アンコール ――encore of accorDance
accordance[名] 1.合意・一致
2.与えること、許すこと
「大丈夫?!」
地面に這いつくばった僕はすぐに顔を上げて男の子に声をかける。歳は小学校の低学年くらいだろうか。
男の子はびっくりしたのか、瞳を大きく見開いたまま無言で何度も強く頷く。僕は幸い、右足を蹴り出した瞬間に男の子の存在が目に入ったので、僕の右足はその子の頭上を通り過ぎただけで、男の子に当たることはなかった――と思う。さっきの僕の視界はジェットコースターに突然放り込まれたみたいに急展開したから、正直よく分かってない。地面のタイルとお客さんと校舎と空と花壇と衣裳と……そんな色彩すらゴチャゴチャになってて整理できてない。足に何かがぶつかった感触はなかったけど、もしかすると気付かなかっただけかもしれない。
「ホントに? 怪我はない?」
僕は上体を起こしながら、彼のからだのところどころに触れてもう一度確認する。――汚れや傷はひとまず見当たらない。安心して軽く息を吐くと、額から落ちた汗が地面のタイルの色を濃くする。
「ウチの子がごめんなさい! ――怪我はない?」
「……うん……うぅん……」
間もなく、母親らしい女性が他の観客を避けて前に出てきてしゃがみこむ。お母さんは男の子は男の子を優しく抱きしめると、彼もまた母のからだに顔をこすり付けるように上下させる。
「本当にごめんなさい。ケガはなさそうなんですが……」
僕はどうしていいか分からず、右の手のひらで男の子の肩をゆっくりとさする。
「いえ、こちらこそごめんなさい。この子ったら私が目を離した隙に……。でも、大丈夫そうね。だから――あなたも戻って?」
――僕が、戻る?
女性が視線を送った先には、みんなが――ココロがいた。ココロは二回目のユニゾンの振りをなぞってはいるけど、明らかに精細を欠いている。表情も不安そうな上に、こっちの様子をチラチラと窺ってるみたいで、僕とも何度か目が合う。
ココロのバカ。そんな顔すんなよな――ごめん。
二度目のユニゾンはもう中盤、曲が終わるまではアンサンブルがあと一つ。
もう一度、男の子のほうに振り返ると、女性は男の子を抱きとめたまま小さく一度、頷いた。
「……すみません」
僕は頭を深く下げながらそう呟いたあと、左手を膝に乗せる。左膝は上から触れると熱を持ったようにじんわりと痛む。手のひらのくぼにはかすかな湿気も感じる――タイツの下から血が滲んできてるんだろうけど、冬用の分厚いタイツだったからコレくらいの軽いケガで済んでるのかもしれない。
左膝と地面を丸ごとに押さえ込むように、僕はその場で勢いよく立ち上がり、舞台空間(アクティング・エリア)に振り返る。
まだ音楽は鳴り止まない。
(了)
[各章冒頭の英単語の意味説明は、オンライン英英辞典であるPrinceton WordNet(http://wordnet.princeton.edu/)の著者訳、及びプログレッシブ英和中辞典(小学館刊)に基づいています。]
accorDance 床島 フクスケ @yukashima
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます