11話目

 情報社会教育論という講義は、比較的単位がとりやすく、単位合わせ用に受講する生徒が多い。セリアも受講しているのだが、理由は単位合わせではなく、この時間にとれる講義は大体とり終えてしまい、これぐらいしか残っていないという理由で受講していただけだった。

 元々、人の話を聞くことはとても面白い。空きコマに一人で本を読むよりも、教授や生徒の意見を聞く方がいい刺激になる。

「セリアこっちおいで、席が空いてるよ」

 前の講義が押してしまい、来るのが少し遅れたセリアは、人があふれかえる講義室で空席を探すためにきょろきょろとしていた。そんなとき、ケイがこっちだよと手を振ってくれる。

「ありがとうございます、助かりました」

「ツァーリは一緒じゃないの? 珍しいね」

「彼はこの講義をもうとっているんです。空きコマなので、きっと3Dチェス部に顔を出しているはずですよ」

「先週、来ていたような気がしたんだけど、気のせいだったのか。いつもセリアと一緒にいるから、セリアみたらツァーリ、って思いこんでたみたい」

 ごめんね~というケイの隣には、ディックもいる。ディックは端末で今日配信のメディア部新聞を読んでいるようだ。

 このメディア部の新聞は、安いけれど有料になっている。セリアは友達づきあいで定期購読という名のお布施をしていたのだが、ケイならともかくディックがわざわざ課金してまで読んでいることに驚いた。

「ディックも読んでたんですか?」

「速報の煽りにつられて、な。今回だけ。転学者が三桁突入って流石に驚いた」

「三桁!?」

 セリアは慌てて自分の端末から配信ずみの新聞をチェックした。

 NEWと書かれた最新号を開くと、ディックの言う通り転学者の数が三桁に突入したという一面記事が眼に入ってくる。

「これ……まだ増えますよね。一期生の募集締め切りまで、あと一カ月ありますし」

「最大でも三割越えだとは思うよ。国家推薦枠は転学できないしね」

 したくてもさ、とケイはつけ足し、肩をすくめた。

 この月面カレッジは『国連立』だ。各国が支援金を出し合い、国連の委託機関によって運営されている。

 月面カレッジには推薦枠と一般枠がある。推薦枠は入学者数の半分を占め、各国の出資金に応じて何人までと枠が決められていた。この国に応じて割り振られた推薦枠で月面カレッジに来る者は、その国の国内競争に勝ち残ったトップだ。勝ち残れなかった者で、残りの一般枠を争うことになる。

「セリアは推薦枠だっけ?」

「あ、わたし一般枠です。普通に受験しましたよ」

「はぁ!? お前が推薦とらなくて誰が推薦とるんだよ! お前より上ならそいつは今頃AAAAクワドロエーだぜ」

 ありえねぇとディックが言えば、セリアは内緒ですよと声を潜める。

「……それでもある意味、国家推薦枠です。学費を全額援助してもらってますから。わたしの国はディックやケイの国みたいに推薦枠を沢山とれているわけじゃないので、『確実に受かるなら一般枠で』ってお願いされたんです」

 合格発表までひやひやしたことを思いだし、セリアは胸をさすった。 

 プレテストの成績から絶対に大丈夫と言われていても、不安は不安だ。

「うわ~……確実に受かるから一般枠ってさ、ある意味推薦枠よりすごいね」

「ツァーリもそうですよ。彼は自分から言い出したんです」

 ――絶対に受かるから一般枠で行く、一人でも祖国出身が増えるならその方がいい。

 ツァーリの言葉を聞くまで、セリアはそんなことを考えもしなかった。言われた通りに推薦枠の試験を受けて、内定をもらい、入学を待つつもりだった。

 推薦辞退の話を聞き、セリアは自分もそうした方がいいのかなとおろおろしていたところに、国から学費全面援助をする等の条件はそのままにするから一般で受験してみないか、という打診がきたのだ。

 イエスと頷いた結果、ツァーリと同じ事になっただけ。そこが自分の駄目なところだとセリアは思っている。

「ディックは新設カレッジに行きたいと思いますか? わたしは心惹かれましたよ」

「オレはそもそも行く気ねぇ、出て行きたいほどの不満はないしな。それに推薦枠で国に金出してもらってるし、義理は果たさないとマズイだろ」

「ケイはどうですか?」

 ないないと手を振るディックにそうですねと答えてから、今度はケイに訊いてみる。

「僕は一般枠だけど、母国と取引してるから無理」

「どうせろくでもない取引だろ」

「ははは、なんでわかったのかな」

 百人を越える転学者の速報が流れてはいるが、それでも生徒達は騒然とはならない。今日は成績発表の日だったというのもかなり大きいだろう。

 セリアが講義室内を見渡せば、誰もが端末で成績開示のページを開いていた。ディックも周囲の様子に気づいたのか、時間を確認する。

「そろそろ二時だな、成績出たか?」

「まだみたい。でもページが重くなってきたね、みんな興味津々」

 成績発表は、自分の単位取得一覧の他に、現時点でのカレッジ内の相対順位の推移等、きめ細かいデータも明らかにされる。加えて、今後のランク取得予想もそえられていた。

 今日から暫くカレッジ内がぴりぴりとした空気に包まれ、カウンセラールームが大繁盛するだろう。他人事である転学者の数よりも、自分の成績が大事だ。リジー渾身の速報つきの一面トップとなった新聞も、成績発表の前では大したニュースとはならなかった。

「あ、セリア。今日の講義これで終わりだろ。授業の後、ちょっと顔を貸せよ。ストームブルーで対戦してくれ」

「いいですよ」

 セリアはディベート部に所属だが、今日は活動の日ではない。ディックの頼みを快く引き受け、授業後にドックへ向かった。

 ストームブルーの機体を使っての演習は、生徒だけではできない。けれどシミュレーターを使っての練習は生徒だけでも可能だ。ただし、1to1だけはAクラス同士でしかできない設定となっている。

「今日はストームブルーレースのサークル活動の日ですか?」

 同じオリジナルTシャツを着た生徒達が、シミュレーターで熱い対戦をしている。このストームブルーレースという競技は、Bクラスの障害物走と似ていた。あちらは個人競技だが、こちらはレース要素をとり入れた、もっと荒っぽくて派手なシミュレーション競技だ。

「今日はそっちじゃない。オレと1to1の対戦をしようぜ」

 空いているシミュレーターを見つけたディックに乗れと言われ、セリアは制服のまま乗りこんだ。本当はシミュレーターでもパイロットスーツに着替えなければいけないのだが、ディックもそのまま乗りこんだし、他の生徒もTシャツ姿だし、怒られるわけではないのかなと不安になりながらも、モニターに手をかざして認証を行う。

 『Welcome to STROMBLUE』

 ストームブルーシミュレーターが起動し、次々にグリーンランプを灯していく。

 ディックは演習メニューを選び、細かい設定を変更していった。

「本物の宇宙船外士と1to1をしたときのルールにするぞ」

「はい」

 ディックにルールの確認をされ、セリアは頷いた。

 ストームブルーシミュレーターのモニターには、本物に乗って宇宙を泳いだときと全く変わらない擬似宇宙が広がっている。よしと気合いを入れると、カウントが開始された。

 『3 2 1 ……start!』

 セリアは持ち前の度胸の強さを生かし、急加速と急旋回で攻めていく。だが、ふとディックの動きに既視感を覚えた。

(これは……あのときの!? 本物の船外活動士パイロットの動き……!?)

 少し前、本物の船外活動士パイロット相手にしかけたチキンレースに持ちこんでみる。けれどコンマ一秒レベルで、セリアとほぼ同時に離脱する精度を見せられる。

 ――本物の魚と同じ泳ぎ方どころか、わたしの動きも……!?

 避けても避けきれないビームを撃つあの動き、セリアのぎりぎりの見極め、二つを混ぜた動きのディックに、セリアはならば距離をとる。慎重にしかける戦法に変えたが、ディックはそれを許さないと言わんばかりに距離を縮めてきた。

 『Time up』

 すぐに十五分後の制限時間がやってくる。ストームブルーのモニターに勝敗と蓄積ダメージ率が表示されたが、セリアは確認する前にシミュレーターを飛び出した。

「ディック! 今の動きなんですか!? 本物の魚でした! 一体いつの間に!?」

「おーおー、びっくりしたか? 凄いだろオレは。やーっぱエース様って再確認できたんじゃねぇ?」

「しましたしました! なにしたんですか!? どんな特訓を!?」

「お前と違って、オレはモニターを使うゲームが下手だからな。ケイに頼んで、本物の連中が残していったストームブルーの軌跡を解析して、トレースで練習したんだよ」

 前に本物の船外活動士パイロットが講師として月面カレッジを訪れ、Aクラスの二十三人と1to1で対戦をした。その二十三回分の1to1の動き全てのデータを、ケイがトレース用に作り直していたらしい。

 トレースという練習方法は、ストームブルーに乗りたてのころによく利用した。モニターに出てくる数値通りに操作し、お手本の動きを繰り返して無駄のない泳ぎ方を身体に覚えさせるのだ。

 ディックはかつての地味な練習を徹底的にやりこみ、本物の動きを身体に覚えこませるという方法で、実力を更に向上させることに成功した。

「わたしもほしいです! わたしもやります!」

「あぁ、コラ! 真似すんじゃねぇ!」

「いいじゃないですか! ケイはクラブハウスですよね!? 今から行ってきます! じゃあまた!」

 飛び出したセリアへ、ディックはもうちょっとオレを褒めてから行けと憤慨している。

 けれどセリアはとまることなく、新しい可能性に心を弾ませながらスイムウォークで加重エレベーターへと向かった。

 このカレッジの生徒は、セリアだけでなく誰だって負けず嫌いだ。負けっぱなしはプライドが許さない。ディックもまたセリア同様、『一年半後』を待ってられずに自分で壁を乗り越えようとしている。

 ディックだけでない、ツァーリ、ケイ、ユーファ……みんなどんどん可能性を広げていく素敵な友人達だ。セリアにとって、誰一人欠けてほしくないライバル達でもあった。

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