流される人
有刺鉄線
流される人
「付き合ってた女が死んだ来てくれ」
佐々木からの電話を出た瞬間そう告げた。
あまりにも、淡々と言うから冗談だと思った。
だが、佐々木が冗談言う性格じゃないのは、長年の付き合いでわかる。
「上野、とりあえず来てくれ」
「……、わかった」
俺は渋々了解した。
巻き込まれると碌なことにならないのは充分承知上、俺は佐々木のところへ向かう。
◇
佐々木は、端的に言えば、自己中心的な人間だ。
俺とあいつは大学のゼミで一緒になった時からの知り合いで、今となっては腐れ縁。
大学では、ボランティアでゴミ拾いをお願いされ、紙に名前を書くとき、なぜか自分の名前ではなく俺の名前を書き、なぜか俺が出るはめになった。
他には、鳥が食べたいと言って、農学部で飼育していた鶏を盗んで、手際よく締め殺す。
そんで焼き鳥にして、食ったこともあった。
アレは、両方の意味で不味かった。
とにかく、佐々木は後先考えず、自分がしたいことをする。
そんな奴だ。
大学を卒業後、両親の遺産でニート生活を満喫しているらしい。
俺は、佐々木の家まで行き、馬鹿でかい門の横にある、チャイムを押す。
しばらくして、佐々木が出てくる。
「よく、来てくれた」
「俺も、ヒマじゃないんだ」
「俺と違って、お前は国家の犬だからな、まあ車庫に案内する」
国家の犬って、まあ確かに地域に根づいてるお巡りさんだけどさ。
俺は佐々木について行く。
車庫には、4WDのゴツイ車があった。
「これから、近くの山に行く」
「おい、女は?」
恐る恐る聞いてみる。
「後ろだ」
そう言って、車のトランクを指差す。
「嘘だろ」
「俺が、下手くそな嘘をつくような人間に見えるか」
「え、でも……」
「まあ、詳しいことは車で話そう」
◇
車内は空調が悪いのか、暑い。
佐々木は、今日の天気は晴れだったみたいに、付き合っていた女との間に何があったかを話す。
「俺は、普通にサッカーの試合中継を見ていたんだ」
「サッカーって好きだっけ?」
「嫌いだ、だから無意味にボーっと見ていたんだ、そしたらその女が退屈だから構ってほしいって腕掴んできた」
さもどうでもいいように、報告書を読むぐらいに話す。
「最初は無視してたんだがな、あまりにしつこかったから、髪の毛掴んで投げ飛ばしたんだ、そしたら棚の角にぶつかっちまって、ご覧の有様さ」
俺は助手席で、頭を抱えた。
「どうした、具合でも悪いのか?」
「佐々木、知ってるか?」
「何だ」
「この国では、人を殺したら罰せられる」
「そうなのか」
「常識だぞ」
「そうか、それは知らなかった」
鶏と人間は違う。
なのに、人一人殺したのに、この落ち着き。
尋常じゃない。
「まあ、いいじゃないか」
「よくねえよ、人が死んだぞ」
「人は死ぬが、生まれることもある、つまり死んだからといっても、俺には些細な事でしかない」
「変わってるな、お前」
「お前もな」
どこがだ。
「俺は、普通だ、お前と違って」
「そうか、でなきゃ、お前に電話しなかった」
どういうこと?
「金さえ積めば、誰だっていいだろ」
一生食うのに困らない程あるだろうに。
「上野は、何だかんだで、俺の誘いには来るだろ、鶏を食った時もそうだった」
「それは、まさか、鶏捕まえるとは思わなかったんだよ」
「ボランティアの時も、頼んだらやってくれたし」
「あれは、お前が勝手に俺の名前書いたからだろ」
「でも、参加したんだろ、バックレることだって、出来た」
「だって、単位取れるって聞いたら」
「あれは、俺の嘘だ」
「終わってから、知ったよ、それ」
全く、こいつといると、碌なことがない。
◇
「着いたぞ」
車を止め、外に出る。
真っ暗で、何も見えない。
とりあえず、スマホのライトを点ける。
「木と草しかないな」
「山だからな」
佐々木は、車のトランクを開ける。
そこには、女がくの字に横たわっていた。
「綺麗だろ、これで死んでるんだぜ」
「どこかのマンガみたいなセリフだな」
まあたしかに、昨日担当した交通事故で見た、女子高生のバラバラの遺体よりも、幾分か綺麗なのはたしかだ。
「俺この女を運ぶ、上野はスコップを運んでくれ」
「ここらへんに、埋めるんじゃねえの」
佐々木は呆れた顔をする。
「ここに埋めたら、人に分かるだろ、こういうのは分からないところに埋めないとな」
「そーですか」
お嬢様抱っこで、佐々木は女を運ぶ。
女の子だったらそれでキュンとするんだろうな、もう死んでるけど。
しばらく、無言で歩く。
夜の森は、怖い。
暗く不気味で、何が出るか分からない。
そういえば、大学生の頃。
この山へ、肝試しに来たことがあった。
友人の一人がこの山には女の幽霊が出てくるとか言って、試しに行かないかと言われたのがきっかけだった。
その時、佐々木もいたが、俺や他の友人と違って、平然としていた。
今も死体を手に抱いているのにも関わらず、平然としている。
「ここで、いいだろ」
「知らねえよ」
佐々木は、静かに死体を地面に置く。
「スコップで、穴を掘るぞ、そうだな……、2メートルぐらいだな」
「そんな、掘るのか」
「さっさとやるぞ」
「あ、そうだな」
佐々木は手慣れた感じに、穴を掘り進める。
俺も、佐々木にならって掘る。
俺らは、黙々と穴を掘り進める。
しばらくして、沈黙に耐え切れず、俺らは佐々木に話しかける。
「なあ、お前、慣れる感じだよな」
「昔、親父に手伝わせられたからな」
なんか、聞いちゃならんこと聞いたような気がする。
「親父は、女好きでな、よく大勢の女をはべらしてたんだよ」
「さすが、金持ち」
「だが、都合の悪いやつは、こうやって山に埋めたんだ」
「じゃあ、女の幽霊が出るって、噂は」
「ああ、その女共かもな」
身体中から、冷や汗が出てくる。
この山には、大量の死体が眠っているのか。
「でも、そんなことしたら、バレるはずだろ」
「この山、俺のおじのものだからな、まずない」
「だとしても、おかしいだろこんなこと」
「もういいだろ、女を埋めるぞ」
佐々木は、話を遮る。
俺たちは、穴から這い上がり、今度は女を埋める。
俺は、何も考えず、ひたすら土を戻す。
◇
「いやあ、助かった、一人じゃ重労働だからな」
帰りの車内、俺は不安と暑さで、汗が止まらない。
「どうした、汗すごいな、ごめんなこれ中古で買ったから、空調が悪いんだ」
そんなのは、どうでもいい。
「なあ、佐々木」
「なんだ」
俺は、息を飲む。
「警察に行こう、自首しよう」
言えた。
「警察か……」
「殺人を犯した以上、罪を償わなきゃならねえと思うぜ、やっぱり」
「あれは、殺人というよりは、事故だけどな」
「とにかくだ、警察行こうぜ、な?」
諭すように、説得する。
まあ、俺も警察に行けば、死体遺棄の容疑で罰せられるだろう。
今の職はなくなってしまうが、自分がお巡りさんである以上、正義を貫き通さねばならない。
そんな気がする。
「……、わかった、その前に川の近くのコンビニに寄らないか、暑いから喉が渇いた」
「そうだな」
良かった、わかってくれたのか。
俺は、内心ホッとした。
佐々木は、コンビニの前に車を止め、店内に入る。
俺は、川岸で涼む。
スマホで時間を確認すると、もうすぐ午前3時を向かえようとしていた。
身体は、疲れで震えていた。
いや、多分違う。
これから、どうなるかわからないかもしれない。
だから、不安で震えているのだろう。
不安を打ち消すために、佐々木からくすねたたばこに火をつけ、吸う。
煙を吐いた瞬間、誰かに背中を蹴られる感覚を味わう。
そのまま、川へダイブする。
川の中は思ったよりも深く、足がつかない。
「誰か……、助けて……」
助けを求めるが、川岸にはコンビニに行ったはずの、佐々木がいた。
「佐々木」
手を伸ばすが、届かない。
それどころか、佐々木はじっと俺を眺めるだけ。
嘘だろ……。
段々、川岸から遠ざかっていく。
思えば、俺の人生、こうやって流れていく人生だったな。
小学生の時、流行ってたゲーム、みんながやってたから遊んでたけど、正直つまんなかった。
けど、置いてきぼりにされるのが嫌だったから、廃れるまでやってた。
中学や高校も、周りに合わせてばかりだった。
就職だって、親父が警察官だったから、あと安定した職だったからなっただけ。
正義感なんてもん、正直人並み程度しかない。
だから、なのかもな。
佐々木みたいな奴に、いいように使われて、最終的に川に落とされる。
やがて、息ができなくなって、沈んでいく。
そして、俺は死に至る。
流される人 有刺鉄線 @kwtbna
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