第2話 初めての授業
幼い日の決意を込めた追憶をしまいこみ、僕は自分の右腕に視線をやる。
濃い緑と、青色が混じった色の腕輪が映る。
指三本くらいの太さで、装飾などついていない平易な腕輪は、小石くらいの重さしかない。
隣の丸椅子に座る少年に目をやれば、自分と全く同じ腕輪を身に着けている。隣の少年だけではない。
石造りの十人程度が収容できる部屋には、十代の少年少女たちが座っているが、皆同じように、青い腕輪を着けている。それどころか、正面に立って話しをしている大人の男性もそうだ。
――マドラサ。
この国の、とある地方で産出される特殊な鉱石で作られる「リンカー」を認可する機関。
そして、リンカーの使い方を教えてくれる教育機関でもある。
僕とエルスは、プレシア村で数年を過ごしたのち、リンカーの学校に入ることができた。
リンカーは、元々はバグを討伐するための技術から生まれたのだという。しかし、リンカー自体も、使い方を誤ると大きな事故つながることがあるため、国が認定した人にしか渡されない。
その認定と教育を兼ねたところの総称を、マドラサというのだ。
マドラサには、二つの生活の仕方がある。
一つは、ふつうに自分の家から通って、勉強をする「ダイレクト」という方法。
もう一つは、実際にリンカーを使った仕事の手伝いをしながら、勉強もしていく、「オルタ」という方法。
毎年、認定を受けられなかった人と新しく入学する人は二十名ぐらいで、大体は、半分がダイレクト、半分がオルタだそうだ。
プレシア村から遠く離れたこのテレシアの町に、何もツテがない僕たちは、自然と二つ目の方法で、入学することとなった。
入学のときは、ある程度お金が必要だけれども、仕事の補助をすることによって、何とか生活していくためのお金を稼ぐことができるからだ。
いよいよ始まろうとしている新しい生活に、心配なことは多いけれども、僕は期待で胸がいっぱいだった。
単なる壁もよく見れば、隙間なく何層も積み重ねられた石材から、趣のある荘厳な印象を受ける。
周りに座っているクラスメイトたちは、年齢、髪や目の色など容姿も様々だ。
僕らのように遠くの町や村から来ている人はいるのだろうか。
一人ひとり自己紹介をしている中、そうやって辺りを見回していると、一瞬、赤い髪の気の強そうな女の子と目があった。
僕はあわてて目をそらす。何がきっかけで、相手の気分を損ねるかなんてわからない。
認定を受ける人数は決まっているわけではなく、一年後の試験による絶対評価で決まるから、全員がライバルというわけではない。
とはいえ、これから長い期間を一緒に過ごすのだから、できる限り皆とは仲良くやっていきたいものだ。
「――さて、自己紹介が終わったところで、皆に最初の問題だ。皆が今日身に着けたリンカーは、バグを倒す武器でもあり、私たちが生活するための、様々な物や道具を作り出せることは既に知っているだろう。ではそもそも、リンカーとは、本来どのような意味があるのだろうか?」
僕たちの前に立って話しをしているのは、リンカーを使用した訓練を行うライン先生だ。
まだ二十代といった若い印象ではあるが、纏う雰囲気には力強さが感じられる。
先生は、少し漠然とした質問を投げかけると、新しい教え子たちの顔を見渡した。
「エルス、どうだ? 聞いたことはあるか?」
先生の視線が僕とあったようで一瞬背筋がピンと伸びたけれども、呼ばれたのは僕の横に座っていたエルスだった。
エルスは、緊張した面持ちで顔をあげた。とはいえ、それが本当に緊張しての顔なのか、単純に表情の動きが少ないせいなのかは、ずっと一緒に過ごしてきた僕にも、未だに分からないときがある。
「はい。リンカーとは、もともとは、『繋げるもの』という意味をもっています」
凛とした、しかし男の子にしては少し高く感じる声が教室に響く。
「そのとおり。よく分かったな」
ライン先生が頷くと、「おぉ、すごい」と、どよめきが起こった。
「エルスが言ってくれた通り、リンカーには元々『繋げるもの』という意味がある。では、それが繋げるものとは、何と、何だろうか。――エルスの横に座ってるウィル、どうだ?」
今度こそ、ばっちり先生と目があった。
「え、えっと。確か……」
リンカーが、僕たちの生活になくてはならないものだというのは、この国に住む人たちであれば、何となく分かっている。突如として僕たち人間の領域を侵すバグに対抗するための武器であるということはもちろん、今僕たちが座っている椅子や壁、さらには普段口にする食べ物までもが、リンカーが使われていることがあるのだ。
とはいえ、まだまだリンカーを使える人は圧倒的に少ないため、ほとんどの人は、それがどういった使われ方をしているのか、どういった仕組みなのかなど分からないだろう。
僕とエルスは、プレシア村を訪れる旅人達に機会をみて話しを聞かせてもらい、マドラサやリンカーのことを教えてもらった。
難しい話で完全に理解はできなかったけれども、
・世界は、様々な要素でできている。
・その要素の繋がりや形を、変えてやることができるのが、リンカーの力である。
といったことを聞いていた。
その力を使うのは、リンカーを使う僕たち自身なのは明白。
そう考えていけば……。
「僕たちの頭の中のイメージと、『世界の要素』とを繋げてくれる、ということでしょうか?」
「――正解だ、ウィル」
当たっていたらしい。
僕はほっと胸をなでおろす。と同時に、再び大きなどよめきが聞こえた。
「うんうん、今年の生徒たちは優秀なようだな」
わざとらしく腕を組んだ先生は、満足そうに頷いてみせた。
褒められたことは素直に嬉しかったけれど、先生がもう僕たちの名前を憶えているということにも、少し驚いた。
今日が初めての授業であって、先ほど自己紹介をしたばかりというのに、もう憶えてしまったということなのだろう。
やはり先生だ、しっかりしている人のように感じる。
「今ウィルが答えてくれた『世界の要素』というのは、『エレクトル』と言ったりもする。
世界は、火や水、土や空気といった様々要素で溢れているわけだけれども、その根源に流れているのが、エレクトルというわけだ。
そして、私たちの想像力を、そういった要素に伝えてくれるのがリンカーの役割だ。そうして作られた道具などを、『作品』と呼ぶことを知っている人もいるだろう。
その力の伝え方には、『形質変換』と『要素変換』の二つがあるわけだが……」
そこまで言ったところでライン先生は部屋を見渡し、顎に手をやった。
「既に眠そうな奴もいるなぁ。
まぁ、ずっと座りっぱなしじゃあ飽きてしまうだろう。よしみんな、外の訓練場に移動するぞ」
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