円卓の老騎士


 ティンタジェルの紋章試合大会は開会式の盛り上がりのままに進行した。

 事前に野試合に解放していたこともあってか、トラブルもなく進む。

 

 序盤は試合の規模を見誤った弱い騎士たちと、ウィルを目的に参加した場違いに強い騎士たちの戦いが大半で、非常に盛り上がった。


 技術的には一方的な展開で見るものはないのだが、力量差があるためにとにかく派手に吹っ飛ぶのだ。

 木槍が景気良く砕け散り、重装備の騎士が面白いように宙を舞う。

 非常に分かりやすい試合展開に観客は大喜びだ。


 一回戦が終わると今度は実力者同士の戦いが始まる。

 相打ちやポイントなしなど、やや地味な展開が続いたが、目の肥えた観客は辺境ではまずお目にかかれない高度な試合に息をのんだ。


 そして試合は進み、残った騎士は八人となった。

 ウィルはもちろんのこと、その中にはボルグ、アロンだけでなくガウェインやランスロットの名前もあった。


 ウィルにとっては驚くようなことではなかったが、外から来た観客たちにとってはガウェインやランスロットのような老騎士が試合に勝つことが信じられないようだ。

 一部の老人たちを除いて、試合場は戸惑いに包まれていた。


 そしてその注目集まる老騎士の一人、ガウェインとボルグの試合が始まろうとしていた。

 

                    ◇

 

 ガウェインとボルグの二人が入場すると野太い声援が試合場にこだました。

 互いの男性ファンからの声援だ。

 中には、そんな爺ぶっ殺せ、などと汚い野次をとばすモノもいる。

 そしてそんな野次に地元の老人たちが、更に汚い野次で対抗している。

 酷い有様だ。


「なんであんなファンばっかりなの、二人とも」

「二人とも力自慢の騎士だからかなぁ」


 ウィルとロジェも控えで呆れてしまう。

 いつの時代も力の強い男というのは、憧れなのだろう。

 ガウェインとボルグは共に気にした様子も見せずに、互いだけを意識していた。

 口元には好戦的な笑みが浮かび、目は爛々と輝いている。

 楽しみを見つけた少年のようでもあり、血に餓えた獅子のようでもあった。


 試合開始の合図。


 二人の巨漢の騎士は同時に走り出した。

 あれだけ騒がしかった試合場は静まりかえり、二頭の馬の走る音だけが響く。

 

 ほぼ同時に槍を相手に向けると、互いに視線を逸らす事なく激突した。


 大きな破砕音が響くと同時に、木槍の破片が勢い良く弾けとぶ。


 二人は同時に仰け反って、盾を取り落とした。


 再び試合場は二頭の馬がすれ違う蹄の音だけが響く。


 呆けていた審判が我に返って、慌てて互いの攻撃が有効だったと旗をあげる。


 同時に観客席から轟音のような歓声が沸きあがった。


「ち、ちょっと! 何よあれ! なんであんな爺さんがボルグと互角なのよ!」

「だから言ったでしょ。じっちゃんも強いんだよ」


 慌てるロジェに返す言葉にはややトゲがあった。

 改めてガウェインの力を目の当たりにして、焦りがあるのだ。

 力だけならヨークの街で巨人ソルヴァルドと腕相撲して勝っているのを見た。

 しかしそれはあくまでも力比べだ。

 試合となれば老齢による衰えが出るのではないか、とどこかでウィルも思っていた。

 だがそんな考えを打ち砕くような戦いだ。

 

 ざわめく試合場に、突然硬質の金属音が響き渡った。


 試合場に集まる人々の視線がその音の発生源に向けられる。


 音を鳴らしたのはガウェインだ。

 どうやら手甲で胸部の板金鎧を叩いたらしい。

 ガウェインは騎乗したまま、紋章官役をしている老騎士から落とした盾の代わりを渡されているところだ。

 ガウェインは視線が自分に集中しているのを意識しつつ、盾の受け取りを拒否。

 槍だけを持って入場門に向かう。


 盾などいらぬ、というアピールだろう。


 それを見ていたボルグも紋章官から渡された盾を捨てた。

 そして同じように槍だけを持って入場門に向かう。


「何アレ、何かの作戦なの?」

「いや、たぶんテンションあがっただけじゃないかな」


 ちょっと呆れた様子で言うウィルとは反対に、観客たちは喝采をあげる。

 二人の騎士はそれを更に煽るように槍を上に掲げ、ぐるりとまわすと同時に走り出した。


 今度は走り出しても観客たちは声をあげたままだ。


 わーわーと歓声の上がる中、二騎が吸い込まれるように近づいていく。


 二人は同時に槍を構えて槍置きランスレストに槍の柄を置いた。


 そして脇を絞るように槍を引いた。


 バカン、と先ほどよりも大きい破砕音が響いて、二人の槍は砕け散る。


 同時に二人の巨体が宙を舞い、馬から落ちた。


 試合場は静まり返り、騎手がいなくなった馬の蹄の音だけが響いた。


 しばらくするとまた同時に二人の騎士は立ち上がる。


 かなり派手に落馬したが、二人とも無事なようで頭を軽く振ってしっかりとした足取りで歩き出す。


 そして何事もなかったかのように、近づいてきた馬にひらりと乗ると、入場門まで戻って換えの木槍を紋章官から受け取る。


 普通の騎士は落馬したら動けない。

 馬上というのは案外高く、下手な落ち方をすれば死ぬことだってあり得る。

 そうでなくても鎧という重しをつけて落ちるのだ、どこか痛めるのが普通だ。

 しかし二人はまったく平気そうに試合を続行しようとしていた。


 度肝を抜かれた観客たちだったが、二人の平気そうな様子に歓声をあげ拍手をする。

 ロジェは口をポカンと開けて言葉も出ない有様だ。

 ウィルはガウェインの頑丈さを知っているのでそこまでの驚きはない、しかしふと疑問が頭をよぎった。


「あれ、同時に落馬するとどうなるの?」

「野試合なら引き分け、大会の場合は無事だった方が暫定的に勝者となるんだけど……二人とも無事ね」

「頑丈だからなぁ。じっちゃんは猪の突進を受け止めたりするし」

「あの人、本当に人間なの? 実は巨人じゃないの?」

「朝から昼までは力が三倍になる加護があるって自慢してた」

「……それ素面でいられるのは朝から昼までなだけでしょ。お酒飲んでないところを見たことがないもの」


 呆れた顔のロジェを見て、ウィルは試合場に視線を戻す。

 滅多にない事態に困惑していた審判だが、どうやらそのまま試合を続行するらしい。

 どちらかがポイントリードするか、どちらかが動けなくなるまでやるようだ。

 もう盾を捨てるような馬鹿な真似はしないだろう、と思っていたら二人ともまた盾を持たずに槍だけを持った。

 

 技術ではなく互いの生命力の強さを競うつもりだ。

 試合を無視したような対決だが、観客の、特に男性陣が大きく盛り上がった。

 小手先の技術を使わず、己が身体の強さだけを競う。

 そのことに熱いモノを感じたようだ。


 そういう暑苦しいノリが苦手なウィルは置いてけぼりにされたような感覚だ。

 合理主義のロジェは何故わざわざ盾を捨てるのかが理解できずに首を傾げている。


 醒め切った二人とは裏腹に試合場は熱気に包まれ、ひたすらガウェインとボルグが相打ちをする音と、落馬する音が響く。

 そのたびに歓声は大きくなっていき、既に観客は総立ちだ。


 長い相打ちを制したのは、老騎士ガウェインであった。


 技術も何もない、互いに愚直に突き合った結果の勝利だ。


 結果までの過程は単純で分かりやすいものだったが、結果自体は年若く肉体的には最盛期にあるはずのボルグが、老齢のガウェインに負けるという信じ難いものだった。


 落馬したボルグは、すぐに立ち上がり騎乗したまま走り去るガウェインを見ると、呆然とした様子で兜を脱いで立ち尽くした。


 ガウェインも兜を脱ぐとそのまま試合場をまわり、応援していた観客たちに手を振る。

 観客席の老人たちは大興奮だ。

 血管でも切れそうな勢いではしゃいでいる。


 ガウェインはそのままボルグのところまで戻ってくると、騎乗したままボルグに右手を突き出した。

 ボルグはその手を見つめ、しばらくすると苦笑して同じように右手を突き出した。

 そのまま、カツン、と互いの拳を突き合せる。


 ガウェインはボルグを振り返らずに入場門へと去っていく。

 ボルグもまたガウェインを見ることなく、自らの入場門へと歩いて去っていった。


 それを見た観客達は二人に惜しみない拍手を送った。


                    ◇


 次の試合は老騎士ランスロットと鋼鉄の騎士アロンとの戦いだ。


 二人の騎士の入場が始まると観客席から老女たちの黄色い声援が飛ぶ。

 ランスロットは涼しい表情で声援に応えて手を振った。

 それによって更に声援が大きくなる。


 若い女性たちは最初は興味なさげにしていたが、ランスロットの細面が近づいてくると老女たちと一緒になって声援をあげだした。

 貴賓席の方を見てみれば、笑顔のアリエルとは対照的にサラが何とも言えない表情を浮かべている。


「なんか、スゴイわね」

「爺ちゃん若い頃からモテたらしいから」

「サラのお婆ちゃんを夢中にさせるぐらいだから、当然か」


 本来知名度的には勝っているはずのアロンへの声援は少ない。

 しかし相変わらずアロンは鋼の精神力を発揮しているようで、声援を気にせず落ち着いた表情で入場してくる。

 

「さすがに落ち着いてる」

「憎らしいぐらいにね」


 未だにロジェはアロンに対して隔意があるようだ。

 完全に逆恨みだ。


 それぞれの入場門に入った二人をウィルはずっと見ていた。

 ウィルはアロンに対して隔意はないが、二人の対決には興味がある。


 実力だけで言うなら間違いなくランスロットの勝利だと予想している。

 アロンの精神力は驚嘆すべきものだが、技術自体は高くはない。

 攻撃もひたすら相手の盾を狙うという消極的なもので怖さはない。


 しかしその一方で、怖さのない消極策だからこそ、打ち破る隙もまた少ない。

 ウィル自身もアロンを倒す際には何度も相打ちを重ねるハメになったのだ。

 そのアロンをどのようにランスロットが仕留めるのか、非常に興味深いのだ。


 試合開始が宣言されて、二人の騎士は同時に走り出した。


 軽快な蹄の音を響かせて二騎が接近する。


 ほぼ同時に槍を構えてお互いに向けた。


 こうして比べるとランスロットの技術の高さがよく分かる。

 ただ槍を構える、という動作だけなのだが、騎槍は長く、重い。

 実際にベテランであるアロンですら、構えるまでに多少の無駄がある。


 しかしランスロットの動きは無駄が一切ない。

 まるで磁石で吸い寄せられるようにピタリと槍を相手に向けるのだ。


 そのまま二人は互いの盾を突いて槍を砕いた。


 パカン、と乾いた音が響く。


 ガウェインとボルグの時とは違い軽い音だ。


 アロンの槍は音の通りに穂先だけ折れた小さな砕け方だ。

 しかしランスロットの槍はガウェインたちと同様に槍の三分の一ほど粉砕されている。

 無駄な力をいれず、盾の中心を突き抜いたためだろう。


 技術的にはあきらかにランスロットの方が高い。

 とはいえ、双方の攻撃が盾に当たり、槍が折れている。

 結果は相打ちで双方に一ポイント。

 技術で負けていても勝負にはまだ負けていない。


 二人はまた入場門へと戻り、新しい槍を手に取った。


「爺ちゃんはどうするつもりかな」

「ランスロットの方が上手いんでしょ? 兜狙っていくんじゃない?」


 アロンは防御を固めた相打ち狙いのため、本来なら兜狙いは悪手だ。

 そもそもそれでウィルは負けそうになった。

 しかしランスロットはあの時のウィルのように油断しているわけではない、既に一度相打ちをしてアロンの力量を把握したはずだ。


「確かに、そのぐらいの実力差はあるね」


 ウィルとロジェが話している間に、二人の騎士は再び入場門から出てきた。


 先ほどとまったく同じような展開。


 ぬるりと滑らかに槍を構えるランスロット。


 狙いは相変わらずアロンの盾を向いている。


 しかし、距離が詰まった瞬間、その槍が吸い寄せられるように兜へと突き出された。


 カァン、と先ほどよりも甲高い金属音と、先ほどと同じ乾いた破砕音が聞こえた。


 二人の騎士がすれ違う。


 ランスロットの手には先ほどと同じく三分の一ほど砕けた槍。


 そしてアロンの方は、兜がなくなっており、手にもった槍は砕けていなかった。


 攻撃されたアロンだけでなく、観客たちもキョロキョロと兜を捜す。

 すると、とさ、という音がして試合場の中央に何かが落ちた。

 その瞬間、観客たちが大きな歓声をあげた。


 一部始終を見ていたウィルもまた驚愕の表情を浮かべた。

 ロジェは感心するものの、ウィルの敵になるかと思うと何とも言えない気分になる。


「やっぱり兜狙いか。それでも兜飛ばすなんて、ね」

「……すごいけど、それは問題じゃないよ」


 ウィルの視線は試合場の方を向いたままだ。

 試合場では女性たちの声援に応えて、兜を取り、爽やかな笑みを浮かべて手を振るランスロットがいる。

 そしてその後方にはランスロットに畏怖の視線を向けているアロンが居た。

 手には未だに折れていない槍を持っている。


「アロンの槍、折れてないでしょ?」

「あれ、本当だ。失敗したのかしら?」

「いや、今まで通りに突いてたよ。爺ちゃんが何もしなければちゃんと折れてた」

「え、それって……」

「爺ちゃんは、槍が盾に当たる瞬間に、ほんの少しだけ盾を傾けたんだ。それで槍が芯を外れて盾の上を滑った」


 ウィルの真剣な表情に、ロジェは慎重に言葉を選ぶ。


「それは、難しいこと、なの?」

「防御に専念すれば、出来ない事はない、と思う。でもあの時、爺ちゃんはアロンの兜を突いている最中だったんだ、そして兜を飛ばした」


 その言葉に、ロジェは顔を歪める。

 ウィルの言いたい事を理解したからだ。

 それを認めることは、今後の障害の大きさを認めることになる。


 兜を突いて、兜を飛ばすことも。

 相手の突きを盾でいなすことも。

 それぞれウィルには出来る。


 しかしそれを同時にやれるかというと。


「……つまり、ランスロットは片手間でその高等防御をした、と?」

「俺はあれと同じことをやれって言われたら出来る自信はない」


 断言するウィルにロジェは思わず黙り込む。

 ウィルとランスロットの間には技術的なアドバンテージはない、ということだ。

 それどころか、技術だけならランスロットの方が上。

 喜べるような情報ではない。


 いつの間にか試合場からランスロットとアロンは姿を消して、次の試合の準備が始まっている。

 次はウィルの試合だ。


「次勝ったら、じっちゃんと、更に勝ちあがると爺ちゃんと戦うのか」

「か、勝たせてくれるのよね?」

「いや、たぶん本気で倒しにくるよ」

「そんな! それじゃあ……」

「勝つよ。いつまでも爺ちゃんたちに勝てないんじゃ、アリエルの隣に立てない」

「……ウィル」


 ウィルはいつもよりも気合を入れて、槍を手にとる。

 まずは目の前の試合だ。

 こんなところで躓くわけにはいかない。

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