第五王子エルフリード・ブリタニア
19話 第五王子エルフリード・ブリタニア
観客席からは怒号のような声援と万雷のような拍手が巻き起こっていた。
観客にとってはなんだかよく分からない理由で散々試合が行われなかったのだ。
ただ試合が行われるだけでも大興奮のようだ。
そして興奮しているのは黒騎士エルも同じようだ。
兜をかぶっているので表情は見えないが、全身からようやく戦えるという喜びがあふれているようだった。
初回はセオリー通りに様子見だ。
ウィルはエルの一挙手一投足を見逃さないように目を凝らし、注視した。
エルはウィルよりも一回り大きい体格をしていて、その力も強い。
技術も予選を通過するだけあって中々のものがある。
地方の大会なら優勝するのも難しくはないだろう。
ただしガイやボルグと比べるとかなり落ちる。
ウィルとエルの距離が詰まり、エルが真っ直ぐに槍を突き出してきた。
何の細工もない、真っ直ぐで愚直な攻撃だ。
ウィルはそれを楯で防ぐと、こちらも真っ直ぐエルの身体の中心を狙って突く。
突くといってもほとんど穂先を向ける程度の動作なのでエルもすぐに楯で防いでくる。
ガアアァァン!
ほぼ同時に楯が軋むような金属音をあげて、二人の槍が砕け散る。
ウィルは楯から伝わる振動をじっくりと感じた。
紋章試合用の騎槍というのは成人男性二人分の長さもある長大なものだ。
折れやすくしてあるとはいえ、これをキレイに砕くのは実は技術がいる。
エルの槍の砕け具合を見るに技術はそれなりに高い。
ウィルはエルとすれ違う瞬間までエルの様子を見続けていた。
同じようにエルもすれ違うまでウィルから視線を外さなかった。
これは実は当たり前のことではない。
普通の騎士なら激突の瞬間は相手から視線を逸らす。
これは激突の瞬間に砕けた槍の破片が兜の隙間から入って目を傷つけるのを防ぐためだ。
兜には視界を確保するためのスリットや穴が開いているので、細かな破片がそこから入ってくることがあるのだ。
それにも関わらず相手から視線を逸らさないのは、肝が据わっているからだろう。
ちなみにウィルも視線を逸らさないが、それは破片が来てから避けることが出来るからだ。
観察した結果、ウィルはエルの実力を正確に把握する。
若手騎士としてはかなり有望な実力の持ち主。
膂力はウィル以上あるが、技術はまだまだ拙いところもある。
そして何よりも度胸が良い。
ウィルが自分の入場門まで戻ってきた時には、仮面の紋章官ロビンは居なかった。
ロジェの様子を見ると、さっきまでに比べれば落ち着いているように見える。
ウィルはロジェの近くまで行くと兜を脱いだ。
「ロジェ、エルに勝ってもアリエルに迷惑がかからない良い方法思いついた?」
「……へ? ア、アンタに何か考えがあったんんじゃないの?」
ロジェは目を丸くした。
そんなロジェにウィルは首を振る。
「そんなのあるわけないよ。そういうのはロジェの役目でしょ」
「だってあんなに自信満々で飛び出すから」
「ロジェなら何か思いつくだろうと思って」
「……あ、アンタねぇ」
「ロジェが言ったんでしょ。俺を騎士王にするって」
ウィルの言葉にロジェははっとした。
ウィルは篭手をつけたまま自分を指差す。
「俺の役割は、どんな相手にも必ず勝つ事」
「――そしてアタシの役割はウィルを騎士王を決める戦いまで導く事」
ロジェの言葉にウィルは頷いた。
そして次のセットの為に新しい騎槍を手にとる。
「とりあえず相討ちで時間を稼いでるから、何か思いついたら教えて」
「ちょ、ちょっとアタシが思いつくまで相討ちし続けるつもり?」
「そうだけど?」
「出来るの?」
「エルには悪いけど、余裕だよ」
「で、でもその間に怪我でもさせたら……」
「はぁ、あの仮面もロジェも、騎士をナメ過ぎだよ。この程度で怪我するような奴いないよ。アレがそんな簡単に怪我するようなひ弱な男に見える?」
ウィルはため息をついて反対の入場門を指差す。
そこには嬉しそうに自分の紋章官に何かを離しながら槍を手に取るエルの姿があった。
高い身長、引き締まった首筋、獅子を思わせる精悍な表情。
ウィルとエルを並べてどちらが、強そうか、と問われたら十中八九がエルと答えるだろう。
ロジェはウィルの言葉に恥ずかしそうにしている。
自分がまだロビンの術中に嵌っているのに気づいたのだろう。
「ロジェ、俺はこの試合普通に勝っても大丈夫だと思ってる」
「えっ?」
「確かにあの仮面が言ってたみたいな事態も『最悪の場合』起きるかもしれない。でもそんなの本当に最悪に色々な状況が悪い方向に向かった場合だ」
確かにロビンの言っていたように、エルに勝つことでアリエルやコーンウォールの地に不利益が生じる可能性はある。
しかしそれはあくまでも『最悪の場合』そうなるのであって、そうならない可能性も同じぐらいにある。
建前上は紋章試合において、いかなる身分の上下も持ち込んではいけない事になっているのだ。
暗黙の了解があった場合でも、あくまでも暗黙の了解であり、それを破ったからと言って文句を言われることはあっても実際に処罰されることはない。
そして何より、この試合においてはそのような暗黙の了解は事前に示唆されていない。
エルだってお忍びで黒騎士という身分を隠した状態で出場しているのだ。
それにたいして気を回して棄権するというのはエルの気持ちを無視した行いだ。
「だったら相打ちなんてしないで勝てばいいじゃない」
「本当にそれでいいの?」
「どういうことよ」
「あんなヤツにいいように惑わされて悔しくない?」
ウィルの言葉にロジェは言葉を飲み込む。
そしてぎゅっと手を握りこみ、顔を紅潮させた。
「……勿論、悔しいわよ」
「一泡吹かせてやろうよ」
ロビンはエルの気持ちを踏みにじり、ガイとの対戦の機会を潰し、ロジェをいじめていったのだ。
なんとか見返してやりたい気持ちがウィルにはあった。
そしてそれはロジェも一緒のはずだ。
この試合を上手く演出して、ロビンを悪役にしてやるのだ。
「じゃ、任せたよ」
ウィルは返事を聞かず、兜をかぶると入場門から試合場に入った。
第二セットも無難に相打ちに持ち込んだ。
ほとんどエルの実力は見切っているので問題なく相打ちできる。
エルは基本は出来ているのだが、まだ応用が出来るほどの技術がないようだ。
ウィルの突きを成す術もなく防御させられていた。
◇
ウィルとエルの試合は相打ちが続き、第九セットまでもつれ込んだ。
観客は今までの鬱憤を晴らすように、景気良く砕ける槍に歓声を上げた。
全速力で走る馬がすれ違い、大音声と共に長大な槍が砕け散るのだ。
試合内容としては単調な相討ちの繰り返しでも、その迫力にすっかり観客たちは魅了されていた。
さすがにエルもこれだけ相打ちが続くとウィルがわざとやっていると気づいたようだ。
それでも棄権せずに戦いを挑んでくるのが嬉しいらしく全力で向かってくる。
最初のうちこそ基本に忠実にまっすぐ突いてくるだけだったが、何度も相打ちするうちに色々と考えながら突いてくるようになった。
勿論ことごとく防いで相打ちに持ち込むのだが、その度に次の作戦を考えて何とか勝利しようと向かってくるエルと戦うのは楽しかった。
だんだん強くなる相手と戦う楽しさがある。
そして九セット目も相打ちで終わり、ウィルは入場門に戻ってきた。
するといままでずっと考え込んでいたロジェが近づいてくる。
「ウィル、次で決めていいわ。その代わり必ず相手の兜を飛ばして」
「兜を、飛ばす? 狙うんじゃなくて?」
「そうよ、三ポイントとるのが目的じゃない。エルっていう黒騎士を第五王子エルフリードに戻して勝つの」
「ふーん、そんなんでいいの?」
「こんな短時間じゃ複雑な作戦なんて無理よ。シンプルに分かりやすい結末にするわ。アンタは互いの健闘を讃えて握手でもしてなさい、アタシが何とかするわ」
不敵な笑みを浮かべるロジェにウィルは安心して微笑む。
ようやくロジェらしい表情が戻ってきた、と思ったのだ。
「任せたよ、俺のパートナーさん」
ウィルがおどけた調子でそういうとロジェは真剣な表情を浮かべた。
そしていいにくそうに口を何度か開いては閉じてを繰り返し、ぽつりと言った。
「……ウィル、これが終わったらアイツの事、話すわ」
ウィルはその言葉に大きく頷くと兜をかぶり入場門を後にした。
槍を手に正面を向くと同じようにこちらを見るエルに気づいた。
ウィルは最初のセットと同じように穂先をエルに向ける。
これで決める、という意思を伝えるためだ。
エルはそれに気づいたかどうかはわからないが、同じようにウィルに穂先を向けてきた。
二人は開始の合図と同時に駆け出して、互いに槍を相手に向ける。
体格の差からエルの槍が先にウィルに迫ってくる。
それは今までのセットの中で最も鋭い突きだった。
だが同時にそれは完全にウィルにとって予定通りの突きだった。
第一セットから第九セットまでウィルはまったく同じタイミングでエルを突いてきた。
そのせいでエルの攻撃はそのタイミングを予測しての攻撃になったのだ。
紋章試合における攻撃は防御と一対になる行動だ。
ゆえに防御が単調になれば、攻撃もそれに引きずられて単調になるのだ。
ウィルは九セットかけて最も単調にしたエルの攻撃に自分の槍を合わせる。
絶妙なタイミングでウィルの槍に絡めとられたエルの槍が脇にそれていく。
ウィルはそれを横目で見ながら、エルの槍をガイドにして兜を狙って突き上げた。
カアアァァンッ!
ウィルの槍は砕けながら突き上げられて、エルの兜は放物線を描いて宙に舞った。
二人がすれ違う時、試合場は静まりかえり、エルの兜が地面に落ちた時に爆発したように歓声が響き渡った。
地面に落ちたエルの兜はカラカラとまわっていた。
ウィルは自分の入場門には戻らずに、すれ違ったエルを追うように馬を進める。
ちらりと貴賓席の方を見るとエゼルウルフ王は兜の取れたエルの素顔を驚いた表情で見つめている。まさか自分の息子が正体を隠して試合に出ているとは思わなかったのだろう。
ウィルは兜を脱いで背後からエルに話しかける。
「悪いねエル。いやエルフリード殿下って言わないとダメかな」
「知ってたのか」
「親切な紋章官が教えてくれたよ」
ウィルの言葉にエルは苦々しい表情を浮かべる。
「よく棄権しなかったな。騎士王ですら棄権したのに」
「して欲しかったの?」
「まさか! むしろ感謝してる、良く戦ってくれた。ありがとう」
「どういたしまして、でもこれでアリエルは諦めてね」
エルはウィルの言葉にきょとんとした顔をする。
それから最初に自分が言った言葉を思い出したのか弾けるように笑いだした。
「――っ、くくく、ははは、そうだな。完敗だ! アリエノール嬢の事はすっぱり諦めよう!」
機嫌よく笑うエルにウィルは手を差し出す。
ロジェに言われたから、というのもあるが、ウィルはエルのさっぱりとした気性が気に入った。
エルはその手をぽかんと見つめていたが、すぐに嬉しそうに笑うとその手を取った。
手甲越しにがっしりと握手をするとそのまま繋げた手を持ち上げる。
それを見た観客達が大きな歓声を上げる。
「ウィル、改めて名乗ろう。我が名はエルフリード・ブリトニア、偉大なる統一王エグバードの末にして、ブリトニア王エゼルウルフ陛下の子だ」
「コーンウォール公爵アリエノール・ペンドラゴンの騎士ウィリアム・ライオスピアです、エルフリード殿下」
「俺に勝利した偉大な騎士よ。お前には対等な物言いを許す。俺の友となってくれないか、ウィル」
「いいよ、エルは結構面白いしね」
「くくく、お前ほどじゃないさ」
なんだかおかしくて二人で笑いあった。
そんな二人の後ろでロジェは朗々と今回の戦いの解説を謳いあげていた。
エルの正体をバラし、次々と棄権された理由を語り。
そしてそれでも正面から戦いを挑んだウィルの勇気を讃える。
ようやく何が起きていたのか理解した観客はウィルに惜しみない拍手を送る。
そこでロジェはガッシリと握手している二人を示し、エルフリード王子はウィルの強さを認めて、二人の間には友情が芽生えた、と謳いあげるのであった。
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