史上初の赤弓杯


 ハーラルの襲撃はウィルとゴームソンたちガムレ戦士団の活躍によって阻止された。

 ヨークの港を襲撃していた他の集落の巨人戦士団も、ゴームソンからの伝令により撤退。今頃はガムレ集落に行き、ロロの無事を確認しているだろう。

 そしてハーラルたちもガムレ戦士団に連行されてガムレ集落へと運ばれていった。

 そこで勢ぞろいした首長たちでハーラルを『裁く』のだ。


 ウィルたちは、ヨーク領主エイリークにこれまでのことを全て説明するために部屋に集まっていた。


「一応聞くけど、ハーラルの身柄を我々に渡すっていうのは……」

『それは出来ん。奴は巨人の裏切り者だ。巨人の法によって裁く。身柄が欲しいのなら力で奪うのだな』

「いやぁ、それは勘弁して欲しいかなぁ」


 ゴームソンの好戦的な言葉にエイリークは慌てて首を振る。

 職務上仕方なく、要求したがそこまでして欲しいものではないらしい。

 あくまで形式として必要なやりとりだったのだろう。


 問題なのは内通者の存在だ。

 巨人たちを城に招き入れた内通者はヨーク城の衛士長だった。

 衛士というのは城の防衛戦力のひとつで、騎士とは違って平民だ。

 これは軍役という形の一種の税で、健康な成人男性が交代で勤務している。


 その中でも衛士長というのはただのまとめ役ではなく、専業軍人になる。

 つまり衛士長だけは軍役による非常勤ではなく、常勤なのだ。

 だから人選もただの平民ではなく、騎士家の三男を選んだらしい。

 ただし騎士家といえど長男ではないために貴族ではなく、扱いはあくまで『準貴族』であった。


 このことが彼に不満を抱かせたのか、衛士長は襲撃の日に偽りの命令を出して城を手薄にし、裏手門をすべて開放した。

 これが戦争で、相手が普通に敵国の領主であるなら、彼は寝返って封を授かる、となるのだろうが、攻めてきたのは巨人だ。


 巨人の支配体系に小人である彼が組み込まれるわけもないし、彼自身もそんなのはゴメンだったのだろう。彼は金で街を巨人に売ったのだ。


 彼は前金を貰いハーラルを招き入れた後は、一人城から逃げ出して仲介者から残りの金を受け取る予定だった。

 しかしその前に赤弓騎士団によってあえなく捕まったらしい。


「仲介者と会うところなら泳がせて両方捕まえたかったよ」


 エイリークは衛士長が自白したという報告書に目を落としながらそんなことを言う。

 巨人であるハーラルが衛士長に接触できるわけもなく、二人の間には仲介者が存在した。

 しかしその仲介者が何者か知らず、いつもフード付きマントで顔を隠しているので風体も分からないらしい。

 

 よくもまぁそんな怪しい奴の口車に乗るものだ、と驚いたウィルだったが、そこは金払いの良さだったり、巨人奴隷の解放だったりと、怪しいなりにも信頼できる要素を積み上げてきたらしい。

 

 ともあれ、城の守備に関わる人間の裏切りに城内に混乱が起きており、それを鎮めるために衛士の軍役を一旦解いて、赤弓騎士団が代わりをしている。

 そのおかげでヨークの街の守備はスカスカだ。


「こうなるとホント、ウィリアム卿が巨人と停戦を結んでくれたのはありがたいね」


 城の警備に騎士団をまわすとなると、当然他の場所の警備は手薄になる。

 こんな状況で巨人の襲撃があると水際での防衛ではなく、城まで敵を引き込んでの篭城戦にもつれ込みかねない。

 そうなれば街は略奪にさらされるのだ。


「まぁ、そんなわけで、ウィリアム卿には褒賞を与えたいんだけど」

「俺だけ? ゴームソンにはないの?」

「ああ、ええっと、個人的には非情に感謝しているんだけど、領主の立場では、ええ、何と言うか……」

「巨人に褒美なんて渡せないってんでしょ?」


 煮え切らないエイリークに、ロジェが冷たく言い放つ。

 エイリークは今回の襲撃を赤弓騎士団の活躍で撃退した、という形で収めたいようだ。

 ハーラルと内通した衛士長は存在せず、街を救ったゴームソンたちガムレ戦士団も単なる巨人の仲間割れにして、ウィルたちの存在は秘密にする。

 そうして住民には今までどおりに赤弓騎士団によって街が守られた、と発表したいのだろう。


 だからハーラルは秘密裏に処分したいが、巨人が引き取ってくれるのなら問題はなく、ゴームソンたちはこのまま帰って欲しくて、ウィルたちには褒賞と言う名の口止め料を支払って終わりにしたいのだ。


 ウィルには到底納得できないことだった。


「褒賞とかいらないから、ゴームソンたちの事ちゃんと伝えてよ」

「いや、ええと、前向きに対処しつつ、その最善を探るというか、なんというか」

『勇者殿、我らは他の小人にどう思われようと構わん。それよりも褒美だというのなら、後ほど勇者殿と戦わせていただきたい!』


 だがゴームソン自身はそんなことに頓着していないようだった。

 それよりもウィルと戦いたいと目を爛々と輝かせている。

 そこにアリエルが口を出した。


「エイリーク殿、ここは褒賞代わりにゴームソン殿に『赤弓杯』への出場資格を与えるというのはどうでしょう?」

「へ? いやいや、何をおっしゃってるんです?」

「だってせっかく私のウィルが巨人の英雄と、格好良く戦ったというのに私はそれを見てないんですもの。サラばかりずるいわ」


 アリエルの提案にエイリークは呆れた表情をする。

 それも無理はないだろう、自分が試合を見たいがために巨人を出場させろ、と言っているのだ。

 エイリークが諫めようと口を開く前に、アリエルは笑みを消して真っ直ぐにエイリークの目を見た。


「それに、これからヨークは巨人に襲われなくなるのでしょう? そんな千載一遇のチャンスに、今までどおりの無難な対応をしていていいのでしょうか? もう一歩踏み込んだ対応が出来るのではありませんか?」

「――――っ!」


 アリエルの視線にエイリークのへらへらした笑みが凍りつく。

 口をぱくぱくと動かすが、そこから言葉は出てこない。

 意を決したように真面目な顔をしたエイリークが搾り出すように言う。


「……交易をしろ、と?」


 しかしアリエルは静かに首を横に振る。


「さすがに、すぐには無理です。被害者も加害者も互いに生きておりますから。でもだからこそ、今のうちから交流は始めるべきだと思いますわ。このまま不干渉で停戦が続けば、両者のわだかまりは解消不能なまでに変質してしまう」


 アリエルはゴームソンに視線を移す。

 ゴームソンにはサラがアリエルたちの言葉を伝えている。

 しかしその内容に興味を持った様子はない。


 彼ら巨人は極力『政治』をしない。

 出来ないのではなくしない。それゆえにシンプルで強固な社会を築いているのだ。

 それが良いとか悪いとかではなく、それが彼らの『選択』の結果なのだろう。


「彼らはウィルを認めてくれています。しかし我々を、彼ら風に言えば小人を全て認めたわけではない」

「だから赤弓杯に出場させて他の騎士の力を見せるべきだと?」


 アリエルは小さく頷いた。

 そしてそのまま思わせぶりな視線をエイリークの横に向けた。

 そこには影のようにエイリークに付き従う騎士シグルズの姿があった。


「小人にも強き者がいると知らしめる必要があるでしょう?」

「…………」


 アリエルの視線の先がどこに向いているのかを知りつつも、エイリークはそちらを確認することなく顔をしかめる。


「……最悪の結果になる恐れもあります。ゴームソン殿が優勝し、小人恐るるに足らず、となれば、停戦の約束も反故にされかねない」

『ブリガンテス族は一度した約束を破りはしない!』


 エイリークの言葉にゴームソンが激昂した。

 彼らは政治をしない代わりに『約束』や『信頼』といったものに重きを置く。

 政治判断よりも個人の『約束』が尊重されるのだ。

 それゆえに『約束』にはかなりの重みがある。


 エイリークはゴームソンの激しい反応に驚いていた。

 怯えていないのはさすがは領主といったところか、飄々としている胡散臭い男だが単なる小心者ではない。

 アリエルはそんなエイリークに笑いかける。


「このように彼らは信頼できる種族です。そちらのシグルズ卿が負けてしまっても問題はありませんわ。それに何より優勝するのはウィルですもの、そんな心配無用です」


 無邪気ににっこり笑うアリエル。

 エイリークは何とも言えない表情でしばし考え込んでいた。

 そして探るように問いかける。

 

「それでペンドラゴン公爵様にはどのような利益があるので?」

「あら、ウィルとゴームソン殿が戦うところが見たい、と言いませんでした?」

「そんなお話を信じろと?」

「うーん、嘘ではないんですが。分かりました、エイリーク殿が納得できる話をしましょう」


 アリエルは困った顔で苦笑した。


「もし赤弓杯にゴームソン殿を出場させようとしたら、何故そうするのかを広く説明する必要がありますよね。そしてそれは当然、巨人たちによって街が救われた事を明かすことになる」

「そうですね。それは確かにウィリアム卿の要求と合致します」


 エイリークはひとまず頷いた。

 ここまででアリエルがウィルの為に動いているのは分かりきっている。

 ウィルの気が済むようにエイリークを説得しよう、というのは分かりやすい理由だ。


「そして巨人たちの働きを説明する際に、何故巨人がそんな事をしたのか、それを明かす必要がありますよね?」

「……つまり、ウィリアム卿が巨人の子供を助け、巨人の英雄と対決して勝利して力を認められた、その冒険譚を我々が公式に宣伝することになる、と?」


 もし巨人を出場させると決めたのなら、今度はそれを最大限利用する方法を考えることになる。

 そうしないとわざわざ苦労するエイリークたちに旨味がないからだ。

 そして効率よく利用するとなると、ウィルの活躍は面白おかしく大げさに語る必要がある。

 単なる偶然の末に巨人に認められるに至った、と言うよりは、使命に燃えて巨人の国に冒険に出て、そこで運命的な出来事によって栄光を掴む方が盛り上がる。


「……なるほど、ウィリアム卿の名声はそれはそれは高まるでしょうね」


 エイリークは今度は納得がいった表情を浮かべる。

 アリエルはそんなエイリークに鮮やかに笑いかける。


「ええ、私のウィルの素晴らしさを広めていただきたいのです」


 こうして歴史ある『赤弓杯』初の巨人参加者が決まり、前代未聞の大会が開かれることとなった。


                    ◇


 巨人の襲撃から十日以上が過ぎたヨークの街は、再び騒乱に包まれていた。

 いよいよ『赤弓杯』が始まるのだ。

 巨人の襲撃が一部の集落による暴発で、別の集落の巨人たちによって阻止された、という話は瞬く間に広まった。

 それは勿論、領主であるエイリークが正式に発表した、というのもあるが、そのきっかけを作ったのが今話題の『誇りのない騎士ウィリアム』だったというのが大きい。


 巨人たちの物語は、ウィルの冒険譚のひとつとして様々な場所で語られ、あっという間に街中に広まった。

 そして今度の『赤弓杯』にはその『誇りのない騎士ウィリアム』が参加するだけでなく、それに従った巨人ゴームソンも参加すると発表されて、大勢の人々が大会に詰め掛けた。


 赤弓杯の会場はヨークの海岸に設置される。

 普通の大会や試合が平原や城の練兵場を使われることを考えると異色だ。

 これは赤弓杯の試合が他の試合のようなポイント制と違って、『決着制』だからだ。


 通常の紋章試合ならば、落馬した時点で三ポイントが入り勝利となる。

 だから試合場の地面は落馬した騎士が死なない程度の堅さであればいい。

 しかし赤弓杯では落馬しただけでは決着とみなされず、そのまま試合は続行される。

 どちらかが『降参する』か『戦闘不能』になるまで続けられるのだ。

 そのときに落馬した衝撃で『戦闘不能』では盛り上がらない、そこで柔らかい砂浜が試合場として選ばれたのだ。


 いまは農閑期なので良かったが、これが暑い時期なら地獄であっただろう。

 熱せられた砂浜の上で鎧を着こんで戦う。

 想像するだけでウンザリするウィルであった。


 以前巨人たちが船で押し寄せた砂浜はすっかり試合場に改造され、たくさんの観客が試合の開始を心待ちにしていた。


 ウィルは、騎士たちが準備しているエリアで鎧を装着していた。

 鎧はいつものように全身を板金で覆うのではなく、いくつかパーツを外して胴や手だけにしている。

 特に下半身は鎧をつけていない。

 完全武装してしまうと落馬してからの戦いで身動きがとれなくなるからだ。


 鎧下の上に鎖鎧をつけて、その上に部分的に板金鎧をつけた格好だ。

 落馬するつもりはないが、準備を怠るつもりもない。

 

 そうして準備をしている間にも四方から視線を感じていた。

 最近は『誇りのない騎士』としての名声が高まり試合場で注目されることも多くなってきたが、今回はそれだけではない。

 ウィルの横にいるゴームソンのせいだろう。


『勇者殿! 次は勇者殿の試合ですな、勉強させていただきます!』


 ゴームソンは周りの視線など気にしたそぶりも見せずに上機嫌だ。

 上半身を鎖鎧に包み、甲冑は手甲と足甲、そして巨人特有の角の付いた目元と鼻に仮面のようなガードがついた兜だけだ。

 手には柄の長い斧を持っている。ただし刃の部分には革のカバーが付けられている。


 しかしいくら刃にカバーが付いていても、ゴームソンから滲み出る威圧感は減らない。

 その巨大な身体、丸太のような腕、地響きのような声。

 すべてが会場にいる他の騎士たちを威圧して、目を逸らす事が出来ないようにしていた。


 もちろんゴームソンに威圧する意志はなく、周りがそれを気にしているだけだ。

 巨人と戦いなれた赤弓騎士団の連中はともかく、たまたま参加した騎士たちにとっては初めて戦う巨人だ。どうしても気になるのだろう。

 

 片や暢気に試合を楽しみにしている巨人、片や戦々恐々としつつも目を放せない小人。

 なんだかアンバランスな光景に思わず笑みがこぼれる。


「よし、じゃあ試合にいってくる」


 ゴームソンに声を掛けて、ロジェと一緒に試合場に向かう。

 ウィルとて『初めて』の赤弓杯ルールだ、緊張もするし、不安もある。

 それでも一番大きい感情は『楽しみ』だった。

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