、律義に新暦で来てる」

「それでよく見るんですね」

 感心して言うと、住職は少し難しい顔をした。どんな表情をしても怖い顔なのだが、麻子は長年の付き合いから微妙な表情の変化を読み取ることが出来る。

「どうしたんですか?」

「うん、いやね、こういったものが何の対策もされずに野放しになっているというのも考え物かな――と少し思ったんだ」

「でも、害はないって言ったじゃないですか」

「人の目で見ればね。もっと大きな目で見れば、また違った景色が見えるかもしれない」

「なんか難しー」

 タマが呟くが、麻子も同意見だったので沈黙する。

「いや、すまなかった。ついついややこしい話を。でもねえ、大切なのは付き合い方だと思うんだよ」

「妖怪との、ですか?」

 微笑しながら住職は頷く。

「人間の力の及ばない範囲と、どう折り合いをつけるか。それが先人から伝わった習慣でもあるんだ。でも、その習俗が存在しないこの土地に何故一つ目小僧が現れるのか――」

「外来種――なんじゃないですか?」

 我ながら間の抜けた答えだとは思うが、それくらいしか言葉が見つからない。

 住職もそれまでの思案顔をやめて愉快げに笑った。

「相変わらず面白い子だなあ麻子ちゃんは」

「もう高三ですよ」

 少しむっとして言うと、それがまたおかしいのか住職は大きく声を上げて笑う。

「もし」

 若い男の声が聞こえ、住職は笑うのをやめて立ち上がる。

「そういう話をするとそういうものが来る――という訳か」

 どうぞ――と住職が呼ぶと、それは静かに本堂の中に現れた。




「この辺りはいいですな。好き勝手に歩き回れる」

 ぼろぼろの僧衣を纏い、小学生くらいの背丈であるが、声は太い。何より目を引くのはその顔の真ん中にどうだとばかりに見開かれた巨大な単眼である。

 そのものずばりの、一つ目小僧だ。

 住職が妖怪を寺に上げるのは珍しい。住職は自称するところの何の力も持たない「見える」だけの人間であり、妖怪の類に対処することが出来ないという。

 だというのにこの一つ目小僧を迎え入れたということは、無害な妖怪だと判断したということだろうか。

 実際この一つ目小僧は完全にくつろいだ様子で本堂に腰を下ろしている。タマも警戒する様子は見せていないし、住職も落ち着いた様子で向き合っている。

「しかしまあ、勝手が違うので苦労もするんですわ」

「ほう、苦労」

「この辺り、道祖神様がおられないでしょう」

 確かに、麻子には道に置かれた道祖神を見かけた記憶がない。

「それでご厄介になるよりどころがない訳ですな。私共は帳面を道祖神様にお預けしておくんですが、それが出来ない。なのでこの辺りはそれこそ歩き回るだけで終わることが多いんですわ」

「我々としては安心だね」

 そう言って住職が笑うと、一つ目小僧も一緒になって笑った。

「それでと言っちゃなんですが、こちらの御本尊様にお願い出来ないかと思って、上げていただいたんです」

「帳面をうちの本尊に預けておきたいと?」

「ええ。私共も毎年歩き回るだけじゃあ消化不良とでも言いましょうか。疫病神には疫病神なりの矜持もある訳で。どうもご住職は見鬼のようですし」

 住職は困ったように笑う。

「お受けしてもいいが、慣例に従いますよ」

「一向に結構ですよ」

 どういう意味かと麻子は住職の話を思い出す。

 一つ目小僧は家々の運勢を帳面に書いておき、神様に預かってもらう。だがその帳面はどんど焼きで焼き払う――。

 つまり住職は帳面を預かってもいいが、それは取りに戻ってくるまでに焼き捨てると言っているのだ。

「って、それでいいの?」

 思わず隣に座った一つ目小僧に訊ねる。

 一つ目小僧は少し驚いたように目を見開いたが、すぐにその目を細めた。

「大切なのはしきたりです。過程を踏むということが肝要でしてな」

「それで帳面を燃やされても?」

「それをひっくるめてしきたりですからなあ」

 一つ目小僧は懐から紙の束を取り出し、うやうやしく住職に手渡す。

「しかとお納めください」

「確かに受け取りました」

 そこで一つ目小僧は立ち上がり、会釈をする。

「では私はこれにて失礼つかまつります」

「あ、私もそろそろ帰ります」

 麻子も立ち上がり、一つ目小僧と並んで風雲寺を後にした。

「あの――」

 自転車を押しながら、横を歩く一つ目小僧におずおずと声をかける。さっさと自転車に跨って帰ってもよかったのだが、方向が同じということで気を遣い、一緒に歩く形になってしまった。

「はは、さっさと帰ってもよかったでしょうに」

 思っていたことをずばりと言われ、麻子は小さく呻く。

「む、お仲間ですな」

 急に立ち止まって周囲を見渡しだしたので、麻子も何事かと立ち止まる。

「おや、どうも穏やかじゃない。お嬢さん、目籠や笊は持っていませんか?」

「え? 持ってないけど――」

「ではそちらの道を、その自転車に乗って全力で行ってください。あっ、いけない。早く――」

 一つ目小僧が切羽詰まった声を上げるので、麻子は思わずそちらに目を向けた。

 眼前に、皺だらけの手が迫っていた。その手は麻子の右目に入り込み、中で何かを掴むと一気に引き抜く。

 痛みはなかったが、ぞっとする冷たさが右目を襲った。何度かまばたきを繰り返し、麻子は気付く。

「右目が――見えない」




「ミカリ婆か」

 住職は溜め息を吐き、相変わらずの怖い顔で腕組みをする。

「面目ない。私がもっと早く気付いていればよかったんですが」

 麻子と一つ目小僧はまた風雲寺の本堂に戻ってきていた。麻子の右目は――住職の見立てでは――見た目には何の変化もないが、視力が完全に失われているということだ。

「あの、そのミカリ婆ってなんですか?」

 左目だけで住職と一つ目小僧を順番に見て、麻子は訊ねる。

「事八日に訪れる妖怪だよ。ミカワリ婆や目借り婆さんなんて呼び方もする。箕や人間の目を借りていってしまうと言われている。これは一つ目小僧とセットで来るという地域も多い」

「左様で。この辺りには私共くらいしか来ていなかったんですが、どうも今年は様子が違うようですな」

「この妖怪も一つ目で、これを避ける方法も一つ目小僧と同様だ」

「ああ、だから目籠か笊って――」

 一つ目小僧の言葉を思い出して呟くと、その一つ目小僧がうーんと唸った。

「ミカリ婆は私共より厄神としてのお立場が上ですからなあ」

 どういうことかと住職に目を向ける。

「言っただろう。ミカリ婆は一つ目小僧と違って、直接的に人に害を及ぼす。対処法があるのは同じだが、その脅威は一つ目小僧よりも上ということだよ」

 さて問題は――と住職は完全に夜となった外を見遣る。

「ミカリ婆が来るのは十二月八日と二月八日ということだ。夜が明けるまでに何とかして麻子ちゃんの目を取り返さないと、次のチャンスは二箇月後になる」

「それって大変じゃないですか! 来月にはセンターだってあるんですよ!」

「わかってるよ。だからミカリ婆の対策を立てているんじゃないか。ちょっと待っていなさい」

 住職は立ち上がって本堂を後にすると、すぐに手に大小様々な笊をいくつか持って戻ってきた。

「家にあったのはこの四つだけだった。おっと失礼」

 笊を前に出すと一つ目小僧がびくりと身体を震わせたので、住職は慌ててそれを身体の後ろに隠した。

「麻子ちゃんにはこの一番大きなやつを渡しておこう。それと――目が多い物が苦手ということは九字切りも有効だろう」

「そうですな」

 笊を見ないように目を背けていた一つ目小僧は住職の言葉に同意する。

「そもそも目が多い物が魔物を退けるということは広く言われている。それを簡略化して、誰でも扱えるようにしたものが九字切りだ。やり方は知っているかい?」

 首を横に振ると、住職は右手の人差指と中指を立てて見せた。

「これが刀印。四縦五横と言って、これで空中に籠目を作るんだ。まず横に、臨」

 指を地面と水平に動かす。

「次に縦、兵。その次は横、闘。これを者・皆・陣・列・在・前と九回繰り返す。大事なのはその軌跡で籠目――格子状の線を引くことだ。相手はミカリ婆だから、九字は声に出さずとも四縦五横を引くだけで効果はあると思う」

 麻子は九字切りのやり方をしっかりと頭に叩き込み、立ち上がる。

「まだ遠くには言っていないはずだ。とにかく捜そうか」

 笊を三つ持った住職が言うと、麻子は待ったをかける。

「捜すなら空からの方が早いでしょう? シンリュウ」

 麻子が名を呼ぶと、即座にその隣に青川南高校の夏服を着た男がふわりと降り立つ。

「何の用だ」

「ミカリ婆っていう妖怪を捜してほしいの。老婆の姿で、一つ目の妖怪。私達も足で捜すから、見つけたら場所を教えて」

 ちっと舌打ちをして、シンリュウはその姿を龍へと変えて空へ飛び立つ。

「お嬢さん、龍を従えていらっしゃるので?」

 一つ目小僧が驚いて訊くが、麻子は笑ってはぐらかした。

「でも、私でよかったよ」

 一つ目小僧と並んで夜道を歩き回りながら、麻子はぽつりと漏らした。

「私には見える。対処法を教えてくれる人もいる。戦うだけの力もある。これでもし、目を奪われたのが普通の人だったら、その人は原因もわからないまま失明することになるんだから」

 一つ目小僧は困ったように笑った。

「変わったお方ですな。その力のせいで数え切れない程の災厄を抱え込んできたでしょうに、この期に及んで他人の心配とは」

 麻子は指摘されたことに苦笑する。

「住職にもよく言われる。でも、やっぱり他の人達に災厄が及ぶのは、何て言うか、歯がゆいから」

「多分ですが、ミカリ婆はあなたが『見える』からあなたを狙ったんだと思いますよ」

「その心は?」

「さあ、何でしょうな」

 空から咆哮が響く。空を見上げると光を放つ龍の身体が渦を巻いている。

「あそこだ!」

 麻子は叫ぶと同時に駆け出す。

 シンリュウが指し示した場所まで来ると、そこに皺だらけの老婆が一つだけの目で忌々しげにシンリュウを睨んでいた。

「ミカリ婆!」

 麻子が声を上げると、ミカリ婆はこちらに目を向ける。

「私の目を返して!」

「ふん、豪儀な娘よな。儂を退散させるだけのことが出来るなら、返してやらんこともない」

 麻子は手に持った笊をミカリ婆の顔面目がけて投げつけた。

「浅はか!」

 手で笊を払い除け、ミカリ婆はその手を麻子の目に向けて伸ばす。

「ええっと――」

 人差し指と中指を立てて、刀印を作る。九字は思い出せないが、言う必要はないと言われたのを思い出す。

 素早く指を動かし、九字を切る。ミカリ婆は一瞬たじろぐ様子を見せたが、止まる気配はない。

「ああもう! タマ! お願い!」

「オッケー。任せてー」

 麻子の頭の上から飛び降りたタマは身体を膨らませ、迫るミカリ婆に牙をぎらつかせて威嚇する。

「力ずくとは恐れ入ったわ」

 ミカリ婆は立ち止まり、低く笑う。

「まあこんな奴には敵わんわな。いいわ、目は返してやる」

 何かを投げるように右手を振るうと、麻子の右目に熱が戻ってくる。左目を閉じて周囲を見渡す。確かに右目で景色が見えていた。

「婆様、私共は本来ここにはいない妖怪。元の土地へ帰りませぬか」

「ふん、何を今更言いおるか。あちらでも儂らとの付き合いを皆忘れておるではないか」

「だからこんな場所まで来ておるんですな。それはわかります。私共も同じですから。しかしそもそものしきたりの存在しない土地では何をしても上滑りですわ。所詮私共はよそ者ですからな」

「お主はまだましよ。一つ目小僧というのは潰しが利く。儂はミカリ婆じゃ。広がりはない」

「私共は厄神でしょう。そこは変わりませんわな。別のものに取って代わられても、それが時勢なら仕方がないというのが私共でしょうに」

 ふん、と鼻を鳴らし、ミカリ婆は麻子と一つ目小僧に背を向ける。

「どこに行こうと同じなら、元の土地におっても変わらぬか」

 そのままミカリ婆は闇の中へ消えていった。

「では私も去ろうとしますかな。次の事八日には多分もう来ないでしょう。ご住職に帳面はご自由にとお伝えくださいな」

 ミカリ婆の後を追うように、一つ目小僧もまた消えた。




「外来種だった訳だね」

 笊を元の場所に戻して本堂に戻ってくると住職はそう言って笑った。

「私には、あの二人の会話の意味が殆どわかりませんでした……」

 苦笑しながら言うと、住職はうんうんと頷いた。麻子は一つ目小僧とミカリ婆の会話を断片的に住職に伝えたが、それは決して完全ではなかった。それでも彼らが他の土地からここへやってきたのだということは麻子にもわかったので、それを話すと住職は笑ったのだ。

「僕にだってわからなかったと思うよ。彼らには彼らのしきたりがある。僕達が迂闊に踏み込んではいけないような、ね」

 そういえばと麻子は少し睨むように住職を見る。

「笊も九字もあんまり効果がなかったんですけど、なんででしょう?」

「そんな責めるような目はやめてほしいな。多分あれだ、その周囲に街灯はあったかい?」

「そういえばなかったような……」

「じゃああれだ。暗くて見えなかったんじゃなかな。実際一つ目小僧は嫌がっていたんだし、全く効果がない訳じゃなかったんだと思うよ」

 そんなものかと麻子は溜め息を吐く。

「あと、一つ目小僧が、ミカリ婆は私だから目を奪ったんだと思うって言ってたんですけど」

「彼がそんなことをねえ。まああれだ、ミカリ婆もミカリ婆なりに遠慮したんじゃないかな」

「遠慮?」

「この土地にはミカリ婆の対処法が活きていない。そんな土地の相手からいきなり目を奪うのは気が引けたんだろう。疫病神には疫病神の矜持があると一つ目小僧も言ってただろう? だから力ずくでも妖怪に対処出来る麻子ちゃんを選んだと。麻子ちゃんにしてみればいい迷惑だろうがね」

「そこまで気を遣うものですかね?」

 住職は暫し呆気に取られたように固まったが、すぐに大声で笑い出した。

「全く麻子ちゃんは筋金入りのお人好しだなあ」

 麻子はむっと眉間に皺を寄せて無言の反撃を試みる。しかし住職に顔の怖さで勝てるはずもなく、結局一笑に付されてしまうのだった。

「でも、いつまでもそれだと心配だなあ。もっと自分を大事にしなさいよ」

 さてと住職は本尊の前に安置された紙の束と一緒にマッチと灰皿を取ってきた。

「それ――」

「ああ、一つ目小僧からの預かり物だ。これはこうして」

 住職は素早くマッチを擦ると、その火を紙に移す。紙の束はあっという間に灰になってしまった。

「燃やしてしまうのがしきたりという訳だ」

 灰皿に全てが燃え落ちると、住職は手に着いた灰を振り落とした。

「ちょっと中に何が書いてあるか興味あったんですけど……」

 麻子が言うと、住職は灰の山を見て呟く。

「それは僕達には見ることの出来ないものだと思うよ。だから、燃やして初めて意味が生まれる」

 灰には燃えカスという意味しかないんじゃないかと思いながらも、麻子は無理矢理納得した。

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