老騎士 ランスロット・ホーリーナイト

 老騎士を追いかけてウィルたちが辿り着いたのは街外れの修道院であった。

 街の建物と比べても一際古く、良く言えば歴史ある風情で、悪く言えばくたびれた外観をしていた。ちらほらと修繕の跡が見られるのが物悲しさを加速させている。


 普通、教会などの建物は礼拝に訪れる多くの人で賑わうため、市などが立ったりして賑やかなのだ。しかし、ここにそんな気配はまったくない。

 確かにカンタベリーは静かな街だが、それでもここの静かさはおかしい。

 静かというよりは、むしろ閑散としていると言った方が正しいだろう。


 そんな修道院の前で老騎士は騎乗したまま、茫然とたたずんでいた。


「突然どうしたの、じいちゃん」


 ウィルが声をかけると驚いて振り向いた。


「……ウィルか、いや、ちょっとな……」


 いつもの様子と違って歯切れが悪い。

 返事をしつつも視線は寂れた修道院の方へと流れている。


 教会施設というのは単に信心の拠り所というだけでなく、日々の生活に密着した施設だ。この時代において唯一の公共施設と言っていい。

 ミサはもちろんの事、町の集会やギルドの集会などにも使われる。

 それが街が寂れているわけでもないのに、ここまで閑散としているのはちょっと異常な事態だ。まるで住民がここに寄り付かないような印象さえ受ける。


 ウィルが老騎士の隣に並んで修道院を眺めていると、甲高い怒声が響き渡った。


「こらっ! サラ! 礼拝をサボってどこにいってたの!」

「ち、違うのよ、お婆ちゃん。大事な用事があって――あいたっ!」

「言い訳しない! 罰として聖堂の拭き掃除!」

「えー、この間拭いたばかり……うー、はーい」


 最後の方は消え入るような声だったが、先ほど聞いた声と同質のものだった。

 ウィルと老騎士は顔を見合わせて、裏手に行ってみる。


 するとそこには腰に手当てて睨んでいる老いた修道女と、とぼとぼと井戸に向かって歩いていく先ほどのユート人修道女の姿があった。


 しかし老騎士が見ていたのは追いかけた先ほどの修道女サラではなく、老修道女の方だった。


「……エレイン」


 ぽつりと呟くと、馬から降りてふらふらと老修道女の方へ歩いていく。

 そんな老騎士に気づいて老修道女がこちらを見た。

 フードをかぶっておらず、頭にも羊角はない。

 むしろ肌が透き通るほど白く、やや耳がとがっている事からブリトン人だと推測できた。

 顔には深く皺が刻まれているが、造作は整っていて若かりし頃はかなりの美形だったことが伺える。そしてその顔立ちはサラに良く似ていた。

 近づいてくる老騎士を見て、老修道女エレインの表情が驚きに変わる。

 蒼玉のような瞳から一筋の涙が流れた。


「――ランスロット様」


 老修道女はこぼれるようにそう言うと、まるで少女のように老騎士に駆け寄った。

 老騎士は驚きながらも抱きとめる。

 そんな感動的な光景にウィルは首を傾げた。


「ランスロット?」


 ウィルの言葉にロジェが呆れた顔をする。


「ちょっと、なんでアンタが名前知らないのよ!」

「だってじいちゃん、としか呼ばないし」

「アンタねぇ……」


 二人に気づいた修道女サラがおずおずと話しかけてきた。


「あの~、なんだかワケ有りみたいですけど。とりあえず中に入りませんか?」


 ウィルたちはその言葉に甘えて寂れた修道院の中に入る事にした。


                   ◇


 修道院の中には、やけにたくさんのユート人の修道士たちが身を寄せ合うようにして、ひっそりと集まっていた。

 こちらに訝し気な視線を向けてくるが、話しかけてくる者はいない。

 ウィルたちはそんな中を通り、談話室に通された。


 全員があまり座り心地の良くない椅子に座ると、エレインが静かに口を開いた。


「ランスロット様は遍歴の途中で私を救ってくださったのです」


 サラが持ってきた温めた葡萄酒を一口飲むと懐かしそうに老騎士ランスロットとの出会いの物語を語り始める。


 ランスロット・ホーリーナイトは元々隣の大陸で生まれた騎士だった。

 しかし自国の王に愛想を尽かして、海を越えたコーンウォールに偉大な騎士王が居ると聞いて旅に出たのだった。

 その旅の途中で出会ったのが、当時その国の王女だったエレインだ。

 エレインは隣国の横暴な王子に求婚されて困っていた。

 そこに颯爽と現れたのがランスロットだ。

 まだ若かったランスロットは国の事情も斟酌せずに介入し、その横暴な王子に決闘を申し込み、代理人を次々となぎ倒して、最後には王子自身も打ち倒してしまった。

 実はその結婚は王女の父王が望んでいたことでもあり、王女エレインを救ったにも関わらずランスロットは追われる身となった。

 ランスロットに想いを寄せたエレインは身一つで国を出奔し、脱出するランスロットと共に逃避行を始めた。

 しかし王女を連れて長く旅をすることは出来ず、途中の修道院にエレインを匿ってもらうとランスロットは遍歴の旅へと戻ったのだ。


 老修道女エレインは、そのことをゆっくりとした口調で、慈しむように語った。

 一方、老騎士ランスロットは昔の自分の事が語られるのが恥ずかしいのか居心地悪そうに身じろぎする。


 ウィルは初めて聞いた老騎士の過去に驚いていた。

 常に冷静沈着で飄々としたところしか知らなかったのだ。

 まさに『人に歴史あり』だ。


 話が一段落すると、サラが減った葡萄酒をついで回る。

 ランスロットはそんなサラを見て、言いにくそうに口を開く。


「……彼女は、その貴女の……」

「はい、サラは私の孫です。父親がユート人なのでこの見た目ですが、四分の一はブリトン人の血が入っています」


 サラは自分に視線が集まると恥ずかしそうにフードをひっぱって顔を隠す。

 そんなサラを見ながらエレインは不敵な笑みを浮かべた。


「そして、貴方の孫でもあるんですよ? ランスロット様」

「ブフゥッ! ゲホッゲホォ!」


 飲んでいた葡萄酒を吹き出して盛大に咽るランスロット。

 サラは驚きに目を丸くして、ロジェはジト目でランスロットを見る。

 ウィルは一人首をかしげた。


「え? でも修道女なんだよね?」


 ハリストス教の修道士は婚姻が出来ないのだ。

 エレインはニコリと笑う。


「ええ、だからランスロット様と逃避行をしていた時に身篭ったのです」

「ちょっと、妊娠させておいて修道院に置き去りにしたの?」


 ロジェが非難がましい視線を向ける。


「待て! 儂は知らなかったんじゃ!」


 焦るランスロットとは対照的にエレインは落ちついた様子で言葉を繋ぐ。


「ええ、分かったのは修道院に入ってすぐでしたから。残念ながら間に合いませんでした」

「……間に合わなかった?」


 エレインの言葉に今度はロジェが首を傾げる。


「ランスロット様のお心が騎士として遍歴の旅を続けることに向いているのは知ってたから。道中で酔わせて、妊娠させてもらって引き止めようと思ったの」


 にっこりと邪気のない笑みを浮かべるエレインにロジェは引き攣った笑いを返す。


「……そ、そうなんだ」


 か弱い悲劇的な女性と思っていたのに、意外な強かさを見せるエレイン。


「いくらランスロット様でも子を孕めば私を捨て置きはしない、と思ったのですよ」


 にこやかに告げるエレインにランスロットは何とも言えない表情を浮かべる。

 サラは祖母のあまりに赤裸々な告白に顔を真っ赤にしている。


「でも間に合わなくて良かったわ。そんな方法で貴方を引き止めてしまったら、きっと私は嫌われてしまったもの」

「……では、あの後、修道院から姿を消したのは」

「ランスロット様の重荷になりたくなかったの。でも探しに来てくれたのですね」


 エレインは少し寂しげに笑う。

 とても透明感のあるキレイな笑みだった。


「その後はこのカンタベリーで身よりのない子供達の面倒を見ながら、神にお仕えしていますわ」

「そうじゃったのか……」


 しんみりとした空気を吹き飛ばすように、エレインは努めて明るく話題を変えた。


「それでランスロット様たちはなぜカンタベリーに?」

「トーナメントに出て紋章を貰うんだよ。騎士王にならないといけないんだ」


 ウィルが買い物でも頼まれたような気軽さで言う。

 その言葉を聞いたサラが立ち上がって声を上げた。


「そんなっ! ダメです! 紋章試合なんて野蛮なこと」

「野蛮? 何が?」


 急に大きな声をあげるサラにウィルは不思議そうに首を傾げる。


「……何ってそれは、その、理由もなく戦うなんて……」

「理由ならあるよ。紋章試合で勝たないとアリエルを守れない。それとも神様がアリエルを助けてくれる?」

「か、神は我々を見捨てたりはしません」


 サラはウィルの真っ直ぐな瞳に怯み声を震わせた。


「じゃあ、いつまでに助けてくれるの?」

「そ、それは……」


 淡々と責めるわけではなく聞くウィル。

 その言葉は子供っぽく、残酷だ。


「無駄よ。神は人を助けはしないわ! 見守ってはいるだろうけど、道を切り開くのはいつだって自分の力なのよ!」


 一方でロジェの言葉は力強い。そこに一切の妥協はない。


「そ、そんな事ありません! 神によって救われる人だっているんです!」


 慌てるサラだが、その言葉は二人の前には上滑りするばかりだ。

 そんなサラをたしなめるようにエレインが諭す。


「サラ、あなたの上っ面だけの言葉はお二人には届かないわ。まずはお二人の言葉を素直に受け入れなさい」

「で、でも!」

「相手を受け入れない者がどうして相手に受け入れられましょう。そんな事ではまた他の修道士に良い様に利用されますよ」


 その言葉にサラは弾かれるように反応した。


「みんなは私を利用なんてしないもん!」


 幼い言葉で反抗し、そのアイスブルーの瞳に涙をにじませた。

 垂れた目尻を一生懸命吊り上げてエレインを睨むと、それ以上は何も言わずに談話室を飛び出していった。

 エレインはそんなサラの後ろ姿を見ながらため息をついた。


「ごめんなさいね。あまり修道院から出ないせいか年の割に幼くて……」

「エレイン、ひょっとしてユート人は迫害されておるのか?」


 ランスロットはそう切り出して、先ほどの受付でのことを語った。

 紋章試合の中止を訴える集団の先頭にサラがいたことも告げる。

 エレインはその言葉に眉をしかめつつ静かに語った。


「ユート人とアンゲル人の軋轢は、今に始まったことではありません。最初に教徒になった種族ユート人と現在最大勢力となった種族アンゲル人、昔から対抗意識を燃やしてきましたから」


 修道士のこととは思えないほど俗っぽい話だ。

 エレイン自身もそう思っているのだろう、ため息をついた。


「くだらない話ですわ。神の前には皆平等なのです。ただアドルムス大司教はアンゲル人こそ神の使徒だと信じて疑っていないようで、角のあるユート人を悪魔の末裔だと決めつけているのです」


 聖典にある、天を追われた使徒、堕落したモノは頭部にねじれた角を持つと書かれているのだ。


「そしたらサクソン人は黙示録の獣の末裔かしら?」


 黙示録の獣もまた聖典にある、世界に破滅をもたらすとされる魔獣である。

 皮肉たっぷりに言うロジェにエレインは苦笑する。


「本来ならそんな話を真に受ける者はいないのですが、言い出したのが大司教だったことと、ユート人の数が少なくなっていることでそのような愚かな話が信じられるようになってしまったのです。いまやカンタベリーにいるアンゲル人のほとんどはその話を信じ始めています」

「それであのような抗議活動を?」

「ユート人は基本的に穏やかな性格なので言われるがままだったのですが、最近若いユート人を焚き付ける人物がいるらしくて……」

「なんだかキナ臭い話ね。大司教座って言っても他とあんま変わらないわね」

「お恥ずかしい話ですわ」


 ロジェは木杯コップに残った葡萄酒を飲み干すと勢いよく立ち上がる。


「さぁ、もういいでしょ。早くトーナメントの受付にいくわよ!」


 ロジェはそう言ってウィルの手を引っ張って部屋から連れ出そうとする。

 ウィルは引きずられながらも立ち上がろうとしていたランスロットを手で制した。


「じいちゃんはゆっくりしていていいよ」


 バタバタと慌ただしい若者たちがいなくなり、談話室には二人の老人が残された。

 二人は同じタイミングで三人が出て行ったドアを見て苦笑。

 そしてそれに気づいて柔らかに笑い合うのだった。


                   ◇


 アリエルが修道士に案内されて入った部屋には、どこか本心の見えない細目の男が立っていた。金糸で刺繍の入った立派な法衣を着て、ただ立っているだけなのにかなりの威圧感がある。


 カンタベリー大司教アドルムス。


 アンゲル人こそがハリストス教を導く優良人種と信じて疑わない狂信的な男で、面倒なことに非常に優秀でもある男だ。


 アリエルはそっと部屋を見渡す。たくさんの羽根の生えた人間の像や絵が置かれている。お気に入りのモチーフなのか偏執的とも言える量だ。


 この羽の生えた人間というモチーフは、かつてのアンゲル人だと言われている。

 元々アンゲル人には羽があり、天上で暮らしていた。

 しかし地上の混乱を不憫に思った神が、地上人を導くためにアンゲル人を遣わした。その時にアンゲル人からは羽根が失われた、という伝説があるのだ。

 実際にそのような光景を描いたらしい太古の壁画もある。


 ただし、ほとんど証拠のない話だ。

 壁画などには羽の生えた人間が描かれているが、それだけだ。それがいつ描かれたのかも不明だし、それがアンゲル人かどうかも不明だ。

 獣耳を持つサクソン人、羊角のあるユート人などは明らかに違うが、耳がややとがっているだけのブリトン人なら、かつて羽が生えていてそれはブリトン人だった、といい張れてしまう。その程度の証拠でしかないのだ。


 ただ、噂によるとこのアドルムスという男は背中に痣があるらしい。

 それも、まるで羽根がもがれたように二箇所。

 これこそがアンゲル人に羽根があった証拠であり、だからこそアンゲル人はかつて天上人であり現世を導く義務がある、と主張しているのだ。

 とんだ選民思想である。

 

「アリエノール公爵、ようこそおいでくださいました。突然のことで驚きましたよ、巡礼でしたら先触れを出してくださればお迎えを用意いたしましたのに」


 アドルムスは極めてにこやかで友好的に声をかけてきた。

 しかしアリエルには蛇が人間の真似をしているようにしか感じられなかった。


「申し訳ありません、急な事態で遍歴をすることになりまして、カンタベリーは最初の目的地だったので連絡が間に合わなかったのです」

「なんと、巡礼ではなく遍歴なのですか?」


 この時代、貴族が遍歴の旅に出る事はなかったが、巡礼の旅に出ることはあった。

 多くの天変地異が神や悪魔の仕業とされていたので、領地を災害に見舞われた領主が神の慈悲にすがるために大きな教会に巡礼に赴くことがあったのだ。

 また現在のブリトニア王エゼルウルフがロムルスレムス神聖帝国の教皇庁への巡礼を計画しているように、一種の権威付けの為に巡礼を行う場合もあった。

 同じような領地を持つ貴族でも、より高位の司祭に祝福されている方が格上とされたからだ。


 アリエルは簡単に巡礼でなく遍歴の旅に出ることになった経緯を語った。

 語るたびに騎士の遍歴に同行する愚かな令嬢という評価を受けることになるが、これはもう仕方が無い。


「なるほど、そういうわけでしたか。しかしアリエノール公爵ご自慢の騎士がトーナメントに出場してくださるのはありがたい話ですな。何しろカンタベリーでは初めての紋章試合です、盛り上がる要素が増えるのは大歓迎ですよ」


 およそ聖職者らしからぬ言葉にアリエルは疑問を覚えた。


「教会はながらく紋章試合に反対していらっしゃったと思っていましたが」

「今でもそれは変わりませんよ。そもそも教会は暴力を認めてはいません。武器を用いて相手に言うことを聞かせるなど、あってはならないことです」


 その暴力の象徴とも言える紋章試合を主催している人間の言葉とは思えない。


「しかし、話し合いだけで物事が解決しないのもまた事実です」


 そういってアドルムスは壁に貼られた地図に近づく。

 ブリトニア大陸を中心に描かれた大雑把な地図で、右に隣の大陸も描かれている。


「アリエノール公爵はハリストス教の聖地が東方にあるのはご存知ですか?」

「はい、海を渡った隣の大陸の更に東方の地に神に祝福された地がある、と」

「その聖地は今、邪悪な異教徒によって不当に占領されています」


 アドルムスはくわっと目を開き、憎々しげに地図の一点を指差した。

 聖都サレムと書かれている。


「教皇はかの地を異教徒から奪還するための聖なる騎士を募集するようなのです」


 アドルムスの目はギョロリと煌めき、その熱を吐き出すように言う。


「まさに『聖戦』が始まるのです! そのためにより強い騎士を我がカンタベリーより送り出さねばなりません!」


 熱心に語るアドルムスとは反対にアリエルの頭は一気に冷えてきた。

 つまり今回のトーナメントは大紋章の守護獣という餌をぶら下げて、聖戦のための傭兵を手に入れようという目論見なのだろうか。

 紋章には徴税や土地の所有といった権利の他に軍役や賦役といった義務が生じる。

 いくら守護獣を手に入れても、それによってウィルが教会の傭兵にされて、聖戦とやらに駆り出されたら意味がない。


「そういうことでしたか、それでは私の騎士を出すわけにはいきませんね。彼はコーンウォールにとって必要な騎士です。いくら聖務と言えどそんな遠方に行ってもらっては困ります」

「おお、誤解させてしまいましたね。紋章を与えても聖戦に参加する義務はありませんよ」


 アドルムスの言葉に安堵したが、それでは先ほどの発言と矛盾が生じる。


「でもトーナメントの勝者を聖戦に送るのでしょう?」

「いえ、そうではありません。聖戦に赴く騎士がトーナメントで優勝するのですよ。つまり紋章を与えられるのは我が『聖翼騎士団』の三人に間違いないということです」

「聖翼騎士団?」

「ふむ……おおっ、ちょうどいい。あそこをご覧ください」


 そういってアドルムスは窓の外を指差した。

 そこには板金鎧フルプレートで完全武装した三人の騎兵が居た。

 黒鉄の鎧に白地に赤い十字と一対の翼の入った陣羽織サーコートをつけている。

 彼らの前には一体の案山子が立っていて胸の辺りには楯がくくりつけてあった。

 先頭の騎兵が馬を走らせると残り二人もそれを追いかける。

 あっという間に案山子に迫った最初の騎士は手にした騎槍で楯を貫いた。

 木製の騎槍が砕けると同時に楯が吹き飛ぶ。

 そして次の瞬間には二番目の騎士の騎槍が案山子の頭を貫いた。

 最後に三番目の騎士の騎槍が案山子の胴体を貫いて、案山子は完全に砕け散った。

 まさに一瞬の出来事だった。


「どうですかな? 彼らこそ聖戦を戦うにふさわしい騎士です。そして彼らなら必ずやトーナメントでも優勝するでしょう。今回の試合は彼らの強さを知らしめるために開くと言っても過言ではないのですよ」


 得意げに言うアドルムスにアリエルは舌打ちしたい気持ちだった。

 ウィルがあらゆる騎士の中で最も強いと信じているが、さすがに三対一では分が悪い。

 しかしトーナメントは普通の紋章試合と違って総勢十名以上が入り乱れて戦う団体競技だ。その中で共闘することは禁じられていない。


 ウィルにとってはかなり厳しい戦いとなるだろう事が予想できた。

 すぐにでもロジェやウィルと作戦を練る必要がある、とアリエルは感じていた。

 アドルムスがアリエルのために宿泊場所を用意しようとしたが、丁重に断る事にする。敵のお膝元では作戦も筒抜けになりかねない。

 なによりこの蛇のような男の近くに居たくはなかったのだ。


 アリエルは暗澹あんたんたる気持ちで大聖堂を後にする。

 その背中にはいつまでも視線が注がれているような気がした。

 

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