騎士と誇り

 ウィルはトーナメントの試合場をぐるりと見渡した。

 今日の決勝戦の為にいくつもあった馬上槍試合の試合場はすべて撤去されている。

 一対一の場合は、それぞれの入場門があり、対決する場所は中央を一メートル程の隔壁が仕切っている。

 しかしトーナメントの場合はだいたい一キロメートル四方の広さを木の柵で囲った範囲が試合場となるのだ。

 その中には隔壁などの仕切りはなく、中央を杭に張ったロープが仕切っている。

 そしてそのロープを挟むようにして騎士が五騎づつ向かい合っているのだ。

 試合場の四隅には人の身長の二倍はあるかという大きな楯が設置されいる。

 この大楯の後ろは安全地帯になっており、ここで武器の交換などが許可されている。

 ただし頻繁にここに逃げ込むのは不名誉な行為としてペナルティを受ける。

 どういうペナルティかというと、大きな砂時計が全部落ちるまで、試合場を囲う木柵の上に鞍を乗せて馬に乗るように跨らせられるのだ。晒し者である。

 これは負けて落馬するよりも不名誉な事だ。

 だからルールとしては存在するが、実際にそんな事をする騎士はほとんどいない。


 ざわざわと騒がしかった観客席から潮が引くように喧騒がなくなっていく。

 観客席中央にある審判席で主審判が十字架と鳩と鐘の紋章が書かれた旗を振り上げる。

 これはカンタベリー大司教座の街の紋章だ。

 同時に前に並んだ兵士たちが槍のように長いラッパを高らかに吹き鳴らした。

 ラッパの音がやむと旗を持った紋章官と鉈のような刃物を持った神官が試合場に入る。

 試合場に緊張感を含んだ空気が張り詰める。

 神官が中央を分断しているロープの前に立つと、紋章官が旗を振り下ろした。

 同時に神官が刃物でロープを切断する。

 いよいよトーナメント決勝戦の開始だ。


 ウィルは老騎士ランスロットより譲り受けた若馬の首筋をぽんと叩いた。

 若馬は不思議そうにウィルを見る。やはり以心伝心とはいかないようだ。

 ウィルは脚で締めつけていた若馬の胴体を解放すると同時に手綱を軽く振る。

 若馬はようやくウィルの意図を察して走り出した。

 老馬コールブランドに比べると察しが悪く走り出しは遅かったが、走り始めてからの加速はさすがに力強い。

 全力で駆けるのが楽しくて仕方がないといった感じで、一歩踏み出すごとに周りの景色を置き去りにしていく。


 ウィルはいままでと違う馬上の景色を感じながら騎槍を構え、滑らかに突きを放つ。

 突っ込んできた騎士が騎槍をまともに喰らって落馬する。

 折れた騎槍を手放してそのまま試合場の端まで惰性で走り抜けると馬の向きを変える。


 五人いたウィルのチームは最初の激突で三人脱落していた。

 相手チームはウィルの倒した一人のみ脱落、まだ四人残っている。

 ウィルに残った味方はたった一人。

 その騎士は素早く馬を反転させると腰のロングソードを抜き放った。

 そして仕留め損ねた自らの対戦相手に向かって走っていった。

 どうやら彼とその相手は相打ちだったらしい。


 投げ捨てた騎槍や落馬した騎士は、それぞれの紋章官が木柵を乗り越えて回収していく。

 ロジェも覚束ない足取りでウィルの投げ捨てた騎槍を拾っていた。

 正直、他の馬に蹴り飛ばされそうで気が気ではない。

 それでもロジェは何とか騎槍を拾うと転げるように木柵の外へと逃げていった。

 その姿がボールを追いかけている内にボールに翻弄される子犬のようで、思わず笑ってしまう。


 ウィルがそんな余所見をしている間に相手チームの騎士たちが迫っていた。

 全員が騎槍ではなくロングソードを抜いている。

 ウィルも腰からロングソードを引き抜く。

 このロングソードも試合用の刃を潰して先を丸くしたモノだ。

 棒のように叩きつけることは出来ても斬ることは出来ない。

 これで斬りあうというよりは、叩き合うのだ。

 しかしそれで落馬させるのは並大抵のことではない。

 そこでトーナメントでは騎士の兜には大きく目立つ羽飾りが付けられている。

 お互いにこれを剣で攻撃して落とす。落とされた騎士は落馬したとみなされるのだ。


 三人の騎士はそれぞれバラバラにウィルに殺到する。

 連携も何もあったものではない、先頭の二人に至っては互いに先を越されるものかとばかり押し合いながら迫ってくるぐらいだ。

 ウィルは最初の騎士の攻撃を左手の楯で受け止めると、次に迫る騎士の剣をロングソードで受け止める。


「ぐっ、なんだと!」


 簡単に剣を止められた騎士が呻く。

 体格の劣るウィルが剣を軽々受け止められたのは、単純に相手の腕が悪いからだ。

 剣には『物打ち』という振ったときに一番力が通る芯のような箇所がある。

 これを外してしまえばどんな剛力で振るった斬撃もブレて本来の力を発揮しない。


 激突した剣は互いの力が拮抗して『バインド』と呼ばれる状態に陥った。

 ここから更に相手に押し込むか、あるいは引いていなすか。

 この状態で押すには体格の大きさや力の強さのみが有利不利を決める。

 そこでウィルは『巻き』と呼ばれる技法を使う。

 剣と剣が接触したままで、相手の剣の上を滑らせながらすりあげて切っ先を動かす。

 こうすることで相手の剣がほとんど動いていないにも関わらず、ウィルの剣先は相手の好きな場所を攻撃可能になるのだ。

 そしてそのまま剣を突き出して兜の羽飾りを狙う。


「あっ!」


 意表をつかれた騎士が慌てた声を上げるが、もう遅い。

 ウィルの切っ先は相手のヘルムの横を通過して赤い羽根飾りを弾き飛ばした。


「もらった!」


 すると様子を伺っていた騎士が攻撃直後のウィルの隙をついて襲い掛かる。

 ウィルは左手は楯で剣を受けた状態、右手は突きを放った状態。

 絶体絶命のピンチ。

 しかしウィルは落ち着いて突きを放った右手を横に振る。

 相手の剣の腹を剣身で払うのではなくロングソードの柄で押した。

 相手の突きはあらぬ方向にそれて空を切った。


「よっと」


 ウィルは未だに楯の上から叩き続ける騎士の剣に、こちらから楯をぶつけてやる。

 シールドバッシュという技法だ。

 楯という質量の大きい物体を叩きつけられれば細い剣などひとたまりもない。

 大きく剣を弾かれた騎士は隙だらけになった。

 だがウィルはその騎士を無視して攻撃してきた騎士に剣を向ける。


「何っ!」


 おそらくまたウィルの攻撃の隙を狙おうとしていたのだろう。

 当てが外れて慌てて剣で防御をする。

 一手、二手、三手。

 ウィルの巧みな剣術は一太刀ごとに相手の形勢を崩して追い詰めていく。

 最後にはウィルの斬撃が閃き、相手の青い羽飾りは引き裂かれた。

 

「くそっ! もう俺だけか」

 

 シールドバッシュで体勢を崩していた騎士が毒づく。

 ウィルは無言で馬を進めて騎士に向かってロングソードを振るう。

 一対一になれば、もはやウィルを止める術はない。

 あっという間に剣を弾かれ、兜の羽飾りは天高く舞い上げられた。

 それと同時に、離れた位置で戦っていた二人の騎士にも決着付いた。

 ウィルはあっさりとトーナメントで勝利した。

 

 チーム戦なのでウィルチームの勝利なのだが、チーム内でも倒した騎士の数で最優秀者を決めるのだ。そして当然四人の騎士を倒したウィルが最優秀であった。

 賞品としてウィルは獅子と一角獣の守護獣を紋章に加えることが許された。

 大紋章のパーツというのは普通の紋章と違って所持することによる報酬はない。

 名誉の証なのだ。しかしこれがないと大紋章試合には参加できない。

 ようやくウィルはそのための第一歩を歩むことが出来たのだ。


                   ◇


 こうして無事に大紋章のパーツの一部、守護獣の紋章を手に入れたウィルたちはカンタベリーの街を旅立とうとしていた。

 街の入り口にはエレインが見送りに来ていた。

 そしてサラはいつもと違った旅装でウィルたちの傍らにいた。


「それではアリエノール様、ウィリアム様。サラをよろしくお願いします」

「お、お世話になります!」


 サラは緊張した面持ちで頭を下げる。

 何故かウィルの知らない内にサラが旅に同行することが決定していたのだ。


「世間を知るために旅に出したいそうじゃ。単独では危険すぎるが、儂らに同行するなら危険も少ないしの」

 

 ランスロットが困ったように頭を掻く。

 どうやらランスロットが直接エレインに頼まれたようだ。

 過去のこともあってかランスロットはエレインに頭が上がらないようだ。


「アリエルは、いいの?」

 

 ウィルが戸惑いアリエルに問いかけるが、返って来たのは聞きたい答えではなかった。


「ふふふ、ウィルは渡さないわよ!」

「アタシは別に、ロムルス語の読み書きできる人材は貴重だから、役に立つならどうでもいいわ。……別にそんな脂肪羨ましくないから」


 アリエルとロジェは、なんだか挑戦的な瞳と怨嗟のこもったような瞳でサラを見ている。 居心地悪い視線に晒されてサラはひたすら小さくなっていた。

 そんな光景を見て、ウィルはなんだかほっと安堵した。

 これでサラとはお別れだと思っていたが、まだしばらく一緒のようだ。

 

「――あっ、ルーク」


 その時、サラがエレインの後ろを見て身を硬くした。

 そこにはいつかのユート人修練士の少年たちがいた。

 かつてサラを自らの権力闘争に利用しようとしていた連中だ。

 ウィルは不快げに顔をしかめてサラの前に出て、背中に彼女をかばった。

 背後からはほっとした気配が伝わってきたが、なにやら慌ててウィルの前に出てきた。

 足は細かく震えているが、それでも相手を真っ直ぐ見つめて立ち向かおうとしていた。

 ユート人修練士の少年はそんなサラの様子に気まずそうな顔をする。


「……なんで旅になんて出るんだよ。今回の不正でアドルムス大司教の支持は落ちてる。今こそユート人の地位向上の為に立ち上がるべきじゃないのか?」


 少年はどこか拗ねたような顔でそういった。

 共に紋章試合の反対運動をしていたのに、サラがその紋章試合を行う騎士と一緒に旅に出るというのが裏切りに思えるのだろう。


「お婆ちゃんに言われたの、『どうして修道女になりたいのか?』って。私、すぐには答えられなかった。だってそうするのが当たり前で、それしかないって勝手に思ってたから」

「そんな事っ……」

 

 少年はサラの言葉に反射的に言葉を返そうとして、黙り込む。

 いつになく真剣な瞳をするサラに呑まれるように、それ以上言葉を続けられなかった。


「私はその答えを見つけたいから行くの。旅に出たって分からないかもしれないし、街に居ても分かるかもしれない。でも私はまだまだ知らないことが一杯あって、外の世界を見てみたいって思ったから……」


 サラが拙い言葉で必死に自分の思いを少年に伝える。

 その様子に少年は驚き、目を丸くしていた。

 今まで自己主張せず、自分の言うことを大人しく聞いていたかつての少女はそこには居なかった。


「ねぇ、ルークはどうして修道士になりたいの?」

「……それは……」


 少年は問われて、言葉に詰まる。

 サラの瞳は純粋で真っ直ぐだ、上辺だけの答えは返せない。

 結局、少年は何も言うことが出来なかった。

 しかしサラはそんな少年に優しい微笑みを向けた。


「私と一緒だね」


 微笑を向けられた少年は一瞬にして顔を真っ赤に染め上げた。

 その変化にサラが不思議そうな顔をすると、少年は誤魔化すように叫んだ。


「絶対戻ってこいよ! その時に答えを教えてやる!」


 そのまま少年は逃げるように走っていってしまった。

 少年の仲間達も慌てて後を追いかけていった。

 残されたサラはなんだか分からずポカンとした表情だ。


「青春ねぇ」

「アリエル様、なんだかオバさんみたいよ?」


 それを見ていたアリエルとロジェが好き勝手言っている。

 思わぬ出来事もあったが、ウィルたちは大紋章のパーツ『守護獣』の紋章を手に入れる、というカンタベリーでの目的を達成して次の街『王都ロンドン』を目指して出発するのであった。


                  ◇


 ウィルたちがカンタベリーの街を出てしばらく進むと、ランスロットたち老騎士が辺りを見渡して馬車を停止させた。

 ウィルも馬を止めて丘の向こうを凝視する。


「いるね」

「ふむ、野盗にしては数が少ないな」


 ランスロットが馬を寄せてなんでもない事のように呟いた。

 ウィルもそれに平然と返す。

 この周囲は丘陵地帯で所々に森があるが見通しはそれなりに良い。

 そこに何の異常も見られないのだが、二人だけでなく他の老騎士たちも馬車の周りを固め始めた。


「何よ、一体どうしたの?」


 ロジェが馬車から顔を出す。


「たぶん野盗かな」


 気楽な調子でウィルが答えるとロジェの隣にいたサラが青い顔をする。


「だ、大丈夫なんですか?」


 落ち着かない様子できょろきょろと馬車の窓から外を覗く。

 アリエルだけは落ち着いた様子で座っている。


「ウィルたちに任せておけば大丈夫よ」


 まるで昼下がりの紅茶でも楽しむような余裕の態度で笑うアリエル。

 その信頼に応えるようにウィルとランスロットは馬車を守るように馬を走らせた。

 馬車から先行してしばらく進むと街道を遮るように三人の騎兵がいた。


「なんだ、三バカ騎士か」


 三人は聖翼騎士団の三騎士だった。

 それぞれ謹慎を言い渡されているはずだが、未だに聖翼騎士団の鎧に身を包んでいる。

 紋章試合の時のように全身板金鎧でヘルムをかぶっている。

 それでも彼らが聖翼騎士団の三騎士と分かったのは、鎧に刻まれた騎士団の紋章と、その特徴的な体型からだ。


「誰が三バカだ!」

「貴様のせいで我々は騎士の資格を剥奪されたのだ!」

「ふ、復讐する!」


 三人はそう叫んで騎槍を構えた。

 その騎槍は試合用の木槍ではなく、鉄槍でしかも先端に王冠型のカバーもついていない。

 つまり実戦用の装備だった。

 一方でウィルは鎖帷子の上に陣羽織を着た姿である。

 さすがに板金鎧を着て旅は出来ない、鎧は荷馬車に積んであるのだ。

 鎖帷子では騎槍の一撃は防げない。

 鎖帷子は斬撃には強いが、刺突や打撃には弱いのだ。

 万が一直撃したらウィルの身体は串刺しになるだろう。


「本気?」

「いまさら野試合を吹っかけて勝っても名誉は回復できん。ウィルを殺して汚名を雪ぐつもりなのか?」

「自業自得でしょ」


 逆恨みもいいところだ。

 確かに三人に試合を吹っかけたやり方は強引だったが、その後の試合は公正なものだった。むしろ不正を行ったのは彼らの方なのだ。

 だが確かにこのままウィルが彼らの紋章をつけて試合をするたびに、その不正は語られて不名誉は広がっていく。

 殺してでも拡散を防ぎたいという結論に至ったのだろう。

 短絡的で自分勝手な思考だ。


「問答無用! 貴様はここで殺す!」

「貴方が卑怯にもトーナメント前に挑んできたからいけないのです!」

「さ、三人なら、負けない!」


 そう言うと三騎はウィルの前で旋回して引き返していった。

 突撃するための助走を行うのだろう。

 アリエルが見たという三位一体の攻撃をするつもりのようだ。


「ウィル!」

「爺ちゃんは馬車をお願い。試合じゃないならなんとかなるよ」


 ウィルはそう言うと馬車から試合用の騎槍を一本取ると離れるように馬を走らせた。

 どうやら三人の狙いはウィルのようだ。それならなるべく馬車から引き離したい。

 三人の騎士はウィルが移動したことに気づいて向きを変える。

 そして太った騎士を先頭に一直線に突撃してきた。

 試合ならばウィルもまた同じように突撃して三人の連携にぶつかる必要があっただろう。しかしこれは試合ではない、相手の土俵に上がる必要はないのだ。


「なっ、逃げるのか!」


 ウィルは騎士たちに背を向けると逃げるように馬を走らせた。

 右手に騎槍を持ち、その先端を後ろに向けて右肩に乗せている。

 そのまま首だけ振り向いて追いかけてきている太った騎士を確認する。


「に、逃がさない!」


 太った騎士がウィルの背中に向けて騎槍を突き出す。

 その瞬間、ウィルは肩に乗せていた騎槍の穂先を地面に傾けてその槍をいなした。

 同時に穂先は相手の馬の前脚の隙間に差し込み、槍を地面に突き刺して手放した。

 馬はいきなり足元に現れた障害物に驚いて足をもつれさせた。

 そしてそのまま転倒、乗っていた太った騎士は当然落馬する。


「くっ! 小賢しい!」


 二番目は細長い騎士だ。

 試合の時のように巨大な楯で身を隠し、その影から騎槍を構えている。

 本来なら太った騎士が一撃をくわえて怯んだ相手に攻撃する手順だった。

 しかし実際は逃げたウィルを追ってしばらく走ったせいでタイミングがずれてしまい、細長い騎士はウィルに追いつきすぎた。

 騎槍で攻撃するには近すぎるのだ。いま突いてきても手の力だけの軽い突きとなるだろう。

 更にウィルは速度を落として細長い騎士と並走する。


「このっ!」


 細長い騎士は騎槍での攻撃を諦めて騎槍と楯を放り投げると、腰のロングソードを抜いた。

 このロングソードもまた刃は潰していない実戦使用だ。

 ウィルは鎖帷子を着けているので斬られても即座に重症になる事はないが、それでもその衝撃は鎖帷子を抜けて打撲になるだろう。


「死ねっ!」


 細長い騎士はこちらにヘルムを向けてロングソードを振り上げた。

 例のカエル口のヘルムなので非常に見づらそうだ。

 などと暢気な事を考えながらウィルは振り上げた騎士の肘を左手で押し上げた。

 

「何っ!」


 おそらく細長い騎士はウィルの顔と胴体ぐらいしか見えていないのだろう。

 手足の動きにまったく無警戒だった。

 ウィルはそのまま身を乗り出すようにして両手を使って細長い騎士の腕を捻り上げてロングソードを奪う。

 そして同時に左足の甲を細長い騎士の足下に潜り込ませて身体を押し上げる。


「うわっ!」


 まさか馬上で投げられるなどと思ってもみなかった細長い騎士は成す術もなく落馬した。

 これで残りは一人だ。

 最後の小さな騎士は既に騎槍を捨ててロングソードを抜いていた。

 試合と同じ装備ならこの騎士の鎧は鞍と連結されているのだろう。

 細長い騎士のように馬上投げは不可能だ。


「貴様は絶対に殺す!」


 ヘルム越しにくぐもった声が響き、馬上からの鋭い斬撃がウィルを襲った。

 ウィルはそれを奪ったロングソードで受ける。

 馬上戦闘においては馬を走らせながら戦う事はほとんどない。

 ただでさえ不安定な馬上なのにさらに馬が激しく動いていては、戦うことなどとても出来ないからだ。

 なので二人も向かい合った状態のまま激しく斬りあっているが、馬たちはほとんど動いていない。


 しかし二人の条件は同じではない。

 鞍に跨っているだけのウィルと違って小さな騎士は鞍と鎧が連結されて固定されている。

 それはつまり、背中を支えてもらいながら戦っているようなものだ。

 同じような体格、同じような力で打ち込んでも、ウィルは押され、小さい騎士は動かない。

 さらにウィルは鎖帷子なので軽い攻撃すら身体に受けるわけにはいかず、剣や楯で防御しなければならないのに対して、小さい騎士は板金鎧なので多少の攻撃はそのまま身体に受けることで防御を放棄できる。

 この違いによって徐々にウィルは押し込まれていく。


「くはははっ! 死ねぇい!」

「……くっ、俺を殺してもアンタらの名誉は回復しないよ?」

「ふん、この国ではそうだろうなっ」


 小さい騎士はそう言って突きを放つ。

 ウィルはそれをロングソードで弾く。


「海を渡るつもり?」

「そうよ、貴様を殺してアリエノール・ペンドラゴンを手土産に、ロムルスレムスの貴族に取り入ってやる!」


 小さな騎士はちらりとアリエルの乗る馬車の方に視線を向けた。

 ウィルは聖騎士とは思えない発言に呆れてしまう。


「アンタそれでも聖職者?」

「はん、元よりそんなもんじゃねぇ。アドルムスの奴に雇われただけだ。……それをあの野郎、負けた途端に『そんなことまでしろと言った覚えはない』とか抜かしやがって!」


 小さい騎士は苛立ちをぶつけるように剣を振り下ろす。

 ウィルはそれを楯で受けるが、だんだん手がしびれてきた。


「アンタ『誇りモットー』があったんじゃないのか」

誇りモットーなんぞ何の役に立つ! あんなもん適当につけただけだっ」


 いまいましげに言い放ち小さい騎士の斬撃がウィルの楯を弾き飛ばした。

 その瞬間、小さい騎士は勝利を確信して剣を再び振り下ろした。


 ガギイイィィン!


「な、何だと!」


 ウィルは楯を弾き飛ばされたワケではなかった。自ら手放したのだ。

 そして空いた左手でロングソードの剣身の半分辺りを掴むと剣先で小さい騎士の攻撃を受け止めた。

 先ほどとは違い両手の力で受け止めた事で押される事なく『バインド』に持ち込んだ。

 そして剣先で相手の剣を巻くように捻った。

 小さい騎士は剣を巻きこまれて肘が高く上がり、脇が大きく開いた。

 ウィルはそこへロングソードの切っ先を突き込んだ。


「ぐうぅ!」


 ただの突きではない。

 剣を柄と剣身の二箇所で持った『ハーフソード』という状態で放った渾身の突きだ。

 板金鎧の関節部分の隙間はダブレットという下着についた鎖帷子で守られているが、ロングソードの切っ先はそうした守りを突き破るために鋭く尖っているのだ。

 脇から肋骨の間に差し込まれた切っ先はそのまま肺を食い破る。

 小さい騎士は肺から逆流した血液を口から吐き出した。


「ぐぼっ、こんなところで……」


 そしてそのまま動かなくなった。死んではいない、失血による気絶だろう。

 小さい騎士は鞍と鎧が連結しているため、そのまま落馬する事なく馬上で気絶したのだ。

 ウィルは馬から降りると小さい騎士の馬に近寄って鞍と鎧の連結を外そうとした。馬から降ろして治療しようと思ったのだ。しかし連結部分は複雑で外し方が分からない。

 するとランスロットたち老騎士が駆けつけた。

 他の老騎士は落馬した太った騎士と細長い騎士を捕えている。


「見事な勝利じゃったぞ」

「じいちゃん、誇りモットーがないってこういう事なの?」


 ウィルたちは鞍との連結を外すのを諦めて、鞍自体を馬から外して小さい騎士を地面に降ろした。

 地面の上に鞍に跨った姿勢のままで気絶している小さい騎士の姿は滑稽だった。

 その姿はトーナメントでペナルティを食らって木柵に跨って晒し者にされている姿そっくりだった。


「……そうじゃな。誇りモットーとは、生きるうえでの芯じゃ。それがないとその場その場の欲望を満たすために安易に不名誉な行いをしてしまう」

「……俺も、こうなっちゃうのかな」


 ウィルの呟いた言葉は思いのほか大きく響いた。

 ランスロットは無言のままくしゃくしゃとウィルの髪を掻き回す。


「お前なら見つけられるじゃろう。自分だけの誇りモットーをな」


 ウィルはしばらく頭上に乗せられた暖かい手に身をゆだねるのだった。

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