【4-2】

「ほら、夏目さんからも何とか言ってやってくださいよ。ねえ」

「……」


9月某日。彩色堂店内。


彩色堂には、夏目蓮介の大学の後輩である日比谷丈ひびやじょうが来店していた。

日比谷にこの店を紹介してしまったのは蓮介なので、こうして日比谷と真帆とを仲介するのは、まあ分からなくもないのだが、それにしても日比谷の持ち掛けた依頼は非常に抽象的かつ自己中心的だった。


「……短期間で大金を稼ぎたい……だっけか?日比谷君」

面倒臭そうに真帆は日比谷に言う。


「そうっすそうっす!あまり大変じゃないならなお良しっす」

「月並みなことを言わせてもらえば、金というのは額に汗して地道に稼ぐものだ。どうして金には価値があるのかと言うと、それは即ち働いた分の対価だからだ。例えば君が10万円を稼ぎたいのなら、それに見合った仕事量というものがちゃんと存在するんだよ」

「……と言いますと?」

「働け。そこのコンビニで週5日、毎日4時間だ。丁度今は求人の張り紙がしてあるから、タイミングも申し分ない。履歴書くらいなら私が面倒を見てやるから、さっさと証明写真を撮ってこい」

「……」

真帆さんはそう言うと、もう話は済んだとでも言わんばかりに寛ぎ始めた。

手には僕の買ってきたサンドイッチが握られている。あれ、実は僕のお昼だったのだけど。


「ちょっ……ちょっと待ってくださいよ極彩色さん!あんたが今言ったの、それじゃあまるで意味が無いんですよ!」


「意味が無いとはどういうことだい。そもそも日比谷、君は一体金を稼いで何に使うつもりだ?」

「え……」

「高校でバイトの許可証とか出すとき、そういう質問をされるだろう。そんな要領で答えてくれればいいさ。お前は、稼いだ金を何に使うつもりなんだ」


「え、ええとですね。実は最近、賭け麻雀にハマってしまいまして。最初にバカ勝ちしちまったのが、ある意味で運の尽きと言いますか……賭けの味を占めてからというもの、悪い流れから抜け出すことができず、結果負けが込んでお金が無くなってしまったのですよ」

「いい気味じゃないか。それに懲りたら、もうそんな真似はやめて精々学生らしく勉強にでも打ち込むことだ」

「……」


なんだかそれは横で聞いている僕にも当てはまりそうな言葉だったので、少しばかり居心地が悪くなった。


「それがですね。そのせいで俺、ちょっとヤバイ筋から借金をしちゃったんですよ。3万円から貸してくれるところだったんですけど、金利がなんと10日で1割。気がついたら借金は、既に40万を超えていました」


「……何ていうか、アホみたいな闇金だなあ。きっとそいつらは素人だな。昨今の闇金は、もっと狡猾に金を取るよ。騙された方は、きっと死ぬまで騙されたことに気がつかないんじゃないかなあ」


「とにかくっ!このままじゃあ俺ヤバイんす。今や金利すらまともに払えねえ。お願いです極彩色さん!俺に力を貸してください」


「断る。私も暇じゃないんだ。なあに、どんなに借金が膨らんだって、殺されることはないさ。君を殺してしまって、得をする人間なんて1人もいないんだから」


「なんでそんなことが言い切れるんですか!俺っ……俺の臓器が売られちまうかもしれないじゃないですか!もしそうなったら……」


「日比谷さあ、臓器ってなんで売れるか知ってるかい?移植して欲しい人間がいるから売れるんだぜ。闇医者に顔も利いてないような闇金が、そんなルートを持っているわけないだろう」


「そんなっ……」


「諦めな日比谷。きっとその闇金は、近々お前に色々と職場を紹介してくれるはずだ。お前に支払い能力が無いと分かったら、さっさと集金を済ませてしまった方がいいに決まっているもんな。そこで半年もタダ働きすれば、お前の借金は完済だよ」


「きょっ……強制労働施設ですか……?」


「……お前は漫画の読みすぎだ。最近の闇金は、昔みたいにそう無茶なこともできなくなっている。ちゃんと食事は出るし、寝るとこだってあるさ。だから賭博に溺れた自分への罰とでも思って、潔くタダ働きを受け入れなよ」


「……」


日比谷は黙ってしまった。

心なしか、真帆さんを睨んでいるように見える。


「……っす」

「?」


「嫌です嫌です!そんな、青春を棒に振ってタダ働きなんて、俺、絶対嫌っす!」


「棒に振るって……たかが半年じゃないか。我慢しなよ」


「嫌っす嫌っす!それにタダ働きって、一体何をするんですか!」


「山奥に電柱埋めたりとかだよ」


「そんなの嫌です!お願いします極彩色さん!俺を助けてください!お願いします!大金を稼げる稼ぎ口を、どうか俺に紹介してください!」


「あんまり甘ったれるなよ。世間は、お前が思っているほどに甘くないぞ。金が返せない責任、それはもう、お前が社会的肉体的にダメージを負うしかないんだ。これもいい社会勉強だ」


「夏目さん!」


真帆さんじゃ話にならないと思ったのか、日比谷は唐突に僕に話を振った。


「え、僕?」


「夏目さんからも言ってやってくださいよ!ここ1回、1回だけでいいんです。お願いします!お願いします!」


「……どうします?真帆さん。もし真帆さんがそういうところに口を利けるなら、1度くらいは面倒を見てやっても……」


「蓮介、君も甘いんだよ。日比谷こいつも、そうやって甘やかされて育ってきたからこんな風になっちまったんだ。甘さと優しさは違うんだぜ」


「そうですけど……」


「……」


真帆さんは少し考える素振りを見せた。


「おい日比谷」


「……はい」


「1度だけだ。本当にここ1度だけ、私が稼ぎ口を紹介してやる」


「ほっ……本当ですか?」


「本当に1度だけだぞ。紹介料は、稼ぎの3%で構わない」


「たっ……たった3%?それだけでいいんですか?」


「ああ。今から紹介状を書いてやるから、明日の朝1番、これを持って指定の場所へ行くがいい。私の助手に、精々感謝するんだな」


「あ……ありがとうございます!ありがとうございます!」


日比谷は大げさに、ぺこぺこと頭を下げた。調子のいい後輩である。


「ああそれと日比谷、さっきお前、たった3%って言ったけどさあ」


「はい?」


「稼ぎが1千万なら30万なんだぜ」




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極彩色真帆の彩色堂 龍導 @tndn3

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