騎士と大会の真相



 ボルグとの試合が終わるとウィルは中途半端に暇になってしまった。

 次の試合は三日後なのだ。

 第一試合だったせいで、他の騎士たちの試合が終わるまで時間がかかる。

 なんだか肩透かしをくらったような気分である。


 ウィルはロジェと街へと繰り出すことにした。

 ボルグが最後に言った『この大会はおかしい』という言葉が気になったのだ。

 なるべく目立たないように服に着替えて街を歩いた。


「……確かに前回と比べると騎士の数が異常ね」

「ロジェはこの街に住んでたんだっけ?」

「ううん、違うわ。あの時はパートナーの騎士がいなかったから、少しでも騎士がいる場所に行こうと思ってここに来てたのよ」

「ああ、それであんな奴と組んだんだ」

「う、うるさいわね! あ、あれは他に組んでくれる奴がいなくて、仕方なくよ!」


 ロジェと言い合いながら歩く。

 街中どこに行ってもウィンチェスター騎士団の姿が目に入る。

 彼らは騎士団の紋章の入った騎士服を着ているので判別は容易だ。

 さすがに板金鎧は着ていないが、巡回している騎士は鎖鎧を着ている。


 特に貴族たちのいる上街の辺りは騎士だらけだ。

 ここには遠方から来た貴族たちが滞在することもある重要施設なのだが、警備しているのか軟禁しているのか分からないほどの厳重さだ。

 少しでも近寄ろうものなら鋭い視線を向けてくるので迂闊に近寄れない。


 騎士たちの視線から逃げるように下街に向かう。

 さすがに上街よりも騎士の数は減ったが、それでもまだ頻繁に巡回する騎士を見かける。

 地元の住民たちでさえ、道行く騎士たちを不安そうに見ていた。


 そのまま街の外まで出て見ると、多くの人々がテントを立てたり、馬車を寄せたりして野営していた。

 大会見物の為に行商人や遍歴をする職人たちが宿に泊まらず集まっている。

 中には騎士の姿もある、あまり裕福な騎士ではにないようだ。


 そしてこんなところまでウィンチェスター騎士団の騎士たちがいる。

 一見すると野営している人々を監視しつつ守っているようにも見える。

 しかしそれにしては規模が大きすぎる。


 野営している人々よりも遥かに多くの天幕を立てて、まるで陣を立てるようにして駐留している。

 護衛や監視と言うよりは、これからどこかに出陣するかのようだ。


「やっぱりおかしいわよ。こんなの」

「王子も来てるし、その用心って事はないの?」

「だからってこの人数は異常でしょ。戦争準備してるみたいじゃない」

「王子を狙って誰かが攻めてくる、とか?」

「誰がよ。外から来るにしてもここ内陸よ?」


 ウィルも思いつきで言ってはみたものの、その可能性はなさそうに思えた。

 国内は統一されいて表立って争いはない。

 海を挟んだ隣国フランク王国とは微妙な状況で、ヨークでは上手くまとまったが、巨人もずっと侵略してきているので外には不安がある。

 しかしこの内陸のウィンチェスターまで一足で攻められるのを心配するのは、さすがに用心が過ぎるだろう。


 考え込むウィルの視線の端を特徴的な影が横切った。

 慌ててそちらを見ると仮面をつけた男が辺りを気にしながら駐留している部隊から離れて行くのが見える。

 ロジェもウィルの視線でそれに気づいた。


「アイツ! 追うわよ!」

「あ、ロジェ」


 止める暇もなくロジェは仮面の男を追って走り出した。

 ちらりと見ただけだったが、仮面の男はガイの紋章官ロビンだろう。

 ロビンはロジェが幼い時に突然失踪した彼女の父親だ。

 姿を現したと思ったらガイの紋章官になっており、そのうえ胡散臭い仮面をつけて偽名を名乗っていたりして、ロジェにとっては決して無視できない人物なのだ。


 鼻息荒く尾行するロジェにくっついてロビンの後を追う。

 ロビンはよほど慌てているのか、ロジェの下手くそな尾行に気づくことなく、どんどんと人気の少ない方へと歩いていく。

 ロジェは秘密に近づいている、と大興奮だがウィルは首を傾げていた。


 なんだか妙な感じがするのだ。

 警戒をしているようなのに、ロジェの尾行には気づかない。

 確かにウィルもロジェが接近しすぎる前には注意して、なるべく気づかれないようにはしているが、それでも上手い尾行ではないはずだ。

 ロビンの警戒が下手なわけではない、さりげない仕草ながら色々な方向に目を配っている。実際、何度かウィルたちの方に視線を向けたのだ。

 

 それでも気づかない。

 そんな都合の良い話があるだろうか。

 ウィルはモヤモヤした気持ちを抱えて尾行を続けた。


 ロビンは街外れにある寂れた倉庫に入っていった。

 入り口には大きな錠がかかっていたのだが、ロビンはその鍵を持っていた。

 錠前を外して中に入っていった。

 

 さすがにこれ以上は踏み込むべきか迷うところだ。

 大きな倉庫ではあるが、入り口はロビンが入った所しかない。

 そこから入ったらバレてしまうだろう。


「むぅ、さすがにこれ以上は無理、か」

「…………」


 ロジェは難しい顔をして唸っている。

 確かにロジェの尾行が気づかれていないならその通りだ。

 ウィルは眉をしかめる。

 だがどう考えてもそんなはずがない。


「ち、ちょっとウィル!」


 ウィルはロジェの手を引いて、倉庫の入り口に身を滑らせた。

 

 倉庫の中は思ったよりも明るい。

 壁面に窓はないが、高い位置に採光用の隙間がある。

 人が入れないほどの小ささで、木の枠もはめられているが存外光は入るものだ。


 そしてロビンはこちらを見て悠然と立っていた。


「……やっぱり俺たちを待ってたんだ」

「さすがに気づいたか」

「ちょっと、どういうこと……よ」


 ひとり蚊帳の外におかれてロジェが怒る。

 しかし目の前に居たロビンの顔を見て、その勢いはなくなった。

 ロビンは胡散臭い仮面を外して素顔を晒していたのだ。


「お、お父さん……」

「……結局、ここまで来てしまったか」


 ロビンは目を細めてロジェを見ていた。

 その視線はどこか優しげで、そして憂いに満ちていた。


「改めて名乗ろう。私の名はドゴージ・オウルクレスト。エセックス公爵の家臣で子爵位を拝命している」

「ロビン・ノウバディじゃなかったの?」

「ここに至ってはそんな誤魔化しをしている場合ではないだろう」

「どういうことよ!」


 ロジェは戸惑いながらも声を上げる。

 だがそんなロジェにロビン、いやドゴージはただただ優しい目を向ける。

 しかしその優しい眼差しとは裏腹に放つ言葉は衝撃的だった。

 

「ウェセックス公爵エゼルバルドは王位の簒奪を目論んでいる」


 予想外の言葉にウィルとロジェは目を剥いて固まった。

 身じろぎするのも躊躇われるほど、一気に空気が張り詰める。

 言葉の意味を理解するのにしばらく時間がかかってしまった。

 それほど突拍子もない話だ。


「そ、そんなこと、だってエゼルウルフ王は今……」

「そう、王は不在だ。宗教にかぶれ、王国をないがしろにした」


 王を非難する様な言葉だが、ドゴージは淡々と話す。

 本人がそうは思っていない証だ。


「……そういうシナリオってわけ?」

「その通り、そして王の不在の間、誰がこのブリトニア王国をまとめるのか?」


 ドゴージの言葉にロジェはすぐに思い至ったようだ。


「そ、そうよ! アゼルスタン王子がいるじゃない!」

「この街にな、そして警備についているのは、ウェセックス騎士団だ」


 しかし次の言葉にロジェは絶句する。

 そう狙われている人物の護衛が、狙っている黒幕の手下なのだ。

 もはやこの時点で計画は成功したも同然だ。


「で、でもそんな手段で王になっても、他の公爵が黙っていないわ!」


 ブリトニア王国は確かに統一された王国だが、かつては七つの別々の王国だったのだ。

 トップの首がげかわったからといって、大人しくそれに従うほど、それぞれの公爵の力は弱くない。

 他の公爵にとってはウェセックス王家の内紛でしかなく、利がなければ従う理由はない。

 エゼルバルドが無理を通しても、再び国が割れるだけだ。


「ところが既に半数以上の公爵はエゼルバルドに賛同している」

「そんな、いつの間に……」

「お前たちが遍歴の旅エラントに出ている間、いや、もっと前からだ。エゼルウルフ王は宗教に関心がある分、現世での利得に興味がないようでな。エゼルバルドの方が話しが分かると思っている人間は多いのだ」


 ウィルはドゴージの言葉に衝撃を受けていた。

 ブリトニア王国が磐石だったと思っていたわけではないが、それでもここまで脆いものだとは思っていなかったのだ。

 王を中心にして六公爵がしっかりと協力して国を支えていると思ったのだ。

 統一王国の成立から五十年、築かれたものは砂上の楼閣だったらしい。


「逆に言えば、反対している公爵だっているんでしょ?」

「そうだな、例えばアリエノール・ペンドラゴンもその一人だろう。しかし彼女もまたこの街にいる」

「まさか、今回の大紋章試合グランド・マスター・リーグは……」

「これほど大々的に開かれたのは、すべてこのためだ。王子と反対する公爵たちをおびき寄せるために開かれたのだ」


 ウィルは言葉を失ってしまった。

 アリエルを救うために、そしてガイに勝って騎士王になるために目指した大会が、王位を簒奪するために仕掛けられた罠だった。


「お前達を煽り、ガイとの対決を宣伝したのもそれが狙いだ。『誇りのない騎士』の物語がこれほど早く拡散したのは何故だと思う。私たちが協力していたからだよ」

「そ、そんな……じゃあアタシがしてきたことは……」

「まんまとおびき寄せられた反対派の公爵たちは王子同様に捕られる。そして丁重に説得されて引退することになるだろう。後継ぎにはなぜかエゼルバルドに賛同している次男や三男どもが指名されるだろうな」


 その丁重な説得とやらがどんなものかは、吐き捨てるようなドゴージの言い方からも想像がつく。


「そして後継ぎのいないアリエノール嬢にはガイという夫を押し付けて実権を奪う。そういう計画だ」


 アリエルはまだ若く後継ぎなど当然いない。

 しかし女である以上、結婚してしまえば実権は夫が握ることになる。


 王が不在とはいえ、随分と大胆な計略だ。

 だがそれがほとんど成功している。

 ここでウィルたちに知られていなければ、だ。

 

「なんでそんな事を教えてくれる? アンタはそっち側の人間でしょ?」


 ウィルは睨むようにしてドゴージを見つめる。

 これが本当のことなら貴重な情報だ。

 しかしそれが敵であるドゴージからもたらされたことに納得がいかない。


 ドゴージは平然とウィルの視線を受け止めた。


「娘を、ロジーナを逃がすためだ」


 その言葉にロジェは目を見開いた。


「君とロジーナだけならば、ガイと戦う前に逃がすことが出来る」

「冗談じゃないわよっ!」


 ロジェはドゴージを怒鳴りつける。

 今度は怯むこともない、本気の怒りだ。

 ロジェが怒った分だけウィルは冷静になれた。


 ドゴージがロンドンの大会でやたらと棄権させようとしていた事は、このためだったのだろう。

 彼が避けたかったのはガイとウィルが戦うことになる事態ではなく、ウィルが大紋章試合グランド・マスター・リーグに出場し、ロジェをウィンチェスターに連れてくることだったのだ。


「アタシはウィルの紋章官よっ、ウィルを試合に導いて勝たせるのが役目! それが騎士を見捨てて逃げるなんて出来ないわ!」

「勝ってどうする? この試合の役目はもう終わった。結果などエゼルバルドの気持ちひとつでいくらでも変わる。たとえ勝っても不正をしたことにされて試合場に『誇りのない騎士』とその紋章官の死体が転がるだけだ」

「……勝敗まで捻じ曲げるっていうの?」

「奴らにとっては些事だよ。大紋章試合グランド・マスター・リーグはガイ・ヴォルフハートが連覇して終了。それによってアリエノール・ペンドラゴンは婿入りを認める。これはもう決まったことなのだ」


 断定的な口調に反発を覚える。

 しかしもしこの話が本当なら、確かにそれは現実になってしまうだろう。


「私に出来るのは死体を二体減らすことだけ、それだけだ」


 ドゴージはそう言うとウィルに向き直り、真っ直ぐに見つめてくる。


「ロジーナの父親として頼む。どうか意地を捨てて娘と逃げてくれ」


 ウィルはすぐにでも断りたかった。

 ロジェとて逃げるのを望んでいるわけではない。

 しかしドゴージの必死な顔を見ると、断ることに躊躇いも覚えるのだった。


 それほどまでにドゴージの気持ちは強い。

 仮面をつけていたときの飄々とした掴みどころの無さがなく、老騎士たちに通じるような一本の強い芯のようなものを感じた。


 ただそれでもウィルはこの言葉に頷くことは出来なかった。


「……悪いけど、それは出来ないよ。俺はアリエルの騎士だ」

 

 ドゴージは目を見開いてウィルを見る。

 二人はしばし無言で見つめあった。

 ウィルの瞳の奥に何を見たのか、ドゴージの目に落胆が落ちた。


「……そうか」


 ぽつり、と呟くようにそう言ってドゴージはふらついた。

 そして力が抜けたようで倉庫に詰まれた木箱に背を預けた。

 その姿に同情心がわくが、ウィルはアリエルを裏切る選択など出来ない、するつもりはない。


 そんなウィルの気持ちが伝わったのか、ドゴージはそれ以上ウィルに強要することはなかった。


「では、せめてこれだけは伝えよう。ガイは……」


 ドゴージが口を開きかけた瞬間、ウィルは背中に嫌な予感を感じた。


「ロジェ、伏せて!」

「えっ? ち、ちょっと!」


 ウィルが隣にいたロジェに飛びついて引き倒す。

 それと同時に背後の倉庫の扉が勢い良く開き、銀光が煌めいた。


「ぐぅっ」

「おしゃべりな紋章官殿だな」


 ドゴージの肩に一本の矢が突き刺さっている。

 矢が放たれた方向、つまり開いた扉の方には、おかしな形の弓を持った男が立っていた。

 顔は逆光になっていてよく見えない。

 

 男がゆっくりと倉庫に入ってくると、徐々にその姿が分かるようになってきた。


「あ、アンタは……」

「ガイ、どうして」


 現れた男は前騎士王ガイ・ヴォルフハートだった。

 

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