円卓の戦鬼ガウェイン・ストロングホールド



 大きな歓声が響く中、ウィルの眼前に槍が迫る。

 先ほど見たガウェインやランスロットの突きと比べると迫力もなく、鋭さもない。

 ウィルは脳裏から二人の映像を振り払い、槍を真っ直ぐに突く。


 何の工夫もない、ただ最短距離を走るだけの突き。

 相手の騎士は防御しようと盾を構えようとするが、それよりも早く槍は胴甲に到達した。

 破裂するような音が響き、ウィルの目の前の槍が遠ざかっていく。

 そしてそのまま槍は天を向くと、どう、と相手騎士は落馬した。


 ウィルはすれ違いながら、右手に残る砕けた槍を見る。

 思い出されるのは先ほどの見事に砕けたランスロットの槍だ。

 ウィルの槍も砕けているが、ランスロットのを見た後だとその違いに気づく。


 ランスロットはもっと完全に砕けていた。

 まるで内側から爆発したのではないか、というほどだ。

 それに比べるとウィルの槍は普通に砕けている。


 一般的な騎士は砕けるどころか折るだけで精一杯なのだが、それは慰めにはならない。

 ウィルが勝ちたいのは一般的な騎士ではない、ランスロットたちなのだ。

 観客席から送られる惜しみない拍手も、今はウィルの心に届かなかった。


                   ◇


 一通り試合が終わると試合場を整備するため休憩となった。

 観客たちは思い思いに屋台に向かい食事を取ったり酒を飲んだり楽しんでいる。

 中には試合に負けてしまった騎士が自棄になって飲んでいる姿もある。


 八人残っていた騎士もこれで半減して残りは四人となった。

 ガウェイン、ランスロット、ウィル、そして運よく強豪とかち合わなかった無名の騎士。

 

 ウィルは次にガウェインと戦い、そして恐らく勝ちあがってくるであろうランスロットと決勝で戦うことになる。

 王都ロンドンで名を馳せたボルグやアロンといった有名騎士が一人も残っていない状況に他所よそから来た観客たちは驚いているようだ。

 逆に地元の観客たちは王都など行ったこともない者が多く、彼らにとってはボルグやアロンよりもガウェインやランスロットが残っている方が当たり前に思えるようだった。


 ウィルもまたそうした予想をしていた一人でもある。

 ふと見ると騎乗したガウェインがウィルの方へと近づいてくるのが見えた。


 常はどこか面白そうに笑みを浮かべていることの多いガウェインが、いつになく真剣な表情を浮かべている。

 訓練の時にも真剣な表情を浮かべることがあったが、それとは違う。

 敵意はないが、闘志を漲らせウィルを威圧していた。


「いまのままではランスロには勝てんぞ」


 凄味のある顔で言われた言葉にウィルはすぐに反応できなかった。

 感情だけの反発を許さない重みがその言葉にあった。

 しかしウィルはもう大人しく従うばかりの子供ではない。

 腹に力をこめて、しっかりとガウェインの目を見つめ返した。


「そんなのやらなきゃわからないじゃないか」


 そんなウィルの様子を見て、ガウェインは好戦的な笑みを浮かべた。


「それを次の試合で教えてやろう」


 無茶な訓練を課すときの顔に似ているが、少し違う。

 その違いにウィルの背筋に冷たいものが走る。

 ガウェインは本気だ。


 ウィルは去っていくガウェインの背中をじっと見つめていた。

 その背中はいつも見ていたように大きく、そしていつもより隙がないように見えた。


 傍らにいていままで無言だったロジェが口を開く。


「結局、ガウェインとランスロットってどっちが強いの?」

「じっちゃんは戦場なら負けないって言ってた」


 ウィルの言葉にロジェが少し安心したような声を出す。


「じゃあ紋章試合ならランスロットの方が強いのね」

「でも俺より弱いわけじゃないよ」


 ロジェの言葉にウィルは眉根を寄せる。

 確かにランスロットの技術は高く、それに比べればガウェインの技術はやや劣る。

 しかしそれはすなわちガウェインの技術が拙く弱い、というわけではない。

 

 ウィルはロジェの安易な油断をたしなめたつもりだった。

 しかしロジェは自信に溢れた表情でウィルを見つめている。


「違う、アンタの方が強いわ。だってここまで一度も負けてないのよ」


 ロジェは強くそう言い切った。

 良く見るとその瞳は不安に揺れ、手は無意識に握り締められている。


 ロジェとて勝負を楽観視しているわけではないようだ。

 勝負がどう転がるか分からない状況で、それでも騎士の勝利を信じている。

 ウィルはロジェが自分の紋章官であることに感謝した。


「……うん、そうだね。勝つよ」


 ウィルとロジェは試合の準備を進め、来るべき戦いに備えた。

 試合の開始はまもなくだ。

 そして準決勝の最初の試合は、ガウェインとウィルの対決である。


 試合場の整備も終わり、準決勝を見ようと再び観客が集まってきた。

 観客たちのどの顔にも期待感がある。


 地元の人間にとってガウェインもウィルも良く知った騎士だ。

 英雄的な存在の円卓の騎士ガウェインと、幼い頃から良く知っている見習い騎士のウィル。その対決とあって随分と興奮した表情だ。

 そして外から来た観客たちも負けずと興奮した表情をしている。


 いくらアリエルたちが誘致の為に根回しをしたとはいえ、コーンウォールのような辺境まで来るのは大変なことだ。

 一応、多くの観客が来ることが出来るように団体の観戦ツアーを企画したりしていたが、それでも他の領地まで向かって試合を観戦するというのは容易いことではない。

 もちろんただの平民にそんな贅沢が出来るわけもなく、こうして旅をして観戦している連中は裕福な者が中心だ。


 そこまでして彼らが見たい試合はもちろん『誇りのない騎士』ウィルの試合だ。

 ロジェの宣伝活動やウィル自身の活躍もあって、現在最も話題になる騎士はウィルなのだ。

 つまり彼らはほとんどがウィルの試合を見に来ているのである。


 地元と他所よそ、両方の観客からウィルは注目されていた。


 最初は観客はアリエルだけ、ティンタジェルの郊外で紋章官もつけずに戦っていた。

 それがいまやこうして他の領地から旅してまで試合を見に来た観客たちに応援されて、戦っている。

 誇りモットーを持たずに戦っていた自分が、多くの人に応援される立場になる、と言うことがとても不思議で、なんだか誇らしく感じるウィルだった。


 ウィルのいるのと反対側の入場門にはガウェインの姿がある。

 先ほどの試合のように観客に応えて手を振ることもなく、静かにウィルを見据えている。

 その姿にかつてガイの模擬戦を見たときと同じような感覚が蘇る。


 戦って、勝てるかどうか分からない感覚。

 勝敗を予測できない不安感だ。


 いままでの試合でもその勝敗は完全に予測できたわけではない。

 しかしなんだかんだ言って、相手の力量の底が見えていた。

 だからこそ、相手と自分の力量を比べて、勝つ自信が根底にはあったのだ。


 しかし今回は違う。


 勝ち目がないわけではないが、どう転ぶかまったく分からない試合。

 勝てないかもしれない、そう思うと不安で身体に震えが走る。


 その一方で強い高揚感も感じていた。

 どこまで通用するか試してみたい。


 不安と期待が大きく変化する。


 互いに槍を持って、試合の開始が宣言された時。

 すでにウィルの心には不安がなくなっていた。


 残っていたのは挑戦心だけだ。

 戦闘の基礎を教わり、剣を習った師匠をいまこそ倒す。


                    ◇

 

 審判の合図と同時にウィルとガウェインは走り出した。


 ウィルはすっと槍を構えて槍置きランスレストに柄を乗せる。


 いつもならここから相手の盾への突きで様子見をする。

 これが槍試合での基本的な戦術だからだ。

 

 しかしウィルは槍の穂先をガウェインの胸へと向けた。


 相手の情報がない戦いならそれでも良いだろうが、今回は互いに相手を知り尽くしている。

 いやむしろウィルの手の内だけがガウェインに知られているといっていい。


 ならば下手な様子見は危険だ。

 今放てる最高の一撃で持って彼我の戦力差を見極める。


 何より鬼気迫った様子で駆けて来るガウェインを見れば、様子見などという甘い事を言っていれば即座に吹っ飛ばされるのは目に見えている。


 自身の最高の一撃と言ってもこれと言って特別なことをするわけではない。

 むしろ、特別な動きをしてはいけない。


 訓練の時と同じように、何度となく繰り返した動作を滞りなく行うように。

 余分な力みを入れないように。

 あくまで自然体で、今までどおりに突く。

 

 目の前に迫る槍も変に弾くような真似はしない。

 穂先に対して斜めに受けるように最小限角度をつけて受ける。


 互いの穂先が盾に激突した。


 槍を持つ右手には最高の手応え、そして盾を持つ左手には痛みを伴う衝撃が走った。

 その瞬間、ウィルは時間が引き延ばされたような感覚に陥る。


 砕けた木槍の破片が宙を舞い、その中を駆け抜ける。

 その速度はゆっくりで、木片のひとつひとつがしっかりと見える。


 駆け抜けていくガウェインは構えた盾を動かすことなく通り過ぎていく。

 

 それを確認した瞬間、時間の流れが加速した。

 先ほどまでゆっくりとウィルの横を通り抜けていたガウェインは既に走り去り、ウィル自身も既に試合場を横断し終えていた。

 

 ウィルは自分の入場門に戻りつつ首を傾げる。

 今まで経験したことのない感覚だった。

 極度の集中がもたらした効果なのだろうか。


 入場門へと戻り、砕けた槍をロジェに渡そうとして、その心配そうな表情に気づく。

 その視線の先にはだらりと下げられたウィルの左手があった。

 たった一回、しかも盾で防いだにも関わらずこの威力だ。


 相変わらずガウェインの攻撃は凄まじい。

 ロジェが心配するのも当然だろう。

 しかしロジェはウィルの視線を感じると首を振り、平気を装い新しい槍を渡してきた。

 その姿にウィルは思わず笑みを浮かべる。


 先ほどの対決で、ウィルの攻撃はガウェインの盾を動かすことすら出来なかった。

 しかしガウェインの攻撃にウィルの盾は大きく弾かれてしまった。

 ポイントとしては双方一ポイントの引き分けだが、この差は大きい。


 それでもロジェはウィルの勝利を信じようとしてくれている。

 そのことが心強く、けなげに感じた。


 ウィルもロジェも余分な話はしない。

 もはやこの戦いは戦法でどうにかできるモノではないのだ。

 ロジェに折れた槍を手渡して、新しい槍を受け取る。


 そしてロジェに向かって大きく頷くと、馬を走らせて入場門から飛び出した。


 再び馬を走らせながらウィルはガウェインの言葉を思い出していた。

 いまのままではランスロットに勝てない、と言われた言葉だ。

 ガウェインは『いまのままでは』といった。


 それはつまり何かが変われば勝てる可能性がある、ということだ。

 そしてガウェインはそれを教えるために立ちはだかった。

 ならば、戦いの中にこそその答えがあるはずだ。

 

 決して面白いからなんて理由で立ち塞がったわけではないはずだ。

 一瞬嫌な予感もしたが、とりあえずそう信じる。


 先ほどの激突で、ガウェインとの力量差は見極めた。

 ガウェインの攻撃が予想外に重く盾を弾かれたが、こちらの攻撃も押さえ込まれはしたもののいなされることはなかった。


防御の技術に差がない証拠だ。

 結果に差が出ているのはこちらの攻撃がガウェインより劣っているのと、単純な力の大きさの違いだろう。

 さすがにこのまま何度も戦えば、先にこちらの腕が痺れて負けてしまうが、しばらくの間は相打ちでやり過ごすことは出来る。


 防御でないのなら、攻撃がガウェインの教えたいことなのだろう。

 確かにガウェインの力は強い、単純な膂力は巨人を負かすほどだ。

 

 だが先ほどの攻撃には、そうした力の強さは感じなかった。

 強力な力で攻撃された時というのは、もっと盾全体に衝撃が走るのだ。

 しかし先ほどのガウェインの攻撃は、衝撃が槍の当たった場所から貫通して腕に抜けてきた。


 何かウィルの知らない技術を使っているはずだ。

 元々ウィルの受けた訓練は基本的な技術のみだ。

 本来なら正式に騎士になった時に騎士団に所属して、そこで更なる訓練を受けるはずだった。


 それがエゼルバルドのせいで唐突に騎士叙勲され、アリエルとガイの結婚を阻止するために遍歴の旅エラントに出た。

 だからウィルは応用的な技術を知らない。


 今度はガウェインの動きを見逃さないように集中する。


 審判の合図で二人は駆け出した。


 距離が詰まるとウィルの身体は自然と先ほどと同じように槍を構える。


 その一方で視線はガウェインに固定されて、少しの動きも見逃さないようにしている。


 するとガウェインが槍を突き出す瞬間、また時間が遅くなるような感覚に襲われた。


 引き伸ばされたような時間の流れの中で、ゆっくりとガウェインが動く。

 ガウェインはよどみなく槍を前方に構えると、その柄を槍置きランスレストに乗せる。

 ここまでは至って普通の動作だ。

 そこからガウェインが素早く動いた。

 未だに時間は引き伸ばされたままだ、にもかかわらずガウェインは素早く動いた。

 それほどまでに速い動作なのだろう。


 ガウェインは槍の柄を槍置きランスレストに置いた後に、脇を締めて手首を返しながら小さく引いたのだ。

 ほんの少し、上半身も捻っている。

 

 非常に小さな動作で、しかも速い。

 

 そして同じぐらいの速さで、そんな動作なかったかのように素早く突きを放ってくる。

 速かったのは槍を捻って引く動作と、それを突きに転化する動作までだった。

 あとはウィルと同じぐらいの速さで、この時間の中でゆっくりと、突いてきた。


 ウィルはゆっくりと迫る槍から目を離さない。

 ウィルの構えた槍は見ることに集中していても自動的に突き出されている。

 なんだか身体と意識が分離したような気持ちだ。


 ゆっくりと迫るガウェインの槍は、よく見ると回転しながら突き進んでくる。

 ガウェインの手首は突き出しながら捻られていて、最終的には半回転するほどだ。


 ドン、という衝撃がウィルの左手に伝わる。

 盾越しだというのにその衝撃は貫通して、左手を直撃する。

 ウィルは顔をしかめつつも、視線はガウェインの槍から離さない。


 槍の穂先は回転しながら盾にぶつかり、その衝撃によって先端から粉々になっていく。


 ゆっくりとした時間の中で見れば、衝撃によって徐々に亀裂が入って砕けているのが良くわかる。

 ウィルは自分の槍の先端も同じように見てみる。


 こちらも同じように先端から砕けているが、亀裂の大きさが大きい。

 おそらく衝撃が一点に集中せずに分散してしまっているのだろう。

 そのせいかガウェインは盾をピクリとも動かさずに衝撃を押さえ込む。


 ウィルはゆっくりと舞い散る木片の中を駆け抜けて、同時に引き伸ばされた時間が元に戻るのを感じる。

 次第にこの感覚にも慣れてきた。

 なぜこんな事が出来るのか理由は不明だが、ガウェインの技術を盗みたいウィルにとっては好都合だ。

 ウィルは考えるのは止めて、便利だと受け入れる。


 そして盾を持つ左手を見る。

 篭手の上からでは分からないが、衝撃によって手は細かく震えている。

 

 現在のポイントは双方共に相打ちで二ポイントづつの引き分け。

 しかし勝負が長引けば、ウィルの左手は限界に達して防御を失敗するだろう。


 ウィルはちらりとガウェインの方を見る。

 ガウェインは淡々と自らの入場門で新しい槍を受け取っている。

 あれほどボルグと長い時間戦っていたというのに、衰えは見えない。

 本当に現役を退いた老騎士とは思えないほどだ。 


 なんとかウィルの体力が尽きる前にあの回転する突きをモノにしないと負けてしまう。

 

 ウィルは試行錯誤しながらガウェインの突きを模倣することに集中した。

 その作業は慎重を極めた。

 これがただの訓練であれば、失敗を恐れずに大胆に試していける。

 ミスをしても、自分が吹っ飛ばされておしまいだ。


 しかしこれは試合なのだ、失敗したらポイント失って負けてしまう。

 負けてしまえば、それ以上戦うことは出来ない。

 そして何より、ここで負ければ大紋章を得られずにアリエルを救えない。


 一度にフォームを変えずに少しづつ、今より次、次よりその次と、徐々に突きを改良していく。

 ガウェインの動作をコピーするのも、その動作を細かく分解して、少しづつ模倣する。


 最初は槍置きランスレストに置いた柄を少し捻るだけ。

 次は脇を締めるだけ。

 更に次は上半身を捻るだけ。


 そうしてガウェインと相打ちを繰り返しながら、徐々にフォームを改良する。

 

 果てしなく長い時間に感じられたが、実際には十回にも満たないほどの回数だ。

 

 観客たちは先ほどのボルグとガウェインの対決の再来のような状況に興奮していた。

 本人たちの内情はともかく、傍目には互角の試合なのだ。

 そして双方の槍は技術の高さもあって景気よくパカンパカンと砕ける。

 見ていて非常に派手だ。


 試合場が盛り上がる一方で、ウィルの心は凪のように静まっていった。

 戦うたびに集中が増していくのが分かる。

 これほど騒がしい試合場の歓声が、槍を構えるとまったく聞こえなくなる。


 そして遂に十回目の激突の際、ウィルの右手が確かな手応えを伝えた。


 それは最初にガウェインに放った最高の一撃とはまったく正反対だった。


 最初の一撃は渾身の力を一点に込めたものだ。


 しかしこの一撃はむしろ逆、まったく力を込めていない。


 長い戦いで疲れ切っていたハズのウィルにまったくなんの負担もかけずに軽く放つことが出来る、まるで気負いのない自然な動作。


 しかしウィルが感じる感覚の軽さとは裏腹に、その突きはガウェインの盾に食いついてそのまま衝撃を貫通させた。

 その威力はあのガウェインですら押さえこむことが出来ずに盾が弾かれるほどだった。


 突きを軽く放てたことで盾の方も余裕を持って操ることが出来た。

 盾も槍と同じくなるべく無駄に動かさない、ギリギリまでひきつけてスッと動かす。


 その動きはくもの巣をはらうような軽い動きだ。

 それによって盾に伝わる衝撃が外に逃れていくのを感じる。

 

 その感触が分かったのかガウェインが焦ったように強引に突きの向きをかえる。

 反れる穂先を無理矢理押さえ込み、強引にぶつけた形だ。

 それによってなんとか槍を折ったが、中途半端な折れ方の上にウィルは腕にほとんど衝撃を感じなかった。

 槍を突いた衝撃で折れた、というよりは槍を折るために盾に叩き付けたようなものだ。


 ウィルが入場門に戻ってくるとロジェが興奮している。


「何か掴んだのね!」

「うん、何となくだけどね」


 ウィルはロジェから槍を受け取る、ロジェの表情には安堵があった。

 勝利を信じると言っても、やはり不安だったのだろう。

 まだ勝負は決まっていないので安心するのは早い。

 しかしウィルはロジェに微笑んだ。


「じゃあ、勝ってくるよ」


 ウィルは勢いよく飛び出す。

 

 身体はガウェインとの戦いで疲れ切っているはずだ。


 しかし不思議と今は身体が軽い。


 すぅっと槍を構える。


 そのぬるりとした動作はあの時みランスロットの動きに酷似していた。

 どこにも無駄な力が入っていないことが分かる。


 先ほどまでは壁でも迫ってくるように感じていたガウェインからのプレッシャーが減っていた。

 いや、圧力が減ったわけではない、脅威と感じなくなったのだ。


 ガウェインが槍を捻って引く、しかし今のウィルには分かる。


 ガウェインはこの突きがあまり得意ではないのだ。

 だからこのタイミングで引いてしまう。

 そしてだからこそウィルにも模倣することが出来た。


 ウィルはガウェインよりも遅いタイミングで槍を引く。


 ガウェインが先に突きを放ってくるがウィルは動かない。


 そして突きを盾で軽くいなす。

 

 小枝を払いのけるかのような軽い動きだ。


 それによって回転の加わったガウェインの突きはウィルの盾の表面を滑っていく。


 ガウェインが先ほどのように無理矢理槍の向きを変えて折ろうとする。


 しかしウィルはまたほんの少し盾を動かすことでそれもいなす。

 

 盾と槍はくっついたように動いて、折れる事はなかった。


 ガウェインの姿が眼前に迫った時、ウィルが捻りを加えた突きを放つ。


 それを防ごうとガウェインが盾を構えるが、槍を阻むことが出来ない。


 槍はまるで弾き飛ばすように盾を押しのけて、そのままガウェインの兜に命中した。


 小気味良い破砕音が響いて、槍が粉々に砕け散る。


 二人はそのまますれ違い、駆け抜けた。


 しかしウィルは視界の端で、青い空にぽーんと打ち上げられた兜が見えていた。


 急な決着に観客たちは息を飲んで静まり返っている。


 ガウェインは駆け抜けた後に振り向くと信じられない、といった表情をしていた。


 それを見て、ウィルは少し笑ってしまう。

 ガウェインのこんな表情初めて見た。


 兜は、とさ、と試合場の草むらに落ちた。


 ウィルは無言で、折れた槍を突き上げた。


 途端に観客席から怒号のような歓声と、万雷のような拍手が巻き起こった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る