第6話「生徒会」
大図書館を後にし、本校舎へと戻って。
今度は中庭ではなく、ぐるりと回って正面入り口から中へ入り、何やら縦に伸びた謎の——しかしどこか既視感のある——施設に案内された。
「魔導エレベーターだ」
(エレベーターかぁ……)
深く考えるのはやめて、素直に乗り込む。ボックス内では幾何学的に彫り込まれた溝を不思議な光が走っていて、ネサリーが四角柱の装置に手を触れてよりすぐ、予想よりもずっと静かに上昇を開始した。
程なくして上層階に辿り着き、開いた扉の正面にあった窓から外を覗けばかなりの高さまで登ったことが分かった。恐らくは、最上階だろう。
どうやらこの校舎は高台に建てられているようで、周囲に広がる街並みや遠くには海岸、港の様子も見通すことが出来た。中々に壮観だ。
「……あれ、あそこ」
その景色の中に、どこか見覚えのある場所を見つけた。この世界に来て間もない俺が見覚えのある場所などごく限られているわけで、少し考えればすぐに思い至る。
馬車が通れるほどに広めの街道。そう、初めて戦闘を行った場所。そして死にかけた場所だ。
「結構離れてるな」
こうして見下ろす形だと良く分かる。件の街道からこの校舎までだと、それなりの距離がある。徒歩で三十分程度だろうか。救急車があるわけでもなし、重症の人間を運ぶには少々辛い距離だ。
実際どの程度の怪我だったのかは分からないが、一晩越せるか分からないというストレナージ先生の言を信じるならば相当酷かったのだろう。そんな状態で良くまあここまで運び込めたものだ。
「ああ、例の現場だね。あそこから搬送するのには中々苦労したようだ。なんでも壊れた馬車の木片と幌で担架を作って運んだらしいよ……勇者部の二人が」
「え、そうなんですか」
意外、と言うと失礼な話か。仮にも勇者を名乗るならそれほどおかしな行動でもないわけで。
「そうそう、道中の応急処置は『氷河』のシーク君が買って出てくれたとか。火傷の処置はあれ、あまり冷やし過ぎても良くないと聞くが、水魔法の温度調整って結構難しいんだよ。冷たくしようとするとすぐ凍るし……っと。まあ、彼らに会うことがあったら礼の一つでも言っておくと良い。約一名機嫌が悪くなるかもしれないけどね」
その約一名がしかめっ面で舌打ちする様が容易に想像できた。うん、ちゃんとお礼はしておこう。
それからまた少し歩いて、ふと廊下の壁面や床の作りが下の階とは変わっていることに気が付いた。心なしか、高級感がある、ような。
「ネサリー君」
聞き覚えの無い、しわがれた大人の声。視線をやるとそこにはお爺さんが居た。ただのお爺さんではない。とても大きなお爺さんだ。とてもとても大きなお爺さんだ。
「ひえぇ……」
情けなくも悲鳴を漏らした俺を誰が責められるだろうか。
廊下の天井に背中を擦りながら、窮屈そうにすり足で移動してくる様は他に例えようもないほどに恐怖体験。悲鳴ついでに失禁しそう——大丈夫堪えた。
「学園長。少し見ない間に随分……大きくなりましたね」
ネサリーが大きなお爺さんに向かって久しぶりに会った孫に言うような台詞を送った。少しの間で育ったんですかお爺さん。
「うむ。いやなに、先ほど実験に失敗してのぅ。あと少しだけ背を伸ばしたかったんじゃが……ちょいと伸びすぎたのぅ」
「それはそれは……」
流石のネサリーも言葉選びに苦労しているようだ。そりゃそうだ、何て言えば良いんだこういう時。
「して、そちらはどなたかな?」
「転校生のセント君です。これから手続きをするところでした」
「セン、トです……よ、よろしくお願いま、すぅ」
少し噛んでしまった。幸い、大きすぎるお爺さん——学園長ということはここで一番偉い人、で良いのだろうか——は気にした様子もなく鷹揚に頷くと、取り留めのない会話を二、三ネサリーと交わした後ズリズリと体中擦りながら去っていった。
しばらく呆然と見送っていたが、ネサリーが気遣わしげに「ちょっときつかったね」と背中をさすってくれたおかげで、何とか正気を取り戻すことが出来た。
その後再び歩きだし、廊下の突き当りまで来たところでネサリーが立ち止まり、振り返った。
「さて、到着だ。ここで君の編入手続きを行う」
保健室や他の部屋の扉とは違う、立派な造りの扉だった。豪奢とまではいかないが、品の良い両開きの扉。備えつけられたプレートには『生徒会室』の文字。
……生徒会?
「我が城へようこそ。歓迎するよ、セント君」
閣下みたいなことを言いながら、悪戯っぽい笑みを浮かべるネサリー。
只者ではない雰囲気ではあったけれど、つまりそういうことか。今の俺はきっと分かりやすいくらい驚いた表情をしているのだろう。こちらを見るネサリーは本当に楽しそうだった。
「改めて名乗ろう。僕はエルドリアノ冒険者養成学校生徒会長、ネサリー・ララフェットだ」
◇
高級感のある革のソファーに座りながら、俺は四方から視線に晒されていた。対面には当然のように生徒会長、つまりこの部屋の主であるネサリーが同じくソファーに座って俺を見ている。何が楽しいのかニコニコだ。カワイイなちくしょう。
四方と言うなら当然横にも後ろにも人が居るわけで。
俺の右手側には二十代とおぼしきボブカットの女生徒。メリハリのあるボディと、やや厚めの唇が妖艶さを醸し出している。イケナイ雰囲気だ。まるでお店みたいだ。入ったことはないけれども。名前はクロマ・インクティ、『吸血鬼』であるらしい。
「……なぁに?」
「いえ何でもないです」
慌てて目を逸らす。逸らした先、左手側には豚が居た。いや、違う。豚は服を着て二足で直立したりはしないだろう。だからこの人(?)は豚ではない筈だ。つまり何だ、そう、『ハイオーク』だ。名前はグルゴ・ググルスキー。
「……なんデブ?」
「何でもないでぶ……です」
そうして視線を逸らし、結局正面のネサリーへと戻るわけだが。流石に何の用もなく後ろを振り向くのはおかしいだろう。ただ、どんな人物が立っているのかだけは分かっている。
この部屋に入ったとき、一番に姿を見せたのが彼だ。
「何をしている。さっさと手を動かせ。これ以上会長を煩わせるようならこの場で斬って捨てるぞ……!」
後ろからすごく怖いことを言ってくる男。初老とおぼしき男。だけど制服着てるから間違いなく生徒な男。
腰に剣を帯びていて、そうでなくとも全身から刃物のような殺気を飛ばしてくる全身が凶器みたいな奴だ。
ティムレイヒ・トラパロニム。種族は『人族』。
とりあえず斬って捨てられたくはないので、用意された用紙に必要事項を記入していく。名前、年齢、種族……種族って俺も人族で良いんだよね?
「人以外の種族は珍しいかい?」
ふと、ネサリーがそんなことを聞いてきた。誤魔化す場面でもないので素直に「はい」と答える。
「元いた世界では言葉を話すのは人間だけでしたから。ちょっと緊張しますね」
「そうかい? なに、付き合ってみれば皆人族とそう変わらないものだよ。楽しければ笑うし、悲しければ泣くし、悪戯すると怒る」
「そりゃそうでしょうよ!」
「ちなみに君のとこの、学園征服部にも人族以外の他種族がいるよ。もう会っている筈だが」
そう言われて、すぐに思い浮かんだのは白衣の少女だ。プロフェッサー・マギ。猫耳の。最初はファッションかとも思ったけれど、実は本物だったらしい。
「マギさんですね」
「うん、彼女もだね。人族と猫人族の混血だったかな」
ハーフってやつですか。……いや待て、「も」って言った?
マギ以外というと閣下にマスターにディーナだが、全員人族に見え——閣下ですね!
「あとエルルも純粋な人族じゃないよ」
合ってた!
「人族とエルフ族と……あと竜の血がどっかで混じったらしいけど。あの家系遡れば遡るほどワケが分からないのがどんどん出てくるから、一度本人に詳しく聞いてみると良いかもね。すごく笑えると思うよ」
笑える家系って何だ。でも気になるので機会があったら聞いてみようかな。
そう、聞いてみたいことと言えば、ネサリーのことだ。先ほどから随分と学園征服部のメンバーに詳しいように見えるが。
「そういえば、ネサリーさ……会長は閣下たちと知り合いなんですか?」
「今まで通りハニーで良いよ?」
「言ったことないですよね!?」
「あっはっは、まあそれは冗談として。ネサリーで構わないよ。むしろ呼び捨てにして欲しいね」
流石にそれは、と思ったが、本人の希望とあればわざわざ無下にするのも気が引けた。
「じゃあ……ネサリー」
口にした瞬間、真後ろから刃物を差し込まれたような殺気を受けて心臓が跳ねた。これあかんやつや。
しかしネサリーが一言、「ティム」と呼んだだけで膨れ上がっていた殺気が嘘のように治まった。ほっと一息つきつつ。
「ええっと。そう、ネサリーは閣下たちと知り合いかどうかってことですけど」
「ああうん——彼女たちとは色々とあってね。そもそも彼女たちの部って名前からして『学園征服』が目的の部だろう? つまり僕、ひいては生徒会は彼女たちにとって目の上のたん瘤というやつでね。何度かぶつかり合ったこともあるわけさ」
……学園征服部って本気で学園征服が目的の部だったのか。知らずに所属させられたのもマズイけど、それ以上に今この場ってつまり『敵』の腹の中ってことじゃないか。
ネサリーがいきなり襲ってくるとは考えられないけれど、他の三人、特に真後ろの彼、ティムレイヒは今すぐにでも切りかかってきても不思議じゃない。凄い敵意ビンビンだったのにも納得ですよ。
「貴様が今生きてこの場に居られるのは、ひとえに会長の温情あってのことと知っておくがいい……許可さえ下りればすぐにでも、奴等共々三枚に下ろしてやるものを!」
後ろから威嚇するのやめてください。ストレスを与えると死んでしまいます。
「ほぉんと、あんな無法者の集まりなんてとっとと潰しちゃえば良いのに。ネサリーちゃんったら甘々なんだからぁ」
吸血鬼のクロマが乗っかってくる。となるともう一人もと思ったけれど、ハイオークのグルゴは鼻息をフシュッと鳴らしただけで何も言わなかった。
「まあまあ、落ち着き給えよ。僕としてはそう事を荒立てたくはないんだ。何せ相手は『竜女王』だからね、まともにぶつかり合ったら双方タダでは済まないのは分かっているだろう?」
そう言うネサリーはあくまで落ち着いた様子で、笑みすら浮かべていた。ゆったりとソファーに身を委ねながら、俺に視線を合わせてくる。
「……正直に言うとね。僕が直接君に声をかけたのは、我々生徒会と学園征服部との間を取り持ってほしい下心があってのことなんだよ」
「間を取り持つ、ですか」
「そ。と言ってもそんなに難しいことを頼むつもりはないよ。彼女たちが僕らにちょっかいを掛けようとしたらそれとなく諫めるとか。それで止められなくても間に立って適当に宥めれば、身内に甘い彼女のことだから少なくともやる気は削がれるだろうし。ほぼノリで動いてるところあるから、これだけでも十分抑止力になるハズさ」
なるほど、確かにそんなに難しい内容には聞こえない。俺としてもなるべく平和に過ごせるならそれに越したことはないし、断る理由は今のところない。
「そんなことで良いなら、分かりました。受けますよ、その話」
「そうか、受けてくれるか。ありがとうセント君。これで少し気が楽になったよ」
そう言ってこれまでで一番の笑顔を浮かべるネサリー。純朴なセント君は思わず赤面ですよ。ちょろいもんですよ。
照れ隠しに俯き気味になりながら、残りの記入欄を埋めていく。ごく簡単な計算や常識問題も特に問題なく答えられた。
ネサリーはすべて記入し終えた用紙をさらりと眺めて、「うん」と頷くとおもむろに立ち上がった。
「これで君は正式に当学園の生徒となった。所属のクラスなど細かい話は追って連絡するとして……まずは」
そこで一呼吸置いて、右手を差し出してくる。
「エルドリアノ冒険者養成学校にようこそ、セント君。我々は君を歓迎する!」
「はい、こちらこそよろしくお願いします!」
応えて、しっかりと握手を交わした。
「さ、て。では最初の目的を果たすとしようか。部室棟への案内だったね」
ああ、そういえばそうだった。言われて思い出したところで、ふと何やら床が振動していることに気付いた。
それはどんどん大きくなっていき、発生源が近づいてきていることを示していた。
「あー。……これはバレたね」
そう言って苦笑するネサリー。その言葉から何が近づいてきているのか理解した俺は、続いて起こるであろう災害を予期してなるべく扉から離れて構えた。
逆にティムレイヒは扉の前に立ち、待ち構える。
「何人にもこの聖域を汚させはせんぞ……! 我が『無雷剣』のサビにしてくれる!」
無理そうだし止めといた方が良いんじゃないかな、と思わないでもないが、他に誰も指摘しないので放っておく。
そうこうしている間に振動は極限に達し、遂に扉の前に辿り着く。
「くらえッ! ブライケェ——」
「ドラゴンキィィィィィーーーーック!!」
爆音と共に、両開きの扉が粉々に砕け散った。飛び出してきたおみ足が扉の前で構えていたティムレイヒの顔面を捉え、無慈悲に吹き飛ばす。俺の横を掠めて後方へと砲弾の如く叩きつけられたティムレイヒの末路を見る勇気が、今の俺には無かった。
「やあ、エルル。そんなに慌ててどうしたんだい?」
「白々しいぞネサリー・ララフェットぉ! 早速私の部下を拐かすとは油断ならん奴だ!」
ビシィ、と勢いよく指を突きつける閣下。対するネサリーは余裕があるようで軽く肩を竦めて見せた。
「拐かすなんて人聞きの悪い。今回は彼の編入手続きをする為に来てもらっただけのことだよ。それから部室の場所が分からないとのことだったのでその案内も兼ねてね」
「む、そうなのか?」
閣下がこちらを見て聞いてくるので、素直に「はい」と頷きを返す。
「何も変なことはされてませんし、大丈夫ですよ」
「あー……そっか。なら良いんだが。えっと、そう。済まなかったな、早とちりだった。扉は弁償しよう」
案外素直に謝る閣下。でも謝る所が微妙にずれてる気がします。扉よりもっとまずいことになってる人が居るはずです。
「いいさ、大した被害じゃないし。もう彼への用事は済んでいるから連れて帰ると良いよ」
……うん。俺は素直にティムレイヒに同情しておくことにした。
「よし! ならば長居は無用だ、帰るぞセント!」
どうなることかと思ったが割りとアッサリ事態は収束し、俺は閣下と共に生徒会室を後にした。
帰る途中、エレベーターにつっかえて動けなくなっている学園長を見かけたが何も見なかったことにして階段を使って帰ったのだった。
空白のエルドリアノ okakui @okakui
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