ティンタジェル紋章試合
コーンウォール公爵領で開催された紋章試合は、古城都市ティンタジェルで行われることになった。
ティンタジェルはコーンウォールの中でもかなり古い都市だ。
かつては防衛の要衝だったのだが、領地が広がり平和になった今となっては、交通の便が悪く、周りの都市に比べると小さい辺境の都市だ。
だから本来ならこうした催し物には向かない。
それでもアリエルがこの地での開催に拘ったのは、ここが始まりの地だからだ。
かつてコーンウォールを建国した伝説的な騎士王アルトリウスの居城だった事。
疫病の際にこの街だけが無事だったという事。
そして何よりも幼少期にウィルとアリエルが過ごした場所であるという事。
ここはコーンウォールの民にとっても、ウィルとアリエルにとっても聖地なのだ。
この街で大紋章を揃えることは特別な意味がある。
ティンタジェルはウィンチェスターやロンドンのように、街の中に試合場があったりはしない。また、街の中に試合場を作れるほど広くもない。
そこで街の外にある草原を切り開いて、特設の試合場を作ることになった。
草を刈り、地面を牛馬で踏み固め、材木で二階建ての観客席を作る。
観客席の二階部分からはペンドラゴン家の紋章である『
柱や柵などには色とりどりの飾り布が巻きつけられて試合場は華やかに彩られている。
試合場の周りにはテントがいくつも建てられた。
ひとつは受付用のテントで、ここで騎士の名前と紋章、そして騎士であることを証明する家系図の書かれた羊皮紙を提出する。
受付の済んだ騎士は隣のテントに行き自分の兜を預ける。
このテントは参加者のリストのようなもので試合開始まで飾られて、観客たちはこの兜を見て誰が参加しているのかを噂したりするのだ。
一応、受付だけして試合を放棄しないように保険の意味もある。
他には色々な所から鍛冶師たちが集まって建てたテントがある。
これは試合で凹んだ鎧や、曲がった剣などを修理する場所だ。
いくら木製の槍を使っていても、騎乗した状態から繰り出される突きは鎧を簡単にへこませてしまう。
だから試合後に修理をするため鍛冶師の需要があるのだ。
残りのテントの大半は屋台だ。
集まる観客や騎士たちを狙って、たくさん出店している。
串焼き、蜂蜜酒、ワイン、干し肉、干し果物など、近隣からこぞって売りに来た。
こんな辺境に人が大量に集まるチャンスなのだ、これを見過ごす商人はいない。
屋台の設営はまだ試合場を準備中のうちから始まり、そして試合が始まる前から営業を開始した。工事をしている者にも売ろうという魂胆なのだ。
ロジェはそれを許可するだけでなく、試合場自体の使用も前倒しで許可した。
まだ観客席が出来上がる前から試合場を野試合に使わせる。
これによって本番で不具合が出ないかをチェックしようというのだ。
この企みは成功し、いくつかの危険箇所が発見されて無事修正された。
そしてその間、野試合を見に来た観客が屋台でモノを買い、商人たちもホクホクだ。
更に遠方から来て早く着いてしまった騎士は調整が出来た。
こうして準備中にも関わらず人が押しかけるという慌しい大会となったが、準備は着々と進み、各地から参加する騎士たちも集まってきた。
コーンウォールの一都市に各地から続々と人が集まってくる。
疫病によって人口の激減したコーンウォールでこれほどの人を見ることはほとんどない。
一時的とは言え、多くの人が集まる様子は、かつてのコーンウォールが戻ってきたように感じられた。
「これから、これからよ。必ずコーンウォールを復活させて見せるわ」
そういって胸を張るアリエルの横で、ウィルはそのとき自分は彼女の横に立てているだろうか、と考えていた。
◇
すべての準備が終わり、遂に今日はティンタジェル紋章試合の開会式だ。
ウィルはいつもの板金鎧の上から自らの紋章の入った上着を羽織り、同じように紋章の入った飾り布をかぶせられた馬に騎乗していた。
周りには同じように着飾った騎士たちが待機している。
試合場ではアリエルが開会を宣言し、それに観客が大きな拍手をしていた。
すると先頭に居る騎士と紋章官から順番に試合場に入っていった。
観客たちは大きな歓声で入場する騎士を迎えた。
「なんか王都の大会みたいだね」
「いいでしょ。この方が絶対盛り上がるんだから」
ウィルの言葉にロジェが得意げに胸を張る。
ロジェもウィルの紋章の柄が入った上着を羽織っている。
伝統的な紋章官の服装で、戦争の時は伝令であることを示す服でもある。
戦時では紋章官が伝令の役割を果たしていたのだ。
こうして分かりやすく紋章を纏うことで、自分の所属を明かすのだ。
派手で煌びやかに着飾った騎士と紋章官が連れ立って歩く姿はパレードのようだ。
次々に入場する騎士たちに観客たちは歓声と拍手で迎え入れた。
今回の大会に参加する騎士たちは有名どころが多い。
普通ならこんな辺境の大会に集まるようなメンバーではない。
これはロジェやアリエルの営業活動のおかげだ。
ウィルたちの遍歴の旅の第一目的はウィルを各地の大会に出して大紋章のパーツを集めること、だった。
そして実は、もうひとつの目的としてコーンウォール開催の大会に向けての根回しというのがあったのだ。
ウィルが紋章試合で戦っている裏で、アリエルとロジェは貴族や騎士と交渉をして、この大会への勧誘や出資を募ってきた。
そのおかげでまだ海のものとも山のものとも知れないこの大会に多くの騎士が集まり、また多くの観客が詰め掛けることとなった。
「……それでも、まぁ、有名な騎士が集まったのはアンタのおかげね」
「俺の?」
「話題の『誇りのない騎士』と戦える大会ってことで参加が増えたのよ」
一番の営業活動はウィルが大会で優勝し続けることだったらしい。
途中でサラの為に戦ったり、巨人と戦ったりしたのは予想外だったらしいが、それでもそれによってますますウィルの名声が高まり、宣伝効果があがったようだ。
次々と騎士たちが入場していき、ある騎士が入場すると大きな歓声があがる。
その騎士はまるで巨人のような大きな体格に白銀の鎧をまとっていた。
盾に刻まれているのは武装した鋼鉄の猪。
ロンドンの大会に出場していたボルグ・アイアンボアだった。
模擬戦ではガイに負けたがその剛力と癖のない正確な突きは脅威だ。
かつて騎士王になったこともあるという有名騎士の登場に観客はおおいに盛り上がる。
「ボルグ殿が参加してくれたのも大きいわね」
「なんでこんな小さな大会に来てくれたんだろ?」
「それもアンタのおかげね。自分と同じように棄権して小器用に立ち回ったガイよりも、そのまま戦って勝利して名を上げたアンタと戦いたいと思ったみたいよ」
ロジェの言葉を肯定するようにボルグは入場してもウィルの方を見ていた。
その瞳には少年のような輝きがあった。
そして次の騎士が入場するとまた大きな歓声があがる。
今度の騎士は中肉中背の普通の体格で黒鉄の鎧を身に纏っている。
盾に刻まれているのは麦の束。
同じくロンドンの大会に出場し、ウィルに敗れたアロン・アイアンサイドだ。
ウィルが勝ったとは言え、その徹底した防御とポイントを取るための正確な突きはなかなか侮れない。
ロンドンの大会は出場者を厳選した大会だ。
それゆえに本選出場者は地方の大会なら優勝候補レベルの騎士なのだ。
それが二人、いや、ウィルも入れれば三人も出場するのは異例と言えた。
大会が盛り上がるのは運営に関わったロジェとしても嬉しいはずなのだが、ロジェはアロンの入場を渋い表情で見ていた。
「嬉しくないの?」
「うるさいわね、あの人を見るとあの時の失敗を思い出すのよ」
ウィルはそう言われてアロンとの戦いを思い出す。
ロジェが失踪した父親ロビンと張り合おうとしたせいでアロンの情報を読み違えてあやうく負けそうになった試合だった。
あの時のことはウィルの中でもかなりの反省材料だ。
もうこれ以上の大物の入場はないはずなのだが、次の騎士が入場したときに歓声が上がる。しかも歓声の種類がちょっと違う。
なぜか声に若さがないのだ。
入場した騎士は青い鎧に身を包み、盾に双頭の鷲の紋章が描かれている。
老騎士ガウェインだった。
老人とは思えない大きな体躯を揺らして上機嫌で観客の声に応えている。
歓声を上げているのはガウェインと同じぐらいの年齢の老人たちだった。
ガウェインとは違い、年相応に衰えている彼らだが、ガウェインを見ると嬉しそうに大はしゃぎして声をあげて囃し立てている。
「ガウェイン様~、頑張ってくだされ~」
「若い連中なぞ、吹っ飛ばしてやってくれ~!」
「『円卓の戦鬼』が戦うところが見られるなんてのう」
老人の観客たちは地元民だった。
おそらくガウェインの若い頃を知っている世代なのだろう。
反対によその領地から来た観客たちは、なんで老人が試合に、と不思議そうな顔をしている。
しかし驚いたのは観客達だけではない。
「じっちゃんが試合に出るなんて聞いてないんだけど」
「アタシだって聞いてないわよ! どうなってんの?」
ウィルたちが慌てていると、次の騎士が入場し、再び歓声があがった。
今度は銀に所々赤い飾りの入った鎧を纏い、盾は赤と白のストライプ模様が斜めに入っている。
すらりとした体躯の老騎士ランスロットだった。
「きゃー、ランスロット様!」
「ああ、またあのお方の戦う姿が見られるなんて」
「はぁ、お年を召してもますます素敵……」
今度の歓声は老婦人たちからあげられた黄色い声援だった。
上品そうに見える老婦人たちが周りを気にせずきゃあきゃあ歓声をあげている。
よく見ればアリエルに仕えている老侍女たちの姿も見えた。
ガウェインは男性に、ランスロットは女性に人気があったようだ。
身体が大きくて顔のゴツいガウェインと、細面で動作の洗練されたランスロットなのでそうなるのは分からないでもない。
「爺ちゃんまで……」
「ホントどうなってんのよ。ってかあの二人戦えるの?」
ロジェは疑わしい目で二人の老騎士を見る。
それを見てウィルはロジェが老騎士たちが戦っているところを見てないことを思い出した。
「強いよ、ガウェインのじっちゃんは巨人相手でも負けないし。ランスロットの爺ちゃんより強い騎士は、いままで見たことない」
「へ? う、嘘でしょ。こないだのシグルズよりランスロットの方が強いっていうの?」
「力はシグルズのが強いかもしれないけど、爺ちゃんは槍の扱いが抜群に上手いんだ。爺ちゃんだったらもっと簡単に勝ってたよ」
「……ちょっとウィル、勝てるの?」
「分からない、昔から訓練では一回も勝ったことはないんだ。でも紋章試合をするようになってからはまともに戦ったことがないから……」
ウィルとロジェが不安そうな顔を向けると、観客に応えながら老騎士二人がこちらを見ていた。
その顔は笑っていたが、瞳の奥には隠しきれない闘争心が見える。
ウィルはその視線に怯みそうになった。
二人には見習いの頃から散々訓練をつけてもらっていた。
そしてその時は当然のように全戦全敗だったのだ。
その記憶がウィルの身体を竦ませる。
ウィルは手綱を強く握り、大きく息を吐いた。
次の入場はウィルの番だ。
「行こう、ロジェ」
「……勝ちなさいよ」
ウィルはその言葉に頷かず、真っ直ぐに二人の老騎士を見つめた。
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