第3話 まずは形質変換



 訓練場へ移動するため、僕たちはぞろぞろと廊下を歩く。

 窓が小さい廊下は日中でも薄暗いけれど、高くなった日の光が差し込み、奥深い陰影を作り出している。

 僕たちの学び舎であるマドラサは、石造りの二階建てだ。下級クラスは一階にあり、中級クラスと上級クラスは二階にある。移動中に、二階に上がっていく人たちをみると、やはり体格も一回り違って見えた。


「ウィルくんって言うんだね。さっきはすごかったね!」

 自分の名前を呼ばれて振り向くと、先ほど教室で目があった女の子が立っていた。

 女の子にしては短めに切りそろえられた真紅の髪と、ややつり上がった目じりから、気の強そうな印象を受ける。

 袖の無い服は、明るい髪の色とは対照的で落ち着いた紺色。しかし、露わになった肩から伸びる腕は、日に焼けて健康さを醸し出していた。


「えっと、すごいって、何が?」

 振り向いたまま硬直していると、笑顔とともに、すらりとした腕が僕に差し出された。

「私、ルーシー! 何が、って、先生にいきなり当てられて、ちゃんと答えられたことに決まってるよ。私なんて全然分からなかったもの」

 ルーシーは全然悔しそうじゃなく笑った。

 気が強そうだと思ったのは確かだけど、彼女の快活な言葉と表情で、僕もようやく落ち着いて、差し出された手を握った。

「よろしく、ルーシー。こっちはエルスっていうんだ。僕ら、今年初めて、プレシア村ってところから来たんだ」

「エルスくんだね。よろしくね!」

 ルーシーは、エルスにも手を伸ばす。エルスは、「よろしく」と挨拶し握手した。相変わらず表情はあまり変わらない。さすがだ。

「私たちも、ローグの町から初めて来たから、ちょっぴり不安だったんだ。仲良くしてね」


 ん? 私、たち?

 と、僕が疑問に思ったすぐさま、ルーシーは一歩下がり、彼女の後ろに立っていた少女の肩を抱いた。


「……ええと、シルファと言います。よろしくお願いします」

 ふわりと揺れた銀髪は、雪が舞ったように綺麗だった。

 銀色の、肩まで伸びる長い髪の女の子は、頭を下げたあとも俯きがちで、表情はよく分からない。けれど、薄紅の唇が揺れているのと、きゅっとすぼめられた肩から、緊張していることが見て取れた。

「シルファか。よろしく」

 今度は僕の方から手を差し出す。するとシルファは、おずおずと手を伸ばしてきた。

 まったく正反対に見える二人の女の子。まさか、姉妹じゃなさそうだけれども、どんな関係なんだろう。

「二人も、『オルタ』で入学したの?」と尋ねると、ルーシーは頷いた。

「授業と仕事も、とは大変だと思うけど、やっぱり、早くリンカーを使えるようになりたいし、何より……」

「「お金がないからね」」

 言葉がかぶり、顔を見合わせ、僕たちは笑う。

 やっぱり、同じような目的と境遇でこっちに来る人たちっているんだな。マドラサに入学する人は、オルタの制度ができてから倍になったという。これから、リンカーを使える人も、もっと増えていくんだろう。

「おーい、何してるんだ?」

 そうやって四人で話していると、前を歩くライン先生の呼ぶ声が聞こえた。

 僕たちは慌てて、駆け足で先生のもとへと向かった。





 マドラサの敷地内にある訓練場に着くと、赤茶けた土が広がる。遠くおぼろげに、数軒の民家が見えるほどの平地だ。ところどころには雑草が生い茂り、小石なども落ちていて、無骨な印象もある。

 訓練場の中ほどに集まった僕たちは、片手でもてる程度の木片を一人ずつ渡された。

 男の子の中には、早速振り回して遊ぼうとする子もいて、先生から叱られていた。


「さ、皆、木の端はいきわたったな。リンカー使い方で初めに学ぶのは、『形質変換』だ。まずは私がやるのをよく見ているように」

 ライン先生は、リンカーを身に着けた右の手のひらを、上に向けて木片をもった。

 唇がきゅっと結ばれ、力を込めるように顔がしかめられた。


「リンカーの色に注目してなさい」

 先生の言葉で右腕に注目すると、リンカーの青色は、徐々に黒みを帯びて、紫色へと変わっていった。

 同時に、手の上の木片は徐々に形を変えていく。

 この場全員の視線が一点に集まったに違いない。

 堅い木片が、まるで水が流れるように揺らいでいるのだ。

 強い光など何も発していない。

 ただ純粋に、柔らかい粘土をこねて形作っている感じ。


 ――ほんの数秒のうちに、粗雑な木片は、小さなコップの形へと変わった。


 ざわついていた子たちもみんな静かになった。口をぽかんと開けている子さえいた。

 僕自身も、初めてリンカーの力を見たわけではないけども、作品が作られる工程をこれほど間近で見たことなんてなかったから、本当に驚いた。

「先生すごい!」

 誰かが発した声を皮切りに、先生の周りには人だかりができた。

 何人かは先生の近くに行って、コップに形を変えた木片をもって、太陽に透かしたり突っついたりと、もの珍しそうに触っている。


「まぁ、ホントにこれは初歩だがな」といいつつも、少し照れたようにライン先生は頭をかいた。

「さきほど教室で言いかけたけれども、リンカーで力を加えるのは、二つの種類がある。今やってみせたのは、形質変換といって、既にある物質に対して形や重さを変化させるやりかた。

 もう一つは、要素変換といって、こっちは難しいからまだやらないが、いずれ勉強することになるから、言葉は覚えておくように」


 けいしつへんかん、と、ようそへんかん……と、心の中で復唱する。

 ええと、形質変換が、形を変える力を加えるということは、もう一つの要素変換というのは、一体どんな力を加えるんだろうか。形や重さを変えるというのは何となく分かるけれど、要素自体を変えるなんて、まったく想像がつかない。

「さぁ、実際にやってみよう。木片を握って、頭の中で、普段使っているコップをイメージするんだ」


 よし、とにかくまずは実践か。

 先ほど先生がやったのを真似て、手に持った木片を右手にのせる。

 目を瞑って、コップの形を、頭の中にイメージ。

 コップ、コップ、コップ……。


 ――と、いつも使っているはずのものなのに、いざこうやって頭の中にイメージを作り出そうとすると、明確な映像をなかなか描けない。

 浮かんでは消え、浮かんでは消えといった感じ。細部に意識を集中すると、全体がぼやけてしまう。


 できるだけ、余計なことは考えないようにしよう。

 少し離れた位置で、机に置かれた一つのコップをイメージ……。


 すると、体の中で流れているものが、僕の右手に集まっていくような感覚が生じる。びりびりと、少しばかりしびれるような感覚だ。

 驚き目を開けてリンカーを見ると、青色が少し濃くなっている気がした。

「コップのイメージが頭の中で描けたら、そのイメージを木片に流し込むようにするんだ」

 ライン先生の言葉が聞こえる。

 なるほど、頭の中で描いたコップのイメージを、リンカーを通じて、実際の木片に流し込むということか。

 頭と、右手と、木片を、一本の線で結ぶような感じかな。

 そんなことを考えていると、ますます、リンカーの色は濃さを強くしていき、紫色に変わった。

 体の中をびりびりと何かが弾けるような感覚がはしる。

 初めての感覚ではあるけれども、手ごたえを感じた。

 ここだ!

「いっけぇ!!」

 描いたコップの形を、木片に叩きつけるイメージをする。

 木片の形はおもむろに変化し始めて、やがて中が空洞の塊になった。


「これ、コップ……なのか?」

 僕が普段使っているコップは、取っ手がついた奴だったのだけど、できあがったのは、ごつごつと角ばった物体だった。まぁ、コップといえなくはないと思うけれども、少し不細工過ぎて恥ずかしい……。

 そう思って遠慮がちに周りを見渡すと、しかし、まだほとんどの子たちは、木片の形が変化すらしていなかった。

 近くに立っていたルーシーは、目立つ真紅の髪を揺らしている。

 目を瞑ってうんうんと唸り声をあげながら右手を上下に振っているが、悲しいことに木片はそのままの形を維持していた。

 隣のエルスを見れば、リンカーの色はやや黒みがかってきてはいるが、木片の形を変えるには至っていない。


「お、ウィル、早いな。最初が結構難しくて、みんな苦労するもんなんだが」

 先生が近くにやってきて、僕の初めての作品を手に取った。

「うんうん、立派なコップじゃないか! まずはおめでとう!」

 先生が大きな声でいうと、「おぉすごい!」「もうできたんだ!」などと声が飛んできた。まだあまり知らない人たちから注目されるのは、ちょっと恥ずかしいな……。できあがったのもこんな形だし。

 とはいえ、初めて作品をつくることができたのは、素直に嬉しかった。


「作品を完成させるには、より固く、より長く、より強く、より鋭く……と、作る人のイメージ力が重要だ。そして、一度イメージしたものは固定化して、余計なことを考えないこと。それがコツだよ。

 さ、みんなもう一度やってみよう」


 イメージを固定化する、か。確かにさっきは、一度イメージができたあとに、しびれるような感覚でイメージがぶれてしまった。

 もう一度コップの形を頭の中に描いたけれど、まだあやふやなままイメージをぶつけちゃった気がするな。

 よし、もう一度やってみるか。

「はい、それじゃあウィルはこれ」

 そう思って、初めての作品にもう一度力を込めようとすると、ライン先生は別の木片を手渡してきた。


「あれ? 先生、これは?」僕は首をかしげて先生を見上げる。先生は口元に笑みを浮かべた。

「もう一度きれいに作り直そうって考えたんだな。感心感心。だけど、それはまだ無理だな」

「どうしてですか?」

「純粋な要素のものよりも、一度『世界の要素』に干渉を加えたものの方が、変化に必要な力が大きいんだ」

 先生は僕の肩をぽんぽんと叩いて、「素質はあると思うから頑張るんだぞ」といって、他の子たちの方へ歩いて行った。

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